CASE 月光浴‐幽霊船の残骸‐ 1
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所謂“魔界”や“闇の世界”と呼ばれる怪物が犇めく土地であるのだが、それなりに此処を拠点に活動している生物や人間も多い。
白骨山脈の真下には屍峠があり、そこには毒の沼地が存在する。
沼地の向こう側を渡ると、濁流があり、やがて海まで続いている。
奇妙なまでに、ねじれにねじれた空間が存在し、異空間が無数に重なりあっていて、異空間を渡れる首無し騎士のこぐ馬車や骸骨鳥の気球などによって異空間を渡り歩く事が出来る。
そして、今回、セルジュがイリーザを誘ってきたのは浜辺だった。
フナムシが岩場から這い出てきた。
白骨死体をヤドカリやらカニやらが漁っている。
潮の香りに様々な異臭が混じっている。
カモメのような鳥が、浜辺に打ち上げられた死骸を啄んでいる。
「お前、幽霊ダメなんじゃなかったっけ? よく付いてきたな?」
「うーん。迷ったけど、今回は宝石探しなんでしょ?」
「そうだな。この辺りの貝から取れる真珠を採取しに来た。その真珠は青や翠とか、まあ、海のような色に輝くらしい。貝の場所は、此処に住まう幽霊達が知っているって、話だ。誰か話せそうな奴がいるといいんだがな」
「私も欲しいー」
イリーザは相変わらず躁状態で騒がしかった。
空には巨大な満月が輝いている。
この辺りは難破船が大量に漂着している。いわば、世界中の船の終着駅みたいなものだ。昼は存在せず、二十四時間、一年中、満月の光によって荒廃して朽ち果てた船が見える。砂浜には無数のゴミが打ち上げられていた。海に住む恐竜の化石のようなものまで、砂浜には埋まっていた。
「世界各地のあらゆる文明の残骸が漂着しているんだな」
セルジュは鼻を鳴らす。
太古の時代、生命は海より生まれたのだと言われる。
そして、此処は文明の残骸が広がっている。
「何か、船の中にあるかな?」
「目的はそこじゃないが。まあ、情報収集は必要だよな」
二人は散らばった難破船の中へと向かった。
亡者の悲鳴が、何処からともなく響き渡っている。
難破船の残骸の中に入る度に、世界各国の衣装を纏ったボロボロの服の幽霊達があてもなく徘徊していた。
「ねえ…………。この人達に言葉って通用しないわよね」
「まあ…………。いつも通り、行き当たりばったりの情報収集だよな。しかし良かったなイリーザ、いい加減に幽霊に慣れて…………」
「まあ。危害を加えないなら、少しは……………」
そう言いながら、やはりイリーザは少し震えているみたいだった。
イリーザは殺人犯なのに、お化けが怖い。
むしろ、殺人犯だから幽霊とか怨念といったものを本能的に怖がるのか。セルジュは彼女の心理が良く分からない。
いくつか、陸に漂着した難破船の中を見た処だった。
倉庫のような場所だった。
何か大量の気配を感じる。
先ほどまで見てきた幽霊達と違って、明らかにセルジュに対して反応を示していた。
「おやおや。これはこれは久しい顔だな」
ピンク色のロリータ・ファッション。
ゆめかわ系の絵が描かれた日傘を手にしている。
眼の下にはドス黒いクマがある。
穏やかなカラーリングのファッションと比べて、その全身からは禍々しいオーラを放っていた。
†
「…………。プリム・ローズか? ……死んだと思っていたんだけどな」
「俺の事を覚えてくれていたのか。久しいなあ、いつぶりくらいだろうなあ」
互いにニヒルな口元が歪む。二人共、顔見知りだった。
セルジュは身構える。
イリーザは少し困ったように左右に首を振る。
「俺はイカれた連中と違って、テメェのような頭のおかしなタイプの奴はしっかり覚えているんだよ。何で、此処にいる」
「…………。それは俺が死んだからさ」
桃色のロリータ服を纏った少女に見える少年は、くるくると身体を回転させる。
「え。そえば、男なの」
「ああ。そうだ」
「男の娘って奴?」
「男娼だな。生きていた頃、普段は男受けする服……そうだな、女物のランジェリーなんかを身に付けて、変態のクソ男共にケツを差し出していた」
プリムは暗い表情になる。
その瞳はこの世界全てを深く憎悪していた。
「そういえば。此処、売女の臭いがするんだけど、臭い、臭い、ビッチ臭いっ!」
イリーザは辺りを見渡す。
何者かの気配がゲラゲラ、ゲラゲラと笑っている。
生首が飛んでいた。
手足の欠損した少女が二人を見て笑っている。
「聖書におけるレギオンって奴か。つまり、それはそういう存在、悪霊の集合体みたいなものの一部になったらしい」
プリム・ローズの影は長く伸びて部屋全体の影と溶け合っていた。影の中から大量の眼や口が現れて、哄笑を続けている。
