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幻想の異邦人  作者:
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 蚩尤に手渡された本は、どれを読んでも、ユーリックにとっては御伽噺に近いものだった。読み物としては面白いが、資料にするには曖昧な表現が多い。

 その中でも、最たるものは、神の存在が身近に有り、時に力を貸し、時に語り掛けたという事だった。

 神子なる存在から伝わる言葉に、使命を託された者、神から力を授かり、妖魔や業魔なる存在を滅する者。龍人族や獣人族といった、人とは異なる姿をもつ者。そして、辰帝国同様に不死なる者が存在する事。神によって使命と共に、不死としての強き肉体を与えられる者。更には神の血を受け継ぎ、不死として生まれて来る者。とても、物語としか思えない内容ばかりで、余計に頭を悩ませた。

 ユーリックは、文字こそ辰と変わらないそれに苦心する事は無かったが、古典の様な内容に戸惑いながらも、書物を読み解いていった。だが、読めば読むほど、何処までが真実で、何処までが物語なのかが判別できなくなっていた。

 それは、英雄伝や神話、伝記のどれを読んでも変わらない。

 文明の違いか、信仰の違いか。

 蚩尤の話を聞く限りでも、陽皇国が信仰心が強く、神というあやふやな存在が明確化されているのだとは、理解できた。


「(虚実混じりかも、判別が付かない)」


 辰国に宗教は存在しない。

 正確には、信仰は禁じられていた。神話を扱う書籍こそ、禁じられてはいなかったが、祀る事、崇める事が赦されなかった。

 人里隠れた小さな村では、ひっそりと偶像に見立てたものを、信仰とする事もあったと言うが、国に知れれば、罰せられる対象にもなった。

 見せしめに、幾つかの村が対象になったとも聞いた事はあるが、そこまでして、宗教を排除する国の考えに賛同も出来なければ、命を賭けてまで信仰を守ろうとする村人も、ユーリックにとっては理解出来ないものだった。

 反対にこの国では、宗教の自由が浸透している。

 それを明示する様に、屋敷の中の一角にも、数々の神を象った小さな石像が数多く祀られていた。

 辰国で育った影響か、ユーリックには、信仰を理解ができなかった。だが、否定はしない。信仰が自由なら、信仰しない事を選べば良いだけだと言う考えが浮かんでいた。

 しかし、それが実在するかどうかとなると話は変わってくる。

 蚩尤の話では、神は実在すると断言した。そして、確かな力がそこにあるとも言った。

 ユーリックはその目で龍を見たし、気付かぬ間に龍によってこの地に飛ばされたのも、ある程度は飲み込めていたが、存在には懐疑的だった。

 未だ、白銀の龍は幻に思えていたし、この地に辿り着いたのも、記憶が曖昧なだけかも知れないと、考える事もできからだ。

 自身が不死身という特殊な存在とわかっていても、それは変わらなかった。


「(私は、御伽噺の中にでも迷い込んだのだろうか)」


 そう思えば、全てが納得できる様にも思えてならなかった。

 この国は実在せず、龍によって招き入れられ、運良く親切な者に助けてもらう。

 なんとも、物語の様ではないかと、ユーリックは笑いが込み上げてきた。物語の様で済ませるなら、良かったが、なによりも気になっている事があった。

 この屋敷の主だ。


「(あの方は何を考えているのだろう)」


 企んでいるのは無いにしろ、蚩尤は余りにも親切すぎる。同情される程の身の上話もしていない。

 いくら、行く当てが無いからと、見返りも求めず、衣食住を補償する事など出来るのだろうか。金持ちの道楽と思えばそれまでだが、無法者を客人として扱うのが、何より信用が置けなかった。

 一見、穏やかな隠居した老人にも見えるが、蚩尤も又、本心を何一つ語ってはいない。


「(特に監視もされていないし、行動を制限されている訳でも無い。考え過ぎだろうか)」


 良くしてもらっている事こそ、感謝しか無かったが、心の底から、蚩尤を信用する事が出来ずにいた。

 本を渡したのは、何の為なのだろうか。只の暇潰しなのか、それともユーリックに神を信仰させようとでもしているのか。

 本当に御伽噺の中なら、何も迷わずに済んだのだろうか。そんな思いを胸に、ユーリックは卓に突っ伏した。


「(私は今、()()に居るのだろうか。)」


 現実と夢の狭間にいる様な感覚だけが、ユーリックの中に痼となって残っていた。


――


 ユーリックが現れてからと言うもの、蚩尤は退屈な日々から一転した。

 辰帝国や、その国の人々の暮らし、魔術師やその知識。どれもこれもが目新しい物ばかりで、知識欲の権化とも言える男には、うってつけの相手だった。

 なによりも、ユーリックは礼儀正しく分を弁えていた。  

 聞かれた事には素直に答え、隠す素振りも無い。

 従順という言葉が似合うほど、ユーリックは大人しく屋敷で過ごした。

反抗的な態度も無く、これといって探る様子も無いが、どれだけ会話を重ねても、ユーリックが蚩尤を警戒し続けている事だけは、確かだった。

 それは蚩尤も同じだった。疑っている訳では無いが、見極める必要はあった。

 白仙山を越えた事こそ、神の導きである事は間違い無いだろうと、確信していたが、神子からの信託が下ったとは聞いていない。

 不死身ともなれば、神殿から、何かしらの知らせがあっても良いのではと考えていた。ましてや、白銀の龍に会ったというならば、何故神子に伝えないのか。

 ユーリックが嘘を述べている様には見えない。

 疑念が残るも、ユーリックが白仙山を越えた事による影響は今の所、何一つとして起こってはいないのも事実。神が伝える程の事でも無いと考えれば、それまでだ。

 ただ、言えるのは、ユーリック自身に害は何一つとして無いというぐらいだった。

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