雨の中の公園で
「ちょーいてぇ」
足蹴にされた顔を押さえて俺は帰路をイリューナと幼馴染の雪日と歩く。
歩くというのか。
二人は俺という存在など、いないかのように赤の他人のふりしてかなり前のほうを歩いている。
「なぁ、二人とも」
声を掛ければ聞こえてないふりをしながら談笑して――
「そう。だから、学校は関係者以外が入るとこの町の警察っていう法を取り締まる人がイリューナを捕まえに来る可能性があるの。だから、注意してね」
「なるほど、この世界には徹底した規則があるんですね。面白いです! では、どのようにして学園のせいと?という者になれるのですか?」
「えっと、それはこの国の身分を作らないといけないからちょっと難しいかもしれないわ」
「そんな!」
「おーい、俺を除け者にして重要な話をしないでくれるかー? なぁ」
ようやく、俺の言葉に反応をした雪日がにこやかな笑顔を向けてくる。
「そういえば、イリューナさんは警察というのを見てみたくない?」
「見れるのですか?」
「ええ、可能よ。実際にまずはこの国で警察というのがどの程度の権力を持っているか把握しておくのも大切ね」
「警察とはそのように恐ろしい組織なんですか?」
「ええ。怖いわよ。なにせ、犯罪者には容赦ないから。ちょうど、すぐそこに性犯罪を犯したばかりの犯罪者がいますから実演が見れるかも」
「あのー、ちょっと不穏な会話が聞こえ始めてますが本気じゃないですよね? ね?」
携帯を片手に雪日は電話を始めた。
俺はすごい速さで彼女へと接近してその電話を奪い取ってみると携帯の画面は通話画面でも何でもないただのディスプレイ。
それどころか、その画面にはなぜか自分の写真が――
「なんで、俺の写真を画面に――ぶひゃ!」
「なにしてくれてんのよ!」
俺の視界は反転したと同時にくる衝撃と痛み。
本日二度目。
暗転まではせずと夕日が眩しく感じられる。
なんだろう、涙が出てきた。
「ちょっと、そこまで強くしていないわ! ごめん、ごめんってゆっくん」
「もう、いいさ。そうだよな。俺は変態紳士で明日からは学校でずっと怪物を犯そうとした変態といわれて幼馴染には警察に通報されてそのまま留置場。最後には刑務所の中でマッチョな黒人に尻を掘られるんだ。ああ、そうだ、そうに決まってる」
俺の心はもうだめになった。
幼馴染に止めの張り手が俺の心をへし折られた。
「あー! もう、冗談。冗談だから、そんな泣かないでよ」
雪日が俺の手を握って起き上がらせるとそのまま、体を抱きしめた。
「本当に情けないんだから」
とかいいながらも、なんだか声の抑揚が少し上がっているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「それで、雪日今のが警察というものなのですか? 警察とは技なんですか?」
「あはは、ごめんイリューナ。警察は容易に呼べるものじゃないのよ。本当に危険な目にあった時に呼ぶべきものだから」
「危険な目にですか……。では、私がそこの変態に犯されそうになったら助けを呼べば来てくれるのですか?」
「まぁ、そうね。その時の呼び方も後で伝授しておくわ」
「あのさ、慰めるかより、俺の心をへし折っていくかどっちかにしてくれないかな」
結局のところ、問題は解決したといえるのだろうか。
まぁ、イリューナの騒動で学校は大騒ぎになったとはいえ、イリューナをこっそりと連れ出すのも一苦労した。
問題は明日の学園次第だ。
「なぁ、雪日。どうせ、明日ってイリューナのことで大騒ぎになるよな」
「まぁ、十中八九そうね。第一、明日は私はどんな顔をして学校で過ごせばいいかわからないわ」
思いつめたような顔で雪日のいう言葉にはすごく共感できた。
特に俺はもう終わっているんだ。
「いや、まだ雪日は良いだろう。こっちは変態伝説にまた新たな一ページが増えたんだし」
彼女から体を離しながら立ち上がると自分の家に向けて歩き始める。
