第二章 わたくしとアオシ、そしてリーリンは幼馴染なのですわ!
ルーキー・アライバル会場のステージへ続く脇道を青い髪の毛をたなびかせて、急ぎ足で歩く男が居る。
学生ランキング第二位のアオシ・バロックは、卒業式が終わると冒険者やファンに囲まれなかなか会場にたどり着けずにいた。アオシはメンタルの刻印を片手に、焦りながら関係者しか入れない廊下をせかせかと歩く。
辺りに誰もいない事を確認すると、一心地着いたようにため息をついた。
「ふぅ……早く……刻印の付与をしねぇと……」
【精神強化】の刻印、メンタルはアオシの手の中で青く輝いている。時間までにステージにたどり着かなくては付与をしてもらえないと聞いていた。
それなのに、関係者の中にもアオシに立ちはだかる影がそこにはある。
「アオシ! お待ちなさい!」
アオシの目の前にいる赤髪の少女は、スクワットをしながらアオシを待っていた。
幼馴染であるその女の子の出現にアオシは顔をしかめる。
「ふぅ! やっと来ましたわね! もうすぐ1000回に到達するところでしたわ!」
トレードマークのハチマキに赤いツンツンヘアーが揺れて汗の匂いがした。その匂いもまたアオシの顔をゆがませる。
お嬢様のような口調とは裏腹に全身は筋肉でムキムキ。
顔が童顔なだけに体とのギャップにだいぶ違和感を覚える。
それが、学生一位の実力者グレン・ミルバインドだ。
「……グレンか。悪いが俺、マジで急いでるんだ」
グレンはアオシを見るなり駆け寄ってきたが、アオシは隣をすり抜けようとする。
「無視するなんて! ひどいですわ!」
グレンがアオシの髪をグイッとひっぱった。
アオシは力に負けて後ろにつんのめる。
「い、痛ぇよ!! この馬鹿力! 俺は早く刻印を付与してもらわないといけないんだっての!」
アオシはグレンから髪の毛を引っ張り戻して睨みつけた。
グレンは武闘家志望。しかも、全学生よりも高いステータスを肘する馬鹿力人間だ。ちょっと髪を引っ張られるだけでかなり痛くてアオシは涙目になる。
「だって! せっかく待ってましたのに! ……リーリンも先に行ってしまいますし!!」
アオシはその一言に、グレンの手から赤い光りが漏れている事に気がつく。
その手には刻印「フィジカル」が握られていた。
「あれ? なんだ。グレンもまだ付与してもらってないのか? 急がないと時間だぞ?」
アオシは意外そうな顔をした。どうやらグレンは自分の事を待っていたらしい。不思議そうな顔でグレンをみると少し怒っている顔をしている。
「中々来ないから焦りましたわ! どこで油を売っていたのです?」
不満げに漏らすグレンにアオシはもう一度ため息をついた。
「うるせぇな?……観客や冒険者の人がなかなか行かせてくれなかったんだ。ギルドの決定はこの後だからないがしろには出来ねぇだろ? で、なんで待ってたの?」
アオシが口をへの字にして聞くと、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにグレンは良い笑顔でこう言った。
「一位と二位が同時に刻印付与をしたらカッコいいと思いまして!!」
「は?」
グレンと言う子はいつも大体こうだった。
自分がカッコいいと思った事は全てやらないと気が済まない。今だって刻印付与の受付締め切りの時刻が迫っていると言うのに、結局はこんな所でアオシを待っていた。
しかし、アオシにとって重要なのはそこではない。グレンの一言にアオシは拗ねた顔をした。
「――昨日うっかり前髪を切られなければ一位は俺だった」
先程発表されたランキング順位ではグレンが一位、アオシが二位だった。
だから、不満そうにアオシはそう言ったのだ。
グレンがアオシを見ると左目の上だけ横一直線に前髪がなくなっている。
魔力は精神の力を体に宿したもの。髪の毛と言えど魔力が宿る。その前髪が切り取られた事で魔力のパラメータが下がり、一位の座をグレンに明け渡す事になったのだ。
グレンはその前髪を見て口を手で押さえて驚いた顔をした。普段はそんなへまをする男ではない。
「あら? それ、どうなさいましたの?」
その様子にアオシはしぶしぶ訳を説明する。
「プロントールの地下ダンジョンで最後の調整をしてたら、突然リーリンが来るもんだから……驚いちまったんだ」
アオシは恨めしそうな目でステージ上のリーリンを見た。
二人の口から出たリーリンという女子もまた、二人にとっての幼馴染だった。
