第十章 駆け抜けて見せますわ!プロントール地下ダンジョン!
プロントール地下ダンジョン地下2階。
まだまだ初級冒険者が沢山いるこのエリアをグレンとアオシは通過していた。
「モンスターが全く居ませんね。どう言う事ですの?」
所々焼け焦げた跡がある。広範囲に火の玉を降らせる中級魔法がアオシの頭をよぎった。
「これは、『レンジファイア』って魔法だ! 広範囲に打てる魔法なんだけど……これは凄い。地下2階のモンスターは全滅じゃないか! こんな広範囲に魔法を降らせる事が出来るんだな!」
流石、本物の冒険者は違うとアオシは驚いた。例え自分がメンタルを付与されていたとしてもこれは出来る芸当ではない。
「最上級ダンジョンを目指すだけは有りますわね」
悔しそうにグレンは腕を組んだ。
「今の内に次の階へ行こう。ここのモンスターでさえ戦うとなると厳しいだろ」
「うぅ、情けないですわ!! 行きましょう!」
何度も通ったダンジョンなだけあって、アオシもグレンも道は分かっていた。その後も3階と4階もモンスターはおらず二人はそそくさと駆け抜ける。
「5階か。そろそろ俺はハイドを使う。グレンはさっきの魔法札を用意しておいてくれ」
「え、ええ。どうするつもりですの?」
グレンはポケットから魔法札を取り出す。
「良い? 魔法札は一枚につき一回しか発動しないからね。ここぞと言う時に使うんだ。さっき4枚渡したよね?」
グレンは魔法札を数えて見るとしっかり4枚の札が手元にある。アオシに見せると一枚ずつ指を差す。
「左の青い魔法札がエスケープ。これは発動者の周囲の人が対象で、ダンジョンからの脱出魔法が発動するよ。それ以外の緑のはランダムワープ。同じパーティーのメンバーが対象で、『同じ階の何処か』にワープするんだ」
簡単に説明され、グレンはとりあえず頷いた。
「ハイドして、なるべく見つからないよう動くけど、きっと何処かで難しい局面がでてくる。その時はランダムワープを使ってその場から逃げる。で、3枚使っても足りない場合は諦めて帰還する。良い?」
「良くありませんわよ……」
グレンは思いっきり首を横に振る。その様子にアオシは驚いた。
「え!? そ、そうか。そんな簡単に諦めるとか言っちゃダメか! じゃぁ、ギリギリまで粘ってから本当にヤバい時に帰還! どうだ?」
「もう、そう言う意味ではありません!」
作戦うんぬんの話ではない。グレンにはこの魔法札を発動するだけの魔力は無いのだ。それではこの魔法札はただの紙切れでしかない。
「どうやってこの魔法札を発動するのです? わたくしじゃ、力不足ですのよ?」
「あ。そっか!」
アオシは思い出したかのようにポンと手の平を打った。
「ま、まさか。わたくしが魔法札を発動出来ると思ってましたの!?」
グレンはアオシの様子に慌てた。もう既に徒歩で帰るには厳しい所まで来ている。そんなグレンを見てアオシは笑った。
「いやいや! そんな訳ないだろ! グレンは最弱なんだから!」
「な、なんかそれはそれで腹が立ちますわね」
グレンはじっとりとした目でアオシを睨んだ。そんなグレンを他所にアオシは自分の長髪を三つ編みにし始める。グレンは不思議そうにそれを眺めた。
「何をされるのですか?」
「まぁまぁ見てろよ。特別だし、一回きりだからな?」
上部と下部を輪ゴムで結ぶとアオシは鞄から小型のナイフを取り出した。
「え? ま、まさか!?」
「多分、そのまさかだ」
アオシは上部のゴムの根本から髪の毛をバッサリと切った。
「あ、あなた。アオシ!! あんなに髪の毛を大事にしていたのに!!」
肩ほどの長さに不格好に切られた髪を軽く掻き分けてからアオシは寂しそうに笑う。
「俺、もう魔術師にはなれないからさ。この髪には、フィジカルで変換される前の魔力が宿っている筈だ。グレン、腕を貸して?」
グレンは言われるがままに腕を差し出すとアオシが三つ編み状になった髪の毛を輪ゴムで止めてくれた。簡易的な三つ編みのブレスレットが出来上がった。
「大事に、使いますわね」
グレンは三つ編みのブレスレットを優しく撫でると愛おしそうに笑う。
「まぁ、本当はグレンの言う通り、俺らが行った所で何にもならないんだけどさ。でも、リーリンが苦しんでるのだけは間違いないんだ」
アオシが決意に満ちた顔で階段を睨んだ。
「ここから先は本当に強いモンスターしか居ない。俺も数回しか入った事ないけど、封印の間はさらにその下の階だ。行こう」
「ええ! 行きましょう」
二人はゆっくりと階段を降りていく。
◇
その後も順調に歩みを進めた二人は敵の目をかいくぐりながら地下へと潜っていった。
