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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE  城下町‐ザクロの果実‐ 2


 一つの部屋に二人分しか入れるスペースが無かったので、別々の部屋を取った。

 温泉はあるらしいが、セルジュは部屋の中にあるシャワールームを使う事にした。

 イリーザと土蜘蛛は隣の部屋だ。

 正直、イリーザ相手にベタベタされるのも嫌だったし、ババア、ババア言っていた土蜘蛛と仲良くなってくれると仕事の上で助かる。

「お主。外は女じゃが。中身は男じゃろ」

「まあな。イリーザやお前は気にしないからもしれないから、俺の方が気にするんだよ」

「ふむ。最近の男児はオナゴに耐性が無いのか。まあ、男女で分かれる場所はあるからのう」

 土蜘蛛もその辺りを配慮してくれた。


 窓には風鈴が飾られている。

 窓の外を見るともう夜だ。

 何処からか蝉の鳴き声が聞こえてくる。鈴虫だろうか? セルジュは和国の育ちでは無いので判別が付かない。あるいは二種類の虫が鳴いているのかもしれない。

 遠くに和国の城が見える。

 殿と呼ばれる存在を暗殺するのには、あの城へと入らなければならないのか。

 土蜘蛛いわく、武者や忍者といった兵隊が殿の身を守っているらしい。詳しくは無いが、伝承によれば忍者は忍術と呼ばれる奇怪な術を使い手裏剣と呼ばれる投擲武器を投げるらしい。侍は和国の甲冑を着て刀を振り回す。騎士みたいなものか、とセルジュは理解する。


 夜食を用意させたのだが、そもそも城下町では人の肉を食していると聞かされている。此処は。それが当たり前の風習だ。人の肉は通称・ザクロと隠語で呼ばれているらしい。

「ザクロは使わないでくれ。鳥鍋辺りが食べたい」

 そう宿屋の女将に言っていた。

 

 土蜘蛛とイリーザは先に広間へ向かっていた。

 二人とも部屋着だった。

「なんだよ。先に風呂入ったのかよ」

 セルジュは着替えていない。赤い着物の中が汗ばんでいる。

「まあのう。お主は窓際で涼んでおったじゃろう」

「まあな。というか、この辺りの配置を窓から確認していた。出来れば、二階ではなく、四階、五階の部屋から周辺を見ておきたかったんだがなあ」

「ほう。見上げたプロ意識じゃな」

「まあな」

 テーブルの上に鍋が置かれている。鶏肉や山菜といったものが皿に入れられていた。出汁としてゴマや醤油を使うらしい。デザートには羊羹が出るらしい。

「さあ、喰うか」

 土蜘蛛は鍋に具材を入れていく。

 イリーザは鶏肉を口に入れて舌が火傷したと騒いでいた。

 セルジュは黙々と鍋を口にしていく。

 土蜘蛛は酒をよく飲んでいた。

「ブドウから作る奴か、麦から作る奴をたまに飲むな。その酒は何から作るんだ?」

「米から作っている。これは辛めだな。五橋と言う酒らしい」

「ふーん。少し飲むぞ」

 セルジュの空の湯飲みに土蜘蛛が酒を入れる。セルジュは酒を口にする。セルジュは微妙そうな顔をした。

 鍋を食べ終わると、デザートには羊羹の他にぜんざいも付いてきた。イリーザはぜんざいに入っている白玉が気に入ったみたいだった。

 食べ終わった後、椀が下げられる。

「じゃあ。道中はお疲れじゃったな。今宵はもう寝るか」

 そう言うと、土蜘蛛は二階へと上がっていった。

 セルジュは着替えずに、そのまま街の周辺を探索する事にした。……逃げ場の確保、あるいは襲撃の為の経路を一通り覚えておきたい。

 一時間程してセルジュは宿に戻る。

 階段の途中で、ひそひそと話し声が聞こえた。

 何やら二人で話しているみたいだった。


「…………。そうかお主にとって、特別な感情なのか」

「私。幼い頃の記憶が無いのよね。トラウマになっているんだと思う」

「私の育ての親が私の生みの親を殺したのは知っている。私の育ての親は元軍人か何かで連続殺人犯だった。地主やっていた私の両親のお城を襲ったんだけど。何の気まぐれか私だけは殺さなかった。私の育ての親は城を自分好みに改造した後。私に殺人術とか拷問術とか教えたの。ちなみに私は小学校も行っていない」

「倫理とか道徳観とか、人を殺してはいけないとか、人に共感するとかって何?」

 イリーザは物哀しそうに言う。

「私はずっと古城に住んでいたから、他の人達の考えが分からない。古城には育ての親が何処からか拾ってきた”頭のおかしい”化け物みたいな人達がいて、私はもっと世の中の人達から感性がズレていったんだって、セルジュに教えられた」

