第六話
第6話
その後セイジは部屋出しの夕食、離れで湯船を堪能し一息ついていた。
サユリは食事、風呂、ともに不要のため、部屋で身体を濡れ布巾で磨く程度で一日のメンテナンスは終わる。本来はメンテナンスポッドがあるのだが、完全にスタンドアローンなので今は問題ない。
夜も更けると辺りは虫やカエルの鳴き声が響き、田舎気分を味わいながら床に就いた。
サユリはもちろん睡眠も不要なのだが、気分的に横になるのだそう。
寝ているセイジの腕に手を絡ませ、センサーで生体モニターをひたすら観察するのが、サユリの脳に良いらしい。はたから見ると仲の良い親子か兄と妹に感じられるかもしれない。
深夜に来訪者がいた。
気配を消すのではなく、存在を完全に消し、得体のしれない何かが部屋に侵入した。
ふすまの摩擦音や空気の動く感触があるはずなのだが、それも消失させている。
何者かはセイジとサユリをただじっと観察していた。敵意は無くこちらの意識に干渉して何かを探るでもなく、子供を見つめるようなまなざしだ。
セイジは夢の中で、美しい女性の後ろ姿を見ていた。思わず手を伸ばすが、身体はここにあらず、意識だけが女性を求めていた。
女性がこちらをふり返ると、まっしろだった周囲の景色が、次第に灰色に変貌していた。産まれた時より続く、地下での幸福ながらもどこか諦めの漂う狭いコミュニティーでの生活。この女性の幼いころの景色だろうか。時と共にそれなりの成長を重ね、見知った幼馴染とのもはや意義の無い結婚と存続のための出産。ここまでは退廃的な雰囲気だったが、気づくと景色は白と暖色の花畑のように変貌していた。
種の存続という人間のDNAに刻まれたそれは、女性を変貌させ夫と共に地下コミュニティーの中心人物として精力的な活動をするように変えていた。
しかし活動が盛んになればなるほど、同調しない者やアンチテーゼの発生、おもしろおかしく裏切るもの、様々な問題が発生するのが人間という生き物。
次第に景色は赤く、黒く染まっていく。
地上を支配するAIによる統一思考が率いる、無機質な人間の軍隊により処理される同胞たち、活動の場はさらに地下深く潜っていった。
夢であろう映像は続いたが、突然今までとは異なる別の光が進入してきて景色は綺麗さっぱり消えてしまった。その光は残された夢の女性に呼びかける。
「好き勝手されちゃ面白くないんだけど。虚数空間で必死こいて覚えた、魔術だっけ?人間の想像力を具現化する、面白いというか安直な見世物にしか見えないんだよね。少しこの世界には出過ぎた力なんだよなぁ。どこか地の果てで時が来るまで大人しくし待っててくれないかな。」
「やっと出てきてくれましたね。理解はできますが、それに従えないのが人間ということもご存知でしょう。あのディストピアから解放された私たちは純粋に幸せを求めたいのです。」
「ふん!」
悪態と共に全てがはじけ飛んだ。開眼したセイジは隣でスリープしているサユリをちらりと見るも、なんかこいつ艶々してるような、そんなことを考えながら再度眠りについた。
サユリのモニターはセイジの状態を睡眠導入時から今まで何の異常もなく正常ととらえている。