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7月10日、午前10時11分──
法国に突然発生した真祖、吸血鬼と交わした一時休戦の期間が8日となった。
その日、法国の聖都セルフォーテ。大聖堂の離れにある礼拝堂では、その吸血鬼への対策として会議が行われていた。
各階級がある法国では、教会に属し認められると階級を与えられ3階級と言われる。それは助祭、司祭、司教の3つとなる。
その司教にまた役職がつき大司教、枢機卿、長老と言われる3つが存在する。
役職を与えられた3つの役職は、あくまでも教会、その司教の代表者として法国を牽引するものであって、決して私腹を肥やす為の役職では無いと、法国に改宗を行った亡き“聖女”が何度も釘を刺していた。
そのため役職の最上位である長老にしても、与えられる賃金は司祭と同等のものとなっている。
しかし役職は役職。聖都の方向性を決定できるのは、枢機卿から選抜られた60歳以上の10名となり、未来を決める指導者となっている。
そこに居合わせている最高技術顧問のソティスは、一向に進まない議論に深いため息を出した。
「まぁソティス、良いでは無いか……? まだ8日もある」
「これでは何も進みませんわ。……なんと鈍間な。時間が無いというのに……!」
「珍しく感情的だな? まぁ、俺はどうでも良いが……」
円卓には10名の長老と、老人たちから見れば若者の2人が囲むように椅子に座っている。
ソティスに語り掛けたのは『聖騎士』『聖竜騎士』をまとめ上げる最高責任者。聖竜騎士の元序列1位。『騎士団長』と呼ばれる爽やかな茶色の短髪。深紅の鎧の上からでも想像できる分厚い胸、逞しい脚、太い腕。
そんな彼、ローレンスは
「ひとつ良いかね? 長老どの」
と、切り出した。
「吸血鬼、真祖アルドラへの討伐に関しては過半数の賛成がある状況。しかし、今だ決議が決まらないのは……彼女らの師を受け持った『グレイ』と言う名の男が原因なのだろう?」
「あぁそうだ!! そうだとも!! ソイツの存在は全くもってイレギュラーだ!! 時間を掛け真祖の出方を探るつもりが……こうもなるとは!?」
「潜伏魔法、無音の装備……。法国でも簡単には用意できない装備を着てようやく彼の索敵を欺けた。そんな生き残りの証言がここにはあるからのぉ。なんでも巨大な火柱の魔法を詠唱をたった一言で……。ここは慎重になった方が良いと思う……。聖騎士の全滅はおろか、聖竜騎士の過半数を失いかねん……」
「ああ、御仁の言う通り。法国には国兵こそありますが、聖騎士の様な一騎当千とは程多い。しかし真祖……古い文献には昔の昔、この大陸を掌握していたのが彼らだと言われている。まぁ、古竜の出現によって全てが引っ繰り返ってしまいましたが」
「はははは、全くもって哀れな血族よな。こう考えると賢者の弟子の一人である『血族狩り』が良くやってくれましたわ!! 次は我々の番ですぞ!!」
ローレンスは会議の内容をグレイに焦点を当てようとしたが、徐々に脱線していった。
椅子に踏ん反り帰りソティスに対し舌を軽く出し、両手を小さく振った。彼が良くおこなう降参のジェスチャーだ。
結局この日も、何の進展もなく会議が終わった。長老たちが次々と部屋を後にするが、1人……否、1匹の年老いた猫の獣人がソティスを見つめていた。
その獣人、老婆の片耳には深い切り傷の跡があった。それはかつての法国、亜人を迫害してきた古い歴史の負の遺産の産物。
そんな彼女が人間に幻滅しなかったのも、法国に献身しているのも全て聖女のお陰だ。幼き頃、まだ無名の聖女に助けられ魔王討伐後、改宗の際に彼女の為に奔走した。
「ごめんなさいねローレンスさん。ワタシ、ソティスさんとお話したいことがあるの」
「……。そういうことですか、では私はこれで」
ローレンスは立ち上がりソティスに耳打ちした。
「俺は最近評判のいい2人を見ていくよ。話、終わったらどうだい?」
「ええ、私も行くとしましょう。吸血鬼と成ってしまったとはいえ、彼らにとって真祖アルドラは、友人には違いありませんからね」
まるで何もなかったかのように微笑を浮かべたローレンスは、
「では」
そう言って部屋、礼拝堂の一室を出て行った。
数秒たち獣人の老婆は机に両手を置いた。そして──
「ワタシには貴方が、どうしようもないくらい真祖であるアルドラさんと、不死鳥のウィルさんを欲しがっているように思えるの。それと彼女たちの師も……。どう? 当たっている?」
「はぁ……。何故そう思うのですか? ヴィルシーナ様」
「否定しないのね。そういうところ、本当に先代の技術顧問とそっくり。けど……匂いは違うんだけどね」
