表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

 6月24日 晴れ 誓約解除まであと24日


 俺がお師匠と暮らしていた湖のほとり。そこで、お師匠の『古い戦友』を語る男に出会った。

 その男は、グレイと名乗ったが聞き覚えがまるでなかった。年恰好は俺たちよりも一回り上の感じ。その名の通り、灰色の髪をした男だった。

 お互い軽い自己紹介を挟んで、グレイが釣った魚を料理して食べた。……悔しいが、料理の腕は彼の方が何枚も上手だった。

 その後、お師匠。じいさんの聖剣と禁書を彼から受け取った。俺たちが来るまで守っていたそうだ。しかしその理由は一切語らずただ「僕がキミたちの師匠になってあげよう!」と豪語していた。

 真意は不明。だが確かに分かった事がある。


 それは、グレイという名の男の実力は確かなものだった。



 6月25日 晴れ 誓約解除まであと23日


 あの無敵と思えたアルドラが、グレイとの稽古にて片膝を折った時は愕然とした。

 もちろん、そんな彼に俺が善戦出来るはずも無く、ただただ基礎練習と銘打ち、剣を振っていた。

 アルドラとグレイとの模擬戦は最早、殺し合いにも似ていて、それは化け物どうしの戦いでもあった。

 当然の様に腕を落とし、脚を切り倒し、首を刎ねたが瞬時にお互いの傷は回復していく。怯むどころかアルドラは、嬉々としてグレイに立ち向かった。

 それほど戦えれば法国に対し牙を向けられる、と思っていたが「そんなに甘い連中じゃない」とグレイは何度も警告した。

 グレイは法国の裏の顔を知って居そうだったが、何も話してくれなかった。ただただ「元に戻っちまった」ともの悲しく嘆いていた。

 依然として彼の正体は不明だ。だけど俺のお師匠、じいさんの過去について色々と話してくれた。

 じいさんも最初は所謂『落ちこぼれ』というもので、そこから賢人の助けも有りのし上がった、と。

 そう色々聞くと、元気が湧いて出る。

 まだじいさんの聖剣は使えないけど、いつかはじいさんを越えてやる!! 



 6月26日 曇り 誓約解除まであと22日


 今日はグレイからの座学から始まった。

 法国の聖騎士・聖竜騎士の9割は『宝剣』を持つと言う。『宝剣』は聖剣と魔剣の総称だ。

 で、その宝剣を100%の力を引き出すと剣の個体差(?)はあるが、ほぼほぼ無限に等しい魔力を使用者に付与する、と言った。

 つまり『宝剣使い』の最大の弱点は『宝剣』であり、素早く戦闘を終わらせるには宝剣の奪取、使用者の腕を斬り落とすのが一番だと言う。

 それと『無限に等しい魔力を使用者に付与する』と言っていたが、こと戦闘に関しては無視しても良いらしい。

 なんでも魔力は、それを『放出』するにも才能が必要で、それが無ければ所詮は宝の持ち腐れ……そう厳しくグレイは言い放った。

 かくいう俺の『放出』の才能はソコソコあるようで、あとは聖剣の本領発揮のみだという。それならば木刀での稽古を辞め、聖剣での稽古に移った方が良いのでは? と言ったが、彼は否定した。

 グレイは「今後キミは、愛しのアルドラと逃亡生活を送る事となる。そうなれば戦況は日々変化する。室内、洞窟、荒野に泥地、森の中……。果たして満足に聖剣が振るえるかな?」と。

 そこ言葉には聞き覚えがあった。かつて、じいさんが俺に言っていた『教訓』だった。

 じいさんは『室内、洞窟、荒野に泥地、森の中。状況が変われば扱う武器、戦術の最適も変わる。だからこそ、満遍なく己の糧にしなくてはならない』──

 まさかと思った。俺は目の前の男を、初代魔王を討ち果たす英雄を育てた『賢人』だと思ってしまった。だけどそれは「違うね」と否定された。

 そして最後に「彼はもう死んだ。魔王共々ね」と小さく言ったのを俺は聞き逃さなかった。




 ◇◇◇◇




 6月27日  誓約解除まであと21日


 この日は雨の音で目が覚めた。


 湖畔に着いてからは、グレイが建てたログハウスで衣食住をしている。

 彼は1階の書斎で寝ており「あとの部屋は適当に使ってくれ」とのことだったので、俺とアルドラは2階の部屋で寝ている。

 寝ている、と言っても別々の部屋だ。アルドラは終始「一緒に寝よう」と言っていたが断った。理性が飛びかねないから…


 ガラス窓から見える空は灰色で、奇しくもグレイの髪色そっくりだった。

 まだ早朝、光の感じから朝の6時ほどだろうか? 彼は起きているのだろうか? 

