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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 培養液のオレンジ‐無限廃墟を探索して。- 2


 色々な不気味な怪異を見過ぎたせいで、今更、大抵の事には動じない。

 セルジュとイリーザが冥府列車を降りて、到着した場所は『無限廃墟』と呼ばれる場所だった。永遠に続く、廃墟の迷路の中を探索しなければならないらしい。


「さて。ターゲットはその、無限廃墟って場所の何処に隠れ潜んでいるんだろうなあ」

 セルジュは屈伸運動を行う。

 イリーザは、パシィ、パシィ、と、人体切断用のナイフでジャグリングを行っていた。


 二人は、闇ビジネスの何でも屋と、連続殺人犯のコンビだった。


 無限廃墟の入り口に入るには、巨大なクレーターばかりの砂漠を通らなければならない。冥界列車は様々な異空間や別世界を横断していると聞かされている。この巨大砂漠とその奥にある無限廃墟は果たして、何処に通じているのだろうか……。


 二人はとぼとぼと歩いていた。

 辺りには、危険な化け物や悪天候の類は無い。

 気温は暑くもなければ、寒くもない。強いて言うならば、そもそも気温そのものが無いように感じた。


「セルジュ。辺りに気配は?」

「何も無ぇえな。それにしても、デス・ウィングから地図を渡されたんだが……廃墟の入り口ってのは、個人個人によって違うらしいぜ」

「どういう事?」

「よく分からないが、廃墟ってのは、どうやら生き物みたいな存在らしいぜ。入口は口腔みたいに動き続けているらしい」

「困ったわね。まさか遭難しないといいんだけど」

「だといいんだけどな」


 そう言っているうちに、二人は巨大な砂丘に突き当たった。

 砂丘の近くには、草が生い茂った場所があり、地下へと続く入り口のような穴が開いていた。どうやら、廃墟は二人を迎え入れてくれたみたいだった。


 穴の奥には、水が流れている。

 まるで、難破船を襲うセイレーンの歌声のように、水の音は流れてくる。


「入るぜ。目的のものは、この奥にある筈だ。俺はデス・ウィングから報酬を受け取るつもりだ」

「そうね。私もあの女からの報酬が欲しい」

 

 二人は廃墟の入り口へと飛び込んだ。

 急な斜面のようになっていた。

 どくり、どくり、と、巨大な生物の体内へと入っていくような感覚に陥る。



 苔や草などが生い茂っていた。

 此処は病院の跡地なのだろうか。

 注射器や点滴などが転がっている。壊れた車椅子もあった。

 また、医療ベッドも置かれている。


 入ってきた筈の入り口は見つからない。

 此処には滑り落ちて落下してきた筈だ。

 だが、天井には穴らしきものが無い。


「『宝物』の在りかは、何処なのかしら?」

 イリーザは周辺を見渡す。

 四方に壊れたドアや通路があり、何処に進めばいいか分からない。

 イリーザは鋲付きのポシェットの中から、紐状のものを取り出した。それはペンダントのようになっており、先っぽに尖った金属が付けられている。


「これは『フーチ』なんだけど、デス・ウィングから買った。事前情報を調べてきてよかったわ、遭難確定だって聞かされたから」

 フーチとは、ペンデュラムとも呼ばれる振り子状の道具で、水脈や金脈を探り当てる為の道具だ。目的の場所に近付けば、振り子が大きく揺れ動く道具だ。このアイテムの場合は、道案内をしてくれる道具らしかった。


「準備がいいな」

「8,9割の人間が入って出られない迷宮らしいわよ。セルジュ、貴方は?」

「俺の方は、デス・ウィングからコンパスを買っている」

「じゃあ、私のフーチの方を使うわね。万一、私のフーチと貴方のコンパス、どちらかを紛失した場合の為に、それぞれに買わせていたんでしょうね」

「意外と気が利くんだな。あのクソ女」


 イリーザはフーチで通路を探る。


「此処から、北にある、あの苔だらけの通路。少し狭いけど、あそこみたいね」

「服が汚れそうだな。イラ付くぜ」


 通路を進んでいくと、途中に古い白骨死体が転がっていた。

 此処に訪れた人間の何名かが、遭難して、出られずに餓死したのだろう。


 通路を抜けると、今度は、黒板や机があり、錆びた鉄製のロッカーなどがあった。最初は会社のオフィス、と思ったが、学校の教室みたいだった。机や椅子などはボロボロになっており、朽ち果てている。筆記用具なども転がっていた。


 さっきは病院だった。だが、何故、まるで違う場所に出たのか……?


