CASE 培養液のオレンジ‐無限廃墟を探索して。- 1
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「人探しをしているんだ。頼まれて貰えるか?」
小汚いニットのセーターを身に纏った、煤けた金髪を伸ばした長ズボンの女……、闇の骨董屋であるデス・ウィングはそんな事を訊ねてきた。
対するセルジュは、清潔感さえ感じる豪奢なゴシック・ドレスを身に纏っている。今、ビジネスの話をする為に入ったカフェの中で。リンゴ・ケーキを口にしながら、追加でシナモン・ロールを頼もうか悩んでいた。最近、苛々している為に、糖分を取り過ぎかもしれない。控えるべきかどうか……。
そのカフェは路地裏のぽつんと建っている一軒家だった。
木々が生い茂り、一本の樹木のような外装のカフェだった。
「人探しってなんだよ? どんな人間なんだ?」
「そいつは、世界中に散らばっているんだ。腎臓だったり、小腸だったり、頭蓋骨だったり、右腕だったり、右足だったり、左手の親指だったり、左足の薬指だったり、網膜だったり、その人間を全部、集めてきて欲しい、という依頼だな。どうだ? 興味はあるか?」
デス・ウィングは満面の笑みを浮かべて、まるで土曜の週末に絶景の夜景の観える観光スポットへ向かうプランでも話すように、残虐非道な話をする。
「ねえぇよ。手間暇掛かるだろ。臓器密輸業者とか、お前のような人体収集家とか、そんな奴らが持ち主だろ。もうとっくに、誰かの体内に臓器が移植されているかもしれねぇ。そいつらから死んだ人間の部品をぶん取るってのかよ。殺人の請け負いも兼ねてるだろ。なあ、おい、その悪趣味な依頼人はどんな奴だ?」
セルジュはリンゴ・ケーキをひと切れ口にする。
甘いリンゴの味が口いっぱいに広がっていた。
「いたって善良な小市民だなっ! 先日まで公務員をやっていたんだが、四十年間貯めた貯金と退職金で人探しを始めたらしい。探している相手は四十代で出来た娘でな。まだ、十代にも満たなかったそうだぞ」
「ああ。マフィアとか臓器売買業者にバラされて、世界中に散らばったってわけか。亡くした我が子の人体だけでも見つけたいってわけなんだな」
「遺品だったらいいぜ。人殺しの請け負いは嫌だな」
「ふむ……」
デス・ウィングは、ニタニタと笑う。
「遺品なら、いいんだな?」
彼女はいつものように、悪意に満ち満ちた顔になる。
この場所に行って、この品物を手に入れてこい。
この人物が、持っている。デス・ウィングは楽しそうに笑う。
セルジュは小さく溜め息を吐いて、ゴシック・ドレスを翻した。
セルジュはデス・ウィングから“宝の地図”を渡された。
†
34番街の駅のホームには、午前2時に冥界列車がやってくる。
その列車の中には、事故で死んだ霊魂達が永劫に彷徨いながら泣き叫んでいる。
車掌は何者なのか分からない。
「やっほー、やっほー、此処に来るまでのバスが遅れて、ちょっと遅れてきた、ぴえん」
パンキッシュなファッションを身に纏ったピンク色の髪をツインテールにした少女イリーザが、ピースサインを行っていた。彼女は人間の骸骨らしきものが埋め込まれた禍々しいバッグを手にしていた。
セルジュとイリーザの二人は、駅のホームにて冥界列車を待つ事にした。
イリーザはガチャガチャと何かを弄っていた。
どうやら、それは首から下げたアクセサリーだった。
彼女はそのアクセサリーをうっとりと眺めていた。
ガチャガチャガチャガチャ……。
「なんだ? それは?」
「デス・ウィングから買ったの。これ、とっても素敵で」
どうやら、22口径拳銃の弾を加工してペンダントにしているみたいだった。銃弾は所々が削れている。間違いなく使用済みだろう。
イリーザが好むものは、おそらく彼女が嫌いなタイプの人間にまつわるものだ。セルジュは、彼女の事はよく分かっている。
「売女なクソビッチ女子高生の頭蓋骨を貫いた銃弾。その女子高生、四十代の男に毎回、二万で身体売っていて、生でもやらせていたらしいの。で、途中でその男に飽きて捨てたら、ストーカーされて恨みを買ってさー、その四十代の男、ヤクザから大金出して借りた拳銃で、その女子高生の売女の頭撃ったらしいんだわ」
「ほおぉ」
「色々あって、その十代の売女をぶっ殺した銃弾が、デス・ウィングの店に流れて、私が買った。五万円で売ってくれた」
「お前もあの悪趣味野郎も、本当に精神異常者だよなあ。病院で診査して貰えよ」
セルジュは呆れた声を出す。
