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幻想の異邦人  作者:
14/27

十三

雲省 省都アコウ 


 山間部に沿う様に街を作り、明月城(めいげつじょう)は見上げる様に天高く聳え立ち、鮮やかな洗朱色を基調とした街並みが城までの道を作っている。

 連なる家々の屋根は朱色と決まっており、統一された造形が、全てを朱で染めていた。

 とても山間部とは思えぬ景色に誰もが見惚れ、ただ一言美しいと口にした。


 独特な香りが街中に広がるアコウ。

 香辛料が豊富で辛味が強く独特な味わいに好みが二分する。丹よりも雪は少ないが、冬は寒い。

 寒さを凌ぐ為か、より辛味が強い食べ物が多く広まったため、料理の多くが赤く染まっていた。

 街だけでなく市場までもが赤く染まっている。香辛料が豊富で、その独特な匂いは、市場でも鼻についた。

 人が賑わい行き交う中で、頭を隠す様に外套に身を包んで歩く者達がユーリックの横を通り過ぎていく。僅かな隙間から、白い髪が覗くと同時に、金色に輝く瞳が確かにあった。彼らが龍人族だと蚩尤はユーリックに耳打ちした。


 只人とは違い独特な雰囲気を放つ彼等に、ユーリックは自身が未知の国に来たのだと再度、実感させた。

 それまでは異国情緒あふれる国、程度の認識だったが、時折天高く飛び去る白神によく似た白い龍を見る度に、ユーリックは自身の想像を超える存在を認識し始めていた。

 宿に入り、窓際の椅子に腰掛けながら、ユーリックは時間を忘れ、ただただ景色を眺めるばかりだった。


「ユウリ」


 いつまでも見ていられる景色だったが、同行者である蚩尤に声をかけられ、ようやく日が傾いていることに気が付く程に集中していた。


「すみません」

「お気に召した様で何よりだ。連れてきた甲斐があった」


 和やかに語る蚩尤に、ユーリックは再度窓の外を見た。


「街並みを美しいと思ったのは初めてです」

「此処に来ると誰もがそう思う。私も初めて見た時は息を忘れるほど、魅入ったものだ」

「丹の省都とは違いますか?」

「あちらも朱色の街並みだが、ただそれだけだ。統一はされているが、見慣れてしまうと大した面白味はない」

「ならば、此処も時々観に来るだけが良いのかも知れません。見慣れると、価値が変わるかもしれない」


 日は沈み、行燈が灯される。橙色の灯りが赤と混じり合い全てを包んでいた。蚩尤はユーリックの正面に座り、名残惜しそうに外を見た。


「この街は遥か昔の焔の皇都を模倣したと言われている。その時代を生きた龍人族が少しづつ代を重ね作り上げた。今はもう、過去を知る龍人族はいない。更に代を重ねれば、この街並みも変わってしまうだろう」


