第一話
第一話
瞼を開くと、眼前にどこまでも青く透明な空が広がる。
理由や道理はわからないが、青年が地面に仰向けで寝ていた。
上半身を起こすと周りは見渡す限りの草原。
丘の上といったところだろうか周囲には山々が見える。
天気は快晴で、過ごしやすい大気温だ。目覚めのいい気分と言っていいだろう。
身体は問題なく動かせそうだったが、全身がまだ痺れていて他人の身体みたいだった。
「俺は、ここは…どこだっけ?」
頭はスッキリしているものの、名前やここがどこで、いつなのか、まったく記憶が出てこない。
何か手がかりはないだろうかと着ている服に目を落としてみる。生地は化学繊維、ナイロンやケプラーと呼ばれる物。SF作品のぴったりしたボディースーツのようなデザインだが、己の記憶にない。フラップで閉じられた前面のジッパーで脱ぎ着ができるみたいだ。
身体をくまなく調べるが、所持品は何もない。生活していれば情報端末くらい持っていそうなものだが、どういうわけだろう。
青年は身体の自由が効くようになると軽く背伸びをして周囲を観察し始めた。
一方からは時折、強い風が吹いてくる。草木の青い匂いに加え、微かに潮の香りも混じっている。風の吹く方向からは遠くに海が見える。海岸線があれば人や町が見つかるかもしれない。
周囲を少し散策すると幸運にも人や馬車が通るような道を発見した。
大きなカーブを繰り返す下り坂をしばらく歩くと、雑草の茂る道端に木材と白い布を組み合わせた吊り下げ旗があった。旗の真ん中には赤い模様が描かれている。周辺の下草は刈られて多少整備されていた。
それを横目に進むと、道端に人間を模したと思われる人工的で巨大なオブジェらしきものが横たわっていた。大きさは20mくらいあり、艶々してとても硬そうな外観だ。ガンガンと鈍い音を立てて何者かがそのオブジェに向かって何か作業をしているようだった。
「おーい!」
こちらから呼びかけてみるが、返事はない。
人間かと思い声をかけたが、期待むなしく、オブジェの傍から振り返り現れたのは、二足歩行をし、艶々した鱗で体表を覆われた大型の爬虫類らしきものだった。
前傾姿勢でこちらを獲物として捉え、殺気を放っている。それが5匹、ナイフ、剣、こん棒といったバラバラの装備品でじわりと近づいてきた。
気圧され足がすくむ青年だが、なんとか思考を絞りだし震える声を荒げた。
「ス、ステータスオープン! 時よ止まれ! ファイアーボール! 肉体強化!」
ファンタジーの定番的なセリフを唱えてみたが、もちろん何も起きない。
一瞬ひるんだ獣たちだったが、アイコンタクトを取り再びこちらに向かってきた。
「ま、まって言葉わかる?何もしない、OK、ニーハオ、サンキュー、あーーーー」
有無を言わさず、うち一匹がこちらに向かって投石を開始する。
こぶし大の石が顔面めがけて飛んでくるがサッと避けることができた。やけに体が軽い、結構この身体は運動能力が高いのか?それとも着ているスーツによるバフかもしれない。
さらに投石は続く。今度はこちらを取り囲むように左右に移動した二匹も同時に放つ。なんとか避ける事に成功したが、体勢を崩し大きく注意を削いでしまった。
それに乗じ一斉に走り距離を詰めてくる獣たち。青年は無残にも血肉になり果てるように見えたが、スーツの性能に最後の望みを託し顔を上げた。
「ん?」
前方の空がキラリと光ると、何か飛翔体が迫ってくる。だんだん大きくなるがとんでもないスピードでこちらに向かってくるように見える。
「わっあわあっ」
とっさに地面に伏せ頭を屈め耳をふさぎ口を開ける
「パッカーーーーーーーーーーン」
銃声のような乾いた破裂音が盛大に響いた。
青年がおそるおそる目を開けると眼前に落下し地面に突き刺さった物体がある。地面が軽くえぐられ、土煙と湯気らしきものが上がっていた。幸運にもミサイルの類ではなく消し炭とはならなかったようだった。
獣たちは突然の襲来物に飛びのき、また距離をとり、グルグルグルッと低い喉を鳴らしている。
中に見えるのは身体の各関節がバラバラにおかしな方向を向いた人形らしき物体だった。
組み立て前の球体関節人形のように見える。
キュルキュルと各関節をつなぐワイヤーが収縮し正しい関節方向に収まる。腰や首が正常な位置に収まると綺麗な所作で立ち上がった。そこには人間に見違えるほど精巧な裸のような少女が存在した。
様子を見ていた獣たちだったが、その内二匹がその少女に襲い掛かる。
唸り声と共に乱暴に振り下ろされた剣が少女の肩口から身体を両断するように見えたが、脳天まで突き抜ける高い金属音が響き、剣は弾かれ獣の手から離れあらぬ方向へ飛んでいった。
あまりの勢いに肩を痛めたのか腕をだらりとさせながら素早く後ずさった。
もう一匹がほぼ同時に側頭部を狙いフルスイングしたこん棒も頭部を傷つけることはできず、折れて木屑の破片と細かな繊維をまき散らした。
少女は微動だにしないが、後方にいた獣たちは負傷した剣使いと勢いあまって転倒したこん棒使いを庇いながら、あっという間にどことなく統率された動きで逃げていった。
「ふぅ、たすかったのか… 早く離れたほうがいいんだろうけど、これを調べなくちゃ。」