「これも素晴らしいわよ。ねえ、見る?」
イリーザは、人差し指と中指、薬指、小指に嵌めた指輪を見せる。その指輪には人間の歯が嵌められていた。
「そいつはなんだ?」
「ええっとね。その売女な女子高生は拳銃で頭蓋を撃たれて脳をどろりと露出させられる前に、その四十代のストーカー男から激しく暴行されていてね。何でも、ストッキングにコンクリートの破片とか釘とかネジとかガラス片とか詰め込んだ奴で、何度も何度も顔面をぶん殴られて、その際に歯の半分以上が無くなったらしいの。その際にその女子高生の口の中から抜け落ちた歯を私が買い取って、指輪にしている」
イリーザはそのような鬼畜非道な事を、まるで週刊誌の芸能人の不倫ゴシップのように話していく。セルジュはそんなイリーザの話をいつものように聞き流していた。彼女はうっとりと女子高生の前歯や奥歯で作られた指輪にキスをする。
「あー、凄惨極まりないなあぁ。すげえぇなぁ」
セルジュは抑揚の無い声で、電車のホームの時計を見ていた。
イリーザは二本のナイフを取り出して、刃を合わせながら、丁寧に研ぎ始める。
「でさー。その女子高生、殴られながら、何度も何度も生で突っ込まれたらしいんだわ。犯行現場は学校の屋上なんだってさー。カッターで左頬を勢いよく裂かれてさ。左目もアイスピックで突き刺されて失明させられたらしいの。でさー、でさー、22口径銃で脳味噌地面にまき散らした癖に、腕の良い医者が頑張って、何と半身不随状態でその女子高生、今でも生きているらしいんだわ。ねえ、セルジュさー。人間の生命力って神秘的だと思わない? 私、感動したなあ。あ、彼女のその後の生活の為に、母親が闇ルートに、彼女の人体の一部を売ったらしいけどね。私は銃弾と歯を手に入れたけどさあ、その時にその女子高生が着ていた制服とか、地面にべったり、べたべたと撒き散った砂やらアリやらがこびり付いた脳漿の乾いた奴とか別の誰かが買っていったらしいんだわ」
イリーザは、まるで、夜空に数十年に一度の流星群でも目撃したような口調で、情熱的に人情の絶滅した言葉を嬉々として饒舌に吐き散らしていた。
セルジュはあまり興味が無さそうに、イリーザの話を聞いていた。
警察が事件の証拠品として保管している筈だろうが、何故、そんなものを流出させたのか、……セルジュはその点だけ気になったが、あまり深く考えないようにした。
「あ、セルジュ。電車が来たわ」
真夜中に、二人の他に誰もいないホームに電車が停車する。
不気味な黒塗りの電車だった。
セルジュとイリーザの二人は、その電車に乗る。
電車の乗客は半透明で、肉体が損壊している者達ばかりだった。
おそらく、列車事故で轢死した者達の霊が、此処に集まっているのだろうか。上半身と下半身が分断されて、それぞれの肉体のもう片方を探し求めているサラリーマンが這いずり回っていたり、全身がバラバラに潰れて頭の半分が無くなっているOLの生首が、歯茎をむき出しにしながら転がっていた。彼女の近くには彼女のものと思われる、指や腸や性器が剥き出しになった脚の無い下半身がうねうねと蠢いていた。
地獄絵図そのものだったが、その中で、一人だけ座席の中に座り、生きた人間らしき者がいた。顔を包帯で巻いた男だった。尖がった帽子を被っている。灰色の洒落たコートに身を包んでいた。
セルジュとイリーザは、男のちょうど正面の座席に座る。何故なら、他の座席には、数多の霊魂達が蠢いたからだ。ほぼ、満席状態だった。
「…………。お前は何者だ?」
セルジュは顔を包帯で巻き、腕を組む男に訊ねる。
「わたしの名は『ドクターQL』と言う。脱線する列車や墜落する飛行機、沈没する豪華客船に搭乗する事を生業としている」
「人間なのか?」
どうやら、この男は実体があり、幽霊には見えない。
だが、生身の人間とも思えなかった。
「わたしには予知能力があり、あらかじめ、人が大量に死ぬ乗り物を探り当てる事が出来るのだよ。この列車の乗客達の生前の姿をわたしは見た事があるよ。わたしもその列車に乗っていたのだからね」
人間なのか、妖怪なのか、一体、何なのか……。
この謎の怪人は何が目的なのか。
ゴトン、ゴトン、と列車の音が鳴る。
窓の外は真っ暗だ。何も見えない。
イリーザは洒落たスチーム・パンク調の時計を見ながら、時間を確認していた。
「セルジュ。到着まで、後、一時間とちょっとくらいみたい」
セルジュはゲンナリした顔になる。
目の前の不気味な男と、一時間以上も顔を合わせなければならないのか、と……。




