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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 氷雪の魔城 ‐アイス・ドラゴンの棲家へ。‐ 3


「レイスを囮にして、採掘して帰るか」

 セルジュは仲間への思いやりを一切捨てて、計画を練る事に決めた。


 洞窟の別ルートを上へ上へと登っていくと、外に出る事が出来た。

 もっとも、猛吹雪の為にこのまま出るわけにはいかない。

 ウェンディゴ達も襲ってくるだろう。

 レイスの”呪い”は幽霊とかも喰らうらしいが、果たしてセルジュの攻撃が雪の亡者達に効くのだろうか。

「奥の手は持っているんだが。動物愛護の精神が目覚めてからな。なるべく、自然の生き物は殺さずにしたいんだよな。ヴィーガンとかも目指したいし、まあ、俺、肉大好物だけど」

 セルジュはアイス・ドラゴンを見ながら、直感的にまず勝てないだろうと踏んだ。


 ウェンディゴ達を始末したレイスは、いずれ、アイス・ドラゴンに辿り着くだろう。

 ドラゴンがレイスを襲えば、その隙に鉱石の採取を行えばいい。


 案の定、しばらくしてドラゴンの雄叫びが鳴り響いていた。

 レイスとドラゴンが今、戦っているのだろうか。

 地響きがする。


 セルジュは戻ろうとすると。

 大きな雪崩が起きる音が聞こえた。


 別ルートから行った出口は雪崩で塞がれた。

 雪で洞窟内が埋まらなかったのは運が良かった。

 下の方では、苛烈な戦闘を繰り返しているのが分かる。

 それに伴い、轟音で雪崩が続いていた。

 セルジュは元来た道を下っていく。


 樹氷に覆われたアイス・ドラゴンが、何やら、レイスの生み出した、

 黒い狼達と戦っていた。


 狼達はドラゴンの皮膚を破るが、一向に気にしていないみたいだった。

 レイスは目的の鱗が手に入ったと、はしゃいでいたが、

 明らかにレイスはこのままだとドラゴンに喰い殺される未来が見えていた。


 ドラゴンは口から氷のブレスを吐き散らしていく。

 洞窟内が氷漬けになっていき、温度が急激に下がっていく。


 セルジュはドラゴンがレイスと彼女の召喚する怪物達に眼をやっている隙に、

 洞窟の壁や天井をつたって。目当ての鉱石を採掘する事にした。

 鉱石は亀裂を入れると、ぼろぼろと、剥がれ落ちていった。

 専用の鞄一杯に詰め込むと、セルジュはその場を離れる事にした。


 見ると、ドラゴンの全身がバラバラに破裂したかと思うと、

 今度は蛇のような体躯へと再構築されて、洞窟の細い道を通過していった。


「ありゃ。俺では絶対に勝てないし、仲間も助けられないわ。悪いな、レイス。帰ったら、お前の遺影作っておくわ。せいぜい、山の亡霊となって彷徨ってくれ。鎮魂の為に、雑貨屋で線香花火でも買ってきて、作った遺影に花火の火花をぶちまけるから」

 セルジュは淡々と呟くと、すぐに天井の氷柱をつたって先ほどの道へと戻る。

 地響きがなり、洞窟全体が崩れいく音が聞こえてきた。

「あれ。線香って、線香花火じゃダメだったっけ? それとも、十字架に祈るか? 十字架ってどう使うんだっけ? 聖書を破りながら暖炉にくべて、魔界の神に祈るんだったっけか? クトゥルフの邪神とかに。忘れたわ。葬式の仕方」

 セルジュは独り言を呟きながら、考えていた。

 この状況を打破する方法をだ。

 まず、自分の目的は達成した。

 なら、後は下山すればいい。

 状況の最適解と思える判断を下す事にした。



 とにかく、猛吹雪で体力が奪われない事と雪崩に巻き込まれない事。

 後はドラゴンの怒りに巻き込まれない事、亡者や雪の狼男達に襲撃されない事。

 問題は山積みで、日光を待っている暇は無かった。


 セルジュはリスクを取る事にした。

 身体能力は普通の人間を遥かに超えているので、かなりの軽業をこなす事が出来る。


 そして、ドラゴンに襲撃されたり雪崩を回避するリスクを考えたら…………。


 セルジュは小人達の村を目指した。

 いつ、連中の変身が解けるか分からないが、狼男のセオリーとして、夜明けと共に変身が解ける。

 それまでに逃げ切るか、返り討ちにすればいい。


 登るのはともかく、降りるのは比較的簡単だった。

 もっとも、常人なら降りる方が危険を伴うかもしれないのだが。

 木々につかまりながら、雪崩が起きていない隙を見て、ナイフで壁面を刺しながら下山していく。しばらくして、ノームの集落が見えた。

 狼男のように変身したノーム達は、集落に帰ってきているみたいだった。

 それぞれ、熊やトナカイ、鳥や、サーモン、山菜といったものを手にして戻っているみたいだった。釣り堀にいる、巨大ウーパールーパーは大喜びをしていた。……あの両棲類が、本当の集落の長なのかもしれない。