既に「フェイス」の付与が終わったリーリンは、付与の終わった学生たちの中で現在1位のようで、大きな拍手が二人がいる廊下にも聞こえてくる。リーリンに注目が集まる中、本人は中々来ないグレンとアオシの到着を不安そうに待っているようだ。
「あらまぁ!! プロントールの地下ダンジョンって事はスケルトンですわね? アオシは本当に肝心な時に失敗致しますね!! うふふっ!」
グレンは上品に笑って見せた。言われたくない事をずけずけと笑いながら言われたアオシはムッとした。
「マジで、うるせぇな!!」
アオシがグレンの事を本気で睨みつけると、アオシの強い言い方にグレンの笑顔も引っ込んだ。
「もう、八つ当たりはやめていただきたいですわ! 本当のことを言ったまでですのに!」
「だから、そう言うのが嫌なんだっての! わざわざ本当の事言わなくてもいいだろ? ったく、これじゃ一位を自慢しに来ているだけじゃねぇか。……俺、もう行くからな!?」
そう言うとアオシはスタスタとグレンを追い抜いて歩き出す。
追い抜かれたグレンは負けじとアオシを追い抜かした。
二人はお互いを睨みつける。
いつの間にか競争のような形でグレンとアオシは追い抜いたり追い抜かされたりしながらステージへ上がった。
二人がステージに姿を見せた瞬間一斉に歓声が沸き起こった。
今日一番の大目玉が時間ギリギリに二人同時にステージに上がってきたのだ。盛り上がらない訳がなかった。けれども、当の二人は睨みあったまま付与担当者に詰め寄った。
「俺が先だ」
「いいえ! わたくしが先に到着致しました!」
睨みあいながらつまらない小競り合いをしている二人にリーリンが駆け寄った。
「ちょっと!? 二人共、何やってるの!? 今日は本番だよ!? まず、ギルド関係者の方に挨拶しなきゃ!」
腰に手を当てて叱りつけるように言うが、グレンもアオシもリーリンに見向きもしなかった。
「どちらが先でも良いのですが、一人ずつお願いします」
付与担当のお兄さんは少し困った様子でそう言うと、二人の言い合いはさらに悪化した。
「じゃぁ、わたくしが」
「いいや、俺だ!」
「アオシ、こういうのはレディーファーストですわ!?」
「こんなムキムキでレディ? よく言うぜ!」
「まぁ、酷い!!」
そんなくだらない言い合いにリーリンは二人に割って入った。
「何やってるの! みんなが見てるよ!?」
注目の二人がどうしようもないことで喧嘩をしている姿が大きなモニターに映っている事に気が付いたのはその時だった。
二人は顔を見合わせて、言い合いを止めた。
「あぁ……わたくしとした事が……やってしまいましたわ」
グレンはかっこいいのは好きだがカッコ悪いのはとても嫌いだ。
恥をさらしていた事に気が付いて頭を抱えている。
「……はぁ」
逆にアオシは周りの目など気にならない。皆がいるにも関わらず大きなため息を一つ吐きだした。そんなアオシとグレンをくるりとステージに向けてリーリンは怒った声を出す。
「ほら。二人共、まず挨拶でしょ! もう、しっかりしてよ? 私は控室から見てるからね?」
リーリンは呆れながらそう言うとステージを降りて行った。
リーリンに注意をされたグレンはゆっくりとステージの前方へ移動する。最前列の特設エリアにはギルドマスターの人々が座っている。
無論、創設者の司令官ファザーもそこに座っていて、白い目でグレンとアオシの様子を見ていた。
「あ、挨拶が遅れましたわ! 武道家志望のグレン・ミルバインドですの。 よろしくお願い致しますわ!」
グレンが取り繕った笑顔で一礼するとそれでも一位を引き入れたいギルド達からは熱い声援が飛んでくる。
そんな声にこたえるようにグレンは手を高く上げた。その動作に再び歓声が沸き起こる。
「なかなか、人気のようですね。今年の一位ちゃん」
特設エリアに座っている千里眼のマリンがファザーに向かってそう言うとファザーは大きなため息をつく。
「実力はそれなりにありそうだが……さっきのは何だ? まるで子供じゃないか」
ファザーはそう言うと自身の能力をディスプレイ上にしてグレンのパラメーターを確認した。
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【グレン・ミルバインド(学生)】
【闘気:508 魔力:23 耐久力:246 信仰力:13 】
【攻撃力(闘気×1.5):762 防御力(闘気+耐久力):754 魔法攻撃力(魔力×1.5):34.5 魔法防御力(魔力+耐久力):269 回復力(信仰力×1.5):19.5】
