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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 『冥婚』‐溺死した死者が裁かれ続ける湖畔へ。‐ 2

 橋のように太い、木の幹の上を三名は登っていた。

 一時間程、歩く。

 途中、木の幹と一体化した大量の人間を見つけた。みな、苦悶の表情を浮かべていた。彼らは冥婚により自死した者とは、また違い、ある時代において惨死させられて湖に投げ捨てられた者達の成れの果てらしい。彼らは口々に呪いの言葉を放ち続けていた。イリーザは相変わらず、彼らの言葉を録音していた。


 湖全体を見渡せる場所に辿り着く。

「あれが、湖の主じゃ」

 土蜘蛛は指を指す。

 それは、髪飾りのように頭部から色取り取りの角やヒレを生やした大海蛇だった。

 湖を優雅に泳いでいた。

 土蜘蛛を見つけると、喜びを表すように頭を上げる。

「あやつは、元は人間の姫君だったと聞く」

「そうか。死んで、蛇になったのか?」

「そのようなものじゃな。飢饉の為に、人身御供として生きながらにして、湖に沈められたそうじゃ」

「…………。此処、マジでいわく付きばかりの場所だったんだな。知らずに来てしまったわ」

 セルジュは鼻を鳴らす。

 イリーザは少し退屈そうな顔で、遠くにある怨霊達の頭部をぼうっと眺めていた。



 いわく付きの場所は、元々、そのような場所だったものではなく、何かがあって、いわく付きの場所へと変貌したのだ。当たり前の話なのだが。

 そして、この湖畔は様々な負の想念体を引き寄せるらしい。

「もっとも、冥府に近い湖じゃよ、此処は。あるいは、冥府そのものか。此処は、数ある地獄の一つなのかもしれんのう」


 この湖は、ある時代には飢饉の為の生贄が行われ、ある時代には伝承により人が大量に身を投げ、ある時代には処刑場となった場所だった。

 土蜘蛛は、帰りは近道をすると言って、別のルートを案内する。

 そこは、鍾乳洞のような場所だった。

 何処となく、死臭がする。


「ばあさん。俺達をハメただろ…………」

 セルジュは剣呑な視線を土蜘蛛に向ける。

 土蜘蛛は飄々とした顔をしていた。

「お主ら、どう考えても悪人じゃろ。儂は運命というものに対して、ふと思うものがある。運命は理不尽に対して、悪人を生かすのか? 此処で死んだ者達は、みな、善人が多かった。考えてもみぃ、愛する者と想い、死後に共にいたくなる者は悪人なのか。時の権力者に立ち向かい、この地で処刑された者達は、永劫の責め苦を受け続けている。彼らは一体、なんの為の生じゃったのか。お主らのような者達は、実に長生きする」

 赤い着物の童女は薄ら笑いを浮かべていた。

 そして、瞬く間に、この場所を去っていった。

「運命が、お主らを生かすのなら。この窮地も脱するんじゃろうなあ」

 遠くで言葉が残響していく。

 どうやら、洞窟に閉じ込められたみたいだった。

 辺りから、獣のような者達の気配がする。


「ふざけるなよ。俺は俺として生きているだけだ。俺を善悪の物差しで測るなよ。舐めるな」

 セルジュはふつふつと怒りが込み上げてくる。

 イリーザは、頭の髪飾りを外す。

 暗器。イリーザの髪飾りは刃物になっている。


 現れたのは、グズグズに全身が崩れた水死体の怪物達だった。

 普通、水死体がガスで全身が膨らんでいる。

 だが、一応、人の原型を保ち水草やカニなどが全身を這っている。数十体はいる。


「イリーザ。こいつら雑魚だ。あのババアの目的は別にある」

「分かってる。さっきから、水音が聞こえてくる。多分、時間帯によって、この辺りは水に沈む」

「この化け物共の相手していたら、水底に沈むわね」


 怪物達は二人に襲い掛かる。

 セルジュも刃物を取り出した。

 適当に怪物達をあしらった後、出口を探す。

 洞窟の中は迷宮のようになっていた。鍾乳石は禍々しく伸びており、歪なシャンデリアと化している。所々、湖に繋がっていると思われる大きな水溜まりがあった。セルジュは何とか、辺りを見渡す。

「水溜まりを潜っていったら、湖に繋がって出れるかもしれねぇ。イリーザ、素潜りの記録は?」

「三分も無いに決まってるでしょ」

「俺も無理だと思う。そもそも、潜ってどれくらい距離があるのか。本当に外に繋がっているのか分からないしな」

「後、服が濡れるのが嫌だ」

「それは分かる」

 濁流の音がした。

 このままだと水の中に飲み込まれるだろう。

「イリーザ。俺の肩に乗れ」

「あ、ええっ。うん」

 セルジュはイリーザを背負う。

 そして、鍾乳石に向かって跳躍した。

 濁流が洞窟全体を覆う。


 二人は鍾乳石にぶら下がりながら辺りを見ていた。

 水が洞窟全体を支配している。

 服がずぶ濡れになる事を覚悟すれば、何とか活路を見い出せるかも、知れない。

「潜るか? ICレコーダーは壊れちまうかもしれねぇが」

「防水パックに入れているから、大丈夫だと思うけど。それより、湖の水、汚いでしょ? せっかく、お洒落して来たのに、……でも、何かこの状況で活路を見い出せるもの持ってきたかなあ……」

