表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

倉庫の奥

【宇宙空間】


 その姿は、暗闇に佇む巨大な棺桶のようだった。

 かつては生命の息吹に満ちた宇宙船だったはずだが、今では死んだ鉄塊にすぎない。


 船首を失い、周辺には岩が削り取られたような跡がある。


 その岩の中には、人骨らしきものが飛び散っていた。

 また岩とは違う乾いた物質は、人の肉や血なのものかもしれない。


 彼らは何者かに襲われたのだろうか?

 それとも自らの手で争ったのだろうか?


 宇宙の静寂は、何も語らない。


 中に人がいたとしても、これでは見た目通り棺桶となっているだろう。

 生きている人間など、この船に存在するとは思えない。


 死体として残っていればいい方だ。

 むしろ原形をとどめない乾いた肉片と化している可能性の方が高い。

 恐ろしいことだ。


『この状態で、発信したのか』


 ロアが感じた恐怖は、死体に対しての物だけではない。

 その背後にある物に対してもだ。


 これほど酷い壊れ方をしたのだ。

 船内にも相当なダメージがあるハズ。

 にもかかわらず電波を発信することが出来た。

 この事実が恐ろしいと感じたのだ。


 目の前に宇宙船が存在することから、高度な文明が在るのは間違いない。

 それも、これほどの損傷を受けようとも、電波を発信できる宇宙船を作れるほどの文明。


 いずれこの文明との接触も必要となる。

 そのときは、慎重に動かなければ……。

 可能性としては考えていたが、この宇宙で生きていくのは大変そうだ。


『中を確認してくる。そっちは予定通りに頼む』

『あいよ』


 思考を切り替えると、ロアは壊れたハッチから船の中へと入っていく。

 対してフロウルは、後から来る者達を待ちながら出入口を守る。

 そして決められた時間までにロアが戻らなければ、内部でトラブルがあったという前提で動く。

 これが彼らの計画。


 アバターを失う事は避けたいが、それでも死なないというメリットは大きい。

 中で何があっても、本体に戻れば詳細を伝えられるのだから。


 船内に侵入するのが1人のみなら、仮にトラブルがあっても失うのはアバター1体のみ。

 また魔術による探索能力が高いロアであれば、トラブルを避けられる可能性が高い。


『ムカデの咥えていた死体について伝えてくれ。調べれば分かることも多いだろうからな。あと死体が回収可能だった場合は発信機の確認を忘れないように伝えてほしい』

『了解』


 なぜか先程よりも軽い受け答えのように感じられた。

 ロアの意図を察した故なのだろう。


 調べれば情報が分かるのも確かだが、死体を宇宙に漂わせておくのが哀れだと感じたことを。


 ※


 船内を進んでいく。

 重力の無い環境であるため、動きが宙を浮くような形となっている。


 ロアの前を進むのは銀色の立方体が浮いていた。

 モノリスだ。


 攻撃力に関しては期待できないが、バリアーを張ることは出来る。

 外にムカデがいたのだから、この程度の備えは必要と判断した。


 また、拳銃タイプの魔導兵器を持ってきてはいるが、こちらは期待できない。

 威力云々の問題ではなく、彼の射撃技術のせいで。

 それでも牽制程度には使えるはずだ……たぶん。


 周囲を警戒しながら進む。


 本来であれば一筋の光すらない場所。

 だがアバターには、魔術と各種センサーから得た情報を五感に置き換えることができる。

 この機能により、周囲への警戒は十分に行えていた。


 薄暗い通路。

 壁は所々が崩れており、奥の機械らしき物が見える場所すら見える。


 ショートしているのか?


 青白い火花が時折ではあるが迸っている。

 船の機能が、かろうじてではあるが生きているということか。


 まるで人魂だ。

 この船で死んだ者達が、あの青白い火花を散らせることで何かを訴えようとしているようにも感じられた。


 いくつかある部屋を確認して歩く。

 だが、いずれも似たような状況。


 電気は通っているが、機能が生きている部屋は確認できていない。


 それに警戒はしているが、ムカデの姿も見えない。


 だが、背後から襲われた経験が、ロアに油断を戒めさせる。

 あの恐怖体験を二度も経験するなどごめんだ。


 慎重に一部屋ずつ周っていく。

 火花が散っている場所は多くあったが、それだけだ。

 機能が生きている部屋は見当たらない。


 それでも電波を発信したのは確かだ。

 どこかに生きている部屋があるのは確か。

 面倒でも虱潰しに探していくしかない。


 やがてある一室に辿り着く。

 強固な印象を受ける金属で出来た扉から、他とは違う重要な場所であると判断できる場所。

 電源が落ちているせいか?もしくは最初からロックが掛かっていて開かなかったのか?


 無理やりこじ開けることに挑戦してもいいが、その前に周辺を探ってみた方がいいだろう。


 そう判断してこの場を後にする。


 壁を慎重に確認しながら移動していく。

 同時にムカデへの警戒を行いながらであったため、その動きはとてもゆっくりした物となっている。


 だがその労は報われた。

 先程の隣の部屋の壁に深いヒビが入っているのを発見したのだ。


 モノリスのバリアーの急速な展開により、何度も衝撃を加えると壁が崩れた。


 倉庫室だろうか?


