第十九章 お願い!成功して!!起死回生のリザレクション!
ランダムワープした先は、今度は地面ぎりぎりの位置だった。
グレンは血参れのアオシを抱えたまま床を転がる。
「い……いたた……ですわ」
複数の視線を感じて顔を上げると、すごい数の人でごった返している建物の中だった。
「……ここどこですの……?」
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
真後ろから悲鳴が聞こえてグレンは慌てて振り返る。
「ぐ……グレン!! 血が!! ひどい血が!!」
グレンに着いた返り血を見て叫んでいるのはリーリンだった。
「リーリン!? って事はここは南教会の中ですの!? よかった!! 早く!! 早くアオシを!!」
リーリンはグレンの血を見て絶叫していたが、グレンの手の中で息絶え絶えのアオシを見て顔が青ざめた。
「リーリン何をしているの!? 早く!! ヒールを!!」
グレンの声でハッとして慌てて駆け寄る。あまりの大けがにリーリンは目を強く瞑った。
「これは……ヒールで治せるレベルじゃない……」
「え!? そんな!?」
その言葉にグレンが眉を顰める。リーリンが一目で見て分かるほど、ヒールで治せる程度の怪我を大幅に超えていた。けれども、ここで諦めればアオシは死ぬしかない。リーリンはグレンを見て力強く笑って見せた。
「……でも、絶対に諦めないから!! イチかバチか……私、やってみる!!」
「ええ。頼みましたわよ!! あなただけが……アオシを救えますわ!」
そう言うとリーリンは自分の親指の皮膚をかみちぎった。
「皆さん。下がっててください」
リーリンの親指から血がしたたり落ちる。その滴った血で魔方陣のようなものを描き始める。それは回復増強の魔方陣。回復系上級魔法に必要な物だった。
「こ……これ……もしかして……」
グレンは驚いてリーリンを見るとリーリンは真剣な顔で魔方陣を描き続けていた。そして、最後にその魔方陣の真ん中へアオシを移動する。グレンは固唾を飲んでその様子を見守った。
「光の精霊よ……死の闇へと向かうこの者を救いたまえ……」
静かに前呪文を唱えるとリーリンの刻印が黄色く光る。
「……起死回生のリザレクション!!」
まばゆい光が魔方陣全体から湧き出て、そこにいる人は全員目を覆った。
しばらく光がアオシを包み込んだのち、ゆっくりと元の教会へと戻っていく。リーリンは力を使いつくしてその場に膝をついた。
「り、リーリン!? 今のって……」
グレンが倒れそうなリーリンをそっと支えた。
「……上級回復……起死回生のリザレクション……! 成功……だよ!」
弱弱しくリーリンが笑う。
「すごい!! 上級回復なんて大人でもなかなか使えませんわよ!? じゃぁ、アオシは……?」
グレンがアオシを見ると、ひしゃげた腕や、まがった足は元通りにもどっていた。
「……あ……あれ?」
アオシがゆっくりと目を開ける。
「……?」
体を起こすと周りにいる人が全員こちらを見ている。
「え? え!?」
訳が分からず混乱していると、グレンが飛び込んできた。
「バカ!! アオシのバカ!! 死んだかと思ったじゃないですか!!!」
「アオ君……良かった……」
そこには安堵する二人の幼馴染の笑顔があった。
「わっ!? え? 何が起こって……あ!!」
ぼんやりとする頭を叩き起こしてアオシはいろいろと思い出す。
「そうだ……俺、殺されかけて。……あの時、空からグレンが急に降ってきた所までは覚えてるんだけど。助けてくれたの? そして……この魔方陣……リーリンが回復してくれたのか?」
二人の幼馴染は泣き出しそうな笑顔でうなずいた。その安堵した表情に九死に一生を得たことをアオシは確信する。
「……あ……ありがとう。助けてくれて」
アオシは二人に見つめられて少し照れながらお礼を言った。
「あなたが無事で、本当良かったですわ!」
「本当……もうダメかと思った……。」
リーリンは自分の魔法が成功したことに心底胸をなで下ろした。
「……アオ君、小さな女の子守るためとはいえ無茶し過ぎだよ?」
「え? なんでそれを知ってるんだ?」
アオシが驚いた顔をしていると、さっき足を瓦礫に挟んでしまった女の子が心配そうにこっちを見ていた。
「あ! あの時のお嬢ちゃん……よかった。無事にここにたどり着けたんだな?」
その笑顔に女の子も笑顔で返す。
「あたし……大きくなったらお兄ちゃんみたいに強くて優しい冒険者になる!!」