次は上級ダンジョンに匹敵するプロントール地下ダンジョン7階だ。
「ハイド」
アオシは階段を降り切る前にスキルを使った。グレンにはハイドの視野は見えないのでアオシはグレンの手を強く握った。
「行くよ!」
アオシがグレンを引いて岩陰に隠れる。二人はモンスターの目を盗みながら7階を探索すると、一気に開けた場所に着いた。そこでは誰かが戦っている声が聞こえる。
「見てください! あれ、リーリンですわ!」
「近づくよ。こっちだ!」
そこにはあの五人組がここのモンスターに苦戦を強いられていた。どうやら人通りの少ないこの階には沢山のモンスターがいたようだ。とり囲むようにして、多数の上級モンスターがケフェウス一行に襲いかかる。
マックとカーリーが先陣をきり、その後ろにケフェウスとヴィンスが高威力の魔法と技を繰り出す。そして、その真ん中でリーリンはひっきりなしに回復を使い続けている。
「リーリン! もっとヒール寄越せ!」
あの大男マックも固い皮膚で覆われたトカゲ男の猛攻にあちこち怪我をしていて余裕がない。
「ヒール!!」
カーリーは蜘蛛のモンスターにトゲを突き刺されてその場で膝をつく。
「こっち、毒にやられた! リーリン!!」
「キュア!! はぁっはぁっ!」
肩で息をしながらリーリンは回復を打ち続けた。
「レンジブリザード!!」
すると後衛のヴィンスが範囲魔法で敵を氷漬けにする。あまりの広範囲に洞窟は氷柱で覆われ、モンスターは足が凍り動けなくなった。
「団長!! 今です!!」
ヴィンスは後ろを振り返る。ケフェウスは目を緑に輝かせて闘気をたぎらせた。
「はぁぁぁあ!! 精霊よ! 我の呼び声に呼応せよ!! ホルト・ホークアイ!!」
ケフェウスが複数の闘気で出来た矢を空中に打つと、信じられない事にそれは雄々しい鷹の姿に形を変える。その翼が舞うとモンスターの首が胴体から次々と離された。あれだけいた上級モンスターはケフェウスの一撃によってあっという間に灰と化した。
「す、すげぇ」
「あんなの、初めて見ましたわ!」
グレンとアオシは声が届かない範囲で驚きの声を上げる。
「流石、人気1位って事か。クズじゃなければ尊敬もしたかもな」
吐き捨てるようにアオシは言った。
「それにしても、リーリンが辛そうですわ。先程からずっとしゃがみ込んでいますの」
グレンが言う通り、リーリンは敵が倒れた後もずっとしゃがみ込んでいた。肩で息をしている様子がここからでもわかる。
それは、アーバン・ジャイアンツの面々も感じている事だった。
「ねぇ、団長? 無理じゃない? 回復さっきも遅かったし」
その一言にケフェウスはカーリーを平手打ちした。
パァンと言う乾いた音がダンジョンの薄暗い洞窟に響き渡った。
「おい、カーリー? 誰に向かって指図してるのかな」
「ご、ごめんなさい」
カーリーは頬を手で抑えながら謝る。
「行きたくないなら、君だけここに残るかな? 一人で生きていけるならそれで良いが」
その一言にカーリーは首を横に振った。
「だ、旦那……あの」
今度は大男のマックが言いにくそうに口を開いた。
「なんだい? マックまで俺に意見するつもりなのかな?」
「い、いえ! 滅相もありゃせん! 俺様は何処までもついて行きやす。でも、旦那。あ、あの。少しだけ休憩は頂けませんですかね?」
大男のマックもケフェウスには逆らえないらしい。自分の半分程の背丈のケフェウスにヘコヘコとしていた。
「ふぅん。どうしてその必要がある?」
「それは、リーリンが倒れちまったら俺達前衛はあっという間に死んじまう。ほんの少しで良いからよ」
するとケフェウスはマックの喉仏に緑の刃を突き立てた。
「ここで、死ぬのと、死ぬ気でボスを倒して英雄になるの、どっちが良いか、選ばせてやる」
マックの首に闘気の刀が突き刺さり初めて、マックは観念したように声を捻り出す。
「死ぬ気で、ボスを倒しやす。旦那」
「それで良い。さぁいくぞ」
カーリーもマックも少しだけケフェウスの背中を見守った。
「行くよ。ケフェウスに逆らうな」
ヴィンスはそう言うとリーリンを軽く蹴飛ばした。蹴飛ばされたリーリンはフラフラと立ち上がり、ケフェウスの後ろを着いていく。
「何か……この間から、ケフェウスの様子が変だよね」
「あぁ。いつもの旦那じゃねぇ」
カーリーとマックはコソコソと合図すると出口に向かって走り出した。
「命の方が大事だからね! ケフェウス、悪く思わないでね!」
「あんたにはもう、ついて行けねぇぜ! ギルドも脱退だ!!」
