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それは始まりのこっくりさん

新しい小説を書いてみました

 

「こっくりさんこっくりさん、どうぞおもどりください」


 すでに震えるのを隠せなくなった声音で、それでも私は言葉を紡ぐ。

 私の周りにいる、同い年の二人。その少女たちの顔も真っ青だ。

 誰が言い出したのだろう。夏休みの放課後。人影もまばらになった、日常の中の非日常。

 図書館に勉強しに来た私たちは、夏休みなのに夏っぽいことをしていないことを嘆き。

 定番ともいえる怪談話に突入し。

 そして、この儀式をやることになった。

 定番中の定番、こっくりさん。

 小学生くらいからは必ずと言っていいほど話題に上がる、あまりにも身近な降霊術であり、交霊術。

 狐狗狸さんとも呼ばれるこの儀式は、文字通りにキツネやイヌ、タヌキなどの低級霊を呼び寄せ、様々な質問をした後に帰ってもらう。

 そして、儀式を終わらせるはずなのだが・・・帰らない。

 呼び出した霊が、還らない。

 定められた呪言を唱え、それに応じた霊が「はい」の位置に十円玉を戻すことで儀式は終わる。

 だけど、指がのせられた十円玉は、「いいえ」の位置を何度も指し示す。

 日常に、帰れない。


「もう、やだよ・・・あ~やかみっちゃんのどっちかが、私を怖がらせようとしてるんでしょ!もういいから、終わろう?ねっ!ねっ!」


 恐怖のあまりに声を荒げる琴音。ふわふわとした彼女の髪が、はずみで揺れる。

 小動物のように小柄な彼女のそのしぐさはいつもならかわいらしく思うが、恐怖を浮かべてひきつる彼女の表情を見たら、今はそんな感想を抱けない。


「おちつきなさい、琴音。大丈夫、大丈夫だから」


 黒髪ロング眼鏡という、生徒会長の定番のような外見にぴったりな落ち着いた声を出す美月。

 いつも落ち着いている彼女は、琴音を宥めようとするが、いつもの冷静さは感じられない。

 そして、その二人を前にして、私・・・坂上綾も困り果てていた。

 怖い話、オカルト話はよく読んでいるし、心霊スポットにはいったことはないけれど、YOUTUBEでアップされるそういう動画は好きだ。

 でも、こんな事態が現実にあるなんてことなんて聞いたことなかった。

 そして、わずかに聞いたことある話では、必ずこう終わるんだ。

 みなさんは呪われました、って。

 事故にあう、身内が死ぬ、社会的に殺される・・・様々な終わり方はあるけど、だいたいはろくなことにはならない。

 こんなことなら、興味本位でなんてやらなければよかった。

 完全に泣きじゃくってる琴音を見て自分自身も泣きそうになりながら、どうしようか考えていた時、教室のドアが開いた。

 何の遠慮もなくツカツカと教室の中に入り、自分の席をごそごそ漁ってから教室の外に出ようとしたその男子は、私たちのほうを振り返ると訝しげに見つめる。


 塚本雅史


 中肉中背、目つきが悪い、黒髪の高校二年生。

 どこにでも履いて捨てるほどいるような彼は、人ごみの中で埋もれてしまうようなモブキャラである。

 おまけに無口。

 ぜんぜん目だない彼のことを、でも、私はよく知っていた。

 そう、私だからこそ、よく知っていたんだ。


「あー・・んっと」


 突然のことにじっと見つめる雅史は、戸惑った様子から深々とため息をつくと、私たちに大股で近づいてくる。


「おねがい、たすけて」


 もう、泣きじゃくっていた琴音の頭をポンポンっと二回なでると、そのまま私たちの指の上に指を重ねた。

 それから、睨むように鋭い視線を紙に書かれた鳥居に向けると、言葉を紡ぎだす。


「こっくりさんこっくりさん、彼女たちを返してください」


 迷うように震える十円玉。


「こっくりさんこっくりさん、この身をもって彼女たちを返してください」


 聞いたこともないような、硬質の声。


「こっくりさんこっくりさん、彼女たちを返しなさい」


 言い終わると同時、それまで決して「いいえ」から動かなかったのがウソのように、「はい」に移動した後、鳥居に戻る十円玉と私たちの指。


「これで大丈夫。もうはなしていいよ」


 うれしそうに笑う琴音と、驚愕した表情の美月。

 美月の表情は、無事に解決したからだよね?雅史君が声を出したことにじゃないよね?

