表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
54/60

CASE  城下町‐ザクロの果実‐ 3


 夜だった。

 闇に紛れて、何者かが街を走り去っている。

 ニンジャと呼ばれる連中か。諜報員みたいなものか。

 三名はニンジャの動きを追いながら、見つからないように心掛ける。


「最上階は六階か。殿は六階で寝ておる。六階には窓がない、従って、五階から侵入するしかない。場合によっては、それより下の階からか」

「連中の兵隊と戦う確率は?」

「8割方、避けられんじゃろうなあ。殿の寝室には間違いなく護衛がおる」

「まあいい。さっさと始末しようか」

「あのさ。あれ、登るの?」

 イリーザは困った顔をする。

 外壁は一階に付き、十数メートルはある。周りの木を使って跳躍して飛ぶにしても、二階の瓦屋根までしか登れないとイリーザは言う。

「分かったよ。俺がお前、背負う。荷物も持つから」

「えっ、やったー!」

 イリーザは飛び跳ねるように喜んでいた。


「まあ。それよりもだ」

 セルジュは土蜘蛛から地図を渡されて、面倒臭そうな顔になる。

 城は本丸と呼ばれていて、そこに至るまでに庭を通っていかなければならない。イリーザを除けば、セルジュも土蜘蛛も常人離れした身体能力があるので、最短距離で人に見られずに本丸に侵入する事に問題は無いのだが。侍や忍者といった連中が、どれだけの戦力なのか分からない。特に隠密行動をしている忍者はやっかいな相手である事がセルジュには分かる。


「イリーザ、置いていくか?」

「私も行く! 私も役に立てる。足手まといにならない!」

「まあ。いいけど。人質とかなったら、見捨てるからな」

「それでいい」


 城の壁は石垣作りで出来ている。

 比較的、その場所は登りやすそうだ。

 城の周りには、水が溜まっている掘りなどがあるが問題なく跳躍で飛び越えられるだろう。地図を一通り見た後、セルジュはイリーザの背負っているクマのバッグを手にする。……重い…………。体重が重めの人間、一人分くらいはある。

「悪い。土蜘蛛、俺、イリーザ背負うから、こっちは持ってくれ」

「なんじゃのう。主、筋力が無いのか?」

 土蜘蛛はクマのリュックサックを軽々と背負う。

 その後、もう少し侵入経路を三名で話し合った後、城へと侵入を試みる事にした。

 

 城の敷地内に入ると、さっそく何やら影に紛れて動く者達が三名を追い始めていた。追い付かれないように、迂回したり、物陰に隠れながら影達を撒いていく。

 本丸に差し掛かり、三名は外壁をよじ登っていく。

 三階の屋根瓦まで辿り着いた処だろうか。

 セルジュに背負われているイリーザは、心なしかとても嬉しそうな顔をしていた。

 屋根の上に何名かの黒装束に覆われた者達がこちらの様子を窺っていた。

「イリーザ。頼む。俺達は先に五階に行く、連れ戻すから」

 殺人犯の少女は土蜘蛛からクマのバッグを受け取る。

 イリーザはバッグを漁っていた。

 何やら、おそらく毒を塗っているであろう、星型や細長いナイフのようなもの投げ付けられてきたが、セルジュは全て両腕で叩き落した。投げ縄のようなものも投げ付けられたが、土蜘蛛が腕だけで引き裂いた。

 その間に、イリーザは準備が整ったみたいだった。

 彼女はバッグの中から、藁人形と五寸釘と金槌を取り出す。

「じゃあ、私、あいつら呪うね? 呪いに行くね!」

 そう言うと、イリーザは藁人形一式を手にして黒装束へと突撃していく。

 普通、藁人形に五寸釘は、深夜、怨敵の髪の毛や爪などを使って遠くから呪うものなのだが、イリーザは直接、黒装束の額に藁人形を押しあてると。

「呪いの効果、思い知りなさい! これが古より伝わる由緒正しき呪詛よっ!」

 とか、叫びながら、藁人形を通してガンガンガンガン、相手の頭蓋に五寸釘を金槌で打ち付けていた。頭蓋骨に穴が開き、脳漿が額にあてた藁人形にこびり付く音が聞こえる。

 古色蒼然とした、伝統芸能のごとき丑の刻参りを、イリーザは遠距離による呪詛ではなく、直接、標的の頭に打ち付ける事によって、呪いの成就を全うするのだった。“呪詛”の効果によって、標的の血と頭蓋骨の破片と、脳漿が周囲に飛び散っていく。

