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アラウンドなんとか5

【登場する人】


・申 香绿(シェンシャンルー):アラサー地下アイドル。日本のアイドルに憧れて遥々来るが売れてない。十年弱はいるので日本語は問題ない。コンビニでバイトをしながら生き長らえている。前向きで逞ましい性格。


・アヤタカさん:若めに見えるアラフォーリーマン。食生活が不健康。喫煙者なのでもっと不健康。香绿に惚れて色々拗らせている。前回頑張ったのでなんとか付き合うまでは漕ぎつけた。顔と収入は良い主人公。


鈴木堅吾(すずきけんご):香绿が働くコンビニの同僚。売れてないバンドマン。割とまともなメンタルしている。夢ばかり追いかけても居られないと悩みながらも、インナーカラーがピンクの25歳。


今回は鈴木くん視点。

「うーわ、だっさ、きっつ。センスねえオッサンがキャバ嬢に贈る定番じゃないすかそれ。着けるんすか?」

 安価で美味しい某イタリアンレストランのチェーン店で、俺は熱々鉄板の上に置かれたチキンを切り分けながら、視線の先で揺れるハート型のアクセサリーに向かって暴言を吐く。

 贔屓目に見てもダサいわ、大きなシルバーのハートの中に石が揺れてるって。フリマアプリで叩き売られてるの何個も見た気がする。

「言われてみたら、めるちゃんも似たようなの沢山持ってたかも」

 ドリンクバーで注いだコーラをストローで啜るシェンさんが言う『めるちゃん』というのは、自分が組んでるアイドルユニットの相方を指している。あの人もアラサーでずっと地下アイドルをしているが、日本人だし要領良く生活費はキャバクラで賄ってるそうな。

 まあ話はズレたけど、キャバ嬢してる相方も似たようなアクセサリーを貢いで貰ってる模様。やっぱさっき言った通りに、あれはオッサンがキャバ嬢に贈る定番っぽいな。

「アヤタカさん、絶対シェンさんと年齢離れてるって。なんで付き合うのかマジで分かんねえすわ」

 職場で連絡先渡したところを目撃した俺は、それだけであのオッサン、通称アヤタカさんに引いてるというのに。目の前の人はそれと付き合うのを了承したって、マジかよ。

「だって凄く本気で言われたんだよー。あんなに真っ直ぐ言われたの初めて」

 ダセェそれを丁寧に渡された時のものであろう小箱にしまい、更に鞄の中へと収める。この一連の動作で分かる。

 少なからずシェンさんもあのオッサンに好意を抱いているんだろうと。俺には顔と収入は良いだろうけど、他にデカい難を抱えていそうな、所謂アレな人にしか思えないんだけどな。

「……あーそ」

 死ぬ程面白くない。自分でもなんでこんなに気分が荒れるのか分からない。奢りで飯食ってるから、まだ心穏やかに居るけども。

 はあ、それより今回の目的に戻ろう。

 数日前、シェンさんはあのオッサンに誘われて駅前の焼き鳥屋に飲みに行った。その帰り、オッサンがシェンさんの本業を把握しているような発言をしたそうな。飯の直前まではコンビニの客と店員の関係でしか無かったのに、何故か。今日はその相談として呼ばれて飯を食っている。

「確認ですけど、アヤタカさんには地下アイドルしてるって言ってないんすよね?」

 食い切った皿をテーブル脇に除けながら尋ねると、目の前でコーラのグラスを両手で握り、こくこくと頷くシェンさん。

「うん、言いそびれちゃってね。で、その後で歩いて家まで帰ろうとしたら『アイドルならもっと自分を大事にしろ』って。タクシーに乗せられちゃった」

 飲みに行った直後に女が歩いて帰路に就くって言い出したら、タクシーで帰らせたい気持ちも分かる。そこは善意で言ってるだろうし、悪い人ではないのは理解出来るんだが。

 相手が言ってない本業を何処で知ったんだ、という疑問が付き纏う。

「……何処で知ったんだ、あのオッサン。なーんか気持ち悪ぃな」

 すっかり氷が溶けて薄まった烏龍茶を一口飲んで、思考を巡らせようとしたその瞬間に、口を尖らせた文句が飛んで来る。

「えー良い人だよ。今日の奢りのお金だってタクシー代の余りなんだからー」

「は? これあのオッサンの金なの? うわーやだな」

 誰の為に頭捻って考えてると思ってるんすか、と言い返す前に嫌な情報が耳に飛び込んでくる。散々飲み食いした金の出処は、俺が勝手に気持ち悪がってる人間の財布だった。デザートも頼もうと思ったのに……やめとこ。