 船その物が大破していただけあり、ここも酷いものだ。

 コンテナらしき物が散乱し、中身を周囲にぶちまけている。

 食料品なども散らばっており、腐敗こそしていないが相当に汚れている。


 だが気になるのは金属類だ。

 あまりにも重火器らしきものが多すぎる。

 この世界の航行事情は知らないが、民間船がこれほどの兵器を運ぶとは考えにくい。


 と、なると軍に関係しているか。

 それとも別の……。


 いずれにせよ、兵器を扱う物騒な連中が、この船に関わっているのは確かだ。

 自分一人で考えても正確な答えは出ないだろう。

 しばらく中を確認し伝えるべき情報を整理した後、フロウルに連絡を入れることにした。


『ロアだ。第二班はまだか』

『まだだ。合流時刻じゃないっていうのもあるだろうけどな。で、何かあったのか?』


 宇宙船の奥に来ても連絡を行えた。

 このことに安堵しながら、本題を切り出す。


『俺はこの手の話の素人だから何とも言えないが……とりあえず映像を送るから、意見を聞かせて欲しい』


 この倉庫らしき場所を映した映像を送る。

 ロアが壁に開けた穴から始まり、周辺に散らばった食料品へ、そして床に散らばった重火器を映したときフロウルの反応があった。


『こりゃあ、面倒だな』

『軍事関係だと思うか?』


 相変わらず軽い口調だ。

 しかし声に固さを感じられた。


『十中八九、そうだろう』


 懸念は当たってしまった。

 兵器というのは大きな金が動く。

 また関わる者達も兵器に精通していなければならない。

 この宇宙船を探す者がいるとすれば、そのような者達になるだろう。


 宇宙船が探されない可能性もなくはない。

 だが楽観するわけにはいきそうもなかった。


 重火器の数が多すぎるのだ。

 この船を使っていたのが、どのような連中かは分からない。

 だが素人目ではあるが、わりと力を入れた配達だったように思われる。


 気がとてつもなく重い。


 機密に近い任務だった場合は、口封じされる可能性は十分にある。


 それだけなら問題は無い。

 アバターを失うのは痛いが、それだけだ。

 問題なのは、惑星フリーダムの存在が露見すること。


 存在を知られていないという最大のアドバンテージが、この場の判断を誤っただけで失ってしまう。

 その事を考えると、本当に気が重い。


 だが落ち込んでいる時間がもったいない。

 今は判断を下すためにも、少しでも多くの情報が欲しかった。


『もう一つ見て欲しい物がある』


 ロアは、倉庫室の奥にあった物を見せる。

 そこにあるのは金属の白い箱。


『ライフカプセルに似ているが違うか。サイズはどの位だ』

『ちょうどライフカプセルと同じ位だな』


 中はまだ見ていないが、これを見た瞬間に嫌な予感がした。

 それも超ド級の嫌な予感を。


 ライフカプセルは、中に生身の人間である自分達が入るための物だ。


 しかし、ここは倉庫。

 別の物である可能性がある。

 それはロア達がよく見知っている物だ。


『一応言っておくが、ここに来るまでに確認した部屋には、ベッドが置かれていた』

『と、なるとメンテナンスボックスの方か』


 ライフカプセルとよく似た物。

 それはメンテナンスボックス。

 機械の体であるアバターの修理や換装を行うための箱。


『それならいいんだけどな……』


 歯切れの悪い言葉だった。


 これを一目見た瞬間に思ったからだ。

 メンテナンスボックスなら、なんで使うのに不便そうな場所に置いているんだ?と。


 故に中は見ていないが、魔術での確認は済ませてある。


 後悔した。

 知らないわけにはいかなかったが、それでも知りたくは無かった。

 この箱に触るのも嫌になる程に。


『魔術で調べたら、箱の中から人の思念がいくつか出ていたんだ。続きを聞いてくれるか?』


 これは憶測。

 だが、これ程の宇宙船を作れる技術があれば、実現できる可能性は十分にある。

 人道的な見地を無視すればという前提で。


『聞きたくないが、聞かせてくれ』


 ロアにとってはフィクションだとしか思えない話だが。

 これ程の宇宙船を作る技術のある文明であれば十分に可能なはずだ。


 今から説明するけど呪われませんように。

 そのような想いから、決して箱の方を見ないようにし、さらにコッソリと距離をとって推測を告げた。


『この箱の中に、何人かの人間の脳が入っていると……思う。そしてその脳は、機械で繋げられているように感じる』


 ロアは自分の推測を話す。

 他者から強制的に脳を摘出されたのだろうか?

