CASE 不死の霊薬。-海底都市にて。‐ 2
そこは教団の地下通路だった。
セルジュとデス・ウィングは案内されながら、小声で話し合う。
「部外者に対して、内実を見せすぎている。このパターンだと俺達を不死の薬の材料にしようとするんじゃねぇえか?」
「まあ。そうだろうが。別に構わないだろ。お前なら問題無いし。何より私がいる」
「ああ。まあ、そうだな」
セルジュはデス・ウィングの事は煙たい部分も多かったが、その実力は高く評価していた。彼女に勝てる存在などいるのか。
通路の奥には、何やら部屋があった。
部屋の中には何名もの魚人達が座禅を組みながら、恍惚の表情を浮かべていた。部屋の中央には怪しげな紫の煙が焚かれている。
「此処は魂の意識と繋がる部屋で御座います。特殊な香を焚いて、彼らは魂との対話をしているのです。ご参加されますか?」
「遠慮しておくよ。他、見せてくれ」
明らかに阿片窟のそれだ。
セルジュはうんざりした顔をしていた。
巻貝は別の部屋へと二人を案内する。
次の部屋は樹木が部屋の中で咲いており、教団員の魚人達が土の中に潜ったり、花びらを身体にまとったり、植物の蔓を全身に巻き付けながら瞑想を行っていた。部屋全体は奇妙な庭といった印象だった。
「こちらは別の魂と肉体を融合させる修行の儀で御座います」
「ああ。すげぇな。桃源郷のような光景だ」
二足歩行する海洋生物達が、奇妙な植物を身に纏って何やら呪文のようなものを唱えている。セルジュはこれらの光景を理解するのを止めた。
その後。女帝の魂を呼び戻そうと様々な研究をしている部屋を見せられた。
みなで気を練っている部屋。様々な海洋生物の身体を繋ぎ合わせている実験をしている部屋。二つのカプセルを使って空間転移を使っている部屋。死者蘇生の祈りを捧げている部屋。それらは狂信的なまでに、報われない修行のように思えて仕方が無かった。
だが、信者達の眼はまごう事無き、自分達の信じているものが正しいと微塵も疑っていない、それだった。
最後の部屋に辿り着く。
「こちらは私共で保管しております」
巻貝は言う。
見せられたのは、ホルマリン漬けにされた脳と心臓だった。
代々から伝わる、かの女帝のものだという。
博物館に収められていた即身仏とは、別に保管されていたものか。
「いつか。女帝様はこの世に帰ってこられて、私達に救済を与えてくださいます。それを信じて私達は今も修行と祈りを絶やさないのです」
巻貝は笑った。
「我々の代表様とお会いしますか?」
巻貝は訊ねる。
「ああ。そうだな。是非、会いたい」
デス・ウィングが答える。
「では。次はエレベーターで施設の上の階に上がって戴きます」
巻貝は修行場、実験場と離れた別の通路に案内する。
「何故。私達にそこまで良くしてくれる? ……部外者だろう?」
デス・ウィングは怪訝そうな顔をしていた。
「それは貴方達が“女帝様”に近いお姿をしているからですよ。我々の姿とは違う。ですので、是非、私達の方でも、貴方達とお話がしたいのです」
巻貝はじゅるじゅる、と、口元の触覚を動かしていた。
二人はエレベーターに案内されて、上の階へと向かう。
セルジュは小声でデス・ウィングに耳打ちした。
「結局。不死の霊薬を求めた悪女様は博物館に飾られていたし、今でも霊薬を研究していたのはおかしなカルト宗教じゃねぇか。この場所に不老不死の薬なんてねぇよ。もう帰ろうぜ」
セルジュは本当に嫌気が差していた。
金にならなかった事が腹立たしいといった顔だった。
無駄骨程、嫌なものは無い。
此処に来るまでの間、余計な費用を使ってしまう。
「まあいいだろ。私は楽しい」
「俺は楽しくねぇえよ」
デス・ウィングは無駄に好奇心が強い。
長く生きているからか。少しでも暇潰しの材料が欲しいのだろう。
セルジュは彼女のそんな部分を、煩わしく思う事が多い。
エレベーターは五階で止まった。
二人は巻貝に案内される。
中は絢爛豪華なカーペットが敷かれており、ウツボや熱帯魚などが泳いでいる水槽があった。水槽の中は美麗な珊瑚がうごめいており、煌びやかな印象を与える。
