世界の痛みを知る者
ここに、クッキーを片手に目を光らせている女の子が、期待を胸に膨らませておりました。
「では、食べさせて頂きます」
(さくっ、モグモグ)
「どう、おいしい?」
「何と言うか、こう…すごく幸せな気持ちになりますね」
「うんうん、甘い物を食べると幸せになるでしょう~?」
食べる事が好きだと言っていた理由がわかった気がする…
ライムはそのままもう一枚クッキーを頬張る。
(モグモグ…)
すると女神さまは紅茶を用意する
「この紅茶も美味しいから飲んでみて」
「ありがとうございます、頂きます」
差し出された紅茶を手に取る、するといい香りが鼻の中を突き抜ける
「すごく落ち着く香りが…、この姿なら臭いも分かるんですね」
「そっか、味覚だけじゃなくて嗅覚も増える事になるのね」
「では、紅茶を…」
(すっ)
「熱っ、ふー、ふー、」
「あら、痛覚も人間仕様だから気をつけてね」
「人間の姿だと感覚が敏感なんですかね…」
少し冷ましてから飲んでみる。
(ごくごく)
あ、飲んだ後の香りがすごく爽やかだ
「これ、とても美味しいですね」
「いっぱいあるから、沢山食べてね~」
「はい!」
(モグモグ…)
それから、沢山あったクッキーが半分ほどになる頃
「ライムちゃん、スラちゃん達の記憶も結構貯まってきたんじゃないかしら?」
「貯まってきてますね~。色んな記憶を見ると世界が見られて楽しいですね」
「何か面白そうなお話があるなら聞かせてほしいわ~」
「ん~、少しお待ち下さい」
何か、面白い話はー
少しばかり記憶を模索するライム、しかしすぐに気づいてしまう。
「さすがにここ2日で戻ってくる記憶だと、スライムの自虐ネタしか無いですね…」
「あらまぁ…面白そうな話ができたら教えてね?」
「分かりました。しかし面白い話ではないのですが、少し気になる事があります」
「気になる事?」
「はい、世界中に散らばるスライム達の記憶の中に、魔王軍の話がちらほら出てくるのですが、世界中に魔王の手が行き渡っているのですか?」
どうやら、スライムの見た物や、聞いた事の中には、魔王に関わるものが結構あるとの事。しかし、気にする素振りも無く答える
「えぇ、この世界は魔王軍によって支配されている状況よ~」
「え…魔王に支配されちゃってるんですか?」
「そうなのよ~」
やんわり答えながらクッキーをひとつまみ。
魔王に支配されてるのに、こんな所でのんびりとティータイムを満喫してて良いのだろうか…
少しばかり不安になるライム。
「まぁ、大丈夫よ~。支配されてると言っても魔王軍が求める税を納めていれば悪い事はされないから」
「税ですか?」
「その場所その場所で採れる物や特産品って違うから、魔王軍が決めた物を納めたり、定められた事をしていれば普通に平和よ~」
それは、平和と言えるのだろうか…
「ちなみにですけど、税を納めれなかったりしたらどうなるのでしょうか?」
「う~ん、なるべく関わらない用にして来たから分からないわね~」
結界の事もそうだけど、やっぱり魔王には見つからないようにしてるんだろうなぁ
「そうですか…後もうひとつ気になる事がありまして、勇者とか言う者が世界中にちらほら居るみたい何ですが、その勇者とは魔王を討伐する者なんですか?」
「ん~と、勇者は平和のために特別な力を与えられた者の称号みたいな物だから名前では無いのよ」
「と言うことは、魔王を倒せる逸材って事ですか?」
世界中には勇者が沢山居るみたいだし、いつか魔王を討伐してくれるかもしれない。
「そうね、いつか倒す人が現れるでしょうね~」
しかし、女神さまは浮かない表情で語りだす。
「でもね、勇者と名乗っていても、それが本当に勇者とは限らないの」
「え、」
