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第十八章 魔将軍だがなんだか知らねぇが……お前は絶対に……許さねぇ……!!

 南教会は怪我している人でごった返していた。

 そこには、駆けつけたリーリンが怪我をした市民の治療に専念している。


「重傷者の方から治療をいたします。流血、出血がひどい方はこちらへ。それ以外の方はこちらへ!!」


 リーリンが大きな声のまま指示を出す。


「次の方こちらへどうぞ!」


 1人1人呼んでは治しての繰り返し。リーリンは昨日までケフェウスに連れ回されていたことがこんな形で役に立つとは思ってもみなかった。


「お願いします……!」

「ヒール!!」

「ありがとうございました!!」


 リーリンら次々と重症の患者の治癒に当たる。広範囲での被害の為、軽傷から重症者まで多種多様な怪我をしている市民がいる。命に係わる怪我をしている人たち全てを回復し終え、リーリンは次は子供やお年寄りの回復をすることにした。まず部屋に入ってきたのは、小さな女の子。その子は泣きじゃくりながら部屋に入ってきた。


「ふえ!! ふえええ……!!」

「あらあら……怖かったよね。もう、大丈夫だよ?」


 リーリンは小さな女の子にそっと寄り添った。


「どこが痛いかお姉ちゃんに話してみて?」

「ここ……」


 小さな女の子は足を怪我しているようだった。そして、その足にはくっきりと手形が付いていた。


「……手形? これは瓦礫の怪我じゃないね? 誰かに……足を引っ張られたの?」

「冒険者の……お兄ちゃんが……助けてくれて……ふえええ……!!」


 その言葉にリーリンは胸騒ぎがした。そろそろ、南教会で合流を果たすはずだった二人は未だに教会に顔を見せない。リーリンは平静を装って女の子に聞いた。


「足を治すよ。ヒール……。そのお兄ちゃんは……青い髪のお兄ちゃん?」

「うん……。私のせいで……モンスターに……見つかって……囮になってくれたの……」

「え……!?」


 その一言にリーリンは青ざめた。先程チラッとギガント・ガブリエルの様子を見た時、確かに足元の瓦礫を蹴飛ばしていた。


「……アオ君……!!」


 思わず声に出して名前を呼んでからふと女の子の心配そうな顔に気が付いて口をつぐんだ。


「……そのお兄ちゃんはね? アオシ・バロックって言うんだ。いつか、世界で一番の魔法使いになる人だから、絶対に大丈夫だよ!!」


 リーリンは不安を押し殺して女の子に笑顔でそう言った。


「本当!? だったら……大丈夫だよね!?」

「ええ。絶対大丈夫よ!」


 女の子は心から安堵して治療室から出て行った。女の子の背中をリーリンは眉を顰めて見守った。


「大丈夫……だよね?」


 治療を終えた人が南口広場へ移動しても、教会にはますます人が増えていく。


「今……私は……私しかできない事をしよう!」


 これだけの人数を一人で回復し続けるのは大変な作業だが、今は泣きごとを言っている場合ではない。

 未だに来ない友人の事を胸に抱きつつ、リーリンは次の患者を部屋に呼ぶのだった。


 ◇


 その頃、その世界一になるはずのアオシは、ギガント・ガブリエルに遊ばれていた。


 ギガント・ガブリエルはちょこまかと隠れるアオシの逃げ場を少し、また少しと削っていく。


「ぐ……。アイツ……わざとやってやがる!!」


 ちょこまかと現れては消えるアオシをギガント・ガブリエルはオモチャとしか思っていない。必死で隠れ続けるアオシをじわじわと追い詰めていく。アオシは遂にハイドを使うのをやめた。何故ならこの噴水広場にはもはや死角など無い。


