暗斉黒斗は太陽さんに恋してる。
「明日が来るとは限らない。」
「暗斉くんのそれは今を大切にって事だよね!」
「……そういう風に捉えられる太川さんは相変わらず凄いな。俺には絶対無理だ。」
このネガティブ思考の持ち主の名は暗斉黒斗。前髪を目に掛かるほど伸ばしている彼には二年半もの間想いを寄せている相手がいる。
「私は暗斉くんの考え方は慎重で良いと思うよ?」
暗斉の想いを寄せている相手、名は太川陽。彼女は持ち前のポジティブ思考から周りの相談に乗る事も多く、彼女に相談にのってもらった者は口を揃えて彼女の事を【太陽】と呼ぶ。
「太川さん、何か呼ばれてるみたいだよ?」
「えっ、あ、本当だ!ごめんね、ちょっと行ってくるね!」
彼女は明るく笑顔が多い。その上誰にでも優しく、整った容姿をしている為、ぶっちゃけた話、超モテる。
その上、勉強運動共に出来る。まさに、完璧を擬人化したような人間だ。
彼女が呼び出しされる度、暗斉はジェラシーを感じている。
「暗斉くん、ごめんね遅くなって。」
「別に、俺より他を優先するのは当たり前だよ。また告白だったんでしょ?」
「……うん。嬉しいけど気持ちには応えられないって言って来た。」
「そっか。でも偶には友達と帰ったら?俺とばかり居ても何も楽しく無いのに。」
「そんな事ないよ!暗斉くんと一緒に帰るの楽しいから!さ、帰ろ!」
暗斉と太川は小学校に入学する少し前に出逢った。
暗斉の住んでいたマンションの隣の部屋に越してきたのが太川だった。昔は今と違い、下の名前で呼び合っていたりした。二人の付き合いは、かれこれ九年になる。
二人は中学に上がる頃、周りに合わせて名字呼びになった。暗斉が、彼女に想いを寄せる様になったのも、丁度その頃だった。
中学の入学式……
「おはよう!くろ、暗斉くん!」
「朝から元気だな、太川さん。」
重ための前髪を避けながら彼女の事を見た。
暗斉が彼女に恋をしたのはこの瞬間だった。
いつもポニーテールでズボンしか履いていなかった彼女が、サイドを編み込んだハーフアップに、ブレザーのスカートを履いている。暗斉は、イメチェンした彼女に一目惚れをしたのだった。
「……太川さん、その髪、」
「ああ、これ?うふふ、中学デビューってやつだよ!どう?似合ってる?」
「……悪くは、無いと思う。」
「!お褒めの言葉を頂き、光栄でございます。さ、早く学校行こ!」
そんな恋の始まりから、早二年半。暗斉と太川は中学三年生になっていた。相変わらずモテる太川は少し困ることがあった。それは……
「ねえ、A組の太川ってちょっとモテるからって調子乗ってない?」
「分かる。二年の佐藤くんも太川の事好きだって。」
「うっそ。佐藤って学校一イケメンの?」
「そうそう。ほんっと、顔がいい奴って努力しなくても好かれるからずるいよね。」
というような陰口だったりする。
正直本人はあまり気にしていないのだが、本人の周りの人達が過剰に反応してしまう。
「陰口なんて言いたい人には勝手に言わせとけばいいのにな。誰がどう思おうと私は私なんだし。」
周りの気持ちは嬉しいが、私は気にしていない。そうは言ってもファンが多い太川。全員には伝わらない。それどころか、太川が陰口を言われているという事が太川に好意を寄せる者の耳へ入っていく。その為、告白の度に同じような事を言われる。
「太川さん。好きです!俺が太川さんを悪く言うやつなんて懲らしめてやるから。」
「俺、太川さんの隣で太川さんの陰口を言うやつらから護りたいです!」
そのような告白の度に太川は返答に困った。
陰口は、太川にとっては空気中に飛んでいるチリと同じくらいちっぽけな事だからだ。昔から、何でそつなくこなせ、容姿の整っていた太川は、妬まれる事など日常茶飯事だった。だが、ポジティブ太川は妬まれたって気にしない。
(私がそれだけ凄いって事だよね!)