部屋の中央には、魚の頭部をした男が机を前に置いて椅子に座っていた。
魚の種類かタイか何かだろうか? よく分からない。聞いても仕方が無い。
「わたくしはこの教団の代表であるチンムタイと申します」
タイのような頭の男は入ってきた二人に対して、うやうやしく挨拶をする。
「貴方達はこの街に。この教団に何でも不死の霊薬について聞きに来たという事で」
「ああ。でもまだ作れていないみたいだな」
セルジュはざっくんばらんに言う。
「はい。不死に至るには、それを求め続けた女帝様のお力がいる」
「女帝か」
「さよう。女帝様は天空から我々を見守ってくだる。全ての迷える者達への救済を残してくださったのですよ。我々は女帝様の残した文献を下に、不老不死へと至る修行を続けるのです」
教祖はにこにこと笑っていた。
「そうか。ありがとう。話を聞けて楽しかったぜ」
セルジュは少し冷ややかな表情をしていた。
デス・ウィングも腕を組みながら、首を横に振った。
†
「やっぱり収穫らしいもの無かったじゃねぇか」
セルジュは腹立たし気に言う。
「まあそう言うな。交通費くらい出すさ」
デス・ウィングは薄ら笑いを浮かべていた。
彼女にとっては適度な暇潰しになったのだろう。
街の入り口の辺りに来ていた。
「何か追ってきたぞ」
セルジュは振り返り、警戒する。
それは巨大な空飛ぶサメだった。
ネオンライトに照らされながら、空を浮遊している。
空飛ぶサメは、二人に向かってきて、二人をまとめて飲み込もうとしていた。
「なんだ。目障りだなあ」
デス・ウィングはつまらなそうな顔をしていた。
デス・ウィングは人差し指と中指とくっ付けて、まるで銃のように向ける。
すると、巨大な空飛ぶサメに何かが命中して、サメは全身が切り刻まれ、粉微塵になっていく。後には血しぶき飛び散らずに、地面にシミが出来上がっていた。
「狙われているなあ。私達」
デス・ウィングはあまり興味無さそうな顔をする。
彼女の絶対的な力に敵うものなど、そうはいない。
「みたいだな」
空を見ると、まるで戦闘機のように空飛ぶサメが二人に向かって突っ込んできていた。
デス・ウィングは面倒臭そうな顔をして、指先を弾く。
すると。サメ達がこちらに到達する前に全て粉微塵に刻まれて、空中の藻屑と化していった。
「さて。帰るかな」
デス・ウィングは鼻を鳴らす。
「ああー。やっぱお前連れてきて正解だったわ。しかし、なんなんだ? なんで俺達は襲撃された?」
「十中八九。あの教団からの刺客だろうな」
「腹立つなあ。なんで、俺達を狙った?」
「さあ。だが、おそらくは連中は私達の“姿形”に興味があったんだろう」
「何の為に?」
「あの施設の内容を見てれば人体実験だろうな、加えて生体解剖。私達が生きていようが死んでいようが私達の肉体が欲しかったんだろう」
デス・ウィングは鼻で笑う。
彼女は人でありながら、人の肉体で構成されていない。
だがセルジュの場合は違うので、かなり不愉快になった。
「腹が立つな。連中ぶっ殺してくるかな……」
セルジュは懐にしまってある、得物を握り締める。
「ああ。お前がそうしたいなあ。それよりも先に、私は連中が隠していた教団の敷地内にある、廃棄物処理場の方が見たいな。さっき、教団の窓の向こうから見つけたんだ」
「何だ? それは?」
「ああ。おそらく。連中にとって部外者には隠しておきたい場所なんだろうな」
「探すか……」
結局、タダ働きは続きそうだった。
2
教団施設の奥にあった有刺鉄線の柵で覆われた廃墟のような場所だった。
二人は柵を易々と乗り越えて、中を探索していく。
何てことは無い岩肌などが続いていたが、途中、ある奇妙なオブジェを見つけた。
それはまるで、グロテスクなクリスマス・ツリーのようにも見えた。
人間と魚人。魚人の中の様々な種類の者達……深海魚や貝、タコ、イルカ、あらゆる生き物達が一本の木の中に移植されて、融合しながらもがき苦しんでいた。
明らかに完全に発狂しているのか。意味不明な奇怪な音を出し続けている。
