CASE ドリーム・キラー -夢の中の怪異譚‐ 1
1
夢の中から出られなくなる装置が、とある研究所から開発されて、骨董店『黒い森の魔女』にも入ってきたらしい。
その装置の中に入ると、永遠に悪夢を見続けるそうだ。
骨董店の主人であるデス・ウィングはそれを一通り入ってきた分を売りさばいて、一通りの犠牲者を出した後、何食わぬ顔で午後のコーヒーを口にしていた。
彼女は店内に、人間の悲鳴を楽器にして作ったCDの音源を流している。
断末魔や命乞い、絶望の絶叫などが巧みに音楽編集されているのだ。
セルジュは少しだけ興味が湧いて、その装置に関して訊ねた。
「なあ。夢の中から出られなくなる装置ってーのは、一体、何なんだ?」
「さて?」
デス・ウィングは、最高のスペクタクル(見世物)を観た時の顔をしていた。
それは何処までも冷たく、喜悦というには何もかもが歪んでいる。
「今日は恋人のイリーザとは一緒か?」
「馬鹿野郎が。ただの友人だよ」
「奴はそう思っていないかもしれないぞ。もし、彼女の方が本当に特殊な感情を抱いていたらどうする? なあ? 麗しい乙女の顔でお前を見ていると時があるんじゃないのか?」
デス・ウィングはにやにやと笑った。
「イカれた殺人犯が向ける。イカれた感情でしかねぇーよ。どうしようもない。報われる事は無い、憐憫だよ」
セルジュが本当に嫌そうな顔で鼻を鳴らす。
「処でな。また、お前に頼みたい事があるんだ。イリーザにも引き受けて欲しい」
「一体、何だよ?」
セルジュは面倒臭そうになる。
此処、最近はイリーザとばかり会っている。
願わくば、あの連続殺人鬼と仕事をあまりしたくはないのだが……。
「『ドリーム・キラー』とでも名付けようか。それで夢から出られなくなった、ある少年が奇妙な力に目覚めたらしいんだ。それを調査してきて欲しい」
「はん。報酬はそれなりに用意してくれるのか?」
「そうだな。いつものように、仲介人を私がやらせて貰う。今回の依頼相手は少年の両親だそうだ。小さな家を買えるくらいの報酬額を出してくれたぞ。私の取り分は三割くらいでいいな?」
デス・ウィングは具体的な金額を明示する。
「OK。やるぜ」
セルジュは快く、ビジネスの依頼を受ける事に決めた。
イリーザと半分に分けても、充分な報酬だ。
いつものように、ろくでもない目に合わなければ良いのだが…………。
†
目的地は、ある田舎町だった。
温泉街といった処だろうか。
どうやら、この街の民宿に泊まると例の“異界”に向かう事が出来るらしい。
イリーザとは、バス停で落ち合う事になった。
彼女は相変わらず、人間の部品を使った猟奇的なアクセサリーの事を真剣に話していたが、セルジュは彼女の話のほぼ全てを聞き流す事に決めている。
「で、デス・ウィングからの情報は他に無いの?」
「何でも、壁に掛ける変な道具を持たされたぜ。“ドリームキャッチャー”と言うらしいが。アクセサリーにも見えるな。これを壁に掛けると、怪異は向こうからやってくるんだってよ。この辺りにある、民宿に、このドリームキャッチャーを掛けて眠ればいいんだってよ」
二人は適当な、民宿に泊まる。
一泊、五千円の安宿だった。
小汚いが、それでも、風呂、トイレ、食事が付いている。
部屋の中は、多少、薄汚れているが、布団は綺麗なものだった。
お茶も置いてあり、有料だがTVを観る事も出来る。
小さいが温泉もあるらしい。
セルジュは、宿の部屋の中に、天井付近に蜘蛛の巣のような形のドリームキャッチャーを飾っていく。この道具は、元々はインディアンの作った魔除けのお守りらしい。
これは所謂、安眠の為に効果のあるものだと市販の店では言われている。本当に効能なんて何かあるのだろうか、分からないが……。
そして、念の為に、ベタベタ、ベタベタと民宿の壁にお札を貼る事にした。
こちらの方も、デス・ウィングから渡されたもので、怪異を寄せ付けないものではなく、寄ってきた怪異からの攻撃に対して、強い防御用として機能するものらしかった。
二人共、先ほど、個別に入浴した後、赤い色をした和風の寝間着に着替えていた。
寝間着の名は浴衣と言うらしい。この辺りでは馴染みのある服装なのだろうが、セルジュにとっては、異国のファッションだ。着慣れていない為に、どうにも落ち着かない。
「じゃあ、それじゃ寝ようか」
イリーザはそう言うと、無造作に布団の中に入っていく。
セルジュも布団の中に入る。
セルジュはイリーザの顔を横目で見ていた。