そんな事を言われてレベル2の最弱武道家は少しだけ困った顔で笑う。
「……そうか。……ああ! きっとなれるさ」
いつになくアオシは穏やかに笑ってそう言うのだった。
◇
そんな和やかな雰囲気は冒険者の刻印から流れる緊急速報によって一瞬でかき消された。
「緊急速報! 緊急速報!! 東の中級ダンジョンはボスを含め、制圧完了致しました! 一方で西のオークダンジョン部隊が壊滅状態です!! また、南北は戦力が拮抗している状態です。東部隊は西へワープの門を開きます。直ちに移動して加勢してください!!」
それだけ言うと緊急速報はあっという間に切られた。
「……まだまだ、こっちへは来れそうにないみたいですわ」
グレンが速報を聞いて肩を落とす。
「……あ……あれ?」
アオシだけが緊急速報が流れてきていた自分の刻印を見て驚いて固まっていた。
「アオ君、どうしたの?」
リーリンがその様子にアオシを覗き込んで驚きの声を上げた。
「あああ!!! アオ君の刻印が!!!」
指を差して驚くリーリンにグレンも顔を覗かせた。
「ええ!? どういたしましたのコレ!?」
「わ……わかんない……けど……」
目をぱちくりさせながらアオシは自分の手にあるフィジカルの紋章を見た。
「俺の刻印、ひびが入ってる」
フィジカルの刻印はガラスが割れたように真ん中でひびが入っていた。思えば先ほどピシッという異音を聞いたのを思い出す。
「……あ? そういえば、さっき怒って、青い霧が出た時に何かが割れる音がした気がする。これだったのかな?」
首を傾げつつそんな事を言うと、今度はグレンが首を傾げた。
「怒った? ギガント・ガブリエルにですか?」
窓からはアオシが居なくなり再び破壊活動を再開したギガント・ガブリエルの姿が見えた。
「いや、違う。……あの、ギガント・ガブリエルのオデコにある赤い水晶が見えるか?」
「ええ。見えますわね」
アオシが窓の向こうを指さすと、ここからでも赤い水晶が確認できる。
「あの中に緑色の爬虫類のようなモンスターがいる」
「え? そうですの?」
グレンは一瞬ギガント・ガブリエルを通過したにすぎず、その事実には気が付いていなかった。
「そのモンスターは魔将軍、ガザルダークだ」
アオシは一息にそう言った。
「え……!?」
「へ……?!」
その名を聞いて、グレンもリーリンも固まった。魔将軍ガザルダークはプロントールにいる人の脅威だ。誰でも知っている。
「……いや、まぁ……そうなるよな」
先程、自分もまるで信じることが出来なかったから、二人の反応は至極当然だと思う。
「でも……事実っぽいんだ。今回の事件の事をベラベラと話してくれたよ」
そういうと、アオシは先程のガザルダークの言葉をかいつまんで二人に話した。
リーリンを東西南北のダンジョンへ連れて行き血を集めて封印を解いたこと。
回復職を一位に上げるためにルーキーアライバルでアオシとグレンの順位を下げ、リーリンを一位にしたこと。
プロントールの地下ダンジョンから風穴を開けることで、グレンとアオシの漏れ出した魔力と闘気を集め、封印の間へ送り、ギガント・ガブリエルを復活させたこと等だ。
アオシが最後まで話終える頃には、グレンはカンカンに怒っていた。
「……ゆ……許せませんわ!!!」
地団太を踏んでガザルダークのいるはずの水晶を睨みつけた。対するリーリンは自分がされていた事の本当の意味を知り、愕然としていた。
「あはは……私……40人分の血を流したの? 怪我しては回復してを繰り返して? ……死に物狂いだったから分からなかったけど……あ……あはは……」
目が泳いでいるリーリンの肩をポンと叩いて、アオシはこういう。
「俺さ。まだ救助を必要としている人がいるはずだから行って来る」
「あ、わたくしも一緒に行きますわ! 瓦礫が多すぎて、一人よりも二人ですの!」
二人はそういうとすっくと立ちあがり、歩き始めた。
「え!? 今回復したばかりだよ? 大丈夫!?」
「大丈夫! 今度は見つかるようなへまはしないさ!」
「わたくしもついていますしね!!」
そんな朗らかな笑みにリーリンはどことなく不安を感じた。
「か、必ず戻ってきてよ?」
そんな言葉がとびだす。
アオシとグレンは軽く手を振っただけで何も答えてはくれなかった。
--バタン
南教会のドアが閉まる。
そのドアをしばらく見つめてからリーリンはため息をついた。
「はぁ……二人共……救助になんて行くつもりなさそうな顔だった」
眉を顰めて幼馴染二人の事を心配するが、窓からはもう二人の姿は見えやしなかった。