もはや、涙なのか何なのか分からない液体を、顔中から垂れ流していた。
よく見ると、そのような木は何本もある。
彼らに語り掛けようにも、既に知性が無いのか、あるいはやはり完全に発狂しているのか、まともに会話をする事は不可能だった。
「……何者か知らないが。此処の侵入者なのだろう? 早く連中に見つかる前に出ていった方がいい…………」
セルジュとデス・ウィングの二人は、ボロ布をまとったナマズのような顔の魚人に声を掛けられる。その魚人は何か疲れ果てた声音をしていた。
「この木はなんだ?」
セルジュは訊ねる。
「ああ。これは教団の連中の理念に逆らった謀反者……人身御供として喜んで身を捧げた者達……。そして、さらってきた外の者達を縫い付けて、一本の木にしたものだ。樹木は何百年も生きるだろう。彼らは樹木となって、不老不死へと近付いていった者達だとされている。教団では生ける偶像のようなものだ」
「私達も彼らの一部にされないように、早く逃げろって事だな」
デス・ウィングは訊ねる。
「そういう事だ」
「お前は此処で何をしている?」
デス・ウィングは訊ねる。
「私はかつて、謀反者達のリーダー格だった。教団内で不死の実験に意を唱え、挙句、教団の最大なる禁忌。博物館にて、この国の歴史として飾られている悪女のミイラは、実は、外から来た者達ではなく、複数の魚人の遺体の“外の者達に近しい姿の部位を切り取って、接合したまがい物”である事を告発しようとしたからだ。そして、私の仲間は木にされて、私はこの流刑地で永遠の見張り役を与えられる罰を喰らっている」
老人は悲しげに言う。
「…………。つまり、頭だけ魚の奴の首から下と、上半身が俺達で言う処の“人間”で下半身が魚の奴の“人間の部位”を切り取って、縫合したミイラが悪女様のミイラって事か?」
セルジュは訊ねる。
「左様。ちなみに教団内にある悪女の内臓も“偽物”だ。本物の悪女なんて、この国に存在しない」
その魚人はくたびれたように言った。
「お前は身体が不自由なのか?」
セルジュは訊ねる。
「罰を受けた。私は両脚の腱と両腕の腱を切られ、不自由な四肢で生涯、この場所を仲間の成れの果てを見守る罰を受ける事となった」
とても哀しそうな声をしていた。
「そうか」
セルジュは胸糞悪そうな顔をしていた。
デス・ウィングは楽しそうな顔で、醜悪な姿の樹木を眺めていた。
更に奥に進んでみる。
すると。そこには巨大な塔があった。
大量の魚人であった者達の死体であろうか。
死体は石と融合して、そびえ立っていた。
巨大な塔は天を目指していた。
この街は巨大なドームによって覆われているので、いずれ上空にある天井に突き当たる。もし、天井を破れば、大量の海水がこの街に流れ込むのだろう。まるでこの塔は、この街のドームという保護を壊そうという意志があるかのようだった。
かつて、海の中に漂っていた魚人達の先祖。
聞く処によると、陸に上がり、もはや海では生きられないのだと聞いた。
あの教団は、何を思って、不老不死を求め、何を思って、天空のドームへと届かせようとする塔を積み上げようとしているのか。
……個人の、いや、ある種の集団の狂気に関して、理解しようとしても仕方が無い事はとっくに分かっている。
「なんか。胸糞悪ぃな」
セルジュは、ぽつりと呟いた。
そしてセルジュは帰り際に、あらゆる樹木を自らの力で処分して周った。
デス・ウィングなら、秒で粉微塵に出来たのだろう。
だがセルジュには、それだけの力は無い。
セルジュは懐から取り出した剣の鞘を抜いた。
鞘を抜くと、刃の代わりに三つの頭を持った犬のような怪物が現れる。犬の怪物は、樹木で生き続ける彼らを喰い殺して回った。
全部で二十六体もあったので、かなり骨が折れた。
デス・ウィングは大欠伸をして、セルジュに言う。
「此処にやってきた他の教団の連中。相手にするのも面倒臭いから、細切れにしてやったぞ」
デス・ウィングに優しさなんてものは無い。
ただ、面倒臭いからやっただけだろう。
「……助かる」
セルジュは言った。
†