 そう言った蚩尤はどこか寂しげだった。


「シエイは、焔の時代の皇都を見た事があるのですか」

「有るが、記憶は朧げだ。皇帝が変わり、今では黄色が主流となった。悪くはないが、この鮮やかな様を見ると、どうしても見劣りしてしまう」


 蚩尤が如何に永く生きているかがわかった。数百年を生きる男を前に、ユーリックの口は何気なしに動いていた。


「……永く生きるとは、どの様なものですか?」


 咄嗟に出た言葉に慌てて口を塞ぐが、戻るはずも無い。 

 いつか、自分も同じ道を歩むのかと思うと、聞かずにはいられなかった。

 罰の悪そうな顔を見せるユーリックに、蚩尤の顔色が変わる事は無かった。ユーリックが好奇心だけで、言葉を口にした訳では無いと、蚩尤には分かっていた。


「気にする事は無い。そうだな、意味を見出そうとする……だろうか」

「意味ですか?」

「若かりし頃は、不死である事に使命を感じた。だが、使命を全うしたと思ったが、未だに命は続いている。何故、未だ寿命が尽きず、何の為に生きているかを考え続けている」


 不死に寿命は無いに等しいが、死が無い訳ではない。


「それでは、不死である事とは役割があって生きるべきだと?」

「そうとも言える。そうでなければ、私は無為な時間を過ごしていると思えて仕方が無い」

「不死の方は皆そう考えるのでしょうか」

「どうだろうか。私より永く生きている方を知っているが、彼は家族や自身に尽くしてくれる臣下の為であれば、苦にならないと言った」


 蚩尤は遥か遠くを見つめ、彼と言った男を思い浮かべている様だった。その姿に、ユーリックは自身も不死身として生まれた事には、何か意味が有るのだろうかと考えた。視界の端に僅かに白いものが映った。雲省からも白仙山が見えるが、遥か遠くに有り、丹省からとでは違った姿が見える。


「……今、私に手を貸しているのも、意味を求めての事ですか?」


 その問いに蚩尤は微笑みただ一言、


「意味は有る」


 と答えた。


――


 明朝、二人は宿を出た。ユーリックは昨日の蚩尤の言葉が頭から離れずにいた。蚩尤は重要な事は話さない。意味を持って自身を此処まで導いてきた事だけは理解できたが、その意味とは何だろうか。考えたところで、今まで自身の力に意味など考えずに生きてきたユーリックにわかるはずなどなかった。

 魔術師は永く生きる事を求めるのは、意味では無く単純に欲望だ。永く生き、力を誇示したい者達ばかりで、意味など考えてもいない。ユーリックもその環境下で生きてきた事も影響しているのだろう。

 神が与えた力だと考えている、陽皇国の生き方はある意味、純粋とも言えた。神を信じ、自然と不死が生まれ、力を与えられる。本当に神が与えているかなど定かでは無いだろうが、そこに意味を見出すのであれば、神が与えたもうた使命と思うのも頷けることではあった。

 であれば、自分の使命とは、何だろうか。

 この国にたどり着いた事に意味は有るのだろうか。

 そして、今蚩尤と共に行動する事に意味は有るのだろうか。

 ユーリックは蚩尤を見た。前を行く御仁は一体何を考えているのだろうか。蚩尤に対して不安を抱く事は無くなったが、未だ考えは掴めていない。

 思考を巡らしながら、ただ蚩尤の後に着いていただけだったが、向かっている方角が、北では無い事に気がついた。イルドに戻るならば、昨日使った北門へと向かう筈なのに、今進んでいるのは東門だ。


「シエイ、何処に向かっているのですか?」

「このまま、柑省へ向う」

「……私を探しているから、ですか?」

「あぁ、暫く、イルドへは戻らない方が良いだろう」


 何となく、分かっていた事ではあった。

 丹省に戻れば、直ぐに見つかってしまうだろう。だからこそ、蚩尤は急いで雲省に来たのだ。


「柑省を抜け、皇都を目指そうと思っている」

「皇都には、何が?」

「神殿がある。そこに、白神の言葉を聞ける者がいる。もしかしたら、手を貸してくれるやもしれん」


 蚩尤にしては、自信が無い様子だった。

 蚩尤の後ろ盾である、姜一族がユーリックを探しているとなると、他に手立てが無いのだろう。

 神殿となると、本当に神とやらに縋る事になるのだろうかと、頭の片隅で考えた。


「分かりました」


 ユーリックには、同意する事しか出来なかった。

 ただ、蚩尤の様子から、逃げなければならないという事だけが、伝わっていた。 

 宿場街を幾つか抜け進んで行く。途中にまた幾つかの山が有り、ひたすらに街道を進んだ。雲省から柑省へ入る頃、雨季が近づき春の終わりを告げるかの様に雲行きが怪しくなり始めた。ポツリポツリと雨の滴が体へと降りかかる。運良く森に入ったが、木の茂りだけでは遮れず、二人は雨宿り出来る大きな木を見つけると、足止めとなり、火を焚き暖をとりながら、濡れた服を乾かした。