「あたしはユーリシャ」
「私はルヴィス」
女の生首達が嘲り笑いの声を上げ続ける。
他の女達も口々に何かを囁き、笑い転げていた。
「しかし。何で、またこんな幽霊船に?」
「この辺りは世界中の幽霊が流れ着いている。船の漂流地であると同時に、幽霊達の漂流地だ」
「あー。道案内を頼めるか?」
セルジュは親しげに訊ねてみる事にした。
眼の前にいる顔見知りながら、何か、この場所の情報を詳しく知っているかもしれない。
「セルジュ。なんなの? こいつ」
イリーザは少し不快そうに、セルジュとプリム・ローズの間に割り込む。
「お前と同じ猟奇殺人犯だよ。サイコキラー。シリアルキラー。お前のお仲間」
セルジュは少し嫌味っぽく言う。
「まあ。そのガキ、俺と同じ匂いがしていたからなあ。沢山、殺してきただろ。お前、快楽殺人犯だろ。分かる、分かる。俺もそうだったから」
プリム・ローズは日傘を開いて、くるくると回す。彼はイリーザを見て笑っていた。
「なあ、俺はずっと普通の人生に憧れていた。ガキ、お前はどうだ?」
「そう。私にとって、そもそも普通とかマトモとか分からないから」
イリーザは少しプリム・ローズに対して不快感を示しながらも、感情を抑えているみたいだった。イリーザは勝てない相手に挑まない。慎重なコミュニケーションを取る……。
「貴方の得物は?」
「俺はそうだな…………」
プリム・ローズは両手を少し動かす。すると、大量の岩が宙に持ち上がった。そして勢いよくそれを遥か遠くに投げ飛ばす。
「重力を操れる異能力を持っている。応用で人間の喉の気道を塞いで、ロープも何も無しに絞首刑にする事が出来る」
「私はこれかな」
イリーザは髪留めを取る。暗器の刃物が飛び出してくる。
「知っている? 人間は麻酔無しで生きながら解剖される時、どんな悲鳴やどんな命乞いの言葉を吐き出すのか」
「そうか。趣味悪いんだなぁ」
プリムは鼻で笑う。
イリーザは少し不機嫌になる。
「標的は?」
プリムは質問を変えてきた。
イリーザは、にんまりと笑う。
「ビッチとか、私、同性が嫌いなのかも。ビッチ見ていると、無性にムカムカしてきて殺意を覚えるの。クソ袋に見える」
「…………。俺は男を沢山、多く殺したかな。意味があって殺しもしたし、意味も無く殺しもした。中年のでっぷり脂がのった奴が特に嫌いだった。女なんて下の口に吐き出す為の肉袋だと考えている親父とか嫌いでな。知っているか? 十階以上の高さから、人間を墜落死させると、肉も骨も内臓も潰れたカーペットが生まれる。人間はこんなに堆積が詰まっていたのかってなあ」
「それは凄く面白そうだけど、刃物はよく使う?」
「道具としては、あまり使わねぇかな」
「んー。残念ねぇー。会話が噛み合わない」
「同族嫌悪になるよりマシじゃねぇのか?」
「まー。なんか貴方、不幸自慢しそうな臭いがプンプンするし、私と真逆のタイプなんよねぇ」
「お前のなんだろうな。その底なしの明るさは」
「あんまり考えずに生きているからかも」
「お幸せな人生なのか。俺とはまるで違うな」
「これでも幼少期に両親惨殺されて、意味不明な家庭環境で育っているんだけどねぇー」
「そうか。親は好きだったか?」
「……………。好きだったと思う。あんまり想い出せないけど……」
「そうか。俺は親がクソだったからなあ」
セルジュは二人の牽制のし合いの会話を聞いていて、少し面倒な気分になっていた。
「あー。あー。心の闇に満ちた会話を楽しんでいる処、物凄い悪いんだが。何かヤバそうなのが見えてきたぜ。おい、プリム。俺達はこの月の沈まない浜辺で、月のような光を放つ真珠を探している。知っているか?」
セルジュは本題の話をする。
プリム・ローズはセルジュの話を聞いて、笑った。彼もイリーザとの会話を終わらせたかったみたいだった。
「船を動かしてやるよ。その真珠なら知っている。此処から見える“大海原”を渡った土地にしかない。この大陸の向こう側の大陸にあるんだ。ただ、海原には、大海蛇達の巣窟だ。俺が船を漕いでやるから、数時間で目的の場所には辿り着けると思うぜ」
プリムは了承してくれた。
セルジュは下手な口笛を鳴らす。
「おお。持つべきものは友だな。じゃあ、さっそく頼むぜ」
「ああ。此処から少し離れた場所に、まだ動かせる帆船がある。それを使って、海原を渡る。この辺りの海岸から見える、ずっと向こうにある漁村の辺りに、その真珠を生む貝がいる。大陸同士の間を船で渡らないといけねぇな」
「そうか。ありがとう」
「まあ、俺が渡し守になってやるから、気楽にしておいてくれ」
プリム・ローズの瞳に、少し底意地の悪いものが光っているものをセルジュは見逃さなかった。