「グアアアアアア!!!」

「げ!!!」


 アオシは最後の逃げ場から転がり出ると、ギガント・ガブリエルからの死角は全てなくなった。噴水広場は綺麗な更地へと変貌したのだった。


「……お……終わった」


 隠れる場所をすべて失ったアオシにもう逃げ場はなかった。ギガント・ガブリエルはアオシの青ざめた顔を見ると、楽しそうにむんずと鷲掴みにした。


「や!! やめろ!!! 離せ!!」


 体を動かそうにも微動だに出来ない。

 全身を半端ない握力で握られ、アオシの体はミシミシと音を立てる。


「ウ……グッ……!!」


 アオシから苦しそうな声が漏れるとギガント・ガブリエルは首を傾げた。


「グアアア……?」


 ギガント・ガブリエルは不思議そうな目でアオシを見ている。そして、ニマッと笑って見せたのだ。その様子にアオシは目を丸くする。


「こいつ……なんか……様子が変だぞ?」

「クククッ!! そうだよ。……こいつには知能はほぼ無いのさ」


 聞き覚えのある声がギガント・ガブリエルから聞こえ、アオシはあたりを見渡す。そして、ギガント・ガブリエルの額にある水晶の中に人影を見つけた。アオシはその人影に見覚えがあった。


「お……おまえは! ケフェウス・モニカ!!! ……の偽物!!」

「おいおい、なんだね、その呼び名は!」


 呆れたような声でケフェウス・モニカの偽物はそう言った。


「じゃぁ、何て呼べばいいんだよ」


 アオシはこの偽物の名前を知らない。口をへの字にしてそう言うと偽物は自分の事をこう名乗った。


「……我の名は……ガザルダーク」

「……え……」


 アオシは一度耳を疑って聞き返した。




「魔将軍ガザルダークだ!!!」




「……はぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 それは、魔王軍を指揮する最も賢く、最も強いとされたモンスターだった。もしそれが本当ならいよいよをもってアオシに未来は無いことになる。


「うそ……だろ?」


 アオシはその名前を信じることが出来ない。

 けれども見る見るうちに、額の水晶の中にいたケフェウス・モニカの体は緑色に変化していき、爬虫類のような皮膚へと変貌を遂げていく。ごついマントに4本の腕、杖と剣を同時に振るうとされるその噂どおりの姿にアオシは絶句した。


「ククッ、信じずとも好い。お前はその内コレに握りつぶされて死ぬだろうしな」


 LV2のアオシは逃げ場も抵抗手段もない。

 ギガント・ガブリエルは押したら音が出るおもちゃのようにアオシを握ったり緩めたりを繰り返している。握られるたびに内臓は圧迫され、骨は軋んだ。


「……ウグッ!! グアア!!」


 アオシが苦しむ様子をガザルダークは楽しそうに眺めている。


「どんなに弱くても、人が苦しんでいる様を眺めるのは……楽しいのぉ!!」


 その一言にアオシは昨日のリーリンを思い出す。


「……うるせぇよ……?」


 アオシの眼光がギラリと光った。


「……ほぉ? その状態で減らず口が叩けるか!」

「ウグッ……あんたのせいで……リーリンが……どれだけ辛い思いをしたと思ってやがる!!!」


 アオシは歯を強く噛み締めてガザルダークを睨みつける。けれども、言われたガザルダークは心底興味なさそうな顔をした。


「なんだ、つまらん。あのリーリンという女など興味はない。まぁ、アイツが流してくれた血のおかげで、東西南北の結界を破ることが出来たことを考えると少しくらい感謝すべきなのかな?」

「アグッ……! ガハッ……!!!」


 痛みに悶えるアオシを横目にガザルダークは気分よくペラペラと話始めた。アオシは苦しみに眉を顰めながらもガザルダークの話に耳を傾ける。


「手っ取り早く、血を集めるにはあれが一番効率が良かった。千切っては回復させ、千切っては回復させ……一人の冒険者を殺めても一人分にしかならぬ。でも、あの方法だと……一回で10人分の血は流させることが出来るんだ!我は天才だろう!!」

「……!!」


 その言葉にアオシはひときわ強く歯を噛み締めた。悔しさとは裏腹に体中の骨は砕け始めている。もはや痛み以外の感覚は無い。


「そうそう、冥土の土産に良いことを教えてやろう。アーバン・ジャイアンツの団長に化けてから知ったのだ。ここ数年このギルドは学生の1位しか勧誘をしていないと言う事に。けれども、この作戦は回復職しか成り立たないのでな。疑われないようにひと手間打ったのさ。一位と二位を同時に蹴落とすためにお前ら二人の刻印付与担当者に細工をしてな!!」

