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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
49/60

CASE 氷雪の魔城 ‐アイス・ドラゴンの棲家へ。‐ 1

特にホラー要素が殆ど無い、普通のファンタジーになってしまいました。

セルジュとレイスのコンビを楽しみくださいませ。



 年中が活火山である氷山である『アイシクル・インフェルノ』。

 雪崩が多く、遭難者も多い。

 傍らには、赤ずきんのレイスがいる。

 彼女もこの場所に目的があってセルジュに付いてきた。


 山の麓には風車が幾つも回っている。

 人間らしきものはいない。

 時折、花火のようなものが上がるのだが、狼煙なのか何なのか。

 この辺りには小さな村があるのだが、人影は無かった。

 聞いた話によると、妖精や精霊の類が住んでいるらしい。


 レイスは、錆び付いた巨大鋏(きょだいはさみ)を背中に背負っていた。

 セルジュはレイスの新たな得物を一瞥するが気にしない事にした。

「針と糸も持っている。うふふ……。セルジュ、もし怪我したら言って。身体が欠損したら、縫って、そう、縫ってあげるから」

「あー。ありがとうよ……」

正直、この異常者は連続殺人犯であるイリーザよりも会話が出来ない。


「とにかく。山登りは危険らしいな。一応、バッグに必要なものを入れてきたんだがなあ」

「うふふっ。まあ、大丈夫でしょ」

山登りには遭難の危険が伴う。

二人はウェアの上にコートを羽織っていた。ザックの中にはピッケルやゴーグル、寝袋や携帯食など色々なものが入っている。

「で。今回の目的は何?」

「ああ。いつものように、死体だよ。山で遭難した奴の遺品。出来れば、身体の一部を回収してこいってよ」

「なに? 慈善事業?」

「違ぇよ。悪趣味な奴らに売れるんだよ。それから、山頂付近にある年中赤く輝く黒い石を採取して、取ってくる。まあ、こっちがメインプランだな。死体回収はオマケだ。金にならねぇし。お前は?」

「アイス・ドラゴンの鱗を剥いでくるわ」

 レイスはくくっと笑っていた。

 今回の得物である巨大鋏は、竜の鱗を切り裂いて剥ぐ為に持ってきたものらしい。普通の長い刃にもなる為に、臨機応変に対応出来る狩猟具なのだそうだ。

「ドラゴンか。やべぇな。別行動取らせて貰うわ」

 セルジュは鼻を鳴らした。

 そうして、二人は氷山へと登った。



 山を登っていると、山で亡くなった亡霊達の悲鳴が木霊していた。

 所謂、スノーモンスターと呼ばれる白銀の樹氷が山の途中に広がっていた。樹氷の所々に、何やら得体の知れない影のようなものが徘徊している。

「明らかに俺達を遭難させようと狙っているな……」

「この山で死んだ死者達でしょうね」

 二人は淡々と亡霊達を無視する事に決めた。

 やがて、風が吹き荒れてくる。

 氷山で怖いのは寒さでも飢えでもなく、風だと聞く。

 セルジュもレイスも常人ではない身体能力を持っている。……普通の人間なら耐えられない状況も耐えられる……。

「だが。こんな足場も天候も悪い場所なら、断然、フリだぜ。化け物の類に襲われたら」

「なるようになるわよ」

「お前はそうだろうがな」

 セルジュは溜め息を吐いた。吐く息は白い。ふと、何か幻聴のようなものが聴こえる。それは歌のようだった。子守歌のようなものが耳に流れ込んでくる。怪異の類か。そう言えば、この山を制覇しようとした者達は数多いが、帰ってきた者は殆どいないらしい。故に、此処で取れる山菜や鉱石、動物の毛皮の類は貴重品として裏のルートで売られる。

 

「セルジュ。あれ、何かしら?」

 レイスは人差し指を付き出す。

 何やら集落のようなものがあった。



 氷の地面がガラスのように輝いていた。

「専用の靴を穿いていなければ、滑るわね」

「まあ。頭打ったらヤバそうだよな」

 セルジュはタダでさえ頭おかしい人間が、余計にアタマ打っておかしくなってしまう、と軽口が喉元まで出かかったが止めた。……レイスは何というか、こういう冗談が通用しない。

