all is one 根源
序章
周囲は人間や動物が生きるにはあまりにも過酷な極低温の暴風雪。
昨年はまだ地上に転送する事も出来たのだが、今年になってからはその機会が訪れる気配はない。
人類の思考意思は数度の全面戦争を経てAIと作業用人型ロボットの活用によりほぼ統一されディストピアとなった。
化石燃料は星の寿命を縮める観点から積極的に廃止され、人類という種が頼るのは自身の生命力から得られる魔力とそれを保管する魔石を主な動力源としていた。
魔力を使うことで相対的な寿命は減るのだが、AIにすべてを委ねた世界は個人の生死に価値を見いだせなくなっており、この星の一部として人間が存在することを体現させた穏やかな世界として停滞していた。
一方でAIによる進化から逃れた幾ばくかの人間達は地下に生活を移し、細々と魔力を使い暮らしていたが、AIの判断により地上人類に駆除され各地で数を減らしていった。
天体規模では穏やかな環境となった地球だったが、突如としてアステロイドベルトから離脱したと思われる隕石群が、世の理を放棄し導かれるようにこの星を襲い始めたのである。
事象を観測したAIは初めの頃こそ、大型の隕石を狙って大気圏外での旧式兵器や新造魔力兵器による迎撃を行っていたが、隕石群はついに飽和状態となりその迎撃能力は停止した。
地表に降り注ぐ隕石のかけらは、資源、食料、通信、衛星、魔石炉、魔力ケーブル、ロボット生産施設。あらゆる施設に壊滅的なダメージを与え、思考能力を失っていた地上人類はほぼ絶滅した。
地上人類の絶滅後も隕石の落下は続き、残る地下人類の絶滅も時間の問題だった。
地下深くに存在するその空間は、全長約300m、幅100mほどの大きさで、残った同志約2000人程の生活に必要な施設があらかた内包されていた。動力はもちろん魔力だが寿命に支障をきたさない程度の省力運転。多くの機械に囲まれ、地表上界とは異なる生活に適切な環境が保たれている。
その中心部とみられる艦橋には家族とみられる四人と、数名の従者がいた。
ディストピアから偶々逃れ、魔力を用いた魔術を発展させた特異な一族だった。
従者達はそれぞれコクピットのようなシートに座り、眼前のモニターを注視している。
「白神、知床、宗谷、襟裳、各地下施設振動が増えてますが想定内、異常なし。反転魔術式も当施設直上を目標に展開中で問題ありません。当施設も異常個所なし、フレデフォート級接触予想時刻、場所、角度共に変更なし。」
「うむ、引き続きモニターを頼む。私はそろそろ行くことにするよ。」
「はい、成功を祈っております。」
「頑張ってください、お父様。」
「ご健闘をお祈りします、父上。」
父と呼ばれる者は前日に済ませた家族との最後の食事を思い浮かべながら
部屋を移動する。
そこは魔法陣が四方の壁と天井床、全面に刻まれていた。
さて、始めようか…
虚数空間入口の生成作業を開始。
極大のエネルギーを発生させるため、幾重にも凝縮させた魔力石を解放し、眼前の装置へと注入していく。ほんのナノサイズの入口を生じさせ、安定させることができれば課題はクリアだ。
「周辺環境が悪く目視は難しいですが、空間のゆがみが発生しており、おそらく発生を確認しました。あらゆる数値がマイナス方向でモニターできています。」
「内部解析中、概ね事前の実験、想定通りで安定してます。手順に従い船体に対する制御プログラムを入力開始」
「入口、出口は同一座標で固定。時間軸は想定される100万年を入力。」
しかし入力したコンソールから小さなエラー音がなり、確定できない。
「ダメです、プログラムにより拒否されました。おそらく衝突進入角度のズレが原因と思われます。再度想定時間のシミュレーション中です。」
「1.752e+12 約2億年…です。指示、を、願います。」
「フフッ、これはまいったな、年齢も取らずに2億年か。自発行動はできる想定なので、魔術の発展が捗りそうだな。私はこの星に頼らず銀河の生成でも目指すとしようか。」
「みんな改めてすまない、予定時間が大幅に狂ってしまった。」
「あなた、昔の書物に似たようなものがありましたね。シンプルな禅問答だったと思いますが、まさか本当に実行する時がやってくるとは思いませんでした。」
「貨幣文化も無くなってしまえば、それが当たり前になってしまったな。人類の適応力は素晴らしいが、どうも方向を間違えたようだ。」
「大丈夫です、お父様。私は、そうですね人工生命の研究をしてみたいです」
「自分は宗教や思想を学び、新しい人類を導く存在を目指してみようと思います」
「すべての入力完了、シミュレーション結果も問題ありません。接触まで残り僅か、カウント600秒から開始します。」
ゼロカウントと共に極小な虚数空間入口を地表到達時のエネルギーにより強制拡張、それと同時に4か所に楔を打ったこの大陸全土を対象とした転送術式の発動。
「わかった、ありがとう。」
「人類に栄光を…」
「はい、あなた。この地で再び子供たちと一緒に…」
その日、北の大地は一瞬にして、その姿を消した。