 どことなく失礼な想像をしながら、彼にお礼を言う。


「本当にありがとう。どうしようか、困ってたんだ。呪われちゃうんじゃないかって、そう思った」


「呪いなんて、そんなに簡単にかかるものじゃないからね。よっぽど恨まれてるか、相手が強すぎるか。とにかくよかった、みんなが無事で」


 そう言って笑った彼の横顔は、窓から入ってきた夕暮れの光に照らされて、ひどくはかなく見えた。






「ってことがあったんですよ!すごくないですか!めちゃくちゃかっこよくないですか!彼!!!」


 興奮状態の私は、インカムに向かって大声を上げた。

 この場所は、ディスプレイの向こう側。

 電子の海のただなかに浮かぶ、箱庭のような一つのチャットだった。

 文字も打てるが、音声でも会話できる。

 やろうと思えば動画も流せる。簡単に言うと、グループチャットだ。

 常連になったこの場所で、私はいつもの通りに雅史・・・自分の思い人のことを自慢する。

 そりゃ、もう、盛大に自慢するんだ。

 命短し恋せよ乙女ですよ、こっちは。誰にはばかることなく言いまくってやりますよ。


「本当に、かっこいいですねぇ。冷静にそういうことできるのって、すごいとも思います」


 落ち着いた、どこか眠くなる声で、一人の男性がいう。


「うるさい、だまれ、河童!!!」


「河童じゃないですー、人間ですー」


 いつものやりとりを繰り広げながら、彼の河童アイコンを見つめる。

 男の名は「ひろろ」。シンガーソングライターの彼は、アパート住みという住宅事情の関係で河原で練習している。

 いつの頃からか、彼は河童であり、実家が河原であるという話が生まれたのである。

 都市伝説、こわい。


「ほら、アヤちゃんもそんなに荒ぶっちゃだめよ。ひろろはもう、手遅れなんだからしかたないの」


 ほっとするかわいい声が、荒ぶる私の御霊を鎮めにかかってくる。彼女の名は「ゆっかちゃん」。名を呼ぶときは、ゆっかちゃんさん。ゆっかちゃんって呼び捨てにするなよ、河童。


「なんか、言葉になってないところで悪口言われてる気がするねん」


「自意識過剰、乙」


 よくわからないネットスラングを連発すると、ひろろよりもさらに眠くなる声が聞こえてきた。


「ほら、弱い者いじめはやめなね。野生の河童には、優しくしてあげないといけないよ」


「河童じゃないですー、人間ですー」


「勘違い、乙」


 ひろろとやりとりしているのは、このチャットのぬしのぺいさん。

 本人曰く変態紳士らしい。正装は、全裸に深紅の蝶ネクタイとシルクの靴下。

 まさに、変態である。

 そして、なんだかんだで、暇つぶしに来ている私、アヤ。

 その辺が常連のメンバーだ。

 今日あったことを誰かに自慢したくて、でも、リアルの友達に言うのはなんだか恥ずかしくて。

 この場所で自慢しまくっていたのである。そう、自慢しまくっていたのである。


「本当に好きなんだね、若いってうらやましい」


 天使、と呼ばれることもあるお姉さんの嘆きに、変態紳士が答える。


「ゆっかちゃんだって、おっさんから見たら全然若いよ。命短し、恋せよ乙女、だ」


「そうだよ、ゆっかちゃんはかわいいよ」


「ゆっかちゃんさんだろ、河童!」


 脊椎反射で言い返す、私。


 そんないつもの日常は、こうして更けていくのです。






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