「暫く止みそうに無いですね。」

「先を急ぎたいが、仕方がない。」


 焚き火を見つめながらも、ユーリックは周りに気を配った。街中を歩くときも、必ず耳をそば立てていたが、朱家らしき者は一向に現れる気配は無い。

 龍が飛べるのはわかっていたし、いつ出くわしてもおかしくはない時間が経っていた。

 雲省で白髪の者たちが白い龍ならば、朱家は赤い龍なのだろうか。そんな事を考えながら過ごしていると、一羽の白い鳥が近づいているのが見えた。

 志鳥だ。ユーリックは目で追うと、それは蚩尤の肩に留まった。嘴は動くが、何を言っているかは聞こえない。蚩尤にだけ届いた言葉に、彼は眉を顰めた。


「志鳥は何と?」

「……身内の者だった」


 内容を聞いたつもりだったが、言うつもりは無いらしい。蚩尤の顔は険しくなるばかりで、ユーリックには状況すら把握できないでいた。


「シエイ、私には今どうなっているかが分かりません。話しては頂けないのですか?」

「話すと、貴女を不安にさせるだけだ」

「それでも構いません。私は何も知らずにいるのが嫌なのです」


 蚩尤は渋ったが、暫く考えたのち、重い口を開いた。


「……やはり、追ってくる気らしい。異変の原因をユウリと決めつけた」


 また、ユーリックの胸に痛みが走った。きりきりとした痛みが、疑われる度に強くなる。その痛みを覚える度に、直ぐにでも、逃げ出してしまいたくなる衝動に駆られていた。


「この国は五十年前を境に、見る影も無いほどに妖魔が減っていた。だが、今年の春になって異様なまでに増えたそうだ。これは、異変に値する。そして、貴女が白仙山から来たと言う事も勘付かれている」