 横の部屋ではアルドラは寝ているハズだ。物音を立てないように支度を済まそう。


 服を着替え、鏡で寝ぐせを整えドアを開き1階に下る。

 リビングには居らず、書斎のドアをノックしたが反応は無かった。玄関のドアを開け見渡すと、離れ小島にて傘をさして釣りをしているグレイが居た。

 俺は早速、傘をさして外に出た。


 ポタポタと傘に雨粒が当たる。

 粗悪品だったのか寿命なのか、油が良く塗られていない箇所から水が染み、手元にゆっくり流れていく。

 小島に架かった橋をカツカツと音が鳴る。それから俺は、彼の背後から声を掛けた。


「どう?」

「中々、良い調子だ。……魚、肉、豆は身体に良い。沢山食えよ? 成長期なんだから」

「じいさん…俺の師匠も似たような事を言ってたよ。…なんでも虫もいいどか」

「確かに虫を食うのも良いが……味に慣れるまで時間が掛かる。そもそもアイツらは美味しくねぇから、虫は魚の餌に使った方が良い」

「ほぉー」


 ……。なんというか……

 どうしてか、この人の前だと何かと畏まってしまう。


「今日一日、雨が続きそうだ。外での稽古は無しにしようか」

「なぁグレイ…さん……」

「グレイでいいよ」

「じゃあグレイ」

「……。はいはい、何でしょうか?」


 俺は、昨日から湧き出た疑問を脳内で整理する。

 どうしてアルドラと渡り合える程の力が有るのに、国お抱えの兵士にならないのか? 

 何故ここまでの知識が有るのか? その知識は誰から教えて貰ったモノなのか? 

 グレイの本当の名前はなんだ? どうして俺とアルドラの味方をし、わざわざ法国に対して牙を向けているのか? 

 俺の師匠、聖剣アルベールとの関係は本当に『古い親友』の枠なのか? 


 パッと思いつくだけでもこんなにもある。

 しかし彼は、俺の脳内を見透かしたようで「1つだけ答えてやる」と少し笑いながら言った。

 冗談ではない。コチラは謎で溢れるお前に、しかも無償で技と知識を貰っている身だ。何かその対価が有るはず。

 この焦りと不安は、疑問との答え合わせでしか解消されない。それを知ってグレイは、俺の反応を楽しんでいるのだ。


 本当に悪い大人だ。

 コッチが子供だからと言って満悦感に浸ろうとするその感情がバレバレだ。

 だからこそ俺は考えついた。なんでもいい。一つでも情報を得ようと、その彼に対する、その『問題』を。そして──


()()()()()()()()()()()?」


 法国の事。宝剣の事。師匠の事。アルドラの変異の事。俺の事。

 この世界の歴史の事。その知識の事。研ぎ澄まされた剣技、魔法の事。グレイ自身の異常な治癒能力の事。


 俺の問いかけは満点にも近いモノだろう。

 なんでも良い。一つでもいいから、謎の神秘に包まれた彼のベールを取り払いたかった。

 だが、こんな質問……問題もあっさりと彼は解決してしまった。


()()()()()()()