 それとも、そうせざる得ず自分から望んだのかは分からない。

 だが、本当に中身が脳と機械であるのなら、楽しい話になるとは思えない。


『それは……確信があるのか?』

『確信はない。さっき言ったように魔術で調べた結果だ。箱の中に生命反応がいくつかある。それぞれ別の人間の思念も出ている。それ以外に説明できることが思いつかない……もう帰っていいか?』


 こんな箱に詰め込まれた脳。

 ロクな過程を辿って、このような形になったとは思えない。

 近くにいるだけで呪われそうで、すごく嫌だ。


『……わかった。その箱を開けるつもりはないよな?』


 フロウルの問いに、首を振って応える。

 怖いもの見たさはあるが、怖いという気持ちが上回り過ぎている。

 だが開けるかどうか以前の問題もある。


『開けるかどうか以前に、隙間一つなくて開け方そのものが分からない……もう帰っていいか?』


 迂闊な事はしない方がいいだろう。

 脳の主だが、助けられる可能性に心当たりがあった。

 その方法が可能であれば、こちら側に引き込むことが出来る。


『開け方が分かっても開けるなよ。絶対に開けるな。念のため言っておくが、フリじゃないからな』

『分かっている。必要のないリスクを背負うほどバカじゃないさ』


 複数の人間の脳を機械で繋いだ装置。

 それは嫌な想像だった。

 この世界に人道的な見地があるか分からないが、かなり酷い話だ。


 なによりも。

 そんな事をする連中の宇宙船に入り、そのヤバそうな箱の存在を知ってしまった。


『で、どうすんだ。予定を切り上げるか?それとも続行するか?』


 本当は、すぐに切り上げて帰りたい。

 だが冷静な部分が、それを許さなかった。


『予定は変更だ』


 この箱が特別な物だったとしよう。

 当然、所有者は回収するために来る。


『重要なのは、船の持ち主に俺達の存在がバレる可能性を消すことだ。だが相手の手の内が分からない以上、それは難しい』


 宇宙船を作る程の技術を持っているのだ。

 地球人の自分達が知らない技術を扱っても不思議ではない。


 指紋の存在を知らない者が、空き巣の後に指紋を消そうなどと考えるだろうか?


 それは不可能だ。

 知らないのだから、指紋を消そうなどと言う発想自体が思い浮かばない。


 同じように、相手が未知の技術を持っていた場合、何に対処していいのかすらロア達は判断することすら出来ないのだ。


 だが可能性の一つとしては考えていた。

 宇宙船に使われている技術が全く分からない程に高度だった場合を。


 必要なのは、上手な対策ではない。

 相手が想像すらしない、バカげた大胆な行動。


『第二班に伝えてくれ。宇宙船ごと回収して逃げるとな』


 そう宣言すると共に、ロアは船の外へと移動を開始する。

 あの箱に怯えていた姿は既にない。

 そこにあるのは、群れを率いる威厳に満ちたリーダーの姿。


『船の周囲に残る痕跡については諦める。だが内部にある痕跡は船ごと回収させてもらおう』


 重要なのは、自分たちの存在を知られないことだ。

 別の言い方をすれば、未知の存在が宇宙船に踏み込んだと知られなければいい。


 今の段階では、自分たちの存在を知る者などいるはずがない。

 すなわち自分達は、相手が想像すらしない未知の存在なのだ。


 ハッキリと自分たちの存在を示す痕跡を残さなければいい。 


 その痕跡が最も残るのは宇宙船。

 それを奪ってしまえば、相手は自分達を特定する痕跡の多くを失うことになる。


 指紋の存在を知らない者が、空き巣の後に指紋を消そうなどとは考えない。


 僅かな痕跡だけでは、ロア達がこの場にいたなどとは想像すらしないだろう。

 せいぜい頭の中にある情報から、可能性のある人物を列挙する程度しかできない。


 ここまでやって特定されたのなら諦めるしかない。

 そのような場合は……


『急げよ。手の届かない所まで逃げてしまえば、バレても諦めるしかないのだからな』


 ……手の届かない所まで逃げてしまえばいい。


 そうすれば相手は裏付けをすることが出来なくなる。

 仮に自分達の存在が露呈しても、裏付けさえされなければ相手は大胆な行動をするのは戸惑うだろう。


 ロア達が相手の技術力を知らないように、相手もまたロア達の技術力を知らないのだから。


 リスクを考える頭があるのなら、慎重にならざる得ないのだ。

 そして慎重に動いて時間を浪費している間に、自分達はさらに遠くへ行ってしまえばいい。


『クックック、間違っちゃいないが発想がバカすぎるだろ……だが好きだぜ、そういうの』


 フロウルのお気に召したようだ。

 彼の性格や頭を考えれば、この計画に致命的な問題があれば止めたはずだ。

 そういった点からも、悪い手ではないだろうと、少しばかりの安堵感を得られた。


 ロアは出口へと向かっている。

 頭の中で船の回収方法を考えながら。


 手持ちのカードは小惑星の回収に使っていた道具……十分にいけそうだ……作業内容は同じだ……ブースターを取り付けて飛ばすだけ……だが進行上の小惑星を除ける作業が必要となる……だが無重力下にあるのだ……よほどの大きさでもなければ問題はないか……そうなると小惑星の分布状況を調べ……数班に分けて情報を収集……いや、一部はブースターの取り付けを行わせよう……調査をするのは……


 やがて船外に辿り着いた頃には、頭の中に詳細な計画が描かれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