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8話

「あ──、あ……」


「グレイ!?」

「グレイさん……!!」


 7月15日。法国との誓約が3日と迫る中、現在の俺たちの師匠であるグレイが目を開け唸った。

 午前7時過ぎ──。窓の外では小鳥達が無き、青や黄色の蝶々が花を巡って上下に羽ばたいていた。


 灰色の青年は重々しく寝ている上体を起こす。それを俺とアルドラが手伝いその後、一杯の水を飲ませた。

 その最中も彼の身体の崩壊は続き、頬や首、手など見える部位からはポロポロと灰と成った砂の様なものが落ちて行った。

 彼は自身の事を『死にかけ』と言った。グレイのその様な症状は今まで見たことが無かった為、何が彼にとって最善策なのかすら分からず、ただひたすらに俺は拳を握っていた。

 ただひたすらに悔しいと、惜しいと云う感情を顔に出さないように……


「美味しいお水をありがとう、愛する弟子たち。さて……」


 グレイは俯き歯を食いしばった。すると崩れていた身体が治り、灰と化す症状が治まった。しかしそれは一時の瘦せ我慢だと、俺とアルドラは瞬時に見抜いた。

 布団を捲り、靴を履き、伸び伸びと背伸びをした青年は立て続けに言った。


「稽古の続きをしようじゃ無いか? ……まだまだ、教えたりない」

「……!? ッ……ふざけるなよグレイ!!!」


 俺は彼の襟元を両手で掴みそう言い放った。逆上した。虚しさに狂い彼を責め立てた。

「自分の体の状態を分かっているのか!?」と──

 勿論、グレイは自分自身を誰よりも分かっている。しかし、それでも、そうせざるを得なかった。


「ウィル! グレイさんの調子は……」

「分かってる!! 分かってるよ!!! でも……どうしてだよ……。どうしてアンタも、死にゆく身なのに他人の心配が出来るんだよ……」


 幼少期。俺を人間に変えてくれた亡きお師匠、聖剣アルベールがそうだった。

 日に日に弱っていく。それでも剣を持ち、俺に稽古をとった。

 日に日に死に死に近づいて来る。それでも本を開き、俺に人の心を教えてくれた。


「そうか。そうだよな」

 グレイは小さく呟いて続けた。

「前にも言った……世代交代の時だと……。さ、稽古を始めようか。法国と僕のカウントダウンが0になる前に」


 彼は俺の手を優しく解き放った。

 それがグレイの解答だと受け入れた俺は、ただただ頷くしかなかった。




 ◇◇◇◇



 7月15日 晴れ 誓約解除まであと3日


 グレイが目覚めた。

 やはり稽古馬鹿というか、師匠馬鹿というか……開口一番「稽古の続き」とは本当に呆れた。

 しかしそのお陰で俺も目が覚めた。強く成らなければ何者も救えないし、自身の選択肢も広げられない。アルドラの事もあるし、レイク、マリナの件もある。

 彼にとって最高の恩返しは、俺とアルドラが彼を越える事なのだろうか? 

 正直、彼の心境は一切分からない。しかし稽古から、その熱意はひしひしと感じる。

 残りの時間も少ない。1日1日をより大切にしていこう。



 7月16日 晴れ 誓約解除まであと2日


 ついにグレイは立てなくなった。右足の再生が出来なくなり、彼が即興で作った車椅子に乗り、稽古は実戦形式から指導に変わった。俺とアルドラの模擬戦にグレイは、2人にアドバイスをする様に立ち振る舞った。

