伍.突入
「…えと、まくらちゃん?」
雨千夏は、まくらの唐突な言葉に戸惑いを隠せなかった。
場所が特定できる?
GPS?それとも何か怪しい機械?
雨千夏の中であらぬ妄想が無限に膨らんでいく。
まくらはそれを察したのか、雨千夏の肩をポンっと叩いた。
はっ!と雨千夏は現実に戻された。
「詳しい事は言えませんが、今は私の言うことを信じてください!」
まくらの真剣な眼差しに、雨千夏もこくりと頷くしかなかった。
「おい、お前ふざけてんのか?」
「ウチらはお前のオカルトに付き合ってる暇じゃねえんだ!!」
ギャルの1人がまくらの襟元に掴みかかった。
好戦的な見た目をしているが中身もやはり好戦的だったようだ。
「まくらちゃん!!」
雨千夏が声をあげる。
「離してください。」
「ひっ…!」
氷のように冷たく、刺すような目のまくらを見たギャルは戦意を失ったかのように、襟から手を離し、宙にぶらんとさせた。
まくらは、一切意に介さず、少しの間、瞼を閉じた。
時間にして1分足らずだろうか。
まくらは瞼を開くと同時に口を開いた。
「場所は分かりました。ただ、少し距離があるので、車か何かあれば言いのですが…」
「アンタの目、嘘をついてるワケじゃなさそうだね。」
好戦的な方では無いギャルが不敵に微笑みながら、親指を立てクイッと自分の後ろを指した。
バイクが2台見える。
「ちょ…エリカ!?マジで言ってんの?うちらの愛車にこいつらを乗せるってのか!?」
「千明、今ここでアタシらが争ってる場合じゃねえんだよ。ダチが拐われたんだ。」
好戦的じゃない方は、エリカ
好戦的な方は千明と言うらしい。
「けどよ…」
「けども、クソもねえよ!!六花はアタシらのダチだ!!」
「そして、アンタにとってもダチなんだろ?」
エリカはキリッとした目でまくらを見た。
「…はい!」
一瞬、怯みそうになったが、まくらも負けじと真剣な眼差しで返した。
「ふ。だったら、アタシらも、今からダチだ。アンタらもバイクに乗る権利あるよ。」
「あー、もう!仕方ねえな!エリカがそう言うならウチも腹くくってやんよ。おい、サイドテール!お前はアタシの後ろに乗りな。」
千明は頭をクシャクシャと掻きながら、やけくそ気味に言い放った。
「雨千夏です!!」
雨千夏は訂正を促した。
「じゃあ、振り落とされねえようにしとけよ。ウッチー。」
変なあだ名をつけられた。
「ウ…ウッチー?」
「雨千夏だから、ウッチーだろ?文句あっか!」
「い、いえ…」
歯切れの悪い返事の雨千夏。
「はははっ!あっちはうまくやってるみたいだね。改めてアタシはエリカってんだ。ヨロシク。アンタのニックネームはさしずめ、マッキーってところでどうだい?」
「マッキー…ですか。」
「嫌か?」
「い、いえ。すごく新鮮で…何と言うか、悪く…ないです。」
「フッ。じゃあ、アタシらも行くよ、マッキー!」
「はい!エリカさん」
「うっし!マッキー、ウッチー!しっかりとアタシらに掴まってなよ。」
「は、はいぃ!!」
「はい!!」
雨千夏とまくらの返事を合図に、2台のバイクが低く唸りをあげ発進した。
バイクが2速、3速とどんどんスピードを上げていく。
こうして、一同は目的の地へと走り出した。
日はすでに落ち、空はすでに黒く塗りつぶされようとしていた。
時間にして、二十数分のタンデムの末、4人は目的の地に立っていた。
「マッキー、本当にここで合っているんだね?」
「はい。間違いありません。」
「こ…ここって。」
「廃車置き場の倉庫じゃねえか…」
よく、港の倉庫街はフィクション物でヤバい薬や、お金の取引等に利用される、あるいはノンフィクションなのかもしれないが、この廃車場もそれにうってつけだと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
面積もなかなか広く、倉庫もいくつかあるので探すのは骨が折れそうだ。
「はは…如何にもって感じの場所だな…」
「おいおい、倉庫全部調べて回るつもりか?勘弁してくれよ?マジでここにいるんだろうな?」
「まくらちゃん…」
「大丈夫だよ、雨千夏ちゃん。」
心配そうな顔の雨千夏に笑顔で答える。
「今更、アタシは疑いはしないよ。マッキー、アンタの事だ、どこの倉庫にいるのかも分かってんだろ?」
「はい。あの倉庫です。ただ、恐らく鍵がかかってるので、正面からは…」
まくらは六花達が拉致されているであろう、倉庫を指差し、正面突破が不可能な事実をやんわりと告げ、俯いた。
「だったら、2階からってね。」
エリカがまくらの頭をくしゃっとしながら言った。
「エリカ…さん?」
まくらは目を丸くしてエリカを見た。
「ど、どういう事なんです?」
雨千夏も不思議そうに見ている。
「察しが悪りぃな、お前ら。とにかく2人ともバイクに乗りな。後、振り落とされたらシャレになんねーから、がっちり掴まっとけ。」
千明もエリカの考えを理解し、再びバイクに跨がりエンジンをふかす。
「じゃあ、行くよ。2人とも舌を噛まないように口閉じときな!」
「ふぇ!?」
雨千夏の口から情けない声が漏れた。
雨千夏は察した。これからバイクで何をするのかを。
そして、その嫌な予感は見事に的中した。
「行っくよおおおおおお!!!!!」
「うおおおおおおお!!!!!」
エリカと千明はそのまま助走をつけて走り出し、前輪を浮かしながら積まれた廃車にそのまま乗り上げた。
廃車の道路を2台のバイクがひたすら駆ける。
ボコボコの廃車の上を走ってるせいか、ガタガタと衝撃がすごい。気を付けていないと舌を噛んでも不思議ではない。
そして、車で出来た道にも終わりが来た。
「飛ぶよ!!」
「行っけえええええ!!!!」
エリカと千明は昂る気持ちを抑えきれずに吠えた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
雨千夏とまくらも叫びでは負けていない。
瞬きぐらいの空の旅を経験した後、バイクはゆっくりと弧を描き落ちていく。
目標は倉庫2階の窓。
まさにドンピシャだった。




