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「あ……アル、ドラ…」
「──?──!」
深い深い眠りから覚めた様だ。全身がダルく重い。まるで長時間眠った様な感覚だ。
耳がぼんやりする。音をよく聞き取れない。何時間眠っているのだろうか……?
しかし、目を開けたいと言う思いの裏、全て忘れ眠ってしまいたい、という矛盾した思いが俺にはあった。
「──?」
思い出す。
たしか…アルドラは刺されて……俺は法国の聖竜騎士の一撃で……
「──。──?」
思い出したくもない。もう見たくない……あの赤色は。
マリナとレイクはどうなったっけ?……神父が無事だと…。あぁ…神父
俺の所為で神父は死んだ。俺が弱いせいで……助けられなかった。
「ウィ──?起き──?」
全てが悪い夢だったんだ。
こんな事、あっていいはずがない。
「ウィル!!」
「っ!?」
俺は上体を起こした。彼女の声がしたからだ。
月明りが差し込む室内。冷たい空気と静けさの中、赤い瞳のアルドラと眼が合う。
あれ……赤色だったっけ……
「私の膝枕が良く効いたのかな?」と呟く彼女に俺は「アルドラなのか?」と口を開いた。
「あぁ…あの時、寝ていたもんね」アルドラは俺の問いに自答し「うん、そうだよ!アルドラだよ!!」と、彼女は無邪気に笑ってみせた。
月明りが差し込む室内。その光がアルドラを、まるで、絵本で登場する天使の様に俺の目に映る。
あぁ、彼女だ。間違いない…!!
俺はすかさずにアルドラを強く抱き泣いた。
あのまま死んでしまうと思っていた彼女は、今やこうして生きているのだ。
緊張と不安と恐怖と狂気から解放された俺は、ただただ涙を流す事しか出来なかった。
「うわぁ!どうしたのウィル!?」
「うぅっ……俺さ…。神父を…フェブール神父を見殺しにした…!!」
「……。…そう、なんだね」
ポンと俺の頭にアルドラの温かい手が乗った。
涙を止めようとしても止まらない。息は荒れ、嗚咽が漏れる。
俺の背中に回るアルドラの腕に力が入る。
「ウィルはよく頑張った。偉いよ…。だって、あの聖竜騎士から私を守ってくれたじゃんか」
「……っ!!…そうだよアイツ、アルドラを殺そうと……」
「ありがとうウィル。キミのお陰で私は生きてるんだよ?」
「あぁ……そうだけど…。俺の罪は……消えない…!!」
「じゃあ──ウィル。私の“お願い”を聞いてくれないかな?」
俺は頭を上げた。それからアルドラは「フェブール神父は言ったんだよね?マリナちゃん、レイクくんは…聖竜騎士に保護されたんだよね…?」と何処か含みのある言い方をした。
当然俺は、息を整えてから「そうだ」と返した。「法国に保護されているから……2人は無事だと思う」。無事であって欲しい、と心の底から願いながら言った。
「でも、私さ。その聖竜騎士と戦ったんだよね…。ほら、これがその時の証。スクロール……誓約書だよ」そう言うとアルドラは、近くに落ちていた紙を拾い上げ俺に渡した。
そこには法国最強の槍、聖竜騎士2名の名と『1ヵ月間、法国から一切の危害は与えない』と書いてある。
「これは」と聞く前にアルドラは口を開けた。
「襲われたんだよ……キミが倒れた後にね。でも、追い払ってやったの。へへ…強いでしょ私?」
「いや待って!?アルドラは…あの聖竜騎士と渡り合えたのか!?……。だとしてもあの2人に何の関係が…?」
「うん、そうだよね。えぇっとね、戦っている時に聖竜騎士は言ったんだよ。『赤の女王。オマエを殺す。その為ならば手段を選ばない』って……。私自身、赤の女王どか聖竜騎士と戦えたこの能力は……まだ全然分からないけど……」
一度下を向いたアルドラは、少し涙ぐんで続けた。
「多分、私を殺す為に法国は…マリナちゃんとレイクくんを利用すると思うの……。…それは嫌だよ私だって」
「法国が……2人を」
確かに俺と相対した深紅のスカーフの聖竜騎士は、アルドラと俺を確実に殺そうとしていた。
あの冷酷な声、研ぎ澄まされた殺意、俺を嘲笑うかのような眼──。ヤツならばやり兼ねない、そう俺は思った。
「きっと1ヵ月後に法国は、その2人を私たちに向けると思うの……。私たちは戦わないといけないと思う……。でも嫌でしょう?キミも」
「あぁ、あいつらは…俺の大切な友達だから」
「フェブール神父は、私たちが仲良くしているのを遠くから見ていたわ。……きっと天国から私たちを祝福してくれるはず。ねぇウィル」
アルドラは俺の両頬に手をやり、顔を近づけた。
「この1ヵ月。うんと強くなって2人を法国の呪縛から解放してあげましょう?」
それを聞いた俺は「あぁ」と力強く返した。
今度こそ守る。
もう2度と負けない。
◇◇◇◇
ウィルの頭を膝に置き、その美しい金髪を撫でる。少しクセのある、細く長い髪だ。
何度も指でその触感を楽しむ。しかし彼は目覚めない。だが息はある、死んではいない。
孤児院から出た私は、ウィルを背負い少し奥にある空き家に入った。
あの一件から身体が丸ごと生まれ変わったようだ。まだまだ成長する男子と言えど体重はそれなりにあるが、重みは全く感じなかった。
私を刺した黒ずくめの男と聖竜騎士は、私の事を『女王』と呼んでいたが、その真意は分からない。まぁ、おいおい知ればいい。今はウィルの容体が重要だ。
「ねぇウィル。愛してくれなきゃダメだよ?」
一法的な愛だとは、孤児院の時から思っていた。
彼は誰に対しても優しい。たとえ、かつてのいじめ相手に対しても。
その不器用さと、時折見せる不屈の目が何度も私を刺激した。
「ウィル~、ウィルー?そろそろ起きても良いと思うんだけどー」
もうこうして何時間経つだろうか?
窓の外からは月明りが入る。光を受ける私の背中、その反対の影にはウィルが眠っている。
その時だった──
「あ……アル、ドラ…」
「ッ!?起きたの?…ウィル!」
ウィルの悲しい声に反応した私は、彼に声を掛けるが届いていなかったようだった。
その後ウィルは、深く目を瞑り、小さく小さく自身を呪う言葉を吐いていた。
「────」
分かってはいた。分かってはいたが、心に来るものが有る。
その小さな声からは、神父の名、しつこく付きまとう2人の名、そして最後に私の名だった。
彼は優しいから、私だけの名を言うワケが無い。……それでも悔しい。
「そうだ!」と名案を思い付いた。
邪魔な2人は法国に渡ってしまった。ならば最早、敵では無いか?
ウィルは優しいから、あの2人を迎え入れようとする前に、私が彼を先導すればいいんだ、と。
それもゆっくりと、時間を掛けて私の色に染めてあげればいい。私のウィルにすればいい。しかも、その時間は法国から貰っている。
「あはっ!!」
つい笑みが零れてしまった。
なんて幸運なのだろうか。
幼少期こそ辛い思いをしたが、今やその逆である。
「ゆっくりお目覚め…私のヒーロー。大丈夫、キミの障害は私が全て取り払ってあげるから」
◇◇◇◇
6月18日 曇り
今日から日記をつける事にした。
聖竜騎士が提示した1ヵ月間を計るなら、このようにした方が良いと思ったから。
休戦が終わるのは7月17日。それまで俺の肩に斧を入れた騎士並みに強くならないといけない。
とはいえ、俺たちはこの街から離れなければならなくなった。
別にお尋ね者になったワケじゃ無い。1ヶ月間法国は、アルドラに手出しできないからな。
離れる理由は俺にある。かつての師匠と開け暮らした所に向かうだけだ。向こうには聖剣と、大英雄『古竜狩り』の禁書がある。それを回収したいのだ。
法国の聖騎士ならびに聖竜騎士は『聖剣』『魔剣』を所持している。
だから、その強力な武器に並ぶ為に…本当に悔しいが、じいさんの遺品を受け取る事にした。
この街から目的地まで3、4日掛かる。
ぜってー強く成ってやる!!
6月19日 晴れ
あの一件から、アルドラは急成長して(なんで?)、彼女との差は離されるばかり……
恥ずかしい話なのだが、俺の稽古はアルドラが手伝ってくれる事になった。アルドラ作のゴーレムとの模擬戦だ。
ゴーレムとの稽古はとても良く、太陽が落ちる頃には自分でも「強くなった」と確信できる程、良いものだった。
目的地に向かって歩きつつ、合間を縫って模擬戦。
そして夜は泥の様に眠る。……なんだか師匠を思い出してきた。
6月20日 晴れ
2つ悲しい事が発覚した。
1つ目は、俺の稽古用のゴーレムの強さ…アルドラ曰く「1~10の強さの段階で言えば2だよ」との事だ。…心が折れそうだ。
そして最後。これが肝心なのだけど、旅の資金が尽きた。
生憎、今いる街は師匠と暮らした所から近い。ここを仮拠点としてお金を稼ぐ事にした。
ギルドという冒険者組合は有るのだけど、そこは法国とズブズブの関係なので断念し、貧民街、その闇市にて魔物や鉱物を高く買い取る店を発見できたので、当分はそこで資金を蓄えよう、とアルドラと相談した。
なんとか今日のご飯代はあるので、明日から本格的に動き出そう。
6月21日 曇り
今日は本当に色々あった。
まず最初は稼ぎの事。結論として俺は要らなかった。アルドラが魔物を涼やかな顔して倒したのだ。「私も自身の力の程度が見たくて」だの言っていたが……俺を思っての事だろうか???
考えすぎなのか俺は?
そして次、これが一番衝撃が大きかった。アルドラはあの日を皮切りに強くなった。しかし、その強さの正体がわからなかった。
しかし、それが凡そ分かったのだ。『吸血鬼化』だ──
発覚までの過程は書きたくないが……今日から毎晩、彼女に血をあげる事になった。
だけど、確か、吸血鬼に血を飲まれると、その者は配下になる…と聞いたことがあるが俺の調子は変わらない。不死鳥の祝福のお陰だろうか?
じいさんが持っていた禁書には、祝福について書かれていた記憶がある。
今すぐにでも確かめに行きたい。
◇◇◇◇
22日の朝。
昨夜、血を吸いに吸われ気絶するように寝た俺だが、窓から入り込んだ朝日によって目を覚ました。
アルドラは吸血鬼……だと思われるが、別に太陽光が弱点だとか教会の十字架に弱いなど、そう言った本に記載されている吸血鬼像とは一線を画していた。
つまりは、その上位種なのだろうけど……情報が無い。それが無い以上、分からないものは分からないので苦悩したところで無駄であろう。
俺はアルドラが創ってくれた模擬戦用の剣を持ち、古びたドアを開く。廊下に出る前に、ベットで眠る彼女を一度見て閉めた。
木造の宿場を後にし、少し広い公園で剣を振るう。毎日欠かさずに行っている鍛錬の一つだ。
昨日、アルドラとの稽古にてフェニックスの炎を操作できるようになった。しかしまだ覚束ず、将来的には火の玉を発射したいが、それはまだ当分先の事だろう。
だが、剣に炎を纏わる事は出来るようになった。炎はいまだ弱いが、無いよりはマシだ。
「そこの少年……。いや…ウィルさん。少しいいかな?」
俺の後方から声が掛かった。
汗を拭い振り返る。そこには薄い青色の髪、美しい青色の眼を持つ2人の男が立っていた。
双方、ロングコートを身にまとい、胸には赤と青のブローチが輝いている。顔付きが非常に似ており、双子、或いは兄弟なのだろうか、と思った。
だが赤い宝石の男……そいつの目付きには見覚えがあった。
あの時の聖竜騎士と同じ、全てに絶望し、その全てを嘲笑うような目であった。
そう合致させた俺は、すかさずに剣を構えた。もう一人はアルドラから話を聞いているが、2対1は流石に分が悪い。
しかし彼女を守る為だ。ここは男を見せる時…!!
「あぁいや!戦うつもりは無いんだ!……今日は非番だし、といいますか謹慎中だし……あとほら、ボクたちは手ぶらだろう?……兄さんも何か言ってよ」
「…地の底、地獄の炎に焼かれた顔になったな。これでこそ、オレたち兄弟と対等の関係と成った……。素晴らしい…素晴らしいぞ。……貴様、オレの弟になれ」
「ちょっと兄さん!最初と趣旨が違くなってるじゃ無いか!?……悪いねウィルさん、兄さんの悪い発作が出てしまった…」
「いやなに、事実お前も目を付けていただろう?祝福持ち、それも不死鳥だ。それに面もオレたちに似て美しい……。気が合いそうでは無いか」
「確かに……。じゃあ無くて……」
なんだこの雰囲気は……
彼は本気で俺たちを殺そうとしていたハズなのに…どうしてこんなにも穏やかでいるのだ?
剣を構えるのも馬鹿馬鹿しく思え、俺は切っ先を地面に下した。
「俺たちに……何の用ですか?」
誓約書に基づき、彼らは手出しできないハズだ。
今ここでアルドラと出会えば、一方的に彼らは殺されるだけだ。
その危険を分かっていて俺に会いに来たとでも言うのか?
「だから、オレの弟に──」
「ちょっと黙ってて兄さん」
やり取りから見て弟と思われる男は、俺の肩を刺した男…兄の頭を軽く叩いた。
そして──
「彼女……アルドラから手を引き、我ら法国の騎士団に入隊しないかな?ウィルさん」
「……は?」
俺はただ、その一声を口から出した。
勧誘──それは予想外の、まるで横腹を殴られたような一言だった。