 二人はどう考えても、洒落た服を着て向かう場所じゃないのに、着飾った服で出向かう。そして“服を汚さない”“服になるべくダメージを与えない”。逆にそれが謎の自分達の精神の強さに直結している。


「おい。選択の余地は無いみたいだぜ。あれ、見ろよ」

 セルジュが目線でイリーザに伝える。


 離れた場所だが、何か巨大なものが水の底から起き上がってきた。

 それは巨人だった。

 水で身体がグズグズに崩れた人型の怪物が大口を開けていた。

 眼球の無い、くぼんだ二つの孔から何やら大量に小さな人型の亡者達を吐き出していた。亡者達は水の中を泳いで、こちらに向かっている。


「じゃあ、飛び込むぜ。俺の背につかまっておけな」

「…………。分かった…………」

 イリーザはセルジュを後ろから抱き締める。

 セルジュは意を決して、水の中へと飛び込む。



 感覚としては、下水道の中に落ちた気分だった。

 セルジュの服は特殊な魔法技術である『アミュレット・コーティング』という魔法防御が施されているので、地雷を踏めば爆破の衝撃を受け止めるし、今のように水に潜れば水を吸わずに潜水の邪魔にならない。

 イリーザの方が心配だった。

 数分以内には、息の出来る場所を探さないといけない。

 水の底を潜っていると、大きな孔へと繋がっている場所が見つかった。セルジュはイリーザを背負いながら泳いで向かう。

 セルジュは直感を頼りにする事にした。

 此処で死んだのなら、仕方無い事だろう。

 もっとも、此処で死んだら、永劫の地獄に閉じ込められるのだろうが。

 ……俺達は悪人か。悪人は裁かれるべきっていう、古めかしいというか、古色蒼然としか思想の天然記念物か? 運命がどうちゃら、スピリチュアルみてぇな話もしていたな。後、輪廻が云々。因果応報を今時、信仰している狂信者の類か?

 セルジュは泳ぎながら、頭の中でこの状況にした女の化け物に対して毒づいていた。

 しばらくして、洞窟を抜ける。

 湖の中は、広大だった。


 そして、巨大な生き物がいた。

 自分が小さなボウフラのように思える程だった。

 とてつもなく巨大で、北欧神話において世界を取り巻く怪物ヨルムンガンドのように巨大な海蛇がそこにはいた。立場が悪すぎる。もう逃げられなかった。怪物は口腔を広げている。無数のらんぐい歯が見えた。