 セルジュはしばらくの間、茂みに隠れる。

 しばらくすると、日光が登り始める。

 すると、白い毛皮の狼男達は元の小人の姿へと変わっていく。

 セルジュは茂みから出てきて、手を振った。

 小人達は、悪びれもせず、何事も無かったかのようにセルジュに手を振った。

 元々、本当にセルジュ達を襲うつもりは無かったのかもしれない。

 早とちり、というものは良くない。


「何か、轟音が…………っ!」

 ノームの一体が、叫んだ。

 激しい雪崩が襲い掛かってきた。

 同時に、巨大な氷の翼を生やした蛇のような姿へと変貌したアイス・ドラゴンが集落へと迫ってきた。セルジュの安全地帯を探して、即座に行動を起こした。……釣り堀。セルジュは全力疾走して、釣り堀の中へと飛び込んだ。案の定、身を隠す場所には最適だった。…………。セルジュは頭だけ出して様子を見る。雪崩がすぐに迫ってきていた。再び、潜水する。巨大ウーパールーパーは善人もとい善獣なのか、セルジュの盾になってくれた。雪崩が集落全体に降り注ぎ、そして、アイス・ドラゴンが口から氷結の吐息を吐き散らしながら、しばらく暴れ狂った後、天へと昇っていった。

 後には、大惨事となった集落と、アイス・ドラゴンの剥がれた鱗が雪上に転がっていた。


「さてと。帰るか。レイスはあの世に行ったし」

 セルジュがそう呟いた直後……。

 雪の中を掘り進めている音が聞こえた。

 まるで、ドリルのように回転させながら、巨大な鋏が雪上から二つの刃を付き出す。

 鋏は元々、ドラゴンの鱗を剥ぐ為に持ってきた物だったらしいが。

 明らかに、違う用途で使っていた。

 勿論、ドラゴンの鱗を剥ぐ事にも使ったのかもしれないが……。

 レイスは生還していた。

 服がズタボロになって、全身、打撲で出血しながらも微笑んでいた。

 彼女は、セルジュを見つけると、嬉しそうな顔をしていた。

「さてと。私の目的は達成したし。そっちはどう?」

「ああ…………。目当ての鉱石は採掘出来た」

「じゃあ、帰りましょう。麓の村で温かい郷土料理のスープが飲みたいわね。ニンジンに牛スジのたっぷり入ったシチューもいいわっ!」

 

 セルジュはレイスの生存を確認して、遺影制作のプランが潰えた事に軽く失望した。



 ノームの集落はグチャグチャに潰れて、大半の家々が損壊したらしいのだが……。


 小人達はアイス・ドラゴンの鱗を売りさばいた為に、結果として集落を拡大化させる事が出来たらしい。

 近々、麓との交通網として、ロープウェイも作られるそうだ。

 美味しい料理が調達しやすくなる為に、レパートリーが増えると喜んでいるみたいだった。

 ちなみに、セルジュが採取した鉱石は少し質が悪い為に入りが悪かった。

 本当は、鉱石のある壁面を掘り進んで、深部にあるより鈍く赤黒い輝きを放つものがより高く売れるらしいのだが。

「でも、まあ。一応、しばらくの間、生活費に困らないから苦労しないか。貸し切りの温泉巡りでもしたかったんだがなあ」


 セルジュは腹いせにレイスの写真で作った遺影に、線香花火の火花を押し付けていた。

 ちなみに、山の洞窟でセルジュとレイスが採取した死体の一部は、物の見事にウェンディゴへと変貌した。セルジュが二束三文で売った、死体の一部を必要としているカルト教団は、蒸し暑い砂漠の地域に聖地を持っている為に、ウェンディゴ達は項垂れて、教団の地下で鬱症状をこじらせているらしい。

 雪山の幽霊を砂漠に連れていくと、一気に弱体化するんだなあ、とセルジュは感慨深げに思うのだった。

 

 ちなみに、レイスは雪山の死体の一部を家に持ち帰った。彼女の家は、じめじめしている為に、元気いっぱいのウェンディゴ達との共同生活が続いているそうだ。雪山の亡霊は賑やかにレイスを死後の世界に引きずり込もうとしているが、レイスはその度に、スプーンを亡霊の頭に突き立てたり、自身に取り憑いている呪いで撃退しているそうだが、一向に成仏しないらしい。山の神の怒りに触れた者達は、永遠に苦しみ続けながら、山を離れてもその苦痛から逃れる事が叶わないのだろう……。


 レイスは新しい同居人との新生活が楽しいと、スマホで文章を送ってきた…………。



セルジュはレイスもイリーザにもムカ付いているから、アタリが強い。

デス・ウィングにもムカ付いている。


イリーザは可愛げがあるのと、デス・ウィングはビジネスを斡旋してくるので。

まだ対応がマシだが。

レイスは割とマジで嫌い。

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