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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 氷雪の魔城 ‐アイス・ドラゴンの棲家へ。‐ 2


 何やら、小人達の変貌が始まっていた。

 彼らは全身が膨張していき、次々と服を脱ぎ捨てて奇形の体躯をした大男へと変わっていく。変身した姿は、白銀の毛皮の狼男のように見えた。


 みなで狩りの時間だ。狩りの時間だ、と騒ぎ、喚き散らしていた。

 二人は窓から小人が巨躯の怪物へと変わっていく姿を見ながら、小人版狼男なのか、と囁き合う。

「俺達、ハメられたのか……?」

「いや。多分、夜になると変身するんじゃないんの? もしかすると、本人達も自覚していないのかも」

 小人達は納屋から棍棒や斧などを手にして、周囲を徘徊し始めた。彼らの瞳には理性が宿っていないように見えた。

 自分達は見つかれば、間違いなく食料として襲われるのは分かり切っていた。

 怪物化した小人達は、次々に山の獲物を見つけては中央広場に置いていった。白熊やトナカイなどが生きたまま引き裂かれている。血の臭いが漂っていた。

 セルジュ達の判断は正しかった。

 怪物達の背後に回り込みながら、荷物を持って素早く集落を後にする。

 鼻がよく利くのか、あるいは物音に反応したのか、怪物の一体がこちら側へと向かってきた。案の定、二人を真夜中の御馳走にする予定だったみたいだ。セルジュは懐からナイフを取り出して怪物の眉間へと投擲した。

 怪物が怯んでいる隙に、二人は集落を取り囲む崖の所々を跳躍していく。

 しばらくして、追手の気配は消えた。

「何とかなったな…………」

「でも、寝床を失ったわ。残念。充分な睡眠を取れていない」

「洞窟を探そうぜ。とにかく、体温が奪われるのがマズイ」

「早く見つかるといいわね…………」

 辺りは風が吹き荒れて、吹雪が吹き荒れていた。

 時間が経てば、確実に体温が奪われていく。

 幾ら人間離れした肉体を持つ二人とはいえ、遭難してしまえば命の危険を伴うだろう。

 

 何やら獰猛な怪物の雄叫びのようなものが聴こえてくる。

 小人が変身した者達とは違う、影のような姿をした、別の怪物らしき者達が二人を観察しているみたいだった。この山で呪いを受けた悪霊“ウェンディゴ”だろうか。小人達の話と姿が一致している。永遠に人肉や死肉を求める罰を受けた者達なのだと。

「襲われたら、困るわね」

「早く、洞窟を探さないとな」

 二人は氷の壁面を刃物を突き立てて登っていく。

「ああ、しかし、寒いな。本当に寒い。此処、零下何度だ? 普通の人間だったら凍死しているか?」

「凍って、指先から壊死が始まるのよね。凍傷で手足が無くなる事例も多い。

他にも、体温調節が分からなくなって発狂して全裸になって踊り狂うんだって」

「嫌な事を言うなよ。自分達の身に降りかかっているんだぞ」

「事実じゃん。眠ったら死ぬわよー、セルジュー。眠ったら死ぬ―」

レイスは少しふざけているようにも見えた。

 氷壁の壁面登りを疲労で迂闊に、失敗しない為の軽口だろう。

 セルジュも何やら軽口を返そうと考えが、思い付かない。

 数十メートル以上は登った処だろうか。頂上に辿り着いた。

 黒い影のようなものは、二人を下で見張っていた。

 辿り着いた場所にも気配を感じる。無視する事にした。


 洞窟があった。

 巨大な氷柱が怪物の口のように見える。

「ラッキーね。中に入りましょう」

「だな」

 二人は洞窟の中へと入る。

 影達は悔しそうな声音で戦慄いていた。



 洞窟の中には人間の死体が転がっていた。

 氷漬けで原型を留めている者もいれば、ミイラ化している者もいる。白骨化している者もいた。見た処、みな、死んだ時期はバラバラみたいだった。

 荷物を降ろして、寝袋を取り出す。

「彼らの死因は何だと思う?」

「…………。餓死かもしれんな」

「あるいは、別の何かのせいかも」

「まあ。分からねぇな」

 セルジュは一応、死体を漁って悪趣味な人間に売り付ける為に、骨や歯などを抜いていく。近年、頭のおかしい宗教が蔓延っている為に、不慮の事故で亡くなった人間の死体から死者蘇生や不老長寿、神に等しいエネルギーが手に入るという教義の為に、死体が必要らしい。特に雪山はパワースポットなのだそうだ。手慣れているもので、すぐに終わった。……もっとも、余り金にはならないだろう。目指すは、この山にあるとされる赤黒い鉱石だ。