「そうか。お主にとって、セルジュは特別な存在なのか」

「うん……。私がおかしい事をしていたら、おかしいって言ってくれるから。口が物凄い悪いけど」


 セルジュはしばらく聞き耳を立てていたが、野暮な感じがして、すぐに自分の部屋に入って歯を磨いで寝る事にした。シャワーは必ず音が出てしまうので、寝間着に着替えるとすぐに横になる。物音を立てずに襖を開いたり、着替えを済ませたり、布団を敷く事は出来る。

 ……なんだよ、イリーザの奴もあれで色々、悩んでいるんだな。

 夜風が部屋の中に入り込んでくる。

 セルジュはそのまま、眠りに付いた。



 深夜の事だった。

 セルジュは窓の外の視線を感じて、周辺を探る。

 瓦屋根の上で、闇に纏う黒装束の男達が、こちらを窺っているのが分かった。

 ……ニンジャという奴か? それにしても、俺達は明らかに余所者として警戒されているな。

 今の処、襲撃する様子は無い。

 明らかに様子見しているといった処か。

 もっとも、今回は殿の暗殺が目的だ。

 どちらにせよ、戦闘になる筈なので相手の動きを把握しておきたい。

 セルジュは考えた末に、疲れを取る為に眠りに戻る事にした。

 

 翌朝、シャワーを浴びて、赤い着物に着替える。

 イリーザはイビキをかいて眠っていて、土蜘蛛は彼女が起きるのを待っているみたいだった。


 朝の空は晴れ渡っていた。

 壁の向こう側に地獄絵図の景観が広がっているとは思えない。

 夕方に見た時よりも、改めて見回すと街は小綺麗だった。


「今日は貯蔵庫に忍び込むぞ。城に入り殿を討つ前に見て貰いたいものがあっての」

 土蜘蛛は街の外れにある、貯蔵庫という場所に向かうと言った。

 街には商店街のようなものがあり、八百屋や茶屋、金物屋などがあった。

 街からどんどん離れて、少し人気の無い場所だった。

 桜の花と、紅葉が同時に混ざっていた。

 地面には薄桃色の花びらと、赤茶けたイチョウの両方が散っている。

「この辺り、特に街の者に見つからんようにな」

 土蜘蛛がそう言う。

 しばらく歩くと、大きな木造りの家がした。

 酷い悪臭が漂っていた。

 人間の体臭の強烈な臭いだ。

 建物には天井裏から忍び込むようにした。

 外壁をつたって、三名は天井裏から中を見下ろす。



『貯蔵庫』。


 それは精肉場だった。

 豚を解体するような道具などが置かれている。

 人間が生きたままひき肉にされて、皮や腸を使われてソーセージになっていく。

 断末魔の声が鳴り響いていた。

 番号を付けられて肥え太らされた人間達が飼育部屋に入っている。

 この中には元々、食料として育てられた者もいれば、人語を介する者もいるみたいだった。

 人語を介する者は”身売り”にされたり”村への流刑”以外の処罰を受けた者達だと聞いた。

 まるで執拗な虐待を美徳とするかのように、肉となる人々に対しては慈悲を与えない。

 安楽死をさせる事もなく、生きながらにして腹を裂かれ、牛刀で身体をナマスにされている者達もいた。

 人々の苦痛が強い程に肉が旨くなるのだという俗説が此処では信じられているのだという。

「この城下町に住む者達はな。みな、人では無い。鬼なのじゃよ」

 土蜘蛛は無感情な声音で言った。

 骨や内臓、他、排泄物などの使えない部分は肥料にするのだと言う。

 精肉場の近くには桃の木があった。

 成っている桃を見ると、まるで模様が人間の苦悶の表情のように見えた……。


「土蜘蛛。お前は何がしたい? どうしたい?」

 セルジュは無感情で冷徹そうな表情を浮かべて訊ねる。

「この街が嫌いなのか? 此処の文化が。此処の権力者の首を落として何か変わるのか?」

 セルジュは色々なものを見てきた。

 暴政を行う権力者を殺せば、その国や文化が良くなるわけではない。

 人々はこれまでの文化、生活、生き方以外のものを知らず、後任の人間が新たな権力者になるだけだ。

「さてな」

 相変わらず飄々とした態度だった。

「一応、言っておくけどなぁ。たとえば、誰かの為に何かをやっていても。結局、自分の心の拠り所の問題を解消したいだけなんじゃないのか」

「儂は、そう見えるか?」

「いや。何となく思っただけだ。お前の事だけじゃないからなぁ」

 セルジュの言葉を聞いて、土蜘蛛は少し顎に手を置いて考えていた。

「まあまあ。セルジュ。私達は人殺したら、この女から金が貰える。それでいいじゃない?」

 イリーザは深く考えていないみたいだった。

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