 セルジュはコンパスの示す通路の奥へと向かう。


「おい、イリーザ……。こちらの通路の向こうは、民家の中みたいになっているぜ。TVやソファー。ゲーム機なんかが転がっている。キッチン・ルームも見えるな。掃除機もあるぜ」

「何なのかしら…………、此処……」

「あらゆる場所の廃墟。人間の居住地が終焉した場所に繋がっているんじゃあないのか? 気味が悪い場所だな」

 迷ったら、決して抜け出せないのだろう。

 そもそも、入り口が消えているのだ。

 準備無しでは、この迷宮を死ぬまで彷徨い、途中で朽ち果てるのだろう。


 だが、こちらにはフーチもコンパスもある。

 目的地まで、辿り着ければ、それで問題無い。


「セルジュ。行先では無い、別の通路は巨大な工場みたいになっていたわ。そこには、所々に、人骨が転がっていた」

「そうか。この廃墟は入ってきた者を“喰う”んだろうな。この廃墟自体がやはり、巨大な生き物の腹の中なのかもしれねぇえな」


 セルジュはそう言いながら、通路の奥を目指す。


 それから、目的地まで、二時間程、経過した頃だろうか。

 ヨーロッパの古城のような場所に辿り着いた。勿論、廃墟であるので、壁も柱もステンドグラスも朽ち果てている。天蓋の所々に穴が開き、この空間の外が覗き見えている。天蓋に開いた穴の外は空なんか見えず、更に別の朽ち果てた廃墟が見えた。


「コンパスの回転が強い。もうすぐ、目的地は近いみたいだぜ」

「私の方も、フートの揺れが大きいわ。目的地は近いと思う」


 次の行き先は、ホテルだった。

 腐敗臭がする冷蔵庫にボロボロのソファー。壊れたランプシェード。ボロクズになったシーツ。ネズミの死体などが転がっている。


 その奥には、一人の人間が椅子に座っていた。

 男は真っ黒な汚れた革ジャンを着ていた。

 顔は陰になっていて、よく見えない。

 彼の周辺には、ホルマリンのようなものが置かれていた……青白く光っている。中に入っている生命はどうやら、生きているみたいだった。


「依頼主から聞かされている。無限廃墟の奥に隠れ潜み“あるモノ”の収集を行っている奴がいると。姿形は間違いないな。さて、返して貰えるか? ××××という少女の胎内に入っていた胎児を」

 セルジュはバッグの中から、一枚の写真を取り出す。

 それは十四歳程の少女だった。


 イリーザもバッグから、一枚の写真を取り出す。


「私の指輪の歯と、ペンダントの銃弾を受けた十七の売女の胎内にいた、三ヵ月の胎児。依頼によって。それを取ってこいと言われているわ。ふふっ、貴方、悲惨な事にあった妊婦の胎児を手に入れるコレクターなんだってね。それも強引な形で。依頼人達は貴方を始末してもいいって言っているわ」


 男は椅子に座ったまま、歯茎を剥き出しにして笑う。


 青や緑に光り輝く培養液の中には、生きた胎児がうごめいていた。臍の尾がゆらゆらとうごめいている。


 男は何処からか、ハンバーガーを取り出して、口を閉じずにむしゃむしゃと下品に食べていた。くちゃり、くちゃり、と、気持ち悪い咀嚼音を垂らした後、パンのカスを床にこぼしていく。


「うふふっ、うふっふふふふっ、うふふふふふふっ。なーんで、俺のお城の中にお客様が入ってくるんだろうねえ。うふふふっ」

 男は二つの眼をカメレオンのように、ぎょろぎょろと回している。その眼はまるで魚類でも見ているかのように無感情で不気味な瞳をしていた。


「俺の世界を壊す事は出来ないよ。駄目だよ、誰も壊す事は出来ない。俺の世界は俺のもの」

 そう言いながら、男は培養液の入った瓶の一つを手に取って、うっとりと撫でていた。


「二つだけ渡して貰えないか? ……何なら、高値で買ってやるよ。俺はその倍、依頼主から吹っ掛ける事が出来るからな」


 ゲラゲラ、ゲラゲラと、男は歯茎を剥き出しにして笑う。


「そこの黒髪の君が求めている子は、被験体B-51号。『だいあな』ちゃんの事だね」

 男はそう言って、セルジュを指出す。


「そこの桃色の君が求めている子は、被験体C-2号。『ぼんそわーる』君の事だね」

 次に、男はイリーザを指差した。


「俺と、この無限廃墟の中で鬼ごっこをして、俺を見つけて、捕まえる事が出来れば、プレゼントしてもいいよ」

 男は大量にある瓶の中から、二つの瓶を選んで持ち上げると、目を動かしながらとても楽しそうに天井に向かって笑い続けていた。


「お前の名は何と呼べばいい?」

 セルジュは長い黒髪をかき上げて訊ねる。


「『別荘屋』。そう呼んでくれ。『リゾート・マンションの管理人』でも構わない。じゃあ、鬼ごっこを始めようか」


 別荘……、リゾート・マンション、本来の母の胎内が“本宅”という事を踏まえて、そう名乗っているのだろう……。悪趣味極まり無い、だが、セルジュにとって彼の呼び名はどうだっていい。