 

 セルジュが死体からの採取を終えて隣で寝ていると、レイスもゴソゴソと死体漁りをしていた。セルジュの触っていない、所謂、状態が悪過ぎて売れないと判断した素材だ。それを見て、レイスは愛おし気にしている。

「欠けているわね。ホント、欠けている。この子は欠けている」

レイスは狂っている部分がある為に、セルジュは彼女の奇行を余り気にしない事にしている。何が欠けているのか、それはレイスの頭の中を覗かないと分からない。

「この子は歯が六つも無くて、肋骨が三本も無いわ。食べられたのかしら? うんうん……」

レイスはズタボロの寝袋に包まれた白骨死体を抱き締めていた。

「この子、連れて帰れないかしら? でも重いわね。荷物になる…………」


 セルジュはレイスの独り言が面倒になったので、一応、聞いてみる事にした。


「おい。ドラゴンの鱗を剥ぐんじゃねぇのかよ? そもそも、何で、そんなもの欲しいと思ったんだ?」

「あら? 起きていたの? この山の頂上に住むアイス・ドラゴンの鱗はね。鱗が樹氷のようになっていて、ボロボロに朽ちかけているように見えるのよ。鱗の一枚一枚を見ると、ヒビ割れていて、所々が欠損している部分もあって美しいの。一枚、せめて何名かはコレクションしたいの」

レイスはうっとりとした表情をしていた。


「そうか。そっちに専念する為に寝てろよな」

 セルジュは寝袋に包まる事にした。

 レイスはなおも、なおも死体を漁っているみたいだった。

 高価なエメラルドの御守りが出てきたと喜んでいた。


 体感として、ノーム達の集落を出たのは夜中の十二時頃。

 この洞窟に辿り着いたのは、夜中の二時を少し過ぎた頃だろうか。

 二、三時間は眠った。

 洞窟を見ると、未だ吹雪は止まない。それ処か酷くなってきている。

 レイスも寝袋の中で寝ていた。

 セルジュが目を覚ましたのは、何者かが洞窟の中に近付いてきた事だ。ざっざっ、と、足音がする。狼男化した小人達の足音は覚えている。小人達では無い。だとすると…………。


 影に覆われた化け物達が洞窟の入り口に入ってきた。

 彼らは影の中から、全身の姿を現していく。

 彼らは朽ちかけた眼鼻の無いゾンビのような姿をしていた。

 身体の所々から、肉や白骨が露出している。

”ウェンディゴ”と呼ばれている者達だろう。

 彼らの一体が洞窟の外にあった、樹木に触れた。

 すると、樹木は見る見るうちに枯れ木へと変わっていく。

 生命力を吸い取っているのだろうか。


 セルジュの判断は早かった。

 寝袋を脱ぎ捨て、レイスを見捨てて洞窟の奥へと向かう事だった。

 セルジュは寝袋に包まって、すやすやと寝ているレイスを放置して洞窟の奥へと向かった。なるべく速足で、なるべく遠くへと。

 ウェンディゴ達は、次々と、レイスへと飛び掛かっていく。

 その柔らかい血肉を生きながらにして、貪ろうと…………。

 突如、寝ているレイスの影の中から、何者かが大量に現れる。

 それは、狼の姿をしていた。

 狼達は、次々と、雪の亡者達を喰らっていく。

 レイスもまた、呪われていた。

 レイスはかつて魔女とされて、呪いを受けた。

 その際に、大量の狼の姿をした悪霊のような者達に取り憑かれた。

「うううううっ。レイスー、レイス―、お父さんはお父さんは、レイスを守らないといけないよおぉおぉぉぉおぉぉおぉぉおおぉぉぉおぉ」

 狼のようなものが涙と涎を流しながら、雪の亡者の頭部を丸齧りしていた。

 セルジュは巻き込まれたくないので、この場から逃げたのだった。

 しばらく、狂乱は続いているだろう。

 関わらない事に限る。


 セルジュは洞窟の奥へ向かっていくと、地底湖のような場所に出た。

 大空洞だった。

 綺麗に氷柱が天井から伸びている。

 

 洞窟内の壁を見る。

 写真で渡された目当ての鉱石があった。


「ああ。これか。『ダークレッド・オブシダン』の結晶は」

 此処に来た目的のものを見つけた。

 売ればしばらくは生活が出来る。


 問題はだ。

 レイスの目的であろう、アイス・ドラゴンとやらが鉱石を守るように鎮座して地底湖内に寝静まっていた。

 正直、戦って勝てる自信は無い。

 全長、二十メートルを有に超えている。

 全身が氷のような鱗で覆われていた。

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