第六章 初めての魔法は・・・それはもう、とても暖かい魔法でしたわ。
翌日、グレンとアオシは昨日修業した川辺に集まった。
「おはよ、グレン。今日は何したらいいかな?」
髪の毛をアップに縛って動きやすい服装をしているアオシにグレンはにやりと笑った。
「やる気出てますわね! では……手始めにランニングですわね! 3kmくらいなら走れるでしょ?」
グレンは普通の人でも走れる距離を選んだつもりだったが、アオシはその距離に驚愕した。
「はっ!? 3km!? 走れる訳ねぇって……」
「え……?」
思った以上にひ弱なアオシにグレンは言葉を失った。
「待って……俺、本当に運動は苦手なんだって……。そ、それよりグレン! 何か魔法は試してみたか?」
アオシは走りたくなくてグレンに話を振った。
「いや、まだですわ……? 魔法って……どうやる物ですの?」
「え……?」
魔法をどうやってやるかと聞かれてアオシは困った顔をした。物心ついた時には既に息をするのと同じくらい自然に魔法を使うことが出来ていたアオシは改めて方法を問われるとどうやっていたかよくわからない。
「……なんか? こう……心から油を抽出して火をつける感じかな?」
首を傾げながら説明をするとグレンも同じくらい首を傾げる。アオシがその様子に困って実演しようと手を前に突き出して見せる。
「こうやって手を前にして……初期魔法ならファイアだ。言ってみて?」
「わかりました。やってみましょう」
そう言うとグレンも真似をして手を前に突き出してみる。
「ファイア!!」
グレンがそう言ってみるが手からは何一つ出ている様子がない。
「……。もう一回! もっと心に力を籠めるんだ!!」
「わ、わかりました!! ……ファイア!!」
いたって真剣に唱えて見るが、手からは一向に何一つ出てこなかった。
「あれ? なんで出ねぇんだ? レベルが足りないのか?」
「これ、初期魔法ですわよね!? レベルが足りないとか……ふぅ……」
グレンはがっかりしてため息をついた。アオシは魔法の出し方をひとまず伝えたかった。誰でもできる魔法を懸命に頭の中で探す。
「……そう言えば! ファイアの一つ前の段階があったな……ええっと?」
「一つ前の段階?」
一般的な初期魔法はファイアだ。しかし、それよりも子供の頃からアオシは魔法を使っていた記憶があった。
「そう、小学生に上がる前にやった……そうだ! 『ホット』だ!」
「なんですか、それ? 聞いたこともありませんの……」
「そりゃそうだ。ほとんどの人はそんな前段階飛ばしてファイアが使えるんだっての」
そう言われてグレンは少しだけ口をとがらせるが今は喧嘩をしていても仕方がない。
「……まぁいいです。とにかくやってみましょう!」
ゆっくりと息を吸って心に力を込めてみる。
手のひらに心の油を塗って火をつけるイメージをして唱えた。
「ホット!!!」
グレンがそう言うと、手が赤くぼんやりとした光を放った。その光はどこか温かく、グレンはそれを見て心が安らいだ感じがした。
「わぁ! 光りました!! って事は成功ですわね!?」
嬉しそうにアオシを見るとアオシはほっとした顔をしている。
「ああ。成功だ! やったな、グレン!!」
安堵の息を吐いてからアオシも少し笑って見せた。
「けど、この魔法何も起こりませんね? なんの魔法ですの?」
グレンは赤く光る自分の手を不思議そうに眺める。見た所ファイアのように火が出るでもなく、ただただ赤く光っているだけだった。
「えっと……手が温かくなるぞ」
アオシは言いにくそうにちょっと目線を逸らしてそう言った。
「は?」
グレンは言っている意味が解らずに聞き返す。
「だから……手が温かくなる魔法! 手、温かいだろ?」
「……確かに……。ってこれだけですの!?」
「そうだよ!! これだけだ!!」
初めて使う魔法は確かに温かいものだったが、モンスターの討伐にはとても役に立ちそうもなかった。
「……」
「……」
二人は思わず沈黙する。
「先は……長いですわね」
遠い目でグレンは言った。空が青く、雲は白かった。
「流石のわたくしもめげそうですわ……」
「めげんなよ!?」
苦笑しながらアオシはグレンの肩をポンと叩いた。
けれどもこの魔法を使ったことによって一つだけ変化が起きた。
グレンのパラメーターが1上がったのだ。
「あ……今、魔力が1上がりましたわ!?」
「やった!! 初めてじゃねぇか? おめでとうさん!」
グレンは本気で嬉しそうな顔をした。それはたった1の数字でしかなかったが、グレンたちにとっては大きな一歩だった。嬉しそうにパラメーターを見るグレンを横目にアオシも自分のパラメーターを確認した。
「そう言えばさ……俺らのパラメーターおかしいと思うんだが……?」
アオシはパラメーターを開いたついでに自分の疑問をグレンに聞いてみることにした。
「え?どれですの?」
グレンがアオシのパラメーターを覗き込んだ。
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【アオシ・バロック(ジョブ:武闘家)】
【闘気:606『能力上限値52』 魔力:0 耐久力:125 信仰力:16】
【攻撃力:52 防御力:177 魔法攻撃:0 魔法防御力:125 回復力:24】
【合計値:378】
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アオシのパラメーターは昨日と一切変化がない。
「どこでしょう? 特におかしな点は無いように見えますわ?」
グレンは数字に違和感を感じてはいなかった。アオシが指を差したのは闘気のパラメーターだった。