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グレンは手に赤い「フィジカル」を持っていることから、付与が完了すると魔力の値が攻撃力に還元される。そうなると、パラメーターはこのように変化する予定だ。
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【攻撃力:796.5 防御力:777 魔法攻撃力:0 魔法防御力:246 回復力:19.5】
【合計値:1839】
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この合計値【1839】がグレンのランキング数値となる。
「わぁ。学生で1800を超えてきますか。先ほどのリーリン・ララバイと言い、今年は粒ぞろいですね」
マリンがディスプレイを覗くながらニコニコとする。ギルドマスターとしても、良い冒険者が増えるのはとても嬉しい事だった。
「どれ、もう一人は……魔術師志望か」
魔術師は男女問わず髪が長いので一目瞭然だった。
アオシはグレンの横にそっと立ち、特設エリアにだけ向かって一礼した。
「世界一の魔術師志望!アオシ・バロック様だ。宜しく!」
アオシは胸を張ってそう言うと両手から綺麗な氷の彫刻を出して見せる。
その様子に観客は再び湧き上がった。
「あれもあれで、性格に問題がありそうだな……」
「自信家のようではありますね?」
ファザーはアオシを見ながらそう言うと、ディスプレイを切り替える。
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【アオシ・バロック(学生)】
【闘気:46 魔力:560 耐久力:125 信仰力:16】
【攻撃力:69 防御力:171 魔法攻撃力:840 魔法防御力:685 回復力:24】
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アオシの手には魔力強化の「メンタル」の刻印がある。
グレンとは対照的に闘気を魔力に還元する。
そうなると、パラメーターはこのように変化する予定だ。
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【攻撃力:0 防御力:171 魔法攻撃力:909 魔法防御力:731 回復力:24】
【合計値:1835】
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アオシの予想合計値はつまり【1835】。グレンの【1839】とわずか4ポイント差で2位となっていた。
「ふむふむ。この子の魔力はなかなか良いですね! いつか私の後継者になってもらいたいものです」
千里眼のマリンは魔力系職業の最上位の一つ【魔術具使い】であるがゆえにアオシに興味津々だ。しかし、それをファザーは鼻で笑う。
「能力だけを見て判断するな。ああいう自信過剰な奴がパーティーにいるとスタンドプレーをしようとして全滅しかねない」
ファザーはディスプレイを閉じると前を向く。そこには今まさに刻印を付与しようとしている二人の姿があった。ファザーはそれをみて眉を顰めた。
「……? マリン? 何故二人同時に付与を行っているんだ?」
今まで一人ずつ刻印の付与をしていたはずが、付与担当者は二人同時に刻印付与の魔法をかけ始めていた。ファザーはもちろん、ギルドマスターの全員が顔をしかめている。
「先ほど、どっちが先に刻印を付与するかで喧嘩したからじゃないですか?」
「いや……待てよ? そんな事して良いと言った覚えはないぞ? 事故でも起こしたらどうするんだ? あの刻印は一度付与してしまったら取れない特別な物なんだぞ!?」
マリンは能天気に首を傾げたが、ファザーは眉をしかめて二人を凝視する。グレンもアオシも大人しく刻印の魔法をかけてもらっているように見え、特に異常は感じない。
けれども、あまりにファザーが慌てているので、マリンは千里眼を発動した。
フルフェイスの魔法具がマリンの顔を取り囲み綺麗な水色に光り、マリンは急に声色を変える。
「……ファザー……様子が変です! あの刻印付与の担当者……ギルドマスターの者ではありません!!」
「なんだと!?どういう事だ!?」
ギルドマスターが異常に気が付いた時には既に遅かった。
刻印の付与を受けて、素晴らしいギルドに所属して冒険者としての一歩を踏み出すんだと、アオシとグレンは胸を高鳴らせている。
この時、この国の安否を揺るがす大事件への第一歩が踏み出されていただなんて、刻印の付与を受けている二人には知る由もなかった。