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アラウンドなんとか6

【登場する人】


・申 香绿(シェンシャンルー):アラサー地下アイドル。日本のアイドルに憧れて遥々来るが売れてない。十年弱はいるので日本語は問題ない。コンビニでバイトをしながら生き長らえている。前向きで逞ましい性格。


鈴木堅吾(すずきけんご):香绿が働くコンビニの同僚。売れてないバンドマン。割とまともなメンタルしている。夢ばかり追いかけても居られないと悩みながらも、インナーカラーがピンクの25歳。


・めるちゃん:香绿が属するアイドルユニットの相方。副業はキャバ嬢で生活は結構豊か。ダークブラウンのボブをした落ち着いた雰囲気をしているが、中身はサバサバ女子。身内に甘いアラサー。


今回はヒロイン視点。

 一人暮らしにしては色々な物が揃った、私の借りてるところとは広さも家賃も全然違うめるちゃんの部屋。ちょっと前に来た時は服とかゴミとか落ちてたのに、今日は凄く綺麗。ハウスクリーニングに頼んだのかな。

 そんな部屋の真ん中で、目の前の二人はティッシュを目や鼻に当ててグスグスと鼻水や涙を押さえている。

「あ、あー……ごめんね、重たい話、しちゃって」

 この間、鈴木くんに話した身の上話ってやつかな。その詳細をさっき鈴木くんとめるちゃんに喋ったら、二人は話の途中からこんな状態になってしまった。どうしよう、凄く申し訳ないなあ。

 居た堪れない気持ちになっていると、目が潤んだままのめるちゃんに真剣な顔で肩を掴まれたと思ったら、突然激しいハグをされちゃった。

「私こそごめんね! 香绿ちゃん頑張ってえらいよ。お金に困ったらいつでも言っていいから!」

 いつもは暗い茶髪のボブが似合ってクールな感じのめるちゃんが、こんなにも熱い反応してくれるなんて。嬉しいけど、少しびっくり。

「今はちゃんと生活出来てるし大丈夫だよ……でも、二人に話して良かったなって思ってるよ。ありがとう」

 私にはこうやって心配してくれる人が二人も居たんだ。家族は居ないし私だけで頑張らないと、ってずっと気を張っていたのが何だか少しだけ緩んできた気がする。

「はー……詳細聞いたらめちゃめちゃしんどい。めるさん居てよかったわ」

 ティッシュで鼻を押さえて、鼻声と溜め息混じりに呟く鈴木くんの台詞に、めるちゃんが「あっ」と何か思い出したように声をあげたと同時にまた肩を揺さぶられた。

「というか、なんで先にこっちに話してくれなかったのさ。私の方が出会って長いでしょー!」

「ご、ごめんよー……ただの仕事仲間って見られてたら、重いし申し訳ないなあって」

 控え室とかで話す時はいつもクールであんまり踏み込めなさそうだったというか……本当に仕事仲間だけの関係だったらどうしよう、って不安もあって……と、心の中で言い訳をしながら揺さぶられていると、横から鼻で笑われた。