「勇者とは人々にとって、魔王軍を倒してくれる、世界を平和にしてくれると期待された存在。だからこそ勇者と名乗る者には皆が優しく手を貸すの。でも、その善意を狙った、勇者を名乗る悪い人達が居るから…」
要するに、偽物がいるって事なのか。
「勇者は魔王軍に命を狙われる存在だから、基本的には街から街へと旅をしながら力を蓄えるの、場合によってはその街を助けたりもするわ。でも偽物は街から街へと魔王軍を避けつつ人々から恩恵だけ受けとり、場合によっては盗みなどをするわ」
勇者を名乗り、悪事を行う不届き者…最低だ。
「まぁ、偽物が勇者と名乗って、魔王軍に目をつけられたら大変でしょうけどね~」
「そうですね、ただの偽物じゃ大した力も無いでしょうし見つかったら…」
「殺されちゃうんじゃないかしら?」
「さらっと怖いお言葉を…」
「それだけ悪い事をしているのだから…それに人の善意に漬け込んだり、盗みをする悪い人は許せないわ~」
世界について色々話をしていると周りが暗くなり始めていた。
「さて、そろそろお家に戻りましょうか?」
「暗くなりますし、そうしましょう」
二人は家に歩いていく、そして家の前で立ち止まる。
「……」
「ドアの前でどうかしたの?」
「あ、いえ、何でもないですよ」
するとドアを開ける。
(ガチャ)
大した事じゃ無いんだろうけど、自分でドアを開けれるっていいな…
ライムは昨日、自分でドアを開けれなかった事を思いだしながら家に入っていく。
「ただいま~」
「ただいまと言うほどの距離でも無いような気が…」
家に入ると女神さまは部屋の明かりを灯し始める。
(ポゥ…)
魔力?で明かりがついているのかな。
一通り明かりが灯される、そして女神さまは質問する。
「さてと、今日の夜ご飯は何にしようかしら~。ライムちゃんは、何か食べたいものある?」
「え~っと、食べ物についての知識はあるのですが、味については分からないので…」
「ん~」
少し考え込む女神さまを見ながらライムは思った。
せっかくなら色んな物を、食べてみたいな。
「そうね…私は今まで甘い物系しか食べて来なかったけど、今後はライムちゃんと食べるのだから…よし、今日から甘いものだけじゃなくて色んな物を食べる事にしましょう」
「色んな食べ物を…楽しみです!」
「じゃあ私は、夜ご飯の準備をするからライムちゃんは、先にお風呂に入ってきていいわよ~」
「え、先にお風呂に入っていいんですか?というかもうお風呂沸いてるんですか…」
「明かりを灯すついでにお風呂も沸かせておいたわよ?」
ついで感覚で出来るのか。
「初めてのお風呂を満喫してらっしゃい~」
「せっかくですので、お言葉に甘えて入ってきます」
笑顔で見送る女神さまを背に、風呂場へと向かうライム。
とりあえず服を脱いで…っと。
衣服を脱ぐと鏡の前に立ち、人になった姿を拝見する。
これが俺かぁ。女の子か…ははっ
苦笑いをしながらお風呂へ
(ちゃぽんっ)
湯船に浸かるとお湯が溢れだす。
(ザバー)
あー、お湯の中に入るとなんだか、重力から解放される感じがするー。あと体が温まるとなんだか気持ちいい…
お風呂に御満悦のライムは完全にリラックスモード。
しかし本当に人の体って便利だなぁ、味や匂いを感じたりできるし、手で水だって掬える。それに暖かさや冷たさだってよく分かる…今は、ポカポカ暖かいな。
心地よさに癒されながら、もんもんと浸かり続けるのであった。それから体が火照って来たのでお風呂から出る事に。
「はぁ、人の姿は便利だなー。悪いとこなんて無いのでは?」
そんな事を呟きながら、風呂場から出ようとすると、
(どごっ)
ライムは足の小指を強打する。すると涙目でその場にしゃがみ込む。
痛ーーーーー!
強烈な痛みを知り悶絶するライムは思った。
人の姿だと、めっちゃ痛ーい!