 午後の座学では、図鑑を開き多種多様の植物の特徴や、人間・亜人種の弱点、獣や竜への対処法を教わった。それと、この大陸に点在する各国の特色を。

 ここに注意しろ、ここは危険だ、など言う彼はさながら助言者の様で、本当に俺たちの行く末を案じているのだろう、と感じた。

 惜しい、本当に惜しいが明日が最後の停戦日となる。その為に今日は早く寝よう。




 ◇◇◇◇




「おはよう、少年少女。最後の日だから特別に……なんて事は無いから安心したまえ。今日も鍛錬だ」


 朝食が乗るテーブルを囲い座るグレイは、あはははと笑いながら言った。

 無論、俺もアルドラも彼の言葉には何も返せず黙々と料理を口にした。稽古もさることながら、彼の手料理もあと……


「おいおい、元気が無いじゃないか?」

「ねぇ、グレイさん」


 灰色の青年の言葉をアルドラが覆った。


「今日で法国との誓約が終わるけど……私たちは如何すれば良いの?」

「あー、それはね」


 グレイは紅茶を飲み顔を上げた。


「キミ達の為に転送魔法……その魔法陣を用意した。どれで此処から遠くに飛んでもらう。場所は南西の何処かにしておいた。場合によっては修羅場かもね」

「おいグレイ……。昨日の座学はその為にやったのかよ……」

「あははは、バレてしまったか。まぁ転送先をランダムにすれば、法国に解析され特定される事は無いからね」

「魔法陣の解析……。そんなことが出来るのか……」


 俺はふっくらとしたパンを食べ、フォークでベーコンを刺し口に運んだ。

 グレイが独自配合された香辛料。それがベーコンの油や風味と相まって鼻孔を刺激し、食欲が増進される。

 このサラダだってそうだ。半透明のドレッシングも彼考案で、余り野菜が好きでは無かったが、このシャキシャキ感と爽やかさが手を勝手に動かせる。


「……ふふ、美味しいか?」

「ああ。レシピはしっかり盗んで置いたから再現可能だ」

「果たしてそうかな? レシピには無い、大切で大事なものが入っているからね」

「? ……それはなんだよ」

「愛だよ」

「良く言うわ……」


 そういった問答を繰り返し、ふと俺は彼の言葉を思い出し質問した。


「なぁグレイ。さっきの転送についてだけど」

「お? なんだい? 何でも聞きな」

「あの、転送先なんだが……どうして南西なんだ? あそこは街という街は無いし……しかもアレ……。魔王討伐の英雄の一人『南の魔女』のテリトリーだろう?」

「あぁそうだよ。……、彼女とは少し顔なじみでね」

「「はあ!?」」


 俺とアルドラの声が被った。

 彼の実力からその言葉は嘘偽りないものだと思うが……一体何者なんだ? 

 顔に俺の疑問が書いてあったのかグレイは、軽く笑い続けた。


「まぁ、あの婆さんも歳でね……。キミ達と同じぐらいの弟子を取っていると聞いたが、その弟子が少々お転婆で困っているらしい。貰って行ってやれよ」

「いやあの……グレイ……。中々難しい事を簡単に……」

「グレイさん。そのお弟子さんは女なの?」

「らしい。僕は見たこと無いけど」

「じゃあイヤ」


 アルドラは少しいじけた様に言った。

 それの理由を尋ねようとしたが辞めた。……時々彼女の心境が分からない時が有る。……まぁ今はスルーで良いか。

 とは言え、南の魔女とグレイが知り合いなのは驚いた。俺の師匠と古い付き合いだというのは聞かされていたが……


「魔女……彼女は魔法の腕は僕よりも上だ。少し稽古を付けて貰え。お代はウィルくんの──僕由来の手料理だな」

「そんな……。グレイも来ればいいのに……」

「いいや、僕は法国の連中とドンパチするよ。それと──“教会の槍”その最高技術顧問とも話がしたくてね」


 彼の言い分と表情から、最期の瞬間は俺たちには見せたく無い様だ。

 その事が鼻についたアルドラはグレイに言った。勿論、俺もアルドラと同意見だった。


「ふーん、でも私は戦っても良いよ? グレイさんとの稽古で強くなったし」

「アルドラの言う通りだよ。まさかアンタ……囮になる為に法国の『教会の槍』と戦う積もりだろう?」

「まぁね。最期ぐらい暴れて死にたいのさ、僕は古い人間だからね。だがね──」


 彼はカップを置いたが口を噤んだ。

 それに俺は焦燥に駆られたが、グレイが話始めるまで待った。それから10秒ほど経ち、彼は断言した。


「今のキミたちはまだ弱い。本気の聖竜騎士1人も殺せやしないだろう。お前たちが居た所で……返って僕の邪魔になるだけだ」

「そんな!? 私は一度、聖竜騎士の一人を──」

「それは向こうが手を抜いていたから、だろう? そうとも知らず、自分の情報を与えに与えた。もう彼らには、アルドラの技は通りにくいと考えた方が良いし、まず第一、キミたちには教会の槍と戦うメリットが無い」