前衛であるカーリーとマックは走って上級ダンジョンを逃げ出した。ニヤニヤと笑う二人はきっと、地下へ行ったケフェウス達が困る事を想像していたに違いない。
けれども、とても遠い所からポツリとケフェウスの声が聞こえた。
「サイレント・キラー」
その声を聞いて二人の顔は一瞬で青ざめた。それはたったの一秒程度の出来事だった。
マックとカーリーが逃げ出した先に突如現れた緑の矢は二人の頭を撃ち抜いた。
脳天を矢が貫通し、一撃でカーリーもマックも崩れ落ちる。血だまりの中、二人はあっという間にピクリとも動かなくなった。追い打ちをかけるように、動かなくなった二人にモンスターが群がる。
そうして、ぐちゃぐちゃという音を立てながら、カーリーもマックもモンスターの胃袋へと収まっていった。
その、ムゴイ光景をアオシとグレンは声を一言も発さずに一部始終見ていた。アオシはグレンの様子を横目でチラッと見てから一回だけ大きく息を吸って吐き出した。
「……行くよ」
アオシはグレンの手を優しく引いた。グレンの手は血の気が引いて冷たくなっている。
目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。涙で前も見えない中、アオシの手の感触だけがグレンの生命線となる。その優しいぬくもりに引かれながらグレンも走り出した。
アオシは慎重に迅速にハイドをしながらダンジョンを駆け抜けた。一匹たりとも見つかってはいけない緊張の中、アオシの体力はすでに尽きかけている。
「ハァッ……ハァッ……」
体力の無い最弱武道家は早速、息が苦しくなった。ここ数日の筋トレだけでは補えない体力の無さにアオシは顔をゆがめる。しかし、カーリーとマックにモンスターの視線が釘付けになっている今しかチャンスはなかった。
アオシと手を引かれるグレンは上級ダンジョンを駆け抜ける。けれども、今しかないと言う焦燥感とは裏腹に、徐々に走るスピードは遅くなっていった。
「ゼハァ……ゼハァ……!!!」
アオシの体力が限界を迎えて、立ち止まりそうになる。
息苦しさに下を向いて走っていると、不意にグイッと手を引っ張られる感覚にアオシは前を向いた。
「もう少しですわ! 頑張りましょう!!」
気が付くとグレンがアオシを追い抜き、その手を引いていたのだ。アオシが引っ張られ、二人のスピードは上がって行く。
そんな中、視線の赤い領域が二人を取り囲んだのをアオシは察知した。
「やばっ! モンスターに気づかれた!!」
アオシは視線を感じて横目で確認すると、おぞましい牙を生やす毛むくじゃらのモンスターがこちらに向かってきている。けれど、グレンはそれでもひたすらにアオシの手を引っ張り走り続けた。
「やばい!! 追いつかれる!!」
黒い毛むくじゃらの毛がひも状になりこちらへ凄いスピードで向かってきている。その時、グレンが声を張り上げた。
「あった!! ありましたわ!! 階段ですの!!」
「一気にかけこめえええええ!!!!!」
二人は封印の間に転がるように階段を駆け下りた。
階段の踊り場を境に封印が施されている。
毛むくじゃらのモンスターの攻撃はあと数センチでアオシを切り刻むという所でその封印に弾かれた。
「ゼハァ……ゼハァ……あ……危なかった……」
「い、今のは……死ぬかと思いましたわ……」
流石のグレンも肩で息をしながらそう言った。
「ゼハァ……なんで、魔法札を……使わなかった?」
アオシは肝を冷やした。本当ならこんな場合に魔法札を使ってほしくてグレンに渡したはずだった。
「あそこでランダムワープをしていたら階段から離れてしまいますでしょ? それに、とんだ先にモンスターがいる可能性の方が高くなくって?」
「……確かに……」
思った以上に冷静なグレンの発言にアオシは頼もしさを感じずにはいられなかった。
「グレンって、結構冷静なんだな」
「ふふっ、何を言ってるのですか? そんなの、冒険者の基本ですわよ?」
口ではそう言いつつもグレンは嬉しそうに笑って見せた。
「さ、息は整いまして? 行きますわよ!」
「ああ! ここからが本番だな!」
そう言うと二人は階段の踊り場から一歩前へ出た。
一歩前へ出ただけなのに、空気が急に重たくなったのを感じて眉を顰めた。
「ここが、最下層……ですの? なんて重たい空気……」
「俺も初めてくる。なんか、もっと広々とした空間に沢山のボスがひしめき合っているんだと思ってた」
アオシも異様な光景にじっと目を見開いている。
こうして最弱の二人は最強クラスのダンジョンへと足を踏み入れた。
一撃でも食らったら即死亡が確定している世界で二人はまたお互いの手をそっと握りなおすのだった。




