明石の彼女
「少しは落ち着いたかっしょ?」
机の上に明石は尋ねながら気遣って優しくお茶の入ったカップを置いた。
何から何までこの悪友には感謝という気持ちばかりだ。
「ありがとう。少し落ち着いたよ」
お茶を飲みながら繰り返し流れ込んでくる記憶の波。
さっきまで感じていた辛さと吐き気。
お茶を飲んで悪友の優しい気遣いのおかげもあって今は消え失せているのだろう。
「どうして黙って言うとおりに監察し続けていたんだよ。言ってくれれば……」
「そうできない状況であるのは理解しているっしょ」
「町での混乱を避けるため」
彼は深く頷いた。
神前町は外から隔離された空間的な町。
隔絶された土地ともいうこの場所では無駄な混乱を避けたい。
しかも、この町の全員がすべての真実を知っているわけではないのだ。
自分たちが通う学校にも俺を監視していたメンバーは多くいたけれどもその中でも特に重要な情報を知っていたのはごく少数。
そう、俺の悪友たちだけ。
「エルフの存在を知らないって振る舞いで動いたほうがお前のためでもあったっしょ。エルフの存在がこの世界に来訪した時に俺らも最初は誰が召喚者なのかはわからなかったっしょ」
「でも、学校で俺が接近したことで判明したわけか」
「そのあとはお前さんの処遇をどうするか上が争いあったっしょ。力が元に戻ったなら危険だとか言う『革命派』が出たっしょ。でも、雪日からの情報で彼を殺さないで保護観察で置こうと訴える『穏健派』の俺たちは雄馬が自ら率先して召喚を行わなかったことを知ったっしょ」
「だからこそ、そいつが身近にいる誰かなら不用意に俺に真相を伝えずそのままにさせて監視し派閥争いにかこつけて仕掛けたやつをおびき出すつもりだったわけか?」
「申し訳ないっしょ。でも、事態は思いのほか深刻っしょ。よもや、革命派の奴らがこの世界と異世界を再びつなげ異世界侵略も考え始めているっしょ。最初は雄馬を殺して異世界へ行くだけとか思っていたのは筋違いだったっしょ」
大規模な革命運動などこの隔絶された空間の場所で行われようとするなんて思わないことだろう。
あの大規模な戦争を経験した人類が再びそんな悲惨な末路を辿る行動に出る人民があらわれるなんてこと想像できない。
でも、事実『革命派』という存在が出現した。
この町を管理していた存在たちの意見割れから始まってしまっているこの大きな戦争。
俺とイリューナが捕まれば事態はとんでもないことになるんだろう。
「あと、雄馬に一つこれも伝えておくっしょ」
「なんだよ」
「穏健派の中に裏切者がいるっしょ」
「は? それってスパイか」
「そうっしょ。俺たちの中にっしょ」
俺たちというのはつまりは良くつるんでいた悪友たちの中を意味している。
彼らの中に一人だけ裏切者がいるんだ。
「だったら、明石だって可能性もあるよな」
「そうだったら、こんなところにまで連れてきて真実を伝えたりしないっしょ」
まさに論破だ。
思わず笑う。
「冗談だ。お前じゃないことはもう信じ切ってる。大体俺に真実を話すように雪日から言伝を受けたんだろう?」
「そこまでお見通しじゃあお手上げっしょ」
明らかにここまでの流れの救出はまるでレールの上を走っているかのようにスムーズだった。
彼は事前に雪日から連絡を受けてあの付近で待機していたのだろう。
「でも、雪日はどうしてお前を信用したんだよ?」
「それは俺の彼女が原因っしょ」
「へ?」
急にとんでもないことを聴かされたように聞こえた時に、静かにどこからか駆動音が聞こえた。
突然に後ろの何もない壁に扉が出現して現れる。
「な、なんだ!?」
「あ、大丈夫っしょ。なかまっしょ」
そこから現れたのは怪我をした笹美雪日を両手に抱えた茶髪のボブカットヘアーの眼鏡をかけた制服姿の女の子。
どこかで見覚えがあった。
あの制服は自分の通う学校のモノである。
まさか、同級生?
いいや、そのまさかじゃない。同級生だ。
たしかクラスメイト……。
「紹介するっしょ。オレの彼女でバックアプフォロー担当の監視官でもある柏葉藍那っしょ」
さりげない紹介は俺に衝撃的事実を与えた。