「じゃあ俺たちは……アンタが死ぬのを遠くから見ててくれ、と言っているのか……!?」

「あぁそうだ。僕たちは『それ』で永久にお別れだ」


 ニヤリと笑ったグレイは、車椅子を動かしシンクに食器を運んで行った。そして手をパンと一度叩いた。


「さぁ、今日が最後になる。存分に詰め込もうぜ」


 グレイはそう言って優しく、穏やかに笑った。



 ◇◇



 午前の指導を終え昼休憩を終え、陽が沈んだ。

 夕食が終わり、食後の休憩をしている際にグレイが話し出した。


「さてさて、今日で安寧の睡眠が終わった訳なんだが……その前に僕からこの先のアドバイスを」


 そう切り出し、グレイは自室から大陸の地図を取り出した。

 俺とアルドラはただただ、彼が語る事を聞き洩らさないように黙り見つめた。


「今日の深夜。明日になる前に、魔法陣を使いココ辺りに転送するわけだ……」


 そう言って現在地から南西の森辺りをクルクルと指差した。

 その近くには村が点々とするだけで、最寄りの街までは街道を行き、3日程度歩けば良さそうだと頭に叩き込んだ。


「その前に法国のネライ……。何故キミ達を狙っているかを伝えよう」


 腕を組んで言う彼に俺は次の一言を待った。

 この1ヶ月間、ずっと知りたかった。何故法国が俺を……いや、アルドラを狙っているのか。その理由がどうしても知りたかった。

 ここでようやく彼らの目的を知ることが出来るとなると俺は、自然と拳を握った。漠然とした怒りからなのか、それとも恐れからなのか……


「では結論を急ぐと──」


 俺は固唾を飲んだ。そして……


「……全く分からん」

「え?」


 まるで「お手上げ」と言いたげな態度で、両方の手のひらを天井に向けた。

 そんなグレイの言葉に衝撃を受けた俺は椅子から立ち上がり無意識に叫んでしまった。


「はぁぁあああ!? おいグレイ!! お前、前に『なんでも知っている』って俺に言ったじゃ無いか!?」

「……。あの時のは『全部』真っ赤の嘘だよ……そんぐらい気づけや。ま、嘘は大人の十八番さ。今度から気ぃ付けな?」

「後でぶん殴ってやる」

「やれるもんならやってみな? 若造が」


 青年はそう言い「で、ココから本題」と切り出した。


「僕には何故キミ達を狙っているのかは分からない。しかし、法国の……最高技術顧問の『ソティス』という女が求めているのは分かる」

「おいグレイ……。なんか普通に『最高技術顧問』って言ってるけれども、俺とアルドラには分からねぇよ」

「うんうん、そうだよ。そのソティスって女は誰?」

「あー。そうっすね……まずはそこからでしたね……」


 松葉杖を突きながら自室に入っていったグレイは、一本の剣を持って来た。

 その後に「ウィル、キミの聖剣を持ってきてほしい」との事で、俺も自室に行き聖剣アルベールの得物を持って来た。

 テーブルの上には2振りの剣が。その二つとも薄青い水晶の様な刀身が目立った。


「キミの剣は正真正銘『聖剣』だ。そして……僕が持って来たものは、僕が作った……偽物だ」

「偽物……?」

「アレ? グレイさん、聖剣どか魔剣って妖精さんが作るのよね? 絵本で見た事あるよ」

「あぁ、そうだ。宝剣と総称されるそれらは、妖精が鍛造し人々に送られる。それ故に妖精以外には宝剣は作れない……」

「? ……おいグレイ、言ってることが違うじゃ無いか? 現にグレイは偽物でも作れているじゃ無いか?」

「僕のは()()()()()()()だ。長く生きた僕ですら、宝剣の偽物を作ることは出来ない。しかしだね……法国の、さっき言ったソティスを言う女は『完璧な偽物』が作れる。故に彼女は『法国の要』と呼ばれ、最高技術顧問の地位に居る。なんせ彼女の宝剣作成技術を以てして、教会の槍は保たれているからな」