だが、何でも熟せる太川にも、一つだけ出来ない事があった。それは、約九年もの間、想いを寄せていた相手に告白する事だ。相手の名は、暗斉紫黒。暗斉黒斗の二つ上の兄だ。
そして、暗斉紫黒には彼女が居る。
皮肉な事にも、暗斉黒斗は太川に恋愛相談を持ちかけられる事が度々ある。
「まあ、陽も兄貴の方が良いに決まってるよな。」
太川と離れ、自分の家の扉を閉めた後、暗斉は呟いた。そう、暗斉は太川を好きになった時から、太川が自身の兄に想いを寄せている事を知っていた。
「黒斗〜!お土産買って来たぞ〜!」
二つ上の兄は休みの度に旅行に行っている。
そして創立記念日か何かで休みの今日は昨日の夜から家を出て温泉巡りをして来たらしい。
「お帰り。兄貴、休みなら彼女とでも遊びに行けば良いのに。」
「え?彼女?ハハッ、いつの話してんだよ。もう一ヶ月も前に別れてるよ。毎回の事ながら、旅行ばっかで遊んでくれないならもう良いって言われながら。」
「その割に全然悲しそうじゃないな。」
「そりゃ、振られたすぐ後は悲しいけどさ、そんなのずっと引きずってたら生きていけないだろ。」
「兄貴は凄えな。」
俺がそう言うと、兄貴はお土産だと言う温泉まんじゅうの袋を開けながら「ふぁいが?(何が?)」と言っている。
「あ、陽にもお土産渡して来てくれよ。」
「何でだよ。兄貴が渡して来いよ。」
「いや、俺はさ……ほら、今帰って来たばかりで疲れてるし。」
「要するにパシリだろ。」
そう言いながらも好きな人に会える口実が出来た事に内心ガッツポーズを決めている暗斉。一方、兄の方はほっとしたように溜息をついた。
暗斉黒斗の兄、暗斉紫黒は幼馴染の太川陽が自分に想いを寄せている事を知っている。そして自分の弟が太川に恋心を抱いている事も。その為、紫黒は彼女をつくり、太川の意識を弟へ向けようとしていた。
紫黒は超のつく弟好きだからだ。
そして何より、自分は太川に関して恋心を抱く事は出来ないと確信している。自分にとって太川は、何があっても妹であるからだ。
「黒斗、頑張れよ。」
そう呟いた声は、自分しか居ないリビングに響いた。
数日後……
「太川さん、どうしたの?」
いつも通りに見せようとしているが、素直な性格のせいか少し引き攣った笑顔を浮かべる太川に暗斉は言った。
「昨日、久しぶりにしーくんと会ったんだけど、避けられちゃって。」
どれだけポジティブな太川でもショックな事はあるわけで。
「好き避けとかなら全然良いのにな〜!あの目はちょっと傷付くよ。」
ポジティブ太川は秋の高い空を見上げながらそう言った。
「まあ、今恋愛とか出来る余裕ないけどね。よし、決めた!」
太川は頬を両手でパチンと叩き、言った。
「しーくんに告白して、キッパリ振られて来る!それで受験勉強もっと頑張る!」
「じゃあ俺にも勉強教えて。」
「別に良いけど……私、勉強については厳しいからね?」
「えっ、き、気を引き締めるよ。」
「じゃあ行ってくるね!」
「えっ、今から!?」
太川はしーくん事、暗斉紫黒の通う高校へと走って行った。運動神経が良く、体力のある太川と違い、高校へ着いた頃には暗斉は汗だくで、地面にしゃがみ込んでいた。
「あっち〜、疲れた。もう帰りたい。」
「あはは、暗斉くんはそうだよね〜。ていうか、ついて来てくれなくても大丈夫だったのに。」
太川が門の前で紫黒を待っている間、暗斉は少し離れた所で影に入り、いつも目に掛かっている前髪をかき上げて、休憩していた。段々人が増えて来て、暗斉は太川が見える位置まで移動した。
すると、校門から出て来た女子高生に話しかけられた。
「ねえ、君。もしかして紫黒の弟くん?」
「へ?」
暗斉は反射的に顔を上げた。
そして女子高生は暗斉の顔をじっと見つめた後、言った。
「やっぱり紫黒の弟だ!顔がそっくり。超美少年じゃん!」
その女子高生の声に反応し、周りの下校中だった野次馬達が集まって来た。
「えっ、凄いイケメン!」
「暗斉紫黒の弟だって。」
「美形兄弟かよ。ずりぃ!」
「めっちゃ綺麗な顔してんじゃん!」
そこで暗斉は漸く気が付いた。自分の前髪が上がっている事に。普段、あまり人と積極的に関わらない暗斉は戸惑った。そこで助けてくれたのは……
「お前ら、俺の弟怖がらせんなよ!」
「やだなぁ、怖がらせてなんて無いよ。」
「んじゃ、囲んでないでさっさと帰れよ。こいつがお前らのせいで俺の事嫌いになったらお前らの事許さねえから!」
紫黒のその言葉で暗斉を囲んでいた野次馬達は離れて行った。
「おーい、紫黒〜!可愛いJCが呼んでるぞ☆」
そう言いながら駆け寄って来た紫黒の友人らしき人に紫黒はチョップをかました。
「いって!何だよ、俺何もしてねえじゃんかよ!」
「いや、何故か無性に腹が立って。」
「お、おお?君が噂の弟くんか?俺は羽沢悠馬。紫黒の友人アーンドクラスメイト!普通に悠馬で良いぞ!」