こうやって見ると、この女が数え切れないきれない人間を残酷に殺している異常猟奇殺人鬼だとは、とても思えない。
まるで、何処にでもいるような背伸びして容姿を尖らせただけの少女だ。染めた桃色の髪からは、仄かなシャンプーの香りがする。
セルジュは彼女の寝顔を一瞥した後、眠りに付いた。
2
暗い道を歩いていた。
街道だろうか。
セルジュは街灯一つ無い夜道をただただ歩いていた。
一体、この道は何処に続いているのだろうか。分からない。
服装はというと、セルジュの纏っている着物は変わっていた。
赤い着物だが豪奢なものに変わっている。
祝い事の時に着るようなものなのか……。
正直、歩きにくい。
裾をはだけさせて、脚を露出させて歩く事になる。
幸い、履物は歩きにくい下駄では無く草履だ。
裸足で歩かずに済みそうだ。
遠くで何かの音が聞こえてくる。太鼓だろうか。鈴の音色も混ざっているようにも思う。
こんなものは夢でしかない、分かっている。
起きてみようか。セルジュはそう考えた。だが、起きる事が出来ない。
明晰夢だと理解しているにも関わらず起きる事が出来ない。
閉じ込められた。
すぐにそう理解した。
少し進んでいくと、和風のボロボロになった空き家が大量に並んでいる。
ひたり、ひたり、ひたり、ひたり、と、何者かが近付いてくる。
何処かで何者かが金切り声を上げたり、歌ったりしている。
首の無い地蔵が置かれていた。
幾つも、幾つも、赤い前掛けの付けられた首無し地蔵が並んでいた。
気味が悪い。
地蔵の隣に、イリーザがちょこん、と座っていた。
彼女は少し震えている。猟奇殺人犯の癖に、この女は怪異や幽霊が怖いのだ……。
イリーザの纏っている衣装もまた、浴衣ではなく、豪奢な赤色の着物に変わっていた。セルジュの服装とは少し服に描かれている絵のデザインが違うようだが。
「おい、どうする? イリーザ」
「決まっているわね。取り合えず、進むしかないわ」
「だよな……」
深い闇が何処までも広がっている。
途中、巨大な廃れた神社を見つけた。
古びた大きな鳥居を向こうに、螺旋のように続いている階段があった。
「此処を進むしかないのかしら?」
イリーザは少し不安そうに訊ねる。
「だな」
セルジュは答えた。
二人は階段を登っていく。
階段の途中に、ぼうっと、灯篭が置いてあり、仄かな明かりを灯していた。鬱蒼とした茂みの向こうには墓石に卒塔婆が並んでいる。斜面に墓を建てれば、雨などで土砂崩れが起きるのではないかと考えたりもするが、これはあくまで夢の中だ。悪夢の世界を彷徨っているだけだ。何やら、ざわざわと虚空の闇の中に人魂や狐火のようなものが見えた。階段を登るにつれて、人影のようなものも見えてくる。人影は階段を進む度に、明らかにこちらに近付いてきた。
顔中に大量の札を貼り、ぼろぼろの白い着物を着た幽霊らしき者達。
彼らはセルジュとイリーザに少しずつ、近付いてくる。
「どうする、セルジュ、怖いんだけど……」
イリーザは震え上がっていた。
「階段を進むしかねぇえだろ。こいつらには、おそらく実体が無ぇえ、危害を加えてきたら、その時はその時だな」
階段に終わりが見えてきた。
赤い鳥居がこちらを見下ろしている。
その頃には、人魂や着物の霊達が二人へと近付き、手を伸ばしていた。セルジュは確信する。彼らはこちらに危害を与える事は出来ない。そのまま、二人は階段を登り切る。
階段を登り終えると、そこは神社だった。
何処からか、笛の音のようなものが聞こえてくる。
手洗いをする手水舎が見えた。
セルジュはそこに近付き、ひしゃくで水をすくってみる……冷たく、どうやら本物の水みたいだが……口にするのは良くないかもしれない。
絵馬が飾られている場所もあった。
近付いてみると、絵馬に描かれている願い事は意味不明な文字で、とても読み解けるものとは思えなかった。中には血文字も混ざっている。
お参りをする為の拝殿らしき場所があった。ご丁寧に賽銭箱が置かれている。
拝殿の注連縄は風も無いのに、ゆらゆらと揺れている。
本殿らしき場所が見つかった。
本殿には明かりが点いていた。
「あの中に入るか…………」
「夢の中って、本当に目的地が分からないわね。起きようとしても起きられないし」
「進むしかないんだろうぜ」
二人は建物の中へと入る。
突然、視界が暗転した。
意識が大きく途切れていく。
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