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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 潮騒の人魚 -虫、喰う人々。- 1

※本作には全身全霊で気持ちが悪くなる描写が書かれています。

「うーん。で、俺はこの村の住民に届けモノをしないといけないのか……」

 すっかり、最近では、デス・ウィングの運び屋をやらされている。


 村の所々には、朽ち果てた神社があった。

 片足だけの鳥居などもある。

 鳥居の残骸のようなものが積み上げられていた。


 それにしても、とても静かな村だ。

 少し離れた場所には、海岸がある。

 潮風の匂いがする。


 此処は、地図には載っていない村らしい。


 セルジュはバッグを担ぎながら、潮風で、長い黒髪を揺らしながら、村の中を進んでいった。漁村なのだろうか。海岸を見れば、小舟が点在している。


「おやあ? 貴方は…………」

 背の高い、男性だった。

 どこかしら、肉食獣を思わせるような顔で、歯はらんぐい歯のように見えた。


「わたくしぃ、ユキヒトと申します。この村をご案内いたしますね」

 男は口調は、何処か、ねっとりした印象を与えた。


「その前に私の家で休みませんか? この村に来るのにお疲れでしょう? 女房にお茶を用意させますよ」


 玄関には、とても小さな履物があった。


 座敷の中から、ユキヒトの女房が現れる。

 マトモに歩行する事が出来ないみたいだった。

 着物に包まれた姿で、電動車椅子の上に座りながら、セルジュに挨拶を行う。

菊世(キクヨ)と申します」

 見ると、彼女の足の先は、とても小さかった。


 ユキヒトの女房である菊世(キクヨ)は、纏足(てんそく)だった。

 幼い頃から、小さな靴を履かせられ続けて、足のサイズが大きくなる度に、足の骨をへし折り、ムリヤリ小さな靴へと折れた脚の先を押し込められる。


「村の風習か?」

「いいえ。我が家の……、正確には、女房の家のしきたりらしいのです。わたしは、婿入りしまして……」

「ふうむ?」

「ええっ。わたしは実は、村の外からやってきた者なのですよぉお」

 そう言うと、ユキヒトは、げひぃげひぃ、と笑った。


「ああ、そうだ。これ、お届けモノです」

 セルジュは、大型のバッグの中から小瓶を取り出す。

 その中には、びっしりと、何かの幼虫の卵が入っていた。

「貴方の住所もメモの中に記されていました。これで当たっていますか?」

 セルジュは、少しだけ瓶を気持ち悪そうに見る。


「おお、これは、これは」

 ユキヒトは本当に嬉しそうな顔をする。

「ありがとう御座います。大事に育てて、祝い事の時に、村の皆で食べます」

 ユキヒトは、とても愛しそうに瓶を撫でる。

 菊世も、とても嬉しそうな顔をしていた。


「では、ゆっくりして行ってくださいませ」

 セルジュの前に、食事が出される。

 彼は、吐きそうな気分を押さえて、丁重に断る言葉を探す。

「ありがたいですが。私はこれで、仕事が残っているので……」

 セルジュは立ち上がる。


 椀の上に乗せられていたのは、揚げたカメムシに、蛾のテンプラ。ミミズのスープといったものだった。飲みモノも出されたが、……絶対、煎じて入れているものが、ろくでもないものに決まっている……。


 セルジュは、ユキヒトの家を出る。

 そして、地図を出して挟まっている住所録を見る。


「やはり、ろくな場所じゃなかったな。此処は…………、それにしても、昆虫食かよ。虫なんて、そんなに美味いものかよ?」

 デス・ウィングいわく、太古の人類が初めて食していたものは、牛や豚の肉ではなく、昆虫だったという説があるらしい。J国だけでも、ハチの子やイナゴなどが食べられているのは有名だ。世界各地では、タランチュラのカラアゲや、ゴキブリを食べる国もあるらしい。


「この村の奴らに届けて回るのか。こいつらにとっては、ごちそう、ってわけだな……」

 そう呟きながら、彼は鼻を鳴らす。



 デス・ウィングは、最近、見つけた水族館のような喫茶店をセルジュに紹介してくれた。

 というよりも、水族館の中に喫茶店を設置してみた、という趣の場所だった。


「水の中ってのは、本当に不気味なものだな」

 彼女はサクランボの紅茶を飲みながら言った。


 天井には、巨大なジンベイザメが泳いでいる。

 右側の壁には、オウム貝がたゆたっていた。

 左側の壁には、シャチとサメが泳ぎ回っている。


 地面も水槽になっていた。

 地面には、海の恐竜、ワニの頭にウミガメのような手足をしたモサ・サウルスが泳いでいた。太古の海の怪物までが、この水族館の中では泳いでいる。とてつもなく、不可思議な場所だった。