「……? グレイ、言ってる意図が良く分からない……。もう少し分かりやすくしてくれないか?」

「──。そうだな、悪かった……。少し待っててくれ」


 そう言うと彼はまた自室に戻っていった。その際にコンコンコンと、杖先が床に当たり音が鳴る。

 木製のテーブルの上には本物の聖剣と、贋作の聖剣。

 キィィとドアが開いた。俺は視線を動かすとまた、グレイは同じ作りの剣を持って来た。それに俺は

「偽物か?」

 と聞いた。しかし彼は少しだまり、口を開いた。


「いや、これは本物に限りなく近い聖剣だ。僕が作製したモノとは格が違う。この聖剣はな……賢者の最期の弟子“学者ミリアム”が生前に作ったモノだ。ミリアム……彼女のその超越的な閃きと、驚異的な考察が相まって、魔王討伐に大いに貢献した。しかし彼女は病弱で長くは生きなかった。だが死ぬ寸前、彼女と思想が近しい同志に自身の記憶を、遺志の継承させている」

「記憶、遺志の……継承?」


 アルドラは確認するかのように呟いた。

 それに頷いたグレイは続けて言った。


「しかし継承と言えど、記憶は削れていく。それは……ミリアムですら把握できなかった。……だから記憶・遺志の継承先であるソティスは、失った記憶を蘇らせるべく『ある物』求めているんだよ」



『学者ミリアムの禁書』を──




 ◇◇◇◇




「これで雰囲気は伝わったと思うが……今や法国はミリアムの遺志・記憶。その継承者であるソティスが中枢を掌握している。しかし彼女は、欠損したミリアムの記憶を継いでいるだけの身。だから『何故、ウィルとアルドラを狙っているのか』は十分理解できていない。理由の判明など禁書を手にすれば良い事だ。だからこそ、お前たちは……」

「俺たちは法国から逃げながら……その禁書が法国に手の物になる前に回収する……って事で良いんだな?」

「そうだ。……理解が早くて助かるよ」


「でもそれってさ」

 アルドラは首を傾かせながら質問した。

「ミリアムの遺志を引き継いでいるなら、今現在持っている断片的な情報でも何時か全てを思い出すんじゃないの? だって断片元のミリアムは『天才』だったんでしょ?」


 彼女の鋭い問いかけに俺は、心の底で賛同してしまった。

 確かに、あの『英雄ミリアム』の記憶を断片的にでも引き継いでいるのなら、彼女由来の閃きも健在だと考えた方が良いのだろう。ならば断片的な記憶を辿り、その空白を考察し『いずれ全てを思い出す』というアルドラの意見も頷ける。


「たとえ超越的な閃きがあったとしても、それには材料……過去が要る。ソティスが未だ大々的に行動を起こしていない事を鑑みれば、まだ全てを思い出していないハズだ。だがな……そうだ、アルドラの言う通りだ。いつか、時間が経てば全てを思い出すだろう。そしてその際、お前たちの真の利用方法も編み出す事だろうな」

「じゃあどうすれば……?」

「ソティスが何かアクションを起こす前に、その大元を叩かなければならない」

「だとしてもだグレイ……。結局、そのミリアムの禁書が必要になってくるよな? 俺たちは」

「あぁ。禁書を集め、その暗号にも似た文献を紐解き、元凶を潰す。それが……法国と正面切っての戦闘を回避出来る唯一の手段だろう」

「ふーん。あぁ、だからグレイさんは新しい人を──その南の魔女の弟子を貰えって言ったんだね?」

「そうとも。天才の閃きには敵わないが、ほんの少しでも解読の蓋然性が上がれば良い、と思ってね。魔法の知識ならばもう、その弟子の方が僕よりも上だ。禁書の解読に関しては、何がトリガーなのかは僕には分からん……」


 英雄の一人『学者ミリアム』。その遺志・記憶を断片的に継承した法国の『最高技術顧問ソティス』。

 理由は未だ不明だが、彼女の企みを阻止するには『学者ミリアムの禁書』を集め解読し、企みを台無しにさせる事。

 ……。思った以上にこれから先は修羅場だ。グレイが今こうして話してくれたのは、稽古に集中させる為だったのかもしれないな。……本当に良い意味で嘘つきだ、彼は。


「大体わかったよ。でさ、グレイさん。憶測でも良いから、どうして私たちがソティスって人の計画? に必要なのか話してくれる? 何でも良いの……この先の私たちにきっと必要になると思うから」