「そうじゃなきゃ給料日前にこんな事しないよー」

「……はあ、なんで奢るって言ってくれたんすか。臨時収入なら、ひとりで使えばよかったのに」

 苦い顔でデザートを見繕っていたメニュー表を元の位置に戻す俺に反して、シェンさんはぱっと明るい嫌味のない笑顔を見せる。

「こないだ素麺いっぱいくれたから、お返し」

 確かにこの間シェンさんに分けたな、仕送りの素麺。年に何回か、実家の母親が未だに夢を追いかけ、先の見通しの立たないダメな息子に対して食糧やら服やらを送ってくれる有難い支援物資。俺は本当に実家の方角に足を向けて寝られない。

「オカンが送ってきただけですよ。助かるけど、流石にキロ単位はどうしようもないし」

 この間は素麺が一人暮らしではどうしようもないレベルで来た。前にちょろっとシェンさんの話をした所為だろうか。同封された手紙に「お世話になってる友達にも分けてあげなさい」とあったので。まあ、実際何度も水餃子やら麻婆豆腐やら本格的な物を食わせて貰ってたし……出身地の都合上なんでも辛い仕様だったが、美味かった。

 それにしても普段のお礼のお返しって律儀だな、この人は。

「あれって高い素麺だよね、すごく美味しかった」

「地元の名産品なんですよ、素麺」

 関西では素麺で結構知れてる地域なんだが、幾ら十年住んでるっつってもシェンさんは知る由も無い。都内から出てないんだから。なので、送った素麺を食べた時は随分感動したらしい。普段買う安い素麺と違う、と。

「そうなんだ、ママさん優しいね」

「お節介な……いや、貧乏生活してる息子に仕送りしてくれる良いオカンですね」

 屈託も嫌味もない笑みを前に、嘘や謙遜など言える訳などない。偶にオトンから現金入った封筒もあったりするしな……情け無さ過ぎるわ、俺が。

「うんうん、ここで家族の事を悪く言ったら、私怒ってたよ!」

 言い方に語弊がありそうだが、要するに「ここで謙遜して親を下げる発言をしたら怒っていた」と言いたいらしい。偶にこの人は言葉が足りない。母国語じゃないし仕方ないんだろうけど。

「……シェンさんは家族思いっすね」

 手持ち無沙汰にストローで薄い烏龍茶を掻き混ぜながら、特に返す言葉も思い浮かばない俺。そんな完全に油断していたところを、背後から鈍器でぶん殴られたような衝撃がメンタルを襲う。

「うん、私はママもパパも、二人いたおじいちゃんも、おばあちゃんもみんな死んじゃって居ないから。だから家族の思い出は大事にしてるの」

「え?」

 待って、俺そんな話なんも聞いてない。そもそも前に飯作ってくれた時だって「これは私のママの味なんだよ」って明るく話してたじゃないすか。何それ、他の家族の話もさも遠くに離れてるだけです、ってノリで言ってたくせに。俺が家族の話振ったら普通に返してきてたのに。

「んー……私、えっと、天涯孤独ってやつだから。ビザが切れて戻っても、誰も居ないの」

 俺が今まで聞いたシェンさんの家族は、全員思い出の中の存在。本人は眉を下げて笑っているけど、釣られて笑う余裕なんて俺にはなかった。

 そしてずっと日本に居られる訳ではないという現実。そうだ、この人はビザが無いと日本に居られない、日本人じゃないから。

「……初耳、なんですけど」

 グラスの中身を混ぜるストローを持つ手は既に止まっている。ついでに頭の中も止まっているのか、ロクなフォローも思い浮かばず、脳を介さず喋ってる感覚だ。

「私も初めて言った。こういう暗い話、私らしくないかなって」

 この人はいつも前向きで底抜けに明るい。と、思っていただけだった。俺はなんやかんやと知った気でいるだけで……待ってくれ、やばい、視界が滲む。頼むもうちょい堪えてくれ。

「な、んで、俺に教えてくれたんですか……相方さんにくらい、伝えたらよかったのに……」

 長々とペアを組んでるし、公私とも仲が良いのは知ってる会った事があるから。天然寄りのシェンさんとは違って、しっかりした印象で悪い人じゃないと思う。

「めるちゃんもね、優しくて良い子だよ。大事な相方で大事な友達だからね」

 困ったような笑みから、いつもの明るい表情で相方の話をする姿は、今はちょっとまともに見られない。なんで笑ってられるのか分かんないし、俺はまだ普段通りに戻れそうにないし。