「単純に俺の方が好感度高かったんですって」

「さっきまで鼻水すすってた癖に。ドヤ顔ムカつくわ……」

 クシャクシャになったティッシュをポイッと部屋の隅にあるゴミ箱に投げて笑う鈴木くんに、めるちゃんは私の肩を掴んだまま鈴木くんを睨み付ける。

 喧嘩になったらどうしよう。私は肩を掴むめるちゃんの手を握って、二人の顔を交互に見て頭を下げてから、自分の気持ちを正直に話す事にした。

「ごめんね、今度から二人には全部話すよ。こんなに慕ってくれるのに、隠し事なんてしたくない」

 ふっと肩に入る力が緩んだと思ったら、めるちゃんはクールで頼りになる笑みを見せてくれた。

「うん。困ったらなんでも言って。そこの男と違って、お金の工面も任せていいからね」

 と、思ったら鈴木くんへの牽制だった。好感度高い、って言われたのが悔しかったのかな……。

「うわー、めっちゃ当て付け」

 半笑いで肩を竦める鈴木くんは、特に怒ってる様子もなくて安心したけど。うーん、今日会わせない方がよかったかな。ちょっと不安。

「まあでも、彼氏にはこれ話すかどうか悩むよね」

 なんて思っていたら、めるちゃんが急速転回で話を切り替えてきた。私、こういうところ好き。

 彼氏って隆さんの事かな。これは素直に話してたんだよね。この間一緒に居酒屋行った事、何故か教えてない筈なのにアイドル活動してるのを知ってた事とか。

「付き合って早々に『天涯孤独です』って、確かに言いづらさありますよね。ま、あのオッサンの事だからどっかで知ってそうだけど」

「私が地下アイドルしてるの知ってたから? それで家族構成まで分かるかなあ」

 鈴木くんは隆さん、バイト先でのあだ名は『アヤタカさん』に対して凄く警戒してるみたい。そんなに敵意持たなくてもいいのになあ……。そういえば、めるちゃんはどう思ってるか聞いてなかった。ちらっと視線を送ってみると、やれやれとばかりに肩を竦めて、首を横に振る。

「そんなの探偵でも雇えばすぐ分かるよ。イケメンで大手企業に居て、そこそこの年齢なのに独身ね……絶対性格に難ありだわ、クソ客っぽそう」

 めるちゃんの評価も酷かった。キャバクラで働いてると『クソ客』とか呼ばれる人達が来るって聞くけど。流石にそんな人じゃない気がする……でも、お金は持ってそうだから、キャバクラとか行くのかな。行ってたら少しやだな。

「えー良い人だと思うけどなー」

 私の事を好きって言ってくれたし、優しくしてくれたし、私は隆さんの事を良い人だと思ってるんだけどなあ。ダメ元でフォローを入れてみるけど。

「香绿ちゃん基準だと、人類の八割が良い人だよ」

「って訳ですんで、アヤタカさんは様子見しましょう」

 口では二人には勝てないので、私は大人しく従う事にした。二人も私を心配してくれてるんだしね。

「はーい」

 でもなんで、隆さんの事そんなに疑うのかなあ。確かに色々と気になるところはあるけど、優しい人なのにね。タクシーに乗せてくれた時は申し訳なさもあったけど、心配してくれるのが伝わって嬉しかったな。


 ***


「よし、香绿ちゃんの話は聞いたし、本題の料理動画を撮ろう!」

 ようやく本来の目的に入る。鈴木くんをわざわざめるちゃんの家に呼んだ理由はこれ。料理動画を撮って宣伝に使おう作戦への協力。一週間前に『めるちゃんが日給払うって言ってるよ』って伝えたら、すぐに『協力します』と返ってきたんだよね。フットワークが軽いってやつだね。

「百円ショップでバット買って来たんで、まず材料をそれに並べましょう。そっからは二人で説明しながら料理してください。俺は撮る方に回るんで」

「わーお、料理番組っぽい」

 仕事場でも出来る男はここでも出来る男だった、凄い。私は料理動画って何したらいいんだろうって、材料しか買ってなかったよ。ちなみに、これは全部めるちゃんがお金を出してくれるらしい。めるちゃんも凄い。

 今回の為にわざわざ家をハウスクリーニングするくらいなので、幾らかかったのかは考えられないや。そもそも業者さんに家を掃除してもらう値段すら私は知らない。

「どうせなら鈴木くんも一緒に料理しなよ。私ら男が居て叩かれるタイプじゃないし。売れないバンドマンと地下アイドルのコラボ動画。底辺臭が凄まじくって笑えるじゃん」

 自虐でも悲しくて笑えないけど、私達はむしろ『早く結婚しなよ』としょっちゅうコメントを貰ういじられキャラなアイドルなので、実際鈴木くんが動画に居ても何も言われないんだろうなあ。