「あぁ……そうだな」


 グレイは顎に手を置き、俺とアルドラをマジマジと見た。


「正直言ってウィルに関しては分からない。その祝福が狙いだと思うが……別にそこまでのモンじゃない。この世に不死は存在しないからな。お前の祝福はただ単に不死鳥(フェニックス)の様な再生力が強み、という事だけだ」

「ほー。じゃあ俺については不明と……。じゃあアルドラは?」

「アルドラに関しては断言できる。『吸血鬼の祖、真祖だから』と言う訳では無い、そう断言しよう。……ビリーちゃん。キミの正体不明の触手、特別な魔法が原因だと考えている」

「おぉ! えへへへへ、ビリーちゃんが法国に狙われる理由なんだねー?」


 そう言ったアルドラは、触手を召喚し嬉しそうに撫でた。

 何故嬉しそうにしているのかは俺には理解できなかったが、手で撫でられ嬉しそうにしている触手……ビリーちゃんを見る限り、法国が求めている程のモノなのか? と疑ってしまう。

 しかしそれでも、グレイにとって、俺にとってもビリーちゃんは謎の触手だった。グレイは触手の根本にある小さな魔法陣の解析を試みたが失敗に終わった。


「ビリーちゃんだけではないよ。後述の魔法……アルドラの『呪詞(じゅし)』による攻撃。それは、その辺の真祖には出来ない……キミ由来の特別な魔法だ。まず第一、キミは聖竜騎士の片割れを呪詞により殺している。ほら、あのカウントダウンのヤツ。『0』になった時に即死させる意味分かんねぇ魔法さ」

「あ! アレね! 改良したんだ!! 効果範囲を広げたよ!!」

「マジか、僕の知らないところで……なんという。お前は生まれて来る時代を間違えたな? 古竜が居たその昔、アルドラが居ればもっと早く討伐出来ただろう」


 とほほ、と何処か嘆く様にグレイは言った。


「じゃあグレイ、まとめるけどさ」

 俺はテーブルの上に乗る聖剣を手に取り、

「俺たちはこの先、南の魔女にて魔法と弟子を授かり、同時に法国から逃げながら、学者ミリアムの禁書を回収する。そして頑張って禁書の内容を解き明かし、ソティスの狙いを台無しにしてやる」

 そう言って鞘に宝剣を納めた。


「その通り! に、しても『台無しにしてやる』とは良いねぇ、カッコいいよ。そんで、かく言う僕は明日、ここにやってくる教会の槍と戦い、願わくばソティスにミスリードを掛けて混乱させてやる。南の魔女の弟子については、快諾してくれたらラッキー程度に思っていてくれ。ただ単にこれから先を案じての強引な手法だ。だがね、戦力は少しでも多い方が良いし、キミ達はミリアムの様に天才でも無い。超越的な閃きには手が届かなくても……三人寄れば文殊の知恵。なんかしら浮かぶだろうよ」

「おいグレイ。その『三人寄ればなんやら』の意味は知らねぇが、何処か馬鹿にしてることは理解出来た」

「おっと失敬」

「ねぇグレイさん。話が変わっちゃうけど良い?」

「なんだいアルドラ? 今夜で終わりなんだから勿体ぶんなくて良いぞ? なんでも聞いてくれ」

「じゃあさ……」


 アルドラは俯き息を吐いた。その後、整理が付いたのか顔を上げて口を開く。


「貴方の望みは何? グレイさんは、自分の命を削りながら私たちを強くしてくれた。最初あった頃は半年は生きそうだな、って感じたけど……今はもう──。ねぇ、だからさ……何か私に出来る事はある?」