 そう言ったグレイは続けた。


「僕が持つ情報をキミに言っても意味が無い。きっと理解する事は…今は出来ないだろうから」

「今?」

「あぁ、そうだ。だが彼女とキミの能力…そして時間が解決してくれよう。今は焦らず、稽古に励むんだな」

「だとしても…!」

「それと……一つだけ。キミに伝えられる事がある」


 魚が釣れないと観念したのかグレイは、竿を三脚に置き俺の方に身体を向けた。


「僕はもう時期…壊れて無くなる。つまり死ぬって事だよ」

「は? ……でも昨日! アルドラと無茶苦茶な稽古を……!!」

「女の子の前だ。ただただ、カッコ付けただけだよ」


 そう言うと彼は左腕を伸ばした。その数秒後──


 彼の腕。そして顔の一部、右目辺りが渇いた土の様にボロボロと落ちて行った。

 落ちた破片は燃えつきた灰の様に白く、そして砂の様に崩れ去った。

 それを見て俺は、どこかお師匠とグレイとの姿を重ねた。彼もまた、居なくなってしまうのか……


「気を張らないと……こうなる。もって後…半年? まぁ今更、どうでもいいんだけどね」

「……」

「そんな悲しい顔すんなさ少年。これはな、僕みたいな老人が未来の子らの為に一生懸命走った証さ。どうだ、カッコいいだろう?」

「だとしても…! どうして俺たちを……!?」

「それはだな──」


 グレイは朽ち果てそうな身体を一瞬で治し、ふぅーと息を吐いて湖を見た。

 その時、魚がはねた。水面すれすれに飛んでいた虫でも食らったのだろうか。

 まさにその風景を見た彼は、一つ頷き淡々と語った。


「自然、その弱肉強食とは儚いが…心打たれるよな。……ただ僕はね、その美しい循環を愛しているんだ。つまり……世代交代の時が来たんだよ」




 ◇◇◇◇




 雨脚は更に強くなり、今日一日は稽古も無く休みとなった。

 だが朝に、彼の本心と言う本心を聞いてしまっては、休めるハズは無かった。

 ……アルドラとの差は、グレイが師を受け持ってからと言うものの差がより大きくなってしまった。

 今の俺に休んでいる暇など無い……!! 


「19っ……20…!!」


 俺はアルドラが使役する触手のビリーちゃんを2体借り、宙で浮いて貰い懸垂をしている。

 最初は気色が悪い、と思っていた触手ちゃんだが、いまや俺のトレーニングの相棒となっている。


「ウィルは頑張るね~。今日はお休みの日でしょう?」


 俺のベットに横になり本を読むアルドラは、ビリーちゃん1号を巧みに使い1ページ、また1ページと捲っていく。

 触覚、味覚などはアルドラと共有されているらしいが……ホントに何なんだコレ……

 俺は手を放し、ドンと音を立てて床に降りた。息を整えてからアルドラにこう返した。


「今やもう、アルドラだけの問題じゃ無いんだ。…およそ20日後、マリナとレイクに対して剣を抜かないといけなくなるからな。……強くなって皆を守るんだ」

「頑張り屋さんなんだねウィルは。…ここ数日、グレイさんと会ってからは本当に熱心だよね」

「そうだね……」


 あの日。全てが変わってしまった日以来アルドラの性格は少し変わった。

 いや、これが本当の性格なのかもしれない。かつての内気な少女は居らず、我が道を征く、そんな彼女に変わった。

 しかしそんなアルドラが、グレイの事を『さん付け』とは驚いた。俺と同じく、彼に対して何か通ずる所が有るのだろうか? 