「俺はもともと魔力が高い。本来なら体内の魔力が闘気に還元されて606になるはずなんだろう?」
魔力の0から闘気の606へ指を差しながら確認をする。
「ええ。でも、アオシの能力上限が低すぎて結局、実際の闘気は『52』しか無いって事ですわね」
生まれてこの方、肉体的な修行をしたことがなかったアオシの闘気上限は一般人以下だ。アオシもその点においては納得しているつもりだが、問題はそこではない。
「それは解るんだけどね? 今、俺の体には闘気のエネルギーは52存在する。けどさ、606から52を引いた554のエネルギーってどこに行ったんだ? おかしくねぇか?」
アオシは闘気のエネルギーが消えてなくなっているとしか思えずに首を傾げた。
「あー……言われてみればおかしいですわね」
アオシの疑問にグレンも言われてみて違和感を感じた。パラメーターの数値はとても精密な物で、ちょっとしたことで上がったり下がったりする。グレンも554もの数字が合わないなんてことは今まで見たことがない。
すると、パラメーターを覗き込んでいた二人の後ろに影が忍び寄ってきてこう言った。
「合わない数値分のエネルギーは体内から空気中へ漏れ出てしまってるはずだ。抱えきれないほどのエネルギーがどんどん流れてきても、器が小さければ零れるだろう?」
「わっ!? ファ、ファザー!?」
「なんでこんなところに!?」
二人が驚いて後ろを振り向くとファザーの姿があった。魔法で影だけを飛ばしてきているようで、全体的に薄黒い分身のような姿だ。
「やぁ、最弱コンビ君たち。君たちに知らせておくべきことが出来た。例の犯人について、だ」
「!!」
ファザーの影は端的に用件を話し始めた。二人はそれを聞いて顔を見合わせる。
「どうやら、君たちを蹴落としたのはギルド【アーバン・ジャイアンツ】の一員のようだ。まだ、犯人までは分からないが、ワープ時の画像を解析したところ、ワープ先にアーバン・ジャイアンツのギルド紋章が映っている。彼らの本拠地である酒場とは別の薄暗い場所のようだがこの紋章はアーバン・ジャイアンツの物で間違いなさそうだ」
ファザーは紋章から魔法を投影してディスプレイ状にする。そこには、マリンが魔術具で撮影していた画像が表示された。まさにワープに入ろうとしている瞬間のその映像のようだ。
「ここを見てくれ。ワープの中だ」
「・・・あ! 何か旗のようなものが映りこんでいますわね」
ワープの中は薄暗くてよく映ってはなかったが、明るい赤色のギルドフラッグだけはぼんやりと確認できた。そこを拡大して、ぼやけた画像を解析して見えやすくすると、そこには、確かに紋章のようなものが映し出されている。
「これはアーバンジャイアンツのギルドフラッグだ」
ファザーがその紋章を指さしてそう言った。その言葉を聞いてアオシが目をぱちぱちさせている。
「アーバン・ジャイアンツ!? ……そこって……確か……」
アオシはその名前に聞き覚えがあった。ルーキー・アライバル当日、控室で聞いた歓声。
「リーリンが加入したギルドじゃなかったか……?」
影に向かってアオシが聞くと、影は大きく頷いた。
「ああ。リーリン・ララバイがいるギルドだ。」
「なんですって!?」
グレンはそれを聞いて、不安な表情を浮かべる。そんなギルドにリーリンが加入してしまった事に一抹の不安を覚えたからだ。
「リーリンが心配か? まぁ、あそこのギルドは100人を超える大所帯だ。どの道いい人も悪い人もいるさ。それに冒険者ってのは常に危険がつきものだ。それはリーリンだって承知の上だろう?」
「そう……ですけど……」
ファザーはカラッとそう言うと二人に向き直る。二人は真剣なファザーの視線に気づいて姿勢を正した。
「それより、リーリン・ララバイは君たちの幼馴染だと聞く。そこで二人にお願いがある」
「お願いですか?」
突然のお願いにアオシは首を傾げて聞き返す。
「リーリン・ララバイに調査を依頼してほしい。内密にだ。怪しい動きをしている人がいないか、調査してもらいたいのだ」
ファザーの影はそう言い切った。
「どうして直接リーリンに話さないんだ?」
アオシがファザーに聞き返す。普通ならギルドマスターからの指示は冒険者本人に直接言うべき案件だ。
「……実は……少々厄介でね、今回の事件。こうして影を飛ばしたのも直接君たちに会いに行けないからなのだ。かなり厳重にマークされていて、下手に動けない」
ファザーの影は言いにくそうにそう言った。
「な? 狙われている? 誰が?」
意味が解らずアオシは聞き返した。
「……言いにくいが『ギルドマスターが』だ。既に調査へ出掛けた数名が深手を負って帰ってきた。事態は一刻を争う」
「ええ!?」
「はぁ!?」
思ってもみない言葉にアオシもグレンも目を見開いた。
「狙いがギルドマスターなのに、どうして君たちに被害が及んでしまったのかは不明だ。これからも引き続き調査をする。……時間だ。また、連絡をする。リーリン・ララバイへ話をする件、頼んだぞ。」
「わ、わかりましたわ!!」
「ああ。任せろ」
ファザーの影は徐々に形を崩しながら、街の中心部を指差す。
「アーバン・ジャイアンツは酒場をたまり場にしている。そこへ行ってみると良い」
ファザーの影はグレンとアオシに向かってそう言うと徐々に日の光に解けるようにして消えていく。
「ファザー!! ありがとうございました!」
「俺ら、酒場に行ってきます!」
二人は消えゆく影にお辞儀をすると酒場へ駆け出した。
「……一昨日ステージで喧嘩していた時とは随分と違う表情になったな」
ファザーの影はそんな二人を見守りながら完全に姿をくらませるのだった。