 薄いピンクが入った乳白色の髪の少女の言葉には、2人を驚かせた。

 グレイはともかく俺は彼女の発言にとても衝撃を受けた。吸血鬼化したアルドラは性格が変わった。

 勿論、昔の方が良かったどかそう言った訳では無い。しかし、今のアルドラでは絶対に言わない言葉をグレイに言ったのだ。ここまで利他的な発言を彼に──


 しかしグレイは

「いいや大丈夫。そもそもこの稽古は、僕の我が儘で成り立っている。だからその必要は──。……」

 と、一度断ったが黙り込んでしまった。


 グレイが再度話し始めるには時間は掛からなかったが、その間は俺もアルドラも彼を見つめていた。

 稽古の時や食事の料理中などは、あんなにも大きく見えた彼の姿が今や、とても小さく、孤児院に引き取られる前の亡きお師匠と重なった。

 グレイ、と言いかけた瞬間に彼は口を開き言った。


「じゃあ、お願いしちゃおうか。最後の弟子へ、僕の願望とキミ達への稽古を兼ねて……。どうか、僕を──



 僕を殺してくれ。その真意は旅をしていれば分かると思う。だから今は、余裕が出来るまではどうか、自身の身を大切に。



 とグレイは言った。

 ふと俺は時計を見た。時刻は午後10時を過ぎた。

 この長い長い話も終わり、ついに彼とお別れの時がやって来たようだ。


「もう少し一緒に居たかったが……時間は許してくれないな。さぁ、各自準備したまえ。僕は魔法陣のチャックにはいるから」


 そう言った彼の言葉に俺たちは、何も言い返せずにいた。

 そして自室に入った俺は、少しだけ声を殺して泣いた。


 また俺は、師匠を失わないといけないのか、と運命を操る見えない神を恨みながら。




 ◇◇◇◇




「うーん、やはりコート姿が似合うねーキミ達は」


 グレイの自室。その床に掛かれた魔法陣の上に立つ俺とアルドラに、グレイはニヤけながら言った。


「そのコートは何度でも言うが、あの古竜の翼膜から出来ている。故に長く使いこなせばこなす程、キミ達の身体の一部分として機能を果たすだろう。……手入れは別にしなくても良い。美しき古竜を汚せるものは、この世に『古竜狩り』しか居ないのだからね」

「グレイ……。稽古から、この装備まで……。あと生活に必要な道具まで……ありがとう。大切に使う」


 俺は背中に背負うバックに視線を移して言った。

 このログハウスにて使ったフライパンなどの料理道具から、野宿用の簡易テント、入浴用のタオル、幾つかの本をバックに詰め込んだ。収納魔法を掛けている様で、バックの容量はとても多く、この家の思い出とも言える物は詰め込んだ。

 しかしバックは重くなく、この先の旅を快適に移動できるだろう、と安易に想像できる程に素晴らしい物だった。


「ほら、ビリーちゃん達もお礼して……」


 アルドラがそう促すと4本の白い触手が、それぞれ頭を下げるかの様に動いた。

 その中の2本。ビリーちゃん1号2号は、泣きつく様にグレイの両足に巻き付いた。当初グレイは、その触手に嫌悪感を持っていたそうだが(かく言う俺もそうだった)、今や皿洗いのバディとなっていた。