イリューナがおもむろに足を止めてとある方向に注意が向いていたことに気付いた。
視線の先にあったのは町にひっそりとある寂れた公園だ。
「懐かしいな」
「え、ああ」
今日はなるべく人目を避けての道を歩いていた。
それがまさかの偶然か。自ずとここを通るのは必然だった。
砂場とわずかな遊具があるだけの殺風景な公園。
今の時代では子供たちが外で遊ぶ習慣が少なくなっているので公園の利用率も少ないのが反映しているからか、深夜にヤンキーとかおっさんが捨てていったゴミが散乱していた。
昔はここまで汚くはなかった。
おもわず、歩いては言ってゴミを拾い始めてごみ箱に捨て始めた。
「ゆっくん?」
「思い出の場所が汚れているのはやはり見過ごせないからな」
「そういうところ、好きよ」
「なんか言ったか?」
「な、なんでもない!」
雪日のいった言葉がうまく風の音で聞き取れなかった。
俺と雪日の見てぬ間にイリューナは公園が珍しいのかあちこちの遊具を触って検分みたいなのをしている。
「あ、あのこれはなんですか!」
「滑り台だよ。そこの階段を上ってその台を滑るっていう安直な遊具。子供のころはこういう些細なことが楽しいって感じるんだよな」
俺はおもむろに滑り台の階段を上っていく。
今は高校生で体重も体格も大きくなったのでさすがに滑り台の幅はきつかった。
それでも、縮こまってすべってみる。
なんだか、懐かしさが込み上げた。
後ろからドスンと突然と衝撃を受けて前のめりにつんのめって地面に顔を突っ込んだ。
顔を上げて後ろを見るとイリューナがにこやかな笑顔を浮かべながら何か得心のいった顔をしている。
「なるほど、これは砲台ですね! ここにターゲットがいた時に上から滑って蹴り倒す! なるほど、でも、不便ですね」
「いや、話聞いてた!? 子供の遊具だから! 遊び道具だから! 武器とか戦争の道具じゃないからね!」
全くこの異世界人はとことんやることがとんでもない。
砂埃を掃って立ち、雪日の姿を探した。
公園の端っこのベンチでしゃがみ込んでいる彼女の姿を見つける。
「雪日、どうした?」
「ひゃっ! ゆ、ゆっくん!」
なんだか、驚いたような声を出して慌てている。
どうしたのか。
ベンチのところをずっと仰視していたはずで俺もそれを確認しようとしたとき、目に雪日の指が突き刺さる。
「あぎゃあああああああああああああ! 目がぁあああああ!」
「もう、見ちゃダメ!」
何も見ていないのになんで、こんな目にあうんだろうか。
今日は厄日か。
雪日は顔を真っ赤にしてシーソーの上で仁王立ちしているイリューナに丁寧に使い方を教えに行っていた。
当の俺は瞼をこすって先ほど雪日が何を見ていたのかと気になって探る。
「なんもねぇじゃん」
ベンチの足には何もない。
何を見ていたのだろうか。
「ん?」
急に空が曇りだす。
ぽたぽたと突然として雨が降ってくる。
「やべぇ!」
急いで屋根付きのベンチスペースに移動する。
「急に降ってきやがったな」
「そうね」
「おお! これは読みました! たしかこの世界にはてんこうというものが存在して空が切り替わるのですよね」
雨をみて大はしゃぎするイリューナの様子はなんともお気楽なものだった。
「異世界には雨ってないのか」
「はい、ありません。ですから、こんなに外で水が降ってくるのは珍しいです」
「おい、そんなに出たら濡れるぞ」
「もう、濡れていますから気にしませんよ!」
子供みたいに雨の中で大はしゃぎで飛び出していくイリューナ。
そのイリューナは異世界の衣装をずっと着ていたがその衣装も薄着であり、下着はないのか濡れたことによって彼女の素肌というピンクが見えてくる。
眼福もんだ。
「ゆっくぅーん」
「うぎ」
顔面がとんでもない握力によって掴まれた。
「痛いよ痛いよ、雪日さん」
「ねぇ、何度言えば懲りるのかなぁ?」
「しょ、しょうがないだろう! あんな眼福な光景見るなっていうのが無理だ!」
「何が眼福よ! 変態!」
