第三話
第三話 町
しばらく林の中を歩いたがやがて開け畑や田んぼが道沿いにポツポツと並び始めた。だいぶ荒らされている様子で、農業従事者であろう男がほぼ裸のような格好で作業をしている。
こちらの姿を見ると驚いた様子で、みな一目散に走って逃げて行ってしまった。
「この状況、ちょっとやばくないか?」
「おぬしの見慣れない格好がさっきの魔物の仲間と思われとるのかのう。わしは半裸のおこちゃまだし。」
「こちらに非はないのじゃ、堂々としてれば問題なかろう。」
しばらく歩みを進めると、馬に乗り少しこざっぱりした出で立ちの男が向かってきた。
こちらを威圧する様子はなく少し離れたところで馬から降りると、徒歩でゆっくりと近づいてきた。服装は腰に刀、籠手、股引に着物で身軽な武士のように見える。熟年の男性風で立ち振る舞いに隙がない。こちらと距離を取り大声で話しかけてきた。
「お初にお目にかかる、一応尋ねるが貴殿らはこの村の住人か?」
「いや、違う。気が付いたらあの遠くに見える丘の上に倒れていたんだ。記憶がなく道沿いに歩いてきたところだ。こんな服を着ているがちゃんとした普通の人間だ。いろいろ聞きたいことや助けがほしい。どうだろうか」
「けが人には見えぬが、どこからまいった? それとそちらの小さなおなごは」
「わしもにたようなものじゃな。どこからとはなんとも言えぬ。わしらはできれば服とか食料、休めるところを所望したいのじゃが。」
「質問を変えよう、途中で獣や物の怪の類に遭遇しなかったか?」
「襲われたぞ。二足歩行するオオカミの化け物だ。逃げて行ってくれたが危うく殺されるところだったぞ。あいつらの事を何か知っているのか?」
「おぬしたちは武器も持たずにあの群れをどうやって退けたのだ」
「うーん、詳しく説明しづらいんだけど、この子がやっつけてくれたというか、自滅したというか…」
言い淀むこちらの言動に対し、男は腰の刀に手をかけた。
「お、おい、やめろ、こちらに悪意はないんだ、都合が悪ければこのまま引き返すから、なやめてくれ、な?」
その刹那斜め後方で風切り音が聞こえたかと思うと、サユリの手に1本の矢が収まっていた。続けざまに放たれたらしいもう一本の矢を目に見えぬ速さでサユリがキャッチする。初矢は俺の、2本目はさゆりの頭を正確に狙ったもののようだった。よーくみるとクロスボウのような投擲武器をつがえた人影が遠くの木の陰に隠れてこちらを狙っている。俺が気づくとその人影は姿を林に隠した。
「ほほう、この時代の人間はずいぶん命が軽いのう。刀に注意を引きつけておいて、死角から仲間が飛び道具で不意打ち。なかなかの手練れ、見事じゃが相手が悪すぎだかのう。」
「あ、ありがとうサユリ。もしかして俺死んでた?」
「いや、多分ワシが何もしなくても何とかなってたとはおもうが」
「くっ、もう少し情報が欲しかったが…」
武士風の男は懐から何かを取り出しこちらに投げつけた。煙幕が放たれ視界が遮られると、武士は馬の駆ける音を響かせて来た道を去っていったようだ。
「はぁ、さっきのオオカミに血の気の早い武士に、これからどうする。」
「もう少し穏便に話ができればええのじゃが、幸いまだこちらからは手を出してないんじゃ。何とかなるじゃろう」
先ほどの農民が逃げた方向に道をしばらく進むと、集落らしき集まりが見えた。
戦国時代といった見た目の平屋の家がぽつぽつと並び建ち始める。
一番大きそうな道を選び集落の中をゆっくりと進んでいく。
人の気配はあるのだが、皆閉じこもってる様子で道に人影はない。
「お店とか無いのかな?もうおなか減っちゃって…」
「この様子ではなぁ。もう少し我慢せい。ちなみにわしは腹が減らん。便利じゃのう。」
「腹が減らないって、じゃあサユリの燃料はなんなの?」
「自己増殖する金属細胞じゃ」
「うーん、じゃあその金属細胞が増殖するのに必要なエネルギーは」
「知らん。」
「そうか、まぁいいや、これからもよろしく頼むよ」
「お願いしますじゃろ?」
「これからも末永くよろしくお願いします、サユリ様」
「うむ、よかろう。精進せよ」
しばらく進むと生垣に囲まれた、一回り大きな建物が見えてきた。
入口には衛兵だろうか、鎧と槍で武装した数人が構えている。
先ほどの戦闘をどこかで見ていたのであろうか、ガチガチに緊張している様子だ。
あまり近づいて攻撃されても困るので、セイジは両手を上げ敵意はないことをアピールしながら遠くから呼びかけてみた。
「こちらに敵意はない。どうか話を聞いてくれないか?見ての通り武器も持ってない。」
「危害を加える気はないし、もしそちらが何か求めるのならできる限り応じる考えもある」
両手をあげてアピールするも、皆怖気づいてるのか槍を構えておろおろしている。
「おぬし、そのおかしな召し物が悪いんじゃないか?いっそ全部脱いでみよ」
「ええ~、このスーツハイテクで強そうなんだけど、俺脱ぐの?」
「いや、わしはもうほとんど裸みたいなものだし、それにたぶんそのスーツはただの服じゃぞ。」
「うーん、そうか、そうだよな、それがいいかもしれない」
「おーい槍持ちのおぬしら、いまからこの男、服を全部脱ぬいでそちらに歩かせるから、よく検分するとええ、なんならワシも脱ごうかの?」
こちらの提案に衛兵たちは相談を始めたが、そのうち1人が屋敷の中に入っていった。屋敷の主かはたまた領主かに相談に行ってくれたようだ。しばらくすると返事が返ってきた。
「お、おなごは脱がなくてよい! 男のほうは服を脱いだらこちらにゆっくり歩いてこい」
「なんとかなりそうだな、この世界の食べ物ってどんなだろう」
服を脱ぎながらウキウキでサユリに話しかける。
「そうじゃな、お主はおそらくあそこでボコボコにされて拘束されるであろうが、抵抗せずにおとなしくするんじゃぞ。しっかりついて行ってやるからな。」
「ボコボコってやっぱそうなるのか… この世界って治癒魔法とかないよね。」
「どうじゃろうかの、まぁ、お主はどうやっても死なん。そのところは安心せい」
「死なないって不死身ってこと?」
「そうではない、神の理、因果、そういった類のオカルト的な力じゃ」
「はぁ、さっぱりわからない…」
「ほれ、しゃきっとしてズタボロにされて来い。抵抗するときっと痛いぞ!」
「わかったよ、ちゃんとついてきてね。」
サユリに笑いながら送り出され、全裸のセイジは足取り重く衛兵たちの元に向かった。