「それにしても、一体、どういう人達が住んでいるのかしら?」


 どうやら、此処は集落になっているみたいだ。

 小屋が幾つも建てられていた。

 小屋には小人達が住んでいた。

 まるで小さなサンタクロースのような外見をしていた。

 彼らは自身の白髭の形を口々に自慢していた。


 小人達は二人を快く歓迎してくれた。

 ちなみに麓の村にはコロポックルと呼ばれる、光の精霊達が住んでいるらしい。

 二人は小人達に案内されて暖を取る。

 彼らはノームと呼ばれる、この辺りで鉱石を発掘する種族らしい。


 どうやら、此処は訪れた者達を歓迎している場所だった。ノームの長の家らしい。

「私達、寝ている間に彼らに食べられるのかしら?」

「いや。金品を奪われて、身ぐるみ剥がされて、雪山に放置されるんじゃねぇの?」

 セルジュとレイスはひそひそ声で話し合う。

 眼の前に焼きサーモンとチーズの料理を出される。柔らかいパンとアップルミントのハーブティーも置かれていた。


「味見。……味見、大丈夫?」

 レイスは小声で呟く。

「俺が先に食べるから。お前、後でいい。俺の身体に不調をきたしたら、レイス。頼むぜ」

 セルジュは料理を口にする。

 半分程、食べてからレイスに対してOKサインを出した。

 遅効性の毒の可能性もあるが…………。そもそも、二人は闇ビジネスに手を染めている為に、普段から悪意を持って人に接している為に、他人も悪意を持っていると考えるのは良くないと結論に達する。


 壁にはトナカイの頭部などが飾られている。

 地面には白熊の絨毯が敷かれている。

 また、独特の紋様が描かれた儀式刀も置かれていた。

 人間世界とは隔絶した文明があり、紋様に彫られた文字は此処、独自で使われているものだろう。


 二人はこれから、更に山頂を目指すと告げる。

 ノームの長が言うには、雪山には”ウェンディゴ”と呼ばれる、人の肉を喰らう怪物と化した異形達がいる。彼らは雪山で遭難して、同胞の肉を喰らった者達であり、山の神の呪いで永遠に人肉や死肉を喰らう罰を受けている。


 身体は雪男のそれだが、全身から異様な闇の光を放っている。

 雪山で遭難して亡くなった者達の亡霊は、凍える吹雪と一体化して雪山に近付く者を生命を奪おうとしている。

 少なくとも、此処は人間の来るべき場所じゃない。


「しかし。君ら、一癖も二癖もある連中じゃな。明らかにその心は闇に満ち、その魂は悪に堕ちておるのう」

 ノームの長がセルジュとレイスに向かって言った。

 敵意というよりも、淡々と世間話をしているといった風だった。

 二人は温かいハーブティーを飲みながら、苦笑する。


 食事を終えた後、二人は集落を巡った。

 ノームの集落は興味深い。

 魔法によって炎の犬を生み出して、登山をする時に山の亡霊に襲われた時の護衛の為に連れていくらしい。


 更に釣り堀があり、真っ白なサンショウウオ……所謂、ウーパールーパーが釣り堀の主をしており、その体躯は全長十メートル以上あり、人語を話していた。

 ノーム達は釣り堀で日々の雑談を行っている。


「なんだか。長閑にも思えてくるわね」

「まあ。お前の家の化け物屋敷よりは何処も和やかだろ」


 なんだかんだで、夜になった。

 二人は寝床を確保出来たと喜ぶ。


 集落からは天空に虹色のオーロラが見えた。

 その光景は、まさに妖精の国に迷い込んだ、といった感じだった。

「美しい世界だな。此処は」

「私達には勿体無いわね」

 二人共、虹色に輝く光を見て

 ベッドを借りて、寝静まっていた。

 殺意に満ちた気配を感じて、セルジュは眼を覚ます。

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