「なんか、下からも見られているようで、気味が悪いぜ」

 セルジュは、スカートの下がそわそわしていた。

 なんとも、心地悪い。


 それにしても、地面は何処までも深い水の底が覗き込んでいた。深海の闇が顔を覗かせている。


「マジック・ミラーだそうだ。下にいる連中は、上に何があるか分からないそうだ。他の客もどうにも気になるらしいからな」

 そう言いながら、彼女は足を組む。

 彼女はズボンをはいている。

「それにしても、セルジュ。お前は男じゃなかったのかな?」

「いや、まあそうなんだけどなあ。一応、これ、ダリアの身体は女だし」

「ふうむ?」

 デス・ウィングはドライ・フルーツ入りのチーズ・ケーキを口にした。


「で、今回の依頼なんだが。なんと、複数の者達からだ」

「複数の奴らかよ? 面倒くさいな」

「向かう先は同じ場所だよ。同じ場所に住んでいる奴らからのビジネスの依頼だな。郵便屋の代わりに届けてやれ。正直、私は向かうのが面倒臭い」

 そう言うと、デス・ウィングは、セルジュに地図と大きなバッグを渡した。



 村の家々を巡る度に、ゲジゲジやナメクジなど、極めて不潔な虫が見える。ちなみに、此処の連中は、虫を喰うのが当たり前らしいのだが。ゴキブリとかウジとかも食べるのだろうか。煮付けとかにして、本当に、ゴキブリの味を小一時間語ってきそうだから、怖い。それにしても、何故、こんなにも不潔なのだろうか。何故、自分が行く場所は衛生に気を使わない人間が多いのか。世界中から悪意を向けられているんじゃないのか。……デス・ウィングからの依頼が多かった。あの女、ワザとか。


 服が汚れる。

 本当に最低だ…………。


「縁側でカタツムリをほじって、喰っている奴、見かけた。……寄生虫にやられて、死んでしまえ」

 セルジュは吐きそうになりながら、住所録を見る。

 全部で数十件の家に、何かの幼虫の卵を届けなければならない。


 栽培でもされているのか。

 養殖でもしているのか。


 それにしても、ここには、虫が多い。

 花壇を見れば、アブが飛び、モンシロチョウが花の蜜を吸っている。


 それから、塩の匂いがする。

 海岸を見れば、カニやヤドカリが多く生息している。


 地方の村、特有の閉塞感はある。

 閑散としていて、歩くだけで、気味の悪さを感じる。

 波の音がゆるやかに、耳に入り込んでくる。

 テトラポットに、なにかが漂流して、引っ掛かっていた。

 どうやら、それは人間大の魚…………、いや、上半身が人間の男のように見える、死体だ。下半身は完全に魚類のものだった。鱗と尾がある。そして大量の貝とフナムシが張り付いていた。

 ……気味の悪い、人魚の尾だな……。

 セルジュはそう呟いて。

 改めて、この村の異常性を再確認した。


 ……多分、この村の連中、……人じゃないんじゃないのか? 本当に気持ちが悪いな。

 セルジュは、住民達のリストを眺めていく。

 後、半数以上の者達に、届けないといけない。

 とにかく、家にあげる誘いは、断るようにしていた。


 ……それにしても、あの男の妻。菊世と言ったか……。纏足なんだよな、あれの作り方って、小さい頃から足の骨を砕いて、ムリヤリ、小さな靴を履かせるんだっけ。

 足を潰す理由は、何の為なのか?

 

 人魚。

 そう言えば、童話の人魚姫は人間になった時に、マトモに陸を歩く事が出来なかったような気がする。


 纏足。

 マトモに歩けない足……。

 人魚でも、作るつもりなのか。


 人魚か……。

 人魚の肉を食べれば、不老長寿になれると聞くが…………。


 セルジュはそんな風に思考を巡らせていると、次の家に辿り着いた。


 中から、歯の無い老爺(ろうや)が出てきた。


 口の中が、とても生臭い。


「よ、よう……。届け物をしに来た」

 セルジュは、そう言って手を振って笑った。

「えらい、別嬪(べっぴん)さんじゃなあぁ」


 老爺は口を大きく開ける。

 口の中は、びっしりとフジツボが生えて、ゴカイが顔を出していた。

 ちろちろ、と、大量のミミズが口の中でうねっていた。

 セルジュは彼に瓶を渡す。

「これ、頼まれたものだから…………」

 そう言って、この家から、とにかく早く離れる事に決めた。

「代金、渡さないとなぁあああぁ。お姉さん、あがってくださいなあぁ」

「先払いな筈だ。それに、急いでますのでっ!」

 セルジュはそう言うと、気味の悪い老人から一秒でも離れるようにした。



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[良い点]  昆虫食と人魚ですか。物語のテーマがユニークで面白いです!
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