「……。はて、何の事やら」
「また濁すのね? ワタシ、アナタのそういう所、キライなのよね」
「そうですか? 私はヴィルシーナ様の事が好きなのですが……。幼少期、貴方には大変お世話になりましたからね」
「その時のアナタと、今のアナタは……まるで別人の様だけどね。昔の無邪気な方が好きだったわ」
「今や法国の最高技術顧問を任されている身。変に妥協はしたく無いのですよ? ですが幼少期からの夢は一向に変わっておりません。……過程は変わりましたけどね」
「ではその過程というもの……聞かせてくれるかしら?」
「イ・ヤ・です」
粗方、話し終えたソティスは美しい銀髪を揺らし立ち上がると
「もう向かいます。かつての恩師と言えど今や相いれない身。不毛な討論は勘弁ですから。……あぁ、そういえばヴィルシーナ様。この先もう長くは無いのでしょう? 隠居されたら如何です?」
と、皮肉を込めてそう言った。
それを受け取った獣人のヴィルシーナは、こう返した。
「そう? なら尚の事、励まなければいけないわ。この愛する国の為ならば、ワタシの命など惜しくないわ」
ソティスはヴィルシーナの解答を聞き小さく顔を歪ませた。その後、ヴィルシーナの方に向き、親指を折り額から胸、左肩、右肩へと十字架をきった。
そして何事も無かったかのようないつも通りの微笑を浮かべて部屋のドアノブに手を伸ばした。
ガチャリと音を立ててドアを開ける。その際、ほんの僅かだけソティスは恩師であった猫の獣人に視線を送り、小さく小さく呟いた。
「さようなら恩師。生きて合う事は、もう二度とないでしょう」
◇◇◇◇
7月10日、午前9時51分──
「いつでもかかってこい」
「ええ」
早朝の祈りを終え、食事を済ませたレイクとマリナは、自身の師である不滅の兄弟の下で剣を握る。
全ての属性が扱えるマリナは兄アルバート、力自慢のレイクは弟ヘンリーが担当している。その兄弟の指導は的確で着実に実力が実っていき、“教会の槍”の最高責任者であるローレンスは『次の聖竜騎士が2名決まったかな?』と笑いながら言う期待の新人である。
「闇夜の霧」
マリナは淡い青い光を帯びた聖剣を触媒に魔法を唱える。
針剣に黒いもやが発生し、それを空気に溶かす様に振るった。するとマリナを中心に暗黒の霧が立ち込めた。
そこから更に身体強化の魔法を唱え、目を瞑り俯いた。視界が悪い状況下では、その人が持つ魔力を探知するのが手っ取り早い。特にマリナは、その魔力探知に関しても魔法の腕前同様に秀でていた。
「ハッ!!」
マリナは聖剣である自身の得物を、探知に引っかかった所へ鋭く刺しこんだ。
身体強化の魔法も相まり、たった1歩の踏み込みで間合いを攻めた。今できる自身の最速の技だ。
針剣からは重たい感触が伝わる。肩あたりでも的中したのだろうか?
今日までの不滅の兄弟との稽古は全て模擬戦であり実戦的なものであった。
アルバート曰く『人を斬る感触を味わった方が良い。オレ達は不滅故、傷は治る』との事で、武器の振るい方をマスターした後は、彼らに攻撃を当てるという練習に入った。
当初、レイクもマリナも人肉を断つ、刺すという行為には否定的で、血を流し腕が地に落ちる光景に慣れるまでは苦汁を飲んだ。何度、胃の中身を吐き出したのだろう。しかし『彼らを救いたく無いのか?』という言葉が、何度も彼女たちを奮い立たせた。
確固たる意志があるマリナとレイクは最早、聖騎士の中では上位のランクに位置し、その存在は聖都では話題となっていた。『あのローレンスも期待している新人。聖竜騎士と成るのも時間の問題か』と──
その為、マリナには慢心は無かった。
深々とレイピアが刺さった事を感触で察すると瞬時に魔法を唱えた。
「冷気の伝染!!」
青白い聖剣は更に青さを増す。その後、空気を凍てつかせるほどの冷気を放ち、刺しこんでいた部位の周辺を凍らせた。
敵を戦闘不能にするには上出来だろうが、相手は不滅のアルバート。彼はただただ余裕そうに感嘆の一声を上げた。まるでフクロウの様に『ホォ』と。
彼女が追いうちを掛けるべく更なる魔法を唱えようとした時、背中に強烈な衝撃を受けた。思わず肺の空気が抜けると同時に、前屈みに倒れてしまった。
それと同じくあたりを覆っていた黒い霧も晴れ、稽古相手のアルバートの姿が露わになった。
彼の左腕は大きな針跡と真っ青の凍傷が目立った。それを地面から見上げるように見たマリナは、ため息を吐いた。目標である胴体を見事に外れた為である。
「いや何、そこまで落ち込む事は無い……。ただオレが数枚上手だった事だ。しかしな……経験差はいずれ拮抗する……煮詰まるものだ。そうなれば天性の才がモノをいう。……今はその才能を用いて大いに失敗しろ、そして糧にしろ」
