逃亡へ
「めんどくせぇな、なんだってアタイが事後処理みたいな真似をしないとなんねぇんだっての」
入ってきた弓月迦楼羅は不満持った感情を口に出しながら、何か手に抱えていたものをこの部屋のベットに下した。
それを見た時、喉が引きつる。
おろしたのは先ほど自分たちが対峙した男の死体。
「クズ兄さん……」
「え」
隣にいる倉本がふとした言葉。
あの男は倉本の兄でもあったのをすっかり忘れていた。
その目には哀れな目を向けている。何かを悟ってるような哀れみの眼差しで彼女が迦楼羅先生の姿を
見ている。
何が起ころうとしているのだろうか。
迦楼羅先生は右手をかざすと死んだ彼の肉体に黒い煙がまとわり絡みつくようにして揺れ動く。
「なんだよあれ……」
見たこともない光景に唖然とした。
煙は彼の死体の口に入り込んでしばらくすると、それは息を吹き返したかのように起き上がったのだ。
「なっ!」
「誰!?」
思わず驚いた声を上げてしまう。
その口をすかさず倉本に塞がれる。
「仕方ないっす」
ステルスを倉本は解いて、堂々と弓月迦楼羅の前に姿を出す。
「なんだ、倉本いたのかよ」
「ここに居ては駄目だったんすか?」
「いやぁ、わるかぁねぇけどてめぇの兄貴を今傀儡にしようとしてるんだ。見たかぁねぇ光景じゃねぇのか?」
「……べつに何も思わないっすよ」
「そうかい。それなら……いいけどよぉ」
とにこやかな笑みを浮かべながら迦楼羅は倉本の肩に触れた。
倉本がその手を弾き、急に間合いを取り出した。
冷や汗をかきながら腹部を抑える彼女の姿に俺は異常さを感づいた。
「アタイをあんまり舐めんなよ? 観察報告が上がってるんだよ。先ほど、例の召喚者の家に訪問した観測員から召喚者の消息がなかったこと。現在不明らしいってことがわかってる。なのに、現場に真っ先に行ったはずのおめぇからは何の報告もないのはなぜだ? 現場にいたよなぁおめぇ」
「うまく隠したつもりだったすけどミスったっすね」
倉本が後ろ手に俺らのほうを向いた。
「今すぐ逃げるっす! ダメ――」
「逃がさないよ!」
今までに見てきたあの優しかった先生の口調と雰囲気はそこには皆無。
まるで狂気の笑みを浮かべ人を殺しにかかっている殺人鬼のような目を見せて突貫してくる。
彼女の手には黒い短剣が握られている。
その短剣が俺の目の前にまで迫ったときに光が神々しく輝きを放った。
「いでっ!」
頭に当たった何かのそれを拾い上げた。
「ゲームソフト?」
『ハーレム生活』というタイトルのエロゲーだった。
周囲を見れば自分の部屋である。
周囲はなぜか、散乱した形跡があり、何者かが侵入した痕跡がそこかしこにあった。
「そうか、戻ってきたのか」
自分たちが家に戻ったのはいいけれども、どうやってもどったのか。
その疑問はすぐに解消された。
目の前でゆっくりと立ち上がるエルフの少女の姿を見て。
「イリューナさん、起きていたのか」
「はい……。先ほどの殺意を感じ起きました。すみません、ユウマ」
「え」
「今回の一件で私が行動を起こしたせいですよね。それで……あのような……」
「いや、何を言うんだよ。元はといえば俺がお前をこの世界へ招いた原因もでかい。それに、今はどっちが悪いとか話している場合じゃない。せっかく倉本がくれたチャンスを無碍にはできない」
「いえ、あれは彼女の魔法ではなく私の魔法です。彼女は私に魔法を使う機会を与えてくれただけにすぎません」
「何? じゃあ、倉本は今あそこでまだ戦ってるのか!?」
「たぶん……」
「助けに行かないと!」
グイッとその腕をつかまれる。
「おい、離せよ!」
「どうやって助けるんですか!? 魔法の基礎も理解していないあなたがどうやって魔法使いに立ち向かうんですか?」
「それは……あの男の時みたいに……」
「妙な力を確かにあの時は出していましたが今それをまた出せますか?」
「それは……」
「保証がないならただの無謀な行動です。自殺行為と変わらないです。まずは対策を練らないとなりません。先の彼女が作ってくれた機会です」
「でも、倉本が殺される!」
焦る。
倉本が逃がしてくれなければ助からなかっただろう俺たち。
その命の恩人が危ない目にあってるのは見て見ぬことはできなかった。
「あいつは嫌な奴だ。だけど、それでも学校で馬鹿やっても一緒にいて楽しいと思える友人でもあるんだ。だから、俺は救いたいんだよ!」
「雄馬……明菜なら平気」
「雪日目を覚ましたの!?」
ふらふらした足取りで立ち上がる彼女にすかさず俺は手を貸した。
「どういう意味だよ?」
「なんとなくわかるのよ。だって、親友だから」
「でも、あんな危ない先生見たこともないぞ。そんな先生と鬼気迫る感じだったし」
「ユウマさん、私も魔法的見地の認識から言わせてもらえれば彼女は大丈夫だと認識していいかと思っています」
「イリューナ? どういう意味だよそれ」
「彼女は急所に魔法障壁を張っていました。あれほどの技術を持っているのならば命は大丈夫でしょう。それに、あの魔法の優れた戦士を手放すほどここの世界の組織はおろかなのでしょうか?」
まるで軍隊と戦う兵士のような言い分だったが事実、今の俺たちはそのような立場に立たされたといっても過言じゃないんだろう。
彼女の言うように敵の組織は情報を欲しているならば彼女を簡単に殺すことはないだろう。
でも、いずれ見つかるのも時間の問題か。
「それより、雄馬ここに居るのも危険じゃない? 迦楼羅先生がここに監査を入れたとか言ってたでしょ?」
「そういえば、そうだな。だから、これだけ荒らされた痕跡もあるわけだしな」
「急いで非常時の道具だけ持って出ましょう」
「でも、どこに身を隠すんだよ?」
「それなら、私に当てがあるわ」
と言いながら雪日が含んだ笑みを見せた。