 セルジュは観念する事にした。

 これまで散々、色々な怪異などに遭遇してきたが、今日が行き詰りなのか……。いつか闇の世界を闊歩していると、行き詰まりがあると分かっていた。それが今か…………。


 海蛇の怪物はセルジュ達を吟味していた。

 突如、小山程もある海蛇はセルジュ達を頭に乗せた。

 セルジュは意識を失わないようにした。

 海蛇は、二人を水面へ向けて押し上げていく。

 二人は湖の主に助けられて、陸路に連れて行かれた。

 それは、ボロボロに朽ちた橋だった。

 途中、大量の人間の頭部だけの亡者達の姿を見かけた。巨大に肥大化したその頭には、海藻が蔓延っており、水棲生物のコロニーと化しているものもあった。


 二人は水の中から出される。

 そして、橋らしき場所に投げ捨てられる。

 海蛇は水の底へと沈んでいった。

 セルジュはイリーザの方を見る。

 イリーザは息をしていなかった。


 薄緑の霧に包まれた橋の向こうには、一人の童女が足っていた。


「なんじゃ、ぬしら。湖の主に気に入られたのか。今、死ぬべき罪人では無いと思われたのか? あの姫も好事家じゃのう」

 土蜘蛛は見下ろすように、何か物想うように二人を見据えていた。

 この女は何様なのか、死の神か何かなのか。死後の世界の裁判でもしているつもりなのか、いずれにしても、人を舐め腐っている。

「人をぶっ殺して地獄に落とそうとした女が抜け抜けと…………」

「そちらの女は息をしておらぬが、ええのか?」

「ああ。そうだったな」

 セルジュはイリーザを仰向けに降ろすと、腹を思いっきり蹴り上げた。溺れた人間の応急処置としては最低な行為だった。イリーザは水を大量に吐き出して、蘇生する。

「うーん、何てことするのよ。チョコミントのアイスの城に囲まれている夢見ていたのに……」

 最低な行為でイリーザは生き返り、立ち上がった。

 セルジュが持っているバッグを受け取り、ICレコーダーやらスマホやらが壊れていない事を確認するとはしゃいで喜んでいた。

 そんな様子を、土蜘蛛は少しだけ呆れていたが、彼女はセルジュの方へと向き直る。

「それにしても、途中までは泳いだじゃろ? よく服を捨てずに泳げたのう?」

「下着だけだと格好付かねぇだろ…………。ちなみに、特殊な魔力で俺のドレスはコーティングしている。だから爆弾を受けても破損しないし、水も吸わない。魔法技術の賜物だ。スゲェだろ。この前は炸裂弾に巻き込まれても、俺の皮膚や肉は裂けたが、服には傷一つ無かった。キショいだろ? この服、カビ一つ付かねぇんだぜ。魔法の力っては世界の道理をぶっ壊してくるな」

 セルジュは土蜘蛛を睨み付けながら、いつでも喉を切り付けられるように睨んでいた。

 土蜘蛛はやはり、飄々とした表情だった。

「お主らと儂が今、立っている、この橋は罪無き者達が壮絶な拷問を受けた後、半裸で石を背負いながら処刑場に向かった橋じゃ」

「それがどうした」

「場所を変えようって言っておる。橋を抜けるぞ」

 そう言うと、土蜘蛛は霧の立ち込める橋の向こうに消えていった。

 セルジュは追いかけながら、自分も鞄の中身を確認する。

 依頼で手に入れた毒亡き草は無事だった。


 橋の途中には、腕に縄を付けられて数珠繋ぎにされた半裸の男女達が歩いていた。彼らが身体に鞭の痕があったり、釘が生えている者もいた。顔の方は眼鼻を削がれた者達が多かった。この者達も永劫に此処で苦しみ続けるのだろう。


 橋を抜けると、森があった。


「此処は『憐憫の森』と呼ばれておる」

 土蜘蛛の声が木霊として響き渡った。

 セルジュとイリーザの二人は赤い着物の童女を探す。

 森を歩いていると、森の木から吊り下げられている死体があった。

 全身が腐り、蛆が湧いている。

 どうやら、死体達にはビクビクと動いて、意識があるみたいだった。


「で。此処は一体、どういう場所だ?」

 セルジュは訊ねる。

「此処は憐憫の樹海と呼ばれている。登山家やハイカーが迷い込んだ成れの果てじゃな。森の瘴気にあてられて、死者達の魂を喜ぶ木達の呪いを受けておる。いたわしい事じゃよ」


「おい。何なんだ? 善人は死後、天国に登るべきだ、って事でも言いたいのかよ? 悪人は地獄に落ちるべきだ、と。それが世界の在るべき姿だって妄想を信仰しているのか?」

 セルジュは先ほどから、疑問に思っていた事を訊ねる事にした。

 それを聞いてから、あの女の首を落とす事に決める事にした。


「儂は因果というものを知りたいのじゃよ。お主ら悪人は生きのさばり、罪無き者が無慈悲に苦しみ続ける。この湖は罪無き者達を地獄に落とす邪悪な場所じゃよ」

 物憂げな声が木霊して帰ってくる。

「儂は、永遠に死に続け、責め苦を受け続ける者達を『冥婚』を行った者達と呼んでいる。死と契った者達じゃな。なあ、ぬしら、因果とは何なのかのう? 罪無き者が裁きを受ける。それは弱き者の定めなのじゃのうかのう? そこのオナゴも沢山、罪無き者達を殺しておるじゃろう? それも趣味嗜好で」

 土蜘蛛の声色は、イリーザを糾弾していた。


「俺は紛争地域とか絶対貧困のスラム街とか旅してきた。権力者が甘い汁を啜り、貧しい身分の連中は生まれた事そのものが罪だと言われている。輪廻転生は身分制度に繋がり、身分制度が低い者は前世で悪行をした者達だから、正当に差別されていいんだとよ。因果応報だとか、罪人は裁かれるべきだとか、古い妄想に取り憑かれているみたいだが。止めろ。世界は巨大なクソの上で出来上がっているんだよ」

 セルジュはナイフを手にして、周囲を窺った。


「俺達はテメェの友人に助けられた。だから、お前も俺達への嫌がらせは止めろ」

 

 森の中から、童女の姿が現れる。

「そうか。姫が助けたのなら、仕方無いのう。おぬしらは、何故か認められたみたいじゃからのう」

 土蜘蛛は小さく溜め息を吐いた。


「処で、その紫の草。売りさばくんじゃろう? 沢山の者達が死ぬぞ」

「しつけーよ。俺は金稼ぎの為にやっているだけだ。ビジネスに善も悪も無ぇーんじゃねーの? 知らんけど」

 セルジュは毒づく。


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