「……。はい……」
アルバートはマリナに手を差し伸べた。
それを受け取った少女は立ち上がり、聖剣を鞘に仕舞った。その頃にはもう、彼の腕の傷は治っていた。
今回の模擬戦は1分も掛からなかった。通常、マリナが地に倒れた時点でその都度に反省会を行う。
それも『地に倒れた時点で普通の人間の人生は終わる』と、彼の意向だ。
「あの黒い霧は……まぁ良かった。視界を制限する事は対人戦、対獣戦でも役立つからな。視界を制限しつつ、オマエの得意な魔力探知で──と」
「そのハズだったんですがね……。上手くいきませんでした……」
「それもそのハズ……今回が初めての試みだからな。それでオレの腕を一本取ったんだ。……まぁ上出来だろう?」
アルバートは腕を組み、眉をひそめた。
だがマリナにとっては納得のいかない結末であった。
もっと上手くやれたハズ。もっと稽古を重ねなくては。でなければウィルをアルドラを救えない……と。
「いいえ……まだ足りません。全然足りてないのです……。2人を救うには、余りにも力が……」
「まぁそうだな。この期間が終われば教会の槍がアルドラとウィルを狩るだろう……。オレ個人的にはウィルは惜しい……アイツはオレの弟だからな」
「またウィルの事をまたそうやって呼んで……。……。でもそうですね、法国の意向では『真祖たるアルドラは討伐対象』だと……」
そんな中、陽気な男の声が暗澹な雰囲気を吹き飛ばした。
「よぉ!! やってるかい!?」
「……。ローレンス……」
「騎士団長……!! 如何して此処に……!?」
「なぁに? 最近話題の聖騎士を見に、ね。どうだろうかアルバート。この子等は強いだろう?」
「さっさと業務に戻ったらどうだ? 忙しいのだろう?」
アルバートは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
そんな彼をローレンスは笑い飛ばし、マリナの肩をトントンと触れた。
「キミのお友達、その処遇は絶賛グダグダ中だ。彼らにも、恐ろしい師が付いてしまったようでね……。きっと手こずるだろうし、俺としても聖騎士、聖竜騎士は無暗に失くしたくない。出来うる限り穏便な顛末になる様に頑張るよ」
「……!? あ、ありがとうございます……」
「お礼はいいよ。なんせこうなったのも、グレイと言う名の男。そのイレギュラー性……底の見えない強さ──。彼は一体何なんだろうねー?」
「……あぁアレかローレンス。斥候が一瞬でこんがりと炭になった原因……。その遺体をオレも見させて貰ったが……惨いものだ。彼は我々を挑発しているのだろう? な、ローレンスよ」
「人間が一瞬で炭に……?」
マリナはその姿を想像した。
自身も魔法を扱っているので、グレイと言う男と自身との比較が簡単だが出来た。当然の話、自身には一瞬で人を炭にする程の魔力は無いし、出力も無い。
大魔導士……それも魔王を討伐した英雄の一人『南の魔女』ならば、と思い耽ったがそもそも別人なワケで今回の想像は、ただただ己との力量を見下されている気分となった。
ローレンスはテンションが更に下がったマリナを見て笑い、アルバートの問いに応えるように淡々と言い始めた。
「あぁそうだ。……まるで我々を挑発するかのように堂々と、あらゆる施設に自身の名や人となりを置いて行ったよ。特定に時間はかからなかったが……以前として正体不明だ」
「誰か彼を知る者は居ないのか?」
「さぁね。恐らく、知っていても何も話さんだろうよ」
「で、どうするのかね? 彼を殺すのかね?」
「正直に言えば……そうしたい。少女と言えど真祖……彼はその事を分かっていて師を取っている、と生き残った者からの報告がある。これ以上は彼には触れぬようにしているが……あの2名に何か吹き込んでいるかも知れん。俺一人の命で彼を殺せるのならば……御の字なのだがな」
「まぁ上手くは行かぬよ。ローレンス、オマエの勘は冴えているからな。それで……何人死ぬと思う?」
「聖騎士は間違いなく全滅だ。彼の最速高火力の魔法を防ぐ手段は無いからな。序列1~13位の聖竜騎士でも対抗できるのは5位から上だろうな。それ以下では時間稼ぎにしかならん」
「ハハッ。まるで……アウルム山脈の無頭騎士ではないか? 頭部が無いにも掛からわず、その剣技は神業だからな」
「あぁ、本当にそんな感じだよ。その騎士を持ち帰って彼にぶつけたい程、頭を痛ませているのさ」
「…………」
アルバートとローレンスは話す会話はマリナにとって初耳の単語が出てきた。『アウルム山脈の無頭騎士』?
