第二話
第二話 監視者
先ほどまでのやり取りは嵐のように過ぎ去り、再び柔らかな風が少女の周りを踊る。
いまだ微動だにしないその物体を観察しようと、青年はゆっくりと近づく。
少女の身長は青年の胸の高さにあり、腰をかがめ覗き込んだ。
頭部は人間のそれとまったく同じように見える。非常に精巧で完全左右対称の輪郭と肌。瞼は閉じられているが今にも動きそうだ。
軽く指で頬をつつくと、コツコツとした感触が爪に伝わる。指先でなぞってみると、非常に滑らかで艶を放っており金属かセラミックのように思う。肩口にあるはずの剣を弾いた跡をなぞってみたがひっかかる感触が感じられない。無傷、無破損ということだ。
薄い肌色なのだが、塗装というよりそれ自体の成形色なのだろうか、素材の見当がまったくつかない。
「おーーい」
こちらの声に反応はない。
ロボットならどこかにスイッチがあるかな?
「ちょっと失礼して…」
頭頂部からじっくり観察する。
髪の毛をかき分けてみるが何もない、つむじっぽい所を試しに押してみるが反応はない。
首回りは関節のラインがうっすらと見えるだけ。腕をあげようとしてみたが、関節ががっちりと固着してしまっている。
両肩をつかんで持ち上げてみようとしたが、うんともすんともいかない。
重そうには見えないのに、なにか防衛モード的な機能が働いているのであろうか。
再度まじまじと覗き込み、今度は瞼をこじ開けてみようとした時
「あっ…」
するりと少女の瞼が開き目が合ってしまった。吸い込まれそうな深い緑の大きな瞳は美しく、ついじっくりと見つめてしまっていた。
「ご、ごほん。っんん、んんんんっ。ち、近いのじゃが… あまり人の裸をじろじろと見るもんじゃないぞ」
「え、喋って? あ、わ、悪い。ごめん。ちょっと待ってて。」
青年は少し動揺しながらも道端の旗を壊し、布の部分を集めて少女に差し出す。
「これで、服にならないかな…」
「まったく隅々までじっくりと観察しおってからに… ああ、そうじゃな。ではちょっとここを脇のあたりで結んでくれ」
とりあえず、大事なところは全て隠れた。次にかけるべき言葉を探していると、先に少女が話しかけてきた。
「おぬし、セイジよな?」
「セイジ?俺の名前か?俺は日本人なのか?ここはどこなんだ」
「いやいや、お前の話している言葉は日本語だろうに、何を言ってる?もしかしてワシのこと覚えてないのか?」
「俺の名前はセイジと言うのか。ほかに俺のこと何か知っているのか?ここは異世界か何かなのか?」
「ちょ、ちょっと待て、あまり近づくでない。」
少女はぐいとセイジの身体を押し返すと、怪訝な顔でこちらを見ている。発言の内容を疑っているのか、くるっと後ろを向き思考を始めているようだった。
「おい、俺の出方を伺っているのだろうが、こっちは何も隠していることはない。正直に話すから色々教えてくれ、記憶喪失ってやつでこの世界の事も何もわからないんだ。」
「まぁ、ワシも少し混乱してることがあってな。おぬしの名前はセイジ。年齢は18歳くらいじゃったかのう。ここは地球じゃ。おぬしとワシは相棒でなんだかんだ一緒に旅をしておった。」
「一緒に…ってかここは地球なのか?てっきり剣と魔法、魔物の世界に異世界転生したのかと思っていたんだけど。」
「阿呆化、異世界などあるわけなかろう、どう見ても植生が地球、空も地球のそれじゃろ。そしてわしのメモリーが確かならここは未来の日本じゃ。」
「じゃあ、さっきの明らかにモンスターらしき、アレは、なんなんだ。遺伝子工学が進歩した違う世界線の地球みたいなものか?景色もずいぶん原風景というか人工物が少なすぎる。過去への時間転移じゃないのか?」
「まぁ、わしもこの地球の軌道上にあったデーターベース兼母星通信衛星が破損、信号が消失してしまってな。あまり詳しいことがわからないのじゃ」
地球ということに少し安心するセイジだった。聞きたいことは山ほどあるが、このまま日が暮れては身動きが取れなくなってしまうし、先ほどの獣たちが仲間を連れて戻ってくるかもしれない。
「この辺に人間はいるのか?」
「いると思うのじゃが、詳しい場所がわからん。とりあえず道沿いに下れば村でもあるじゃろう。ささ、一緒に行くとするかのう。」
「ちょっと待った、最後に、お前はロボットなんだよな?人間じゃないよな?」
「うーむ、むずかしいが、人間の定義的には生殖活動しないのでロボットじゃな。でも脳みそは人工培養でなく、天然ものじゃぞ。まあ、おいおい思い出すじゃろ」
なんとなく理解はできるのだが、考えても仕方がないことは事実。だがおそらく戦闘力は高く、俺のことやこの世界のことを知っている。信頼できるかはわからないが、ここはついていく選択肢しかない。
「わかった、こちらこそよろしく頼む。ところで、名前は何と呼べばいい?」
「お、そうじゃったな、おぬしはワシのことサユリと呼んでいたぞ。」