「どうしたのウィル?」

「いや、なんにも…」


「ふーん」と鼻を鳴らしその後、俺の視線を手繰る様に顔を下に向けた。

 何かに気づいたアルドラは「わあ!?」と声を上げ、身体を起こし薄い肌布団に覆われる様にかぶり隠れた。


「見たでしょ!?」

「……何を?」

「見たでしょ!?」

「だから何をさ!?」

「む……」

「む?」


 アルドラはバサリと顔を出しコチラを覗き込むように見た。

 その顔は少し赤く、布団を被った所為で髪はやや乱れていた。


「…胸」

「ムネ?」


 はて何のことやら? と口にしたかったが、それよりも早くアルドラの触手が脚、胴体、腕を締め付けた。

 バランスが崩れ床に倒れた俺に対しアルドラは、ゆっくりと歩み寄って来た。

 先程までの赤く染まった顔は無く、ただただ冷たい目が光っていた。


「嘘つてるでしょ?」

「う……嘘とは一体…存じませんねアルドラさん…」

「本当に?」


 アルドラはしゃがみ、人差し指で俺の頬を突っついた。

 今なおギュウギュウと触手は俺を締め上げる。肺が半ば潰れ呼吸が辛くなってきた。

 何の地雷を踏んだかは不明だが……なんとかアルドラの機嫌を取らないと…


 そこにコンコンとドアをノックする音が響いた。

 灰色の髪が現れ、その次に青い眼が部屋の中を覗いた。


「おい、夕ご飯の時間だ。あっ……。若いって良いな…終わったら降りてこいよ」

「いやグレイさん!! 違うんです! 助けて下さいよ!!」

「ウィ……ウィルが先に誘ったんですよ! 私は悪くありませんよグレイさん!!」


 はぁーと長いため息を吐いたグレイは「なら、なおさらだ。…料理が冷めるから、早く降りてこい」と言った。

 その後ドアを閉め階段を下る音が部屋に響いた。

 アルドラと眼が合った。……気まずい。


「い、行きますか…ご飯食べに…」

「そ…そうね。そうしましょう……」




 ◇◇




 夕ご飯は早朝釣れた魚を、香辛料とヨーグルトで漬け、蒸し焼いた料理だった。

 魚特有の生臭さはまるで無く、淡白な身もヨーグルトの効果か、ふんわりジューシーな仕上がりとなった。

 彼の……グレイの料理は正に一級品で、レシピを教えて欲しいと懇願した結果、まっさらのノートを渡された。

 ……グレイの腕前を盗んで自分のモノにしろと言うのか。


 桶に水は張り、皿を2人と2匹? で洗っていく。

 俺がスポンジで洗っていき、グレイが魔法で浮いた汚れをすすぎ流し、ビリーちゃん2号が皿を持ち、1号が布巾で拭き上げていく。

 この洗練された動きによって皿洗いは片付いていった。


「終わったー」

「お疲れ~ウィル~」

「お二人さんご苦労様。ほら、お茶だ」


 テーブルに3つのカップが置かれる。そこからは湯気が立ち、良い香りが鼻についた。

 それを一口飲む。ハーブの風味、少量入れたのか生姜の仄かな味が心を落ち着かせた。


「うわぁ美味しい。生姜少し入ってるの?」

「良く分かったな、アルドラ。聖剣、アルベール…。ウィル、キミのお師匠は酒が飲めなくてな。こうして、生姜が入った飲み物を好んで飲んでいたよ」

「へー……じいさんが…」

「グレイさんってそんな事まで知ってるんだね。本当に親友の仲?」

「あぁ、それ以上もそれ以下も無いよ」


 そう言って「僕はもう寝るよ。明日は晴れそうだからビシバシ稽古してやるよ」と書斎に足を向けた。

 アルドラはそんな彼に対してふざけて「グレイさんの血は美味しいかな?」と言ったが「僕はもう散々だ。彼に頼りな」と闇に消えて行った。

 そのセリフから過去に似たような境遇が有ったのだろうか? 彼もまた苦労人なのだろうな…


「でさ、アルドラ。聞きたいんだけどさ……」

「ん?」


 食事前の疑問を思い出した。


「どうしてグレイに『さん』って付けているんだ? アルドラにとって師匠だから?」

「あー、それはね」


 カップを傾け、一息おいた後に口を開けた。


「だってあの人さ、死にかけなんだよ。稽古している時に気づいたんだ。グレイさんは本気なのだろうけど、本調子じゃないって」

「死にかけ…」


 俺は早朝の出来事を思い出した。ボロボロと灰の様に落ちる腕と顔の一部。

 彼が言った言葉。『つまり死ぬって事だよ』『世代交代の時が来たんだよ』


「うん、そうだよ。でもね…敵意は本当に無いんだよね。ただ……私たちを強くしたいっていう想いしか感じられないの」

「それは俺も薄々感じていたけど…」

「敵意は無いし、私を強くしてくれるから敬意をもって言ってるんだよ。きっとお別れも、誓約書の時期ぐらいになると思うし」

「そうか……」


 俺たちはグレイが入れたハーブティーを飲み干した。

 そして各自、自室に向かった。夜更かししている暇は無い。

 彼の残りの灯と誓約書のカウントダウンが迫る中、どれぐらい俺は強くなれるのだろうか。




キャラ紹介


マリナ・クローザ・アトウッド 15歳 女


・法国の商人出身。かなりのボンボンであったが、父が病気で亡くなり叔父が家業を継ぐと年々下降気味に。8歳の頃に商店が潰れ、同年に母が亡くなり孤児院へ。

・青色の髪と同色の眼が特徴。

・孤児院時代ではその美貌からアルドラと共に『華』と呼ばれ、マリナは朝を受け持った。

・魔法の才能があり全ての属性を使える。しかし聖騎士となった現在、その上司にあたる不滅の兄弟からは『器用貧乏』との一言。

・甘いモノが大変好み。

・人知れずウィルに対し恋心を持っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