「動画内で鈴木って呼ばれると困るんすけど」

「呼んだらその部分カットすれば?」

 渋る鈴木くんにめるちゃんは、結構強引に進めていく。私はお金出して貰ってるので何も言わない。スポンサーに逆らっちゃダメだからね。でも、やる気無さげだった鈴木くんは眉を顰めちゃった。

「その言い分だと編集も俺任せっすか? 編集作業って結構面倒くさいのに、五千円と晩飯だけじゃ割に合わねえっすわ」

「もう一万乗せるよ」

 鈴木くんの日給は五千円だったのか、と思っているとめるちゃんはすかさず上乗せを図る。いいなあ、一気に三倍だ。

「よっしゃ、底辺コラボ頑張りましょう。はい、材料並べますか」

 眉間に皺が寄ってたのに一気に表情がキリッとしたのに変わった。パンと手を叩いてやる気モードだ。

「切り替え早いなー」

 それじゃあと私はスーパーの袋から材料を取り出していくとする。めるちゃんもまな板やボウルを取りに台所の戸を開けている。

「晩飯付きで日給一万五千円ですよ。シェンさんもやるでしょ」

「絶対やる」

 買って来たと思われるテーブルクロスを広げながらそう言われると、私も悩まず頷いた。だって一日で一万五千円は、頑張っちゃうよね。


 ***


 目の前のテーブルには豚挽き肉やら小麦粉やら。細かい調味料も全部小皿に入れてズラッと並べてある。ちょっと視線を上げるとスマホのレンズが私達を見ている。簡単に作った台本通りに私は明るく台詞を言う事に。

「今日は私の地元、四川風の水餃子をみんなで作りまーす」

「ゲストはお友達のバンドマンXai(サイ)くんでーす。売れない同士コラボしようって言う卑屈な料理企画だから、もう純粋に料理の参考にしちゃってね!」

「どーもー。撮影役だったんですが、急遽ゲストになりました。……Xaiです」

 名乗る時に若干の躊躇いがあるのは『若気の至りで付けた名前を痛いと思っているが、この名前で慕ってくれる人間も居る所為で変えられないから』らしい。響きは普通だから、動画的には大丈夫だと思うんだけどなあ。あ、テロップ入れるからダメなのかな。

「じゃあまずは皮を作りまーす。そんなに時間はかけられないよ、って人は市販のを使ってね」

 小麦粉を入れたボウルを撮影用に三脚に乗ったスマホに向かって傾け、見やすいようにしてからお料理開始。

 皮を捏ねて寝かせて、餃子のタネも作って……メモを見る必要もないくらい、頭にがっつり入ったレシピを説明していく。実家で散々作ったからね、全部覚えてる。日本語がちょっとおかしいところは、めるちゃんや鈴木くんがすかさず補足してくれる。二人共付き合いが長いから流石だね!

 餃子をひたすら包む時は序盤はキャッキャしてたんだけど、中盤くらいから黙々とした作業になったから、これはカットされそうだなあ……。

 そして、私が包んだ物、鈴木くんが包んだ物、めるちゃんが包んだ物とパッと見で分かってしまうのが性格出るね。鈴木くんはケチくさくタネを少なく包んでるのに対して、めるちゃんはたっぷり包んで、偶に具がはみ出す。欲張りさんの包み方だ。

 そんなこんなで包んだ餃子を湯掻いて、その間に餃子に掛けるタレを作る。ゴマが効いたちょっと辛めのタレかな。二人も気に入ってくれるといいなあ。

「出来たー! ちょっと辛さが物足りない人は辣油とかで調整してね」

 ぷるっと茹で上がった餃子を用意してくれた可愛い深皿に乗せて、上から赤い芝麻醤をベースに作ったタレをかける。白と赤が映えるってやつかな?