「ゴフッ……」


 ついに、圧迫された内臓が破裂し、アオシの口から大量の血が流れ落ちる。それを見て、ガザルダークは恍惚の笑みを浮かべた。


「そしてな? 何故我がわざわざプロントールの地下ダンジョンの封印の間まで行って地上への風穴を開けたと思う? ……変換しきれなくなって、お前が空気中に放出し続けた魔力とグレン・ミルバインドの闘気を集め、風に乗せて封印の間へ運んだのさ……! 封印を解くのは膨大な魔力と闘気が必要でのぉ。長年溜めていたが……貴様らのおかげでついに必要量に達した。このギガント・ガブリエルの封印を解くための魔力と闘気をな!!!」

「……」


 アオシは体をピクリとも動かせないままガザルダークを睨み続ける。徐々に弱っていくアオシを楽し気に見て、ガザルダークは笑いながら叫んだ。


「このギガント・ガブリエルの復活はお前らの犠牲の賜物だぞ! ククッ!! ワーッハッハッハ!!」

「…………ぇよ?」

「あ?」


 かすれた小さい声がして、ガザルダークはアオシを眺める。


「……うるせぇよ? この際、俺らの付与なんて……些細なことだ。……だけど……さっきのは聞き捨てならねぇな」

「ほぉ……口からそれだけの血を流して……まだ喋るか!」


 その様子にガザルダークは嬉しそうな顔をする。人の苦痛に満ちた表情はガザルダークにとっては最高の嗜好品だ。


「一回で10人分だって……? 4か所回ったら40人分の血を流させたんだろ……? ……お前は……リーリンを40回殺したんだ。……なら、お前は100回死にやがれ!!」


 アオシの眼光は今までにない程鋭く光った。怒りに満ちた目がガザルダークをとらえている。


「……くだらないな」


 ガザルダークは吐き捨てるようにそう言った。


「……お前だけは、絶対に……殺す!!!」


 湧き出た怒りが噴出する。

 アオシの体から、変換しきれない魔力の青い霧が漂った。今までにない程の量の魔力が怒りと共に一気に爆発する。


「もう、封印は解いた。魔力を放出したところで何の得にもならんぞ?」

「う……るさ……ガハッ……ゴボッ……」


 そう言われて口から血を吐きつつもアオシは怒りに満ち満ちていた。魔力は今までにない程にどんどん放出される。



 --ピシッ!!!



 その時だった。ガラスが割れるような音があたり一面に響き渡った。


(なんの音……? 骨が砕けた?)


 アオシはすれすれの意識の中でそう思う。確認したくても、体は全く動かない。ギガント・ガブリエルの握力に体はもう耐え切れなかった。


(……くそ……もう……ダメ……だ……)


 目がかすみ、ガザルダークの顔も見えなくなったその時、聞き覚えのある声が空から聞こえてきた。




「ランダムワープ!!!」




 空から、巨大な瓦礫と共に振ってきたのは……


(グ……グレン……?)


 その巨大な瓦礫はガザルダークのいる水晶の真上にワープをしてきた。


「なっ!?」


 咄嗟の出来事にギガント・ガブリエルは動けない。巨大な瓦礫がギガント・ガブリエルの脳天を直撃した。



「グ……グアアアアア!!!!」


 痛みに頭を抱えようとギガント・ガブリエルの手からアオシは空中にほっぽり出された。グレンも何がどうなったかを把握しきれないまま、宙に頬り投げられた血まみれのアオシを確認する。


「あああ!!! アオシ!?!?」


 グレンは巨大なギガント・ガブリエルの体を駆け抜け、肩からアオシに向かってジャンプした。異常なひしゃげ方をしているその体をグレンは力任せに手繰り寄せる。


「これが……最後の……魔法札ですわ!!」


 アオシの髪の毛の魔力も、ちょうどこれで最後だと言わんばかりに弱弱しい。


「な、なんとか!! 発動してくださいまし!!」


 グレンは慌てて魔力を魔法札に込める。


「逃がすな! ギガント・ガブリエル!!」

「グオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 後ろから猛スピードの腕が鋭い爪を振りかざした。


「ランダムワープ!!!!」


 グレンとアオシが光ると二人は忽然とその場から姿を消した。ギガント・ガブリエルの爪は二人をとらえることはできなかった。


「チッ!! 逃がしたか!」

「グアアア……」


 ギガント・ガブリエルの額の水晶はグレンが落した瓦礫が直撃してひびが割れていた。


「くそ……この礼は必ず返すぞ……どこだ……最弱魔法使いめ!!!」


 ガザルダークの低い唸り声が噴水広場で轟いたのだった。


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