「鬼ごっこは、面倒臭い。今すぐ、渡せ」

 セルジュは距離を詰めていく。


『別荘屋』は。椅子から立ち上がると、人間の人体とは思えない動きで全身をバネのようにして、別の場所へと跳躍する。


 そして、そのまま、地面に空いた穴を降りて古城の廃墟へと向かうと、別の通路まで走っていった。胎児を入れた瓶はそれなりに大きかったので、中々の怪力だった。


「お、おい。追うぞっ!」

 セルジュはそう叫ぶが、すぐに気付く。


 イリーザはセルジュ程の身体能力が無い。

 残虐非道な事を幾ら行っていても、それは一般人に対してであって、化け物や怪異、超人を相手にすると、イリーザは途端に弱くなる。


「おい、此処で待っておけよ。お前にはフーチがあるし、俺にはコンパスがある」

「ちょ、この場所で私を一人にするつもりなの? なんか、虫とか這いずり回っているし。なんなら、私を担いで連れていってよっ!」

「やかましい、そこで待ってろっ!」

 セルジュは喚き散らすイリーザを無視すると、別荘屋を追いかけに、コンパスを片手にして、あの不気味な怪人の跡を追っていった。


 しばらく、追い続けていただろうか。

 ある場所に辿り着く。


 そこは、洞窟のような場所になっており、脱線した蒸気機関車が横に倒れて置かれていた。

 いわば、機関車の廃墟、という事だろうか。

 コンパスはくるくる回っている。何処も指し示していない……。


「……畜生、迷ったのか…………?」

 セルジュは機関車の中へと入る。


 機関車の中には、人影があった。

 どうも、別荘屋と体格が違う。

 その男は機関車の座席に座り、腕組みをしていた。


 顔に包帯を巻いた男。

 冥界列車で出会った、『ドクターQL』という怪人だ。

 何故、ドクターQLが此処にいるのかは分からない。セルジュ達に対して、特に何か考えがあって現れているとも思えない。おそらく、この邂逅はただの偶然なのだろう。


「おい。すまねぇ、此処で汚れた革ジャンの男を見かけなかったか……?」

 セルジュは別の不気味な怪人に訊ねる。


「そいつなら、この列車の奥底に向かっていった」


 コンパスが次第に、列車の奥へと向かっていく。

 しばらくして、後ろからイリーザの声が聞こえた。遅れて、こちらに到着したのだろう。


 コンパスもフーチも、列車の奥を指し示している。

 ドクターQLが立ち上がり、共に付いていきたい素振りを見せる。セルジュとイリーザは、この怪人の同行を了承する。


 三名は線路を進んでいく。

 線路の途中には、大量の人骨が転がっていた。大人から子供まで、古いものから、新しいものまで様々だった。そもそも、この脱線したと思わしき列車の残骸は一体、何なのだろうか。そもそも、この無限廃墟自体、一体、何なのだろうか。終焉した文明の融合物なのだろうか。べきり、と、セルジュは大腿骨の骨を踏み潰す。小枝を踏み折るような音が反響していく。


 しばらくすると、人間の骨に混ざって、猿の頭骨、鹿の頭骨など、明らかに人間以外の別の哺乳類の骨が混ざっていた。骨が無数に広がっている。壁や天井を見ると、列車から抜け出して、別の建物の中へと入り込んだみたいだった。次第にヘビやワニに亀といった、爬虫類らしき生き物の骨も混ざってきた。鳥類、魚類の骨もある。この頃になると、人間の骨らしきものは無くなっていた。


「もしかすると、この辺りには、この世から絶滅した生き物達がこちらには流れ着いているのかもしれないな」

 ドクターQLはそう告げる。

 彼の言葉の後に、セルジュとイリーザの二人は、巨大なティラノサウルスらしきものの骨を発見する。


「では、わたしは、この辺りで戻る事にするよ。同行させてくれてありがとう。わたしはまた、何処かの世界の、これから脱線するであろう列車や、これから墜落するであろう旅客機へと向かう事にする。君達の健闘を祈るとするよ」

 そう言うと、包帯で顔を覆った怪人は、元来た闇の中へと消えていった。


「なんだ? あいつ?」

 セルジュは呟く。

「物見遊山じゃないの? 話を聞く限り、やっている事も、野次馬的な行動だし。……私達の邪魔をするつもりは無いみたいだからいいんじゃないかしら?」

 イリーザは気にせず、フーチがくるくると回り指し示す方向へと向かっていった。



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