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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 霧の街の幽霊ツアー。‐残虐公の伝説。‐ 1

胸糞悪いホラーを書いているつもりなので、作者の人間性を疑うとか感想欄に書いてもいいのですよ?


「幽霊が国民的に見世物になっている国なのよ」

 そうイリーザは告げた。

 今回、彼女が連れてきた場所は、所々に城塞のような建物があり、街の歴史などが展示されている博物館などが所々に置かれていた。


「でも、私、幽霊だけは怖いのよね」

 そう、いつものように、パンク・ファッションに身に包んだイリーザは溜め息を吐く。

「猟奇殺人鬼が何を言ってやがるんだよ。寝言は寝て言えよ」

 いつものように、ゴシック・ドレスを纏ったセルジュは鼻を鳴らす。


「ホテルにチェックインした後に、塔に行ってみない? 塔に続いている、橋も見たいしね」

 彼女は本当に、うきうきとした気分だった。

 セルジュは、小さく欠伸をしながら頷く。


 霧の都らしい。

 濃い霧が辺りには充満していた。

 街の人々の顔もろくに見えない。


 セルジュは街路を歩きながら、街の様子を眺めていた。何処も霧で立ち込めている。予約していたホテルに早くチェックイン出来ればいいのだが……。


 街を歩くと、生きていない者達の気配が漂ってくる。

 此処は、街全体が異界であり、此処に住まう生きた人間達は異界と共に暮らしているのだ。



 宿泊場所は『ゴースト・ホテル』なのだそうだ。

 ホテル中にポルター・ガイストなどがうろついており、ひとりでに家具などが動き始めるとの事だった。部屋に一人でいると、自分以外、誰もいないのに話し声や笑い声が聞こえてくるのだという。イリーザは幽霊だけは怖いