別文明
漆黒の宇宙を奔る一つの光があった。
ネースワルグ帝国特殊部隊ヴァルウェスが駆る白い宇宙船だ。
最新鋭の戦艦ディーエリンガ。
その名は、北欧神話における戦士の楽園を意味する。
その白い船体は、敵のレーダーをかわし、高い機動力と火力を誇る。
ネースワルグ帝国の精鋭部隊ディーエリンガの旗艦として、数々の任務を成功に導いてきた。
精鋭部隊にも休息は必要だ。
順番に休憩をとる彼らは、ある一室で短い休憩に身を置いていた。
「少しいいか?」
「なんだ」
一人の兵士が椅子に座る同僚へと声をかける。
「今回の任務だが、ディーエリンガが出るのっておかしくないか?」
この艦に乗っているのが全て特殊部隊の者というわけではない。
ディーエリンガの傘下にある部隊というべきか。
もしくは特殊部隊入りの可能性のあるヒヨコ達ともいえるかもしれない。
「その辺は詮索しない方がいいだろうさ。情報を与えられないっていう事は、知らない方がいいってことだろうからな」
正式な特殊部隊員と比べて、与えられる情報量に違いがある。
その情報には、教える必要のない物だけでなく、知れば不幸になるという類の物すらあるのだ。
「そうなんだろうけどな。ここにいると知らないうちにヤバイ話に首を突っ込んでいることもあるからな。覚悟だけはしておきたいんだよ」
「否定できないな」
特殊部隊ヴァルウェス。
この部隊には多様な任務が与えられる。
だが、その多くは内容が他に漏らされることはない。
そのためディーエリンガに関する噂には、現実に基づいたものもあれば都市伝説の類としか思えない物すらあった。
「俺も噂程度しか知らないけどな。それでもいいか?」
「ああ、頼む」
二人は、休憩室の角にあるテーブルに向かい合って座っていた。
周りには、他の兵士たちがくつろいだり、眠ったり、読書したりしている。
しかし、彼らの話題は、他の者には聞かせられない物のようにも思えるが、あくまで噂に過ぎない。
話が知られても大きな問題にはならないとは分かっているが、それでも何となく後ろめたさを感じてしまう。
「今回の任務は武器を運ぶ輸送船の捜索だっていうのは知っているよな」
「武器そのものは多くない。が、運んでいた物の一つがサイコソルジャー関連だっていう話だ。名前はサイコニューロンインターフェイスだったか?」
彼は、小さく声をひそめながら言う。
サイコソルジャーという言葉を口にすることは、あまり歓迎されない。
サイコソルジャーとは、素質のある人間の脳に特殊な手術を施して、超能力を発現させた者のことだ。
ネースワルグ帝国は、サイコソルジャーを秘密裏に開発してきたが今は凍結されている……表向きは。
「コイツは、サイコソルジャーの体と機械を繋いだ装置らしくてな。噂が間違っていないんなら、コイツが本命だろうな」
「それって、どんな物なんだ?」
彼は、興味を持ちながら聞く。
サイコソルジャーの能力は恐ろしいものだ。
念動力や発火能力を中心に、人間の常識を超えた様々な力を持っている。
「コイツを特別な機動兵器に接続すると、機動兵器がサイコソルジャーの能力を使えるようになるっていう話だ」
「は? さすがに都市伝説だろって言いたいが、ディーエリンガが出張っているって考えると、そうも言えないか。本当ならマズイよな」
仮に、それが本当だとすれば危険だ。
サイコソルジャーの能力を機動兵器の出力で行使できるということは、戦況を一体で覆せる可能性すらある。
それが反抗勢力の手に渡るようなことがあれば……。
※
最新鋭戦艦ディーエリンガ。
そのブリッジは、船の中枢となる場所だ。
様々な機器やモニターが並んでいる。
ブリッジの壁には大きな窓があり、そこからは宇宙の景色が映し出されていた。
そして中央には、部隊長の席があり、そこからは全体を見渡せるようになっている。
普段は、静かで落ち着いた雰囲気のブリッジ。
だが目標の宙域が近付いたため今は緊張感が漂っていた。
士官たちが作業に忙殺されている中、ある一人が声を上げる。
「えっ、これは。隊長、レーダーに巨大な物体が映りました!」
声を上げたのは、レーダーを確認していた女性士官だ。
「映像を回してくれ」
「はい」
隊長と呼ばれたのは、金色の髪をした精悍な印象の男。
マイクを通し、指示を出すと彼の前にレーダーの映像が映し出される。
「これは……なんだ? あまりにも大きすぎる。小惑星、いや要塞。だが……こいつは、いつ頃から映っていた」
全く推測ができない相手の正体。
少しでも情報を集めようと、女性士官に声をかける
「レーダーに映った段階では動いていなかったのですが、つい先ほどから急に動き出しました」
「そうか」
部隊長は、レーダーに映った巨大な物体に興味を持つ。
それは月よりも大きな、惑星サイズの物体。
突如として動き出したその動きは、明らかに人工的な物。
この世界に同サイズの要塞は存在する。
小惑星の周りを金属で覆いつくすなどして加工した要塞だ。
しかし……
「この速度、我々の知る要塞の物ではないな」
……移動速度が速すぎた。
それどころかレーダーに映る影は今もなお加速し続けている。
この存在は船から遥か遠く離れた場所を移動している。
最新鋭の戦闘艦であるこの船であれば追いつけるかもしれない距離。
だが振り切られる可能性の方が高い。
部隊長は考える。
果たしてこれは何であるか。
「宇宙には、我々の知らないことが数多く存在しているという事か」
レーダーに映った物体が何であるかは分からない。
だが、彼の表情は言葉とは裏腹に確信めいたものがある。
──運命。
この偶然の関わり合いに名を与えるのなら、そう付けるべきだろう。
彼は惹かれるような感覚と共に、巨大な何かを追いかけたいという衝動にかられた。
「人生とはままならないものだ」
しかし、小さく呟いた彼が衝動に流されることは無かった。
「我々の任務は、消えた輸送船の捜索だ。宇宙の謎を追うのは後回しにしよう」
軽く笑い、部下たちに方針を伝える。
一種のカリスマ性故だろう。
彼の言葉で、部下たちは再び消えた輸送船を探すためレーダーを確認し始めた。
部隊長レオンは、巨大な何かが奔っていった方向に目を向ける。
それは、どこへ行くのか? 何が目的だったのか?
多くの謎を残した存在。
恐らく自分達の探し物は、その存在が回収したのだろう。
そう確信し任務の失敗を想う。
だが、そうであって欲しいという願いも抱いていた。
もしもあの存在が回収したのであれば、再び相まみえることにが出来るだろうから。
「また会おう。名も知らない星よ。再開の時、君の名を教えてくれることを願っているよ」