「私にとって、家族の次に一緒にいる人は堅吾くんだから。私のこと、最初に知って欲しかったんだ」

 あんた普段は俺のこと苗字で呼ぶじゃないすか。こういう大事な時に名前で呼ぶのはずるい。打算計算ないんだろうから、余計に胸にくる。あらゆる感情を混ぜこぜにして一言で片付けると『しんどい』に尽きる。

「嫌だったかな、ごめんね」

 マジでしんどい。情けないやら悲しいやら嬉しいやら、次々溢れる感情を大きく息を吸って誤魔化して、俺も打ち明けてくれた事に応えるべく、震えそうになる声をなんとか抑えて……。

「馬鹿。俺を勝手に、そんな重い存在に、させんでくださいよ……」

「う、ごめん……」

 相手は眉を下げて申し訳なさそうに目を伏せる。違うって、俺。毒だけ吐きたいんじゃない、本当に言いたいのはこの先だから、もう少し頑張れよ。喉まで来てるだろ。

「……オッサンと別れても、俺が国籍やるから……ビザなんか気にせず、アイドルしましょうよ」

 今言葉にして気付いたんだが、俺はどうやら売れてないながらも笑顔振り撒いたり、明るく夢を見せようとしているこの人が好きらしい。誰もいない母国に帰られると、それが間近で見られない、困る。

「えっ、それって……」

 突然の発言に今度はシェンさんが言葉を失う番。少し余裕が戻ったので、俺はにやりと口の端を上げて追撃を続ける。

「オッサンは結婚前提とか言ってたみたいですけど、別れる可能性だってあるでしょ。そしたら俺が貰ってやるって事です」

「えっ、えっ……?」

 彼氏出来たって話したところにこれって、自分でもどうかと思う。でも、今のタイミングじゃないと言えそうにないんだよな。

「日本国籍あったら、ずっと日本で活動出来ますよ」

「……そう、だけど……」

 まだビザには余裕があるのかもしれないが、いつかは訪れる現実を他人の口から聞くと、やはり気持ちは揺れるんだろう。就労ビザを更新するのも金掛かるって聞くし。

 仮に困っても、その金もあのオッサンが平気で出しそうな気もするけどさ。まあ俺は胡散臭い顔は良いオッサンの滑り止めでいいんだよ、今は。悲しい事に勝てる要素がないもんで。

「じゃ、ちょっと用事あるんで今日は帰ります、ご馳走さまでした」

 言いたい事を言い切れば、俺は強引に話を切り上げて席を立つ。奢ってくれると初めから聞いていたので、ここで逃げても何も文句はないだろう。

「あ、うん……私も、ありがと。ずっと言いたかったから、ほっとしたよ」

 肩の荷が下りたような気の抜けた笑顔。底抜けに明るいと思っていた裏で、色々悩み続けてたんだろうなと思うと胸が締め付けられる。

 そんな顔が見てられなくなって、俺は振り返りもせずにファミレスから逃げるように去る事にした。

 あの人は亡くなった家族の次に俺を慕っている。そこに下心も何も無く、純粋な親しみを込めて言ってくれたんだろう。

 それに俺は、あの人の夢と国籍を餌にしたプロポーズもどきで返した。

 ダセェアクセサリー添えてだけど、真正面から交際申し込んだオッサン。国籍なんて日本人家庭に生まれてりゃあ、ほぼ確実にみんな持ってるもん、そんなのを餌に滑り止めのようなプロポーズをした俺。

 さて、どっちがダサいでしょうか。

 そんな惨めな感情に苛まれつつも、俺の心のどっかでは「あの人を守ってやれるのは自分しかいない」とかほざいてやがる。

 事情を知らないとはいえ、無神経に家族の話をシェンさんの前で散々やってた癖に。過去の俺は、その度に家族の居ないあの人を傷付けてたんだろうか。

 早歩きで誤魔化してるけど、また目頭が熱くなって泣きそうになってきた。俺は随分と甘やかされた環境に居たんだな……。

 俺は、もっとしっかりしないといけない。


 ていうか、今回の疑問は何にも解決してないな。アヤタカのオッサンは、一体何処で地下アイドル情報を手に入れたのか。

 帰ったらシェンさんのSNSから洗ってみるか。あの人フォローされたらすぐ返すから、ちょっと面倒臭いけど……やるか。

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