序章 緊急事態なのに最弱コンビにしかクエストが発注できません!
魔王軍と人間がその命運をかけて争っていた時代の事。
この国の中心に位置する街【プロントール】は普段、冒険者が集う賑やかな街だった。魔王軍と戦う冒険者は各々ギルドに所属し、プロントールにはギルドを総括する組織『ギルドマスター』がある。それ故、この国で一番安全な場所としてたくさんの市民もプロントールに住んでいた。
しかし、白いレンガの町並みは今日だけは閑散としている。
そこには冒険者はおらず、市民しか居なかった。
それもそのはず、国境を囲むように魔王軍が総攻撃を仕掛けてきたことを受け、ギルドマスターはギルドを4分割して東西南北に出動要請を出したからだ。
そもそもが異常事態な中、さらなる異常がこの街を襲う。
「緊急事態! 緊急事態です!」
街中心部からはけたたましいサイレンの音と共に異常を伝えるアナウンスが鳴り響いた。
ゴゴゴという激しい地鳴りが町全体を包み込む。
「な、何事だ! マリン、状況説明を!」
ギルドマスターの中でも最高位の司令官ファザーは状況を知るべく司令室に駆け込んだ。
「見た事もない魔獣が、街中心部の噴水広場に突如出現! 手当たり次第に暴れています! このままでは甚大な被害が出てしまいます!」
フルフェイスの魔術具を被ったマリンは、慌てた様子で叫ぶ。
この魔術具を扱う彼女はスキル『千里眼』を使用できる貴重な人材だ。
彼女の目には魔獣が噴水広場で人々を襲う様子がその場にいるがごとく見えていた。
「なんだと!? どう言う事だ!?」
「理由は解りかねます! 唯、噴水広場は粉々に砕けました。出現した魔獣は体長10メートルはあるように思われます!」
マリンは見たままを報告する。
それを聞いてファザーは目を見開いた。
「ま、まさか!!」
ファザーは口を押さえて首を振る。
思い当たった魔獣の正体が別の物であって欲しいと心の中で強く願った。
「ファザー!? 指示を! 一刻を争います!」
マリンからは被害が拡大する様子が見える。
見ていられないほどの被害が予想される程、その魔獣は強そうだった。
一刻も早いギルドの手配が必要だ。
「だが……誰も居ないんだ! 全てのギルドが東西南北に分かれてダンジョンの封印を解いたモンスターと戦っているんだぞ。まさか、これを狙って……!?」
魔王軍にまんまと嵌められた事を今更気づいたが、もう遅い。プロントールの周囲を取り囲むダンジョンから出たモンスターの群れを討伐するにはこちらも全力で挑まねばやられてしまう数だった。まさか、中心部の警備を薄くするための布石だとは思いもよらなかった。
「向こうもなりふり構わないと言う事か……」
ファザーは自身の魔力紋章を光らせる。
全ての冒険者はファザーの魔力紋章により統括をされているのだ。
出動要請ができるギルドを検索してディスプレイ状にして表示してみるが、当然のように0件だった。
「今から戦闘中のギルドを何組か呼び戻す! それしかないだろう」
「そんな……間に合いません! すでに負傷者が多数!」
「解っている!! だが……」
そう言いかけた時……マリンがディスプレイを指さした。
「ま、待ってください! これは!?」
マリンは驚きの声を上げる。
先ほど見た要請可能なギルドは0件だった。
しかし、その数値がたった今1件に変わったのだ。
「たった今、ギルドが一つ誕生しました」
「何っ!? こんな時にギルドが誕生? 一体誰が!?」
そうは言いつつファザーはどんな冒険者でも良いからとにかく現場へ向かってほしかった。
二人は藁をもすがる思いでそのギルドの詳細ボタンを押す。
「これは!!! ……創設者は今年のルーキー・アライバル一位の『リーリン・ララバイ』です!」
「おお!! 彼女は確かヒーラーだったな! 怪我した市民を回復できる! それで、メンバーは!?」
少しでも被害を食い止めることが出来る冒険者であることをファザーは祈った。
しかし、その期待はあっけなく裏切られることになる。
「『グレン・ミルバインド』と『アオシ・バロック』の二人です!!」
それを聞いてファザーは肩を落とした。
「……例の『最弱コンビ』じゃないか!!」
どうせ魔獣に向かわせても最弱コンビにはきっと魔獣どころかスライムでさえ倒せない。
なぜなら二人は未だに“レベル2”だからだ。
「ど……どうしますか!?」
「ぐ……いいだろう!! 今は……猫の手も借りたい!! 避難誘導くらいはきっとできる!」
「では……」
ファザーがディスプレイを操作するとそこには「クエスト申請」の文字が浮かび上がる。
「ギルド『果たされた約束』冒険者:『リーリン・ララバイ』率いる3名に継ぐ。直ちに噴水広場へ向かい、魔獣……【ギガント・ガブリエル】を討伐せよ!!!」
マリンは大きな声で通達を読み上げた。
その通達にファザーは目を瞑る。
先ほど、この魔獣でないことをファザーは祈っていた。
「本当に……ギガント・ガブリエル……なのか……!?」
それはプロントールに伝わる伝説の中の伝説。
国の3分の2を一度はその業火で焼き尽くした。
絶対に復活させてはいけないと、魔王軍が入れないプロントールの中心に封印されていたはずの魔獣。
「あの『最弱コンビ』にしか、この街……いや、この国が守れない日が来るとはな……」
ファザーは二人の名前が載ったディスプレイをそっと指でなぞるのだった。
何故このような事態になったのか。
それは時を遡る事約1週間。
ルーキー・アライバル当日のある事件がきっかけだった。