「水餃子って言うから、スープに浸かってるのかと思ったら違うんだね」

 めるちゃんが感心したように、まじまじと器に顔を近づけて凄く食べたそうな表情をする。撮影だからもう少し我慢だよ!

「茹でた餃子に、ピリ辛の胡麻だれをかけるのが私がよく食べてたやつだよ。味が濃いめだからお酒飲む人にも良いかも」

 この説明的過ぎる台詞はみんなでパパッと作った台本によるもの。説明しないと視聴者の人に色々と伝わらないからね。

「それじゃあ、良い感じに盛れたところで、せーの……」

「頂きまーす!」

 三人で両手を合わせ撮影用のスマホに向かってスマイル。声も表情も明るく元気に、そしてそのまま数秒キープ……。

「ふう、いい感じに撮れたかな?」

 ほぼ同時に小さく溜め息を吐いて、肩の力が抜ければ収録は終わり。めるちゃんが三脚に乗せたスマホを手に取り、映像を確認しながら完全に素の口調で話し出す。

「そこは鈴木くんが上手い事編集してくれるでしょ」

「あんまり期待せんでくださいよ。俺が上げてる動画なんて高が知れてるんですから」

 編集作業を完全にぶん投げて気楽そうなめるちゃんに、鈴木くんはテーブルの上を片付けながら眉を顰める。けど、私達に背を向け冷蔵庫を開ける本人には伝わらず。取り分け用の小皿を配る私はちょっと苦笑い。

「折角だしビール開けようか、二人共いる?」

 何かフォローでも入れた方がいいかなあ、なんて悩んでたらめるちゃんの手には銀色のアルミ缶が。あ、これは発泡酒じゃない本物のビールだ!

「ください」

 眉を顰めていた鈴木くんの声が若干弾んでいる。お金と食べ物で態度をコロッと変えちゃうの凄く素直だなあ。そういえば、時々ビール飲みたいって言ってたね。ちゃんと『本物の』って後から付け加えて。

「ビールはキツいからやめとくよー」

 みんなお酒飲むなら飲みたい気持ちはあるけど、アルコールに弱い私にはビールは強過ぎるので遠慮しよう。

「香绿ちゃんにはグレープジュース準備してるから大丈夫」

 缶ビールとついでに出されたボトルは、飲む前にしっかり振らないと味が偏ってしまうお高い葡萄ジュースだ。いつも買おうとして若干躊躇うやつ、嬉しい!

 ビールでご機嫌、葡萄ジュースでご機嫌。私も単純な気もするけど、美味しいものの前にはみんな嬉しくなっちゃうよね。

 まだ温かそうな水餃子が盛られた大皿を囲んで、それぞれ缶とグラスを軽くぶつけ合う。そして誰かが音頭を取るわけでもなく同時に……。

「かんぱーい!」

 動画の時とは違う明るい声が重なって、それぞれが形が違う水餃子に箸を伸ばして口に入れる。もぐもぐと食べて、皮がつるっとして、タネの味も上に掛かっているタレも少し辛めでいつも食べてた味になっている。

「うん、美味しい。料理動画、再生数いったら次もやりたいね」

 私の提案にビールを片手にしためるちゃん、滑る水餃子が摘めなくて箸で刺している鈴木くんが首を縦に同意してくれる。

「次は品数増やして豪華にしちゃおうか」

「じゃあ、その時は俺もまた便乗しますかね」

 他所行きじゃない自然体の楽しそうな二人の顔を見てると、ずっとここに居たいなあって思えてきちゃう。家族の居ない国に戻っても寂しいだけだし、やっぱり私の住む場所は日本じゃなきゃダメだ。

 うーん、早く日本国籍欲しいよー。って思ってたら、何故だか隆さんの顔がふっと過ぎる。

 そういえば、隆さんにも私のご飯食べて欲しいなあ。

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