確かその山脈の頂きにはその昔、おとぎ話にも出てきた古竜が住んでいたそうだ。そこ古竜は古竜狩りと言う男が単独で討伐を果たし、それ以降山脈は禁足地としてなっている。
……。法国は何の為に禁足地、その山頂に向かったのだろうか? そしてその騎士とは……
アウルム山脈は『オロ・ファロス国』の領土だ。ここ1年ほど前に法国は、ファロス国と友好関係を結んだ。それも何か関係しているのか……?
「マリナさん、こんにちは。精を出していると聞き、参上しましたわ」
「ぅわ!?」
マリナは深く深く熟考していた為、急に現れた最高技術顧問のソティスの声で驚いてしまった。
それが可笑しかったのか彼女は、長い銀色の髪を揺らしながら笑った。それを見てマリナもまた微かに微笑を浮かべた。
自身に姉がもし居れば、このような朗らかなヒトが落ち着くな……と思いながら。
「ソティスの姐さんも来たか……。ブレイク、休憩に入ろう。稽古はまた午後に……。オレは部屋に戻る」
「おやおやおや、アルバートくーん? 可愛い弟子の稽古を投げだすのかね? 謹慎処分、更に重くしようか?」
「ちっ……。休憩は休憩だ。休むのも稽古に含んでいるんだよ」
ローレンスは全力で逃げようとする彼にダル絡みをした。それを聞いた兄ではあったが休憩とし、未だ稽古を行っている弟の方に歩いて行った。
それの光景を見ていたマリナとソティスは静かに話し始めた。
「……それで、聖剣の調子はいかがですか? なにか異変が有れば私に」
「あぁいえ、大丈夫です。……ですが、逆に私が聖剣に振られているというか……。まだ『私の物』とはいきませんね」
「そうですね。最初は皆、聖剣の力に振り回されていますからね。大丈夫です。ゆっくり体に馴染ませるような感覚で相対すれば良いと思います」
「わかりました。そうします」
マリナは鞘に仕舞った聖剣に触れた。
そこに
「それと──」
と、ソティスは続けた。
「私はマリナさん、レイクくんの可能性を信じています。可能なら法国にあの2人が戻ってくることを望んではいますが……」
「2人の師を務めている……グレイ、という男ですか?」
「ええそうです。……できうる限りウィルさん、アルドラさんの元には貴方がたを向かわせたいと思っていますが、彼がどう出るかは神のみぞ知る……。長老との会議では私は、グレイに対しては私と聖竜騎士を向かわせようと思っています」
「ソティスさんも……!?」
「はい。私も多少は戦えます。特に魔法は自身でも優れていると自覚しているくらいには」
「まぁ、彼に何処まで通ずるかは分かりませんがねー」と笑いながら言った。
向こうからレイクが手を振りながらコチラに向かって来た。その後ろでは不滅の兄弟と騎士団長が談笑していた。
……。壊したくない……
そう思える程にマリナは騎士団員として、この雰囲気を愛していた。
それはかつて孤児院で抱いていた思いと重ねていた。神父さまと一緒に、炎の中に消えて行った孤児院。
マリナは細い鞘を力強く握った。
もう誰も失わさせないために──
キャラ紹介
アルバード・ラスティカ・ダイアー&ヘンリー・ラスティカ・ダイアー
・サセリーゼ法国。教会の槍、聖竜騎士 序列3位 通称『不滅の兄弟』
・24歳。美しい薄い青色の髪と眼。クマと眉間のシワがある方が兄のアルバート。
・祖父は英雄“聖剣アルベール”。しかし本人たちには聖剣の適性が無い。
・兄弟の得物は“古竜狩り”が作成した数ある武器の一つである斧槍(兄)と大盾(弟)。
・声色が似ているので甲冑を着込むと判断が難しく成る。そのため騎士団長からの命令で、赤と青の聖布をスカーフとして巻いている。
・神父フェブールによって拾われた。その後、才能を見抜いた神父は苦悩した結果、本人たちの意志を尊重し聖都へと送った。神父とは恩師の関係。
※溜め書きを全て投稿しましたので、これからは通常通りとなります。ハーメルンさんにて他作品交え投稿していますので、興味が有りましたらお越し頂けると嬉しいです。