「は、はあ」
「弟くん、名乗ってくれないならこの先ずっと弟くん呼びになるけど良い?」
「俺は、暗斉黒斗です。いつも兄がお世話になっています。」
暗斉がそう言うと、紫黒は直様否定した。
「黒斗、違うぞ。"俺が"悠馬を世話してるんだ。」
「それは別にどうでも良いから。挨拶だろ。」
「それより本当にJCが紫黒を呼んでるんだって。」
羽沢がそう言った時、後ろから紫黒を呼ぶ声が聞こえてくる。
「しーく〜ん!見つけた!やっぱり私の事避けてる。ねえ、言ったでしょ、暗斉くん?」
「何々?黒斗とも知り合いなわけ?てか、紫黒。こんな美少女のこと避けてんの!?」
「……お前には関係ねえだろ。」
『はは、関係ねえ、な。』
羽沢はポツリと呟いた。
「何だ?」
「なーんでも。確かに俺には関係ないかもしれないけどさ、話くらい聞いてやれよ。何か決意したっぽい目してるし。」
羽沢の言葉に紫黒は頷き、太川の方を見た。
「どうしたんだ?」
「私ね、九年前からずっと、しーくんの事が好き!しーくんが私の事、恋愛的な意味で好きじゃないのは知ってる。だから振るならはっきり振って!引きずらないくらい」
「分かった。俺は、陽の事を妹としてしか見てないし、これからも妹としてしか見れない。絶対にだ。」
「そっか。はっきり振ってくれてありがと。暗斉くん帰ろっか。」
「兄貴は?」
「俺はちょっと後で帰るよ。二人とも、気を付けて帰れよ。」
暗斉と太川が帰った後……
「紫黒、肉まん奢ってやる。」
「悠馬が奢ってくれるなんて珍しいな。嵐でも来るのか?」
「おい!失礼だな。良いから行くぞ。」
紫黒は慣れない気遣いを見せる親友に、少し目を見張ったあとがっしりと肩を組んだ。
「ありがとな、悠馬。」
「くっつくなよ!ほら、行くぞ!」
「優しいな、悠馬は。」
「別に優しくなんかねえよ。俺達は親友、だろ?」
「ははっ、そうだな。じゃあついでにカレーまんとピザまんも奢って貰おうかな?」
「は!?やだよ。」
紫黒達が見えなくなり、暗斉と太川は帰路に着く。沈黙が続き、先に切り出したのは暗斉だった。
「あの、太川さん。」
暗斉の声は、太川には届いていないようだった。
「……陽!」
「はい!って急にどうしたの、暗斉くん。」
「陽、大丈夫か?」
「えっ、何が?」
「兄貴に振られたこと。」
暗斉の言葉に太川は苦笑しながら言った。
「結構ズバッと言うのね。暗斉くんらしいけど。もちろん大丈夫なんかじゃないよ。凄く悲しいよ。私は、しーくんにとっては唯の妹だって。分かっててもやっぱりショックはショックだよ。」
「……陽、悲しかったら泣いても良いんだ。学校では太陽とか言われて泣きづらいかもしれないけど、今は俺しか居ない。だから、無理すんな。泣いてすっきりしろよ。」
「……ありがと、くろくん。」
そして太川は暗斉の背中に顔を埋め、声を殺して泣いた。
太川の紫黒への九年も募った想いは涙となって太川の元から離れて行った。
「ありがと。もう大丈夫。ねえ、やっぱり呼び方戻そっか。くろくん。」
目を赤く晴らした太川が、いつもの笑顔を浮かべながらそう言った。
「ああ。そうだな。明日からは兄貴と大丈夫そうか?流石にもう避けたりしないと思うけど。」
「うん。大丈夫。」
受験生という事もあり、その後の二人は勉強漬けの毎日を過ごした。月日が過ぎるのは早いもので、気付けば受験は終わり、卒業式を迎えていた。その間、暗斉と太川の関係はただの幼馴染のままだった。
「卒業おめでとう、黒斗、陽。」
「しーくん、ありがと。」
紫黒の言葉に太川は微笑みながら答えた。太川の言葉を受けた紫黒もまた、微笑み返す。そして、紫黒は暗斉に近付き、耳元で言った。
『黒斗、今がチャンスだろ。』
「チャンスって何の?」
『告白だよ。陽はモテるんだから早くしないと囲まれるぞ。』
そう言われて焦った暗斉は太川の手を掴んで走り出した。
「陽!ちょっと来て!」
「えっ、?」
そして人気の無い体育館裏に行くと、暗斉は一度大きく深呼吸をした。
「俺、陽の事が好きだ!俺と、付き合ってください!」
しばらくの沈黙の後、太川は答えた。
「……私はくろくんの事、幼馴染として好きだよ。」
「そっか。そうだよな。」
「でも、今のくろくんは凄くかっこよかった!ねえ、私の事、好きにさせてみてよ!」
「……えっ!?諦めなくても良いのか?」
「えっ?諦めるの?」
「いや、絶対惚れさせてみる!」
俺が好きになった太川陽は、太陽みたいで、偶に小悪魔、そんな子だった。
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暗斉紫黒と羽沢悠馬のお話も作る予定なので、もし良ければそちらも見て下さい!
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