牛乳の悲劇
額の傷を抑えながら風呂上がりの牛乳を飲んでいるとソファに座ってテレビに夢中のイリューナの存在を見つけた。
その傍らでは彼女の質問に丁寧に受け答えてる雪日の姿。
「では、この人たちは食べ物を食べて店を回って話をすることを生業としているのですね」
「正確にはそれだけじゃないのよ。まぁ、このテレビに映ってる人たちは様々な職業の人たちが映るの。まぁ、この番組のタレントさんは今はグルメコーナーの番組だから仕事であらゆる店のインタビューを酷評しているってだけなのよ」
テレビでは毎度おなじみの全国放送のバラエティー番組が流れている。
俺には何が面白いのか全くわからないのでいつもニュース番組ばかりでしかテレビを見ない現代っ子だから軽くスルーしてリビングから出ていこうとすると雪日が目を向けていた。
その目には明らかに一人残そうとしてこの場を去る俺に文句のある眼差しに他ならず渋々、食卓の椅子に腰を下ろして携帯を取りだすと学校の2ちゃんサイトを立ち上げる。
「げっ」
2ちゃんサイトには早速イリューナが原因で起こった様々な奇怪な目撃情報の嵐が掲載されていた。
空飛ぶ謎の女、廊下の壁を伝って走る蜘蛛女、変態奇怪男などなど。
一つだけ明らかに俺を指すことだったので指摘しといた。
散々な騒ぎになってることに少々イリューナの存在も危うい立場になってきたのかもしれない。
「あのー、それはなんですか?」
「え……うぉお!」
ぼうっと携帯の画面に集中していた俺の傍にいつの間にかイリューナがその身を寄せて手元を覗き込んでいた。
「えっと、携帯のことか?」
「あ、いえ、その白いのです」
「コイツか?」
どうやら牛乳に興味津々のようだった。
携帯の情報が見られることなくすみよかったと安心した。
イリューナがどうして俺の傍にと思い、雪日を探す。
「雪日は?」
「用事を思い出したらしく、上の部屋に行きましたよ」
2階にある客間のことを指しているのだとすぐに察しはついた。
電話でもあったのかイリューナを押し付けられて少々気分が沈む。
(この横暴エルフに付き合っていたら精神疲労半端ないんだが……。雪日のやつ体よく逃げた?)
ため息をつきながら、席を立ち冷蔵庫から牛乳瓶を取り出す。
彼女にそれを渡したら首をかしげる。
「どういうものなんですか?」
「飲み物だよ」
「飲み物……どうやって飲むのですか?」
「普通に包みを剥がせばいいんだよ」
俺は瓶の包装を剥がし紙蓋をとると彼女へと渡す。
それでも悩む彼女に隣で実演して見せる。
「おおっ! すごいです!」
妙なところに感動をする彼女に思わず苦笑してしまう。
たかだか、牛乳瓶一つでおめでたいと思う。
彼女も牛乳を手にして俺と同じように飲もうとしたが初めてだからかうまく飲めずに少々こぼしてしまった。
「ああ、ちょっとジッとしてろ」
台所のキッチンペーパーを使い彼女の服や床に零れた牛乳をぬぐう。
「こんな白濁としたものなのに甘くて蕩けるようなおいしさです!」
「アハハハ、男からも実はミルクが出るんだけどな!」
いつものくだらないノリで下ネタをつぶやいたのが間違いだった。
今の彼女は牛乳に夢中であった。
「え! ほんとうなんですか!」
「え……?」
「ど、どこから出るんですか! まさか、魔法で飲み物を生成できる!? そんな文明がこの世界にはあるんですか! あるならば教えてください! 食糧難がないということですよね! ねぇ!」
「いや、落ち着いてくれよ、イリューナさん!」
そのまま彼女が身を乗り出してきて盛大に彼女へと押し倒される形で倒れた。
俺は後頭部を抑えながら体を起き上がらせると下腹部に妙な感覚に思わず喘ぐ。
「な、なんだよ……っとぇえええええ!」
現場の状況に俺は思わず奇声を発っした。
俺の股間に牛乳まみれのイリューナが顔だけをうずめている姿があったのである。
周囲には散乱した牛乳。
「ちょっと、今の何……ご……と?」
一瞬にして俺は人生終了のお知らせのベルが聞こえた。
タイミングこれまた悪くイリューナが顔を上げる。
「本当でした! 男の人からもミルクが出ています!」
「あはは、それ違うからね!」
俺の必死のツッコミ空しく、雪日の怒りがMaxに達した気配だけはわかった。
「ユウマァアアアアアアア!」
「ごめんなさぁああああい!」
その日俺は心に決めたのであった。
絶対にイリューナの前では牛乳は飲まないと。