「やるのう、小娘」

「頑張ってな」

 セルジュと土蜘蛛は五階まで跳躍だけで駆け登る。

 三階の屋根瓦では、イリーザが片っ端から迎え来る的に物理攻撃で、これが由緒正しき呪いの儀式よ、と喚きながら、藁人形を使用していた。頭に直接、五寸釘と金槌で藁人形が突き刺さった黒装束達が次々と本丸から落下していく。

 黒装束達……所謂、忍者達は、何とか反撃しようと試みていたが狂乱を行うイリーザの方の敵では無いみたいだった。

「あいつ。人間相手には本当に強気だな」

 セルジュは少し呆れながら、五階に辿り着いた。

 窓がある。所謂、木の格子になっていた。窓ガラスみたいなものが張られている。中から鍵は掛かっているみたいだったが、簡単に壊す事が出来た。

「さて。入るか」

「セルジュ」

 土蜘蛛が呟く。

「分かっている…………」

 セルジュは振り返る。

 月明かりの下、四メートルはあるであろう、巨大な黒装束を着て頭から角を生やした大男が右手に棍棒を持っていた。顔は口は裂け、眼は見開いている。これが鬼、か。化け物は棍棒を一振りする。城の外壁が大きく崩れた。セルジュと土蜘蛛は化け物を相手にせず、壊した格子窓の中から城の中へと侵入する。

 壁を破壊する大きな物音が城全体に鳴り響き、セルジュ達の方へと向かってくる気配があった。

 人影が幾つもある。

 甲冑や鎖帷子を纏い、剣や鎖鎌、刃の付いた手裏剣と呼ばれる投擲武器を持った兵隊達だった。所謂、侍やら忍者やらと言った処だろうか。

「一気に駆け抜けるぞ」

「ああ。儂が一網打尽にする」

 セルジュは懐に仕舞っていた小刀で、辻斬りの要領宜しく、一番前にいる刀を持った人物の腹を切り裂いて、そのまま走り抜ける。土蜘蛛は天井へと向かって何かを投げ付けていた。

 天井から、真っ白な糸が降り注いできて、現れた者達を拘束していた。


「さて。この要領で行くか」

 土蜘蛛は言う。

 しばらく離れた後、何やら背後から謎の咀嚼音が遠くに聞こえてきたのでセルジュは振り返る。

 糸に拘束されながらも、侍や忍者達は、セルジュが切り裂いた男の腹の部位に無心に腕を伸ばし、歯を突き立てて貪り喰っていた。腸が引きずり出されている。その瞳は血の臭いに反応しているかのようだった。

 セルジュは彼らを見るのを止める。

「同胞の肉でも喰うのか?」

「じゃな。奴らはもはや、人ではない。人の肉を喰らい続けて人ならざる者となった“鬼”じゃからのう」

 六階へと向かう階段に辿り着き、登る。

 この先に殿がいるのだろう。


 途中、新たな侍や忍者達が現れるが、土蜘蛛が次々と糸で拘束していく。

 二人は六階へと辿り着く。

 襖が開き、何者かが玉座に座っていた。

 土蜘蛛いわく、天守閣と呼ばれる場所らしい。この場所から街一面を見渡せるのだと。

「本丸御殿としても使われておる。まあ、殿の仕事場みたいなものじゃな」

 土蜘蛛は淡々と玉座へと向かっていく。

 玉座には帳が下りており、中にいる人物はよく見えない。

 土蜘蛛は帳を引き剥がす。


 中には煌びやかな黄金色の着物を着た少年が座っていた。

 まだ十代前半と言った処か。

 少年は二人を見て、少し戸惑っていた。

「なんぞ、くせ者か……?」

 少年は戸惑う。


「百年、二百年以上生きている男だ。住民の農地や家畜を奪い、人の肉を食料とし、人ならざる鬼や奇形となった者達を作ってきた男じゃ。不死の願いに取り憑かれ、身体は若返りを繰り返し、老いずにいる」