「うっせぇー! この離せ!」
ちょっと、ばかり変態的性欲が暴走したことを心の底からこの時の俺は自重すべきだったと悟った。
なぜなら、おもむろに上げてしまった手は「ふにょん」と漫画的な擬音が聞こえそうなほどに柔らかい極上のマシュマロのような触感を手にしたのだ。
そう、それは直感的にわかった。
おっぱいだと。
「ゆっくん」
「うん、わるかった。だから、その手を顔からはなしてくれると助かる。ついでに言うと、お前が俺のほうに無理に顔を向けさせているが指の隙間からわずかにお前の濡れた裸体も見えて俺には――いぎゃぁあああああああああ!」
べきりという音が聞こえた。
俺の脳内が割れたぜ。
もう、死んだ。
そう、最初は自分の頭蓋が割れた音なんだと思った。
「まったく仕方ないんだから」
どうにか許してくれた雪日だったけど、俺の頭蓋骨は痛いままだ。
割れてないよね。
痛みに頭を押さえていれば、イリューナが急に屋根付きのベンチから出て雨に打たれ始めた。
「ちょっと、イリューナさん! 濡れるわよ!」
「アハハハ! 面白いです! 天からこんなに水が降りてくるのは見たことないです! 原理もわからない! それにこの水不思議な味がします!」
「雨水だからなぁ、普通の水とは違うんだよ」
「へぇー、おもしろいです」
本当に興味津々で濡れるのお構いなしに無邪気に子供の用に遊んでいる姿を見続けていたら俺も童心に帰りたくなった。
(正直言ってあのエルフ自分がエロい格好になっていくの気付いてないのか?)
これ見よがしに俺は眼福な光景をより近くで見るためもあって近づいていった。
「うむ、ええな」
「ゆっくん!」
「ひぃ、見てません見てません!」
「イリューナさんを止めて!」
「え」
雪日に変態的視線がバレて怒られたのかと思えば違った。
彼女の焦った視線に向いた先を見てみれば仰天した。
イリューナが宙に浮きあがっている。
それもシーソーを足場にしたのかそこから天へどんどんと浮遊しちゃっていた。
「どこの天使ですか?」
「ちょっと、馬鹿なこと言ってないの! 早くイリューナさんを捕まえて!」
「いや、捕まえてッて無理だろ?」
シーソーを足場にしてジャンプしても届かない距離にもう彼女は空まで上がっていた。
雨に打たれてる彼女は実に楽しそうにしている。
雨雲という存在を真剣に観察していた。
「原理は何でしょうか。朝とは違う色合い。この白い物体がこの水を出している?」
「おーい、バカエルフ降りてこねぇと下着がもろみえだぞー」
オレ的には眼福な光景がそこにはずっと広がっているから構わない。
しかし、それもずっと続けさせてるわけにもいかないのもある。
こんな街中で空中浮遊した人、それも人じゃない存在がいたら大騒ぎだ。
コスプレってことで通せる可能性もあるし、手品ってことで通せることもあるかもしれん。
はたまた、あのご都合主義エルフにはなんでもできうる力はあるのだ。
(その場しのぎくらいはできそうなもんだけど雪日が心配してるからなぁ)
仕方なく、手直にあった石ころをエルフの尻目掛けて投擲した。
それは予期せぬ命中をした。
あまりにもパンツまで濡れていたからってのと石が少々小さかったてのもあったのか彼女の尻の割れ目へと入ってしまった。
その衝撃にビックリした彼女は竜巻を引き起こしながら地上へと落下する。
竜巻に巻き込まれた俺は吹き飛ばされた。
「あぎゃっ!」
「ちょっと、どういう降ろし方してんのよ!」
「いや、俺の心配もして……」
雪日に怒鳴れつつも、体を起こして土ぼこりを掃う。
ゆっくりと、羞恥に顔を赤らめたエルフがこちらへと歩いてくる。
「えっと……気が晴れたか?」
「私を辱めましたね」
「いや、だってこの場所ではなんども言うが空を飛んではならなくってな……」
俺の言葉など聞く耳持たず彼女の力強い拳は俺の顔面を見事に直撃した。
後ろ目里になって倒れた俺はただこう思った。
「なんて厄日だ」
今日一日をそう思わせる出来事だった。