「そうかそうか、お前たちも悲しいのか? 僕の身を憂いてくれるのか?」


 その言葉に反応するかのように激しく触手を振り回した2本は、その数秒後にグレイの足から離れていった。

 正体不明。しかし人の心はあるようで「これ以上は主人のアルドラに迷惑が掛かる」とでも言いたげな、どこか葛藤を含んだ動きであった。


「キミたちビリーちゃんは、人間よりも人間らしいな……。ありがとう、勇気を貰ったよ」

「うん……グレイさん。ビリーちゃんも『いままでありがとう』だって……」

「ホントにその触手は何なんだよ……。まぁいいや……。そうかそうか、こっちこそありがとうな。ウィルを宜しくやってくれ」

「おいおいグレイ……。お前は俺の親か何かか?」

「ははは。……。さて、もう時期、明日になる。起動しよう」

「その前に……最後の質問をさせてくれ。アンタの正体は……なんなんだ?」

「まだ言うか小僧……。何度も言うが僕は、全て燃やし尽くしたただの灰。灰色のグレイさ」

「そうか……灰色のグレイ。お前の事は一生忘れない」

「おう」


 グレイは懐中時計を確認した後、その場に座り込み魔法陣に触れた。すると淡い青い光を放ち始め、徐々に部屋を照らし始めた。


 その時であった。

「アルドラ、コレあげるよ」

 と、グレイは手に持っていた懐中時計を投げ渡した。それを受け取ったアルドラはキョトンとした顔で彼を眺めた。


「その時計はね……こんなチャランプランな──でも出来た、最a────の遺品さ」


 魔法陣が本格的に起動してきたため、グレイの声が一部俺には聞こえなかった。

 しかしアルドラには届いたようで、その騒音に負けない程の大きな声で彼に言い返した。


「っ!? グレイさん、私……コレは受け取れないよ……! だってコレはグレイさんの──」

「い──や、コレは僕以上──キミ──相応しい」

「……」


 目がくらむ程の光と、意識が途切れそうなほどの音が脳に響く。

 全てが変わってしまうその前に、俺は出来る限りの声を出し言った。


「ありがとうグレイ!! お前の願い! 絶対に叶えてやるからな!!!」




 ◇◇◇◇




 目を覚ました。

 天井には太陽が輝き、続いて鼻孔に花の香りが刺激した。

 腕を突き上体を起こす。


「花畑?」


 視界いっぱいに広がった赤、青、黄色や紫などの色とりどりの花が地面を覆っていた。

 太陽の位置から推測するに午前10時ほどだろうか。ならばグレイはもう……


「っ!? アルドラ!!」


 俺は立ち上がり付近を見渡した。近くには彼女は居なかった。

 意識を失ったのは深夜の0時前。そして今は昼前。かなりの時間が経っているはずだ。

 光に慣れない目を開き、俺は注意深く彼女を探した。そして見つけた。


 小高い丘になっている地形の頂き。そこで背を向けているアルドラが居た。

 俺は荷物を置き捨て走って向かった。その際なんど「アルドラ」と叫んだのかは覚えていなかった。

 頂きにて座っていたアルドラは首を動かして俺に視線を合わせる。


「ウィル、おはよう。今起きたんだね?」

「ハァハァ……あぁ、そうだよ……。どうしてアルドラはココに……?」


 息が切れながら俺は質問した。

 それに答えるかのように少女は身体を動かした。その行動によって露わになったのは、小さな石の塔。いや、墓石であった。その前には灰色の花が数本置かれていた。


「グレイさんのお墓。彼はもう……居なくなっちゃったから」

「──。どうして、どうしてそんな事が分かるんだよ」

「前にグレイさんの血を一滴、飲まさせて貰ったの。だから分かる。分かってしまったの。彼はもう消えてしまったって」

「そうなのか」

「うん……。ねぇウィル? 少し早いけどお昼ご飯にしない? ……お腹減っちゃって」

「ははっ、そうだな。俺も本当に面白い事に……こんな気分なのに腹が減る……。グレイも言っていたよ……生きてる限り腹は減るって……」


 俺は近くに咲いていた、彼の髪色に似た花を摘み、アルドラがたてた墓標に手向けた。

 墓の主は『灰色のグレイ』。しかしその墓は飾りでしかなく、その地中には何も無い。


「ねぇウィル、何を作ってくれるの?」

「サンドイッチ。こんな所で火を立てたくないからね」


 即席で作った昼食であるサンドイッチをアルドラに手渡した。

 5日程度の食材はバックに入っている。目指すは『南の魔女』が住まうテリトリーだが、その前に少し食材を調達した方が良さそうだ。このあたりの地理は頭には無い。地図だけではどうも心配だからな。


「うん、美味しい」とアルドラは頬張った。

 それに続き俺もゆっくりと味わった。


 僕らは小高い丘の上、墓標を背中にして食事を進めた。正面を向く方向は、グレイと稽古に励んだログハウスがあった方向。

 しかし当たり前だが、距離が遠く離れている為に見えるハズは無い。ただただ青く澄んだ空と、白くなった山々が見えるばかりであった。


「グレイさんの味がするね?」

「あぁ。あの人のレシピは完璧に盗んだからな」

「じゃあ晩御飯、期待しちゃうよ?」

「任せとけ」


 そうアルドラに返して俺は彼との生活を思い出す様に空を見上げた。

 遠い東の空には雲が迫っていた。

 明日は雨なのかも知れない。




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