「まあ。分からないけどなあ。倫理観とかってのは」

 セルジュは懐から、亜音速の速さでナイフを投げる。

 殿の脳天にあっさりと突き刺さっていた。

 殿はブクブクと口から泡を吹いている。

「あっけなかったな。帰るか……?」

「いや。お主は先に帰れ、儂がやる。お主では勝てん」

 土蜘蛛はセルジュを後ろに下がらせる。


 少年は全身がミイラ化していく。

 ぎょろり、と、ミイラ化した身体の眼球がくるくると回った。

 ミイラの身体から沢山のコブのようなものが生まれて、少年の頭のようなものが生えてくる。それは大量の芋虫や蛆虫のようにも見えた。遠目に見たら、歪な珊瑚礁にも見える。

 土蜘蛛の方も全身を変形させていく。

 土蜘蛛の右腕が二つに分かれ、巨大な蜘蛛の姿へと変わっていく。

「怪獣大決戦でも始めるのか?」

「下がっておれ。儂も醜い姿は見られとうない」

 グロテスクな珊瑚礁の身体にいつの間にか、びっしりと小さな大量な小蜘蛛が張り付いていた。小蜘蛛は珊瑚礁の体内に潜り込んで、その血肉を貪り喰らっている。


 セルジュは帳の外へと出て、五階へと続く階段を降りた。

 土蜘蛛は巨大な何かへと変貌しているみたいだった。


 轟音と、しゃりしゃりしゃりしゃり、と、奇妙な咀嚼音、何かの破壊音が続いている。

 セルジュは新たに現れた、侍達の相手をせずにS字に走ったり、天井の梁に飛び乗ったりして逃げ続ける。五階の窓へと辿り着いた。外には巨大な鬼がいる。セルジュは巨大な化け物も相手にせずに、三階へと飛ぼ降りると、ボンナイフを振り回しながら敵の喉を裂いていって、返り血を浴び続けているイリーザを拾う。

「逃げるぞ」

「どうするの?」

 イリーザはクマのリュックサックを拾っていた。

「宿に戻る。宿の主人に俺達が身バレしているなら、さっさと外に出る」

 セルジュは懐から紐で編んだ銅貨を取り出す。

「もし、何かあったら通行門から出られるように、あの女から渡された。今更、通行門を出入りしても仕方無いと思うんだけどな」

 そう言うと、セルジュはイリーザを抱き抱えて地面を跳躍していく。

「やだー。セルジュー、そこ触らないでー。心の準備がーっ!」

「うるせぇーよ。お前、それよりリュック捨てろよ。マジで重いわ。これで殴って人殺せるだろ。ふざけやがってっ!」

 背後から何やら異形達が追ってきたが、イリーザが包丁やら奪った手裏剣やらを投げて追跡者を撃退していた。

「お前、あの程度の化け物くらいには勝てるんだな」

「…………。セルジュ、私の事、小馬鹿にしてるでしょ…………」

 庭の辺りに着地した時、天守閣が爆裂して瓦礫が落下していく光景が見えた。



 結局、城に侵入したクセ者の正体は見当たらず二人は宿で過ごした。

 二人で刺身料理を食べた後、部屋でスイカを切りながら城の辺りが燃えている様子を見ていた。


 通行門の神社で、通行証明書となる銅貨を見せた後、二人は難なく外に出た。

 イリーザの着物から血の臭いが漂っていたが、宿の主人には転んで擦りむいたと言い張っていた。主人は不信感を覚えていたが。洗濯所を貸してくれたので、洗って夜の間に乾かしていれば何とか血の汚れを落とす事が出来た。

 宿を出て、街を出て、それから荒廃した村を出た。


「土蜘蛛が戻ってこなかったら、金貰えねぇな」

「今時、郵便振り込みとかじゃなくて、現金とかは痛いわよね」

「古代とか、数百年前の貨幣とか渡してこねぇだろうな。あのボケババア。……まあ、鑑定で高値で売れればいいんだけどな」

 二人は電車を待っていた。

 イリーザはスマホをがちゃがちゃ弄りながら、無課金ガチャ回したらレアキャラが出たとはしゃいでいた。

 正午を過ぎてから電車は来る。

 後、十五分くらいか。


「またせたのう」

 赤い着物を着た童女の姿が現れた。


「なんだ。くたばって、重労働の給料未払いかと思ったぜ」

 セルジュは気怠そうに言った。

「それで。あの街はどうなるの?」

 イリーザはスマホゲームに熱心で土蜘蛛の話どころではなさそうだった。


「さてな。ついでに精肉所もぶち壊して、精肉所の責任者の首も落としてきたから、どうなるかは分からんが。まあセルジュ、お主の言う通り、あそこの仕組みは何も変わらないじゃろうなあ。一度、ザクロの味を覚えた者達は、もう元には戻れん」

「ふん。自己満足の権化が」

 セルジュは冷たく皮肉っぽく笑う。

 イリーザは課金しようかと、真剣に悩んでいるみたいだった。


 桜が舞い散る。

 土蜘蛛は何処からか取り出した唐傘を手にして、桜吹雪を避けた。

 遠くの森は紅葉だった。イチョウがはらはらと落ちていく。

 しばらくして、電車が来る。

 三名の異界の旅路が終わりを告げる、汽笛の音が鳴った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