「私に、それと何の関係が有ると言うのですか」


 ユーリックの中で、苛立ちが湧き始め、怒りを含んだ強い口調が、今の感情を現していた。蚩尤もそれに気付き、なるべく落ち着かせようと、穏やかな口調で続けた。


「この国でも、起こった事象に理由を追い求める事がある。貴女がこの国に来た事によって異変が起こった。或いは、貴女が異変を起こしていると思われている」

「……私は何もしていません」

「わかっている。だが、五十年前に起こった事柄も不死身が関連していた。今の状況は貴女にとって、不利でしか無い」

「もし、捕まったら、どうなりますか」


 蚩尤は言葉を詰まらせた。だが言わずにいれば、それこそユーリックの不信感は募るばかりだろうと、顔を歪ませながらも口を開いた。


「最悪、封じられる」

「封じる……とは」

「言葉通りだ。首と胴を切り離され、身動きができない様にし、(まじな)いをかける」


 ユーリックは絶句した。そこまでの事を、身に覚えの無い異変とやらでされるとは、夢にも思わなかった。

 不死身など、望んで生まれ持った力でも無ければ、望んでこの地に来た訳でも無い。結局、この国でも自身は人として受け入れて貰えなのか、そんな考えで頭が一杯になった。

 自国で追い詰められ、更には見知らぬ地で在らぬ疑いを掛けられている。頼りにしていた者は隠し事ばかりで、全てを語ってはくれない。

 この状況で冷静でいられる訳などないことは、蚩尤も承知の上だった。

 ユーリックの態度を見ても尚、蚩尤は至って冷静だった。ユーリックに不満が募り、不信感で満たされているのは、よくわかっていた。


「何故、私がその様な目に遭わなけれならないのですか!」

「異変を起こしている原因を、そのまま封じるのが手段だからだ」

「ならば、逃げずに、丹省へ戻れば……」

「恐らく、皇宮へ引き渡される。私が庇ったところで、世迷い事と一蹴されるだけだ」


今は、逃げるだけだと言う蚩尤に、ユーリックの不安は増すばかりだった。


「他の者には、貴女自身に実害が無いと、理解できていないだけだ」


蚩尤は口調を強め、ユーリックを諌めようとするものの、今までの異国へ来た不安と、不信感と、緊張感、全てが一気に溢れ出し、止まらなくなっていた。


「先程から、蚩尤様も私に何か原因が有る様に仰ってはおりませんか!?」

「ユーリック!!」


 蚩尤が声を荒げ、ユーリックは肩を竦めた。

 取り乱した事に、罰の悪そうな顔を見せ、静かに言葉を溢した。


「……私は、ただ、人として生きていたいだけです」


 礼儀正しく、大人しい素振りを見せ、無害である事を証明し続けた。それにも、もう疲れたという様に、その場に座り込み、俯いた。

 それまで見せなかった、重く暗い顔のユーリックに、蚩尤は見下ろすだけだった。


「私は、白仙山に戻った方が良いのでしょうか。」


 ぼそりと呟いた言葉に、蚩尤は眉を顰めた。


「戻って、また彷徨うか?ならば、何故最初から、それをしなかった。屋敷から逃げ出し、山を目指せば良かっただけだ。貴女ならば容易だったろう」


 突き刺さる言葉に、ユーリックは顔を上げられなかった。それは、確かに考えた。だが、思い留まったのも、事実だった。


「一人で……生きていたいわけでは、無い」


 震える声に、ユーリックの心の底からの、本音が溢れていた。


「山は、何も考えなくとも、良かった。でも、それが永遠に続くと思うと、怖くなった」


 一人で生き続けるのが怖くて、白銀の龍が目の前に現れた時、漸く救いの存在だとすら思えていた。


「……首を斬られたのなら静かに眠れるでしょうか」


 それ迄の辿々しさから一転し、はっきり話したかと思えば、溢れた言葉は愚かと言う他無かった。あまりの弱々しい姿に、蚩尤はユーリックに怒りを向けた。


「私は、死に行く者に手を貸すつもりは無い」


 ユーリックは、途端に、恐怖が込み上げ、顔を上げた。

 また、一人になる。追われる事よりも、首を斬られるなどという事よりも、蚩尤が目の前から居なくなる方が、余程恐ろしい事だった。

 ユーリックの目から、涙が零れ落ちていた。本当は、蚩尤の事を信じたかった。だが、同じくらい裏切られる事が怖かった。気丈な姿など何処にも無く、本音を語る姿は、救いを求めていた。

 不意に、蚩尤は、ユーリックにそっと手を差し出した。

 その手を見て、ユーリックは蚩尤と初めて対面した日が脳裏に蘇っていた。見知らぬ土地で、異邦人であるユーリックを迎えた事。厄介払いされてもおかしくは無い状況で、彼の優しさは確かなものだった。あそこで過ごした日々は、ユーリックの人生の中で一番暖かい思い出だった。

 迷いがないわけではない。それでも、蚩尤と出会っていなければ、この国を知ろうともせず、彷徨う事と、なっていただろう。蚩尤への恩義に対して、ユーリックは未だ何もしていない。

 初めて会った日と同じく、優しく差し伸べられたそれに、ユーリックは、震える手を重ねると、蚩尤は手に力を入れ、ユーリックを立ち上がらせ向き合った。


「手立てはまだある」


 ユーリックの人間らしい姿に、蚩尤の手がユーリックの頬に触れ、指でユーリックの涙を拭った。蚩尤の指が触れるたびに、その手の暖かさが伝わり、ユーリックの心を徐々に落ち着かせていた。


「神殿に向かい、白神を頼ろう。ユーリックにとっては懐疑的な存在かも知れないが、彼らならば何かを知っているはずだ」


 震える手を握り締め、ユーリックは頷いた。いつの間にか、雨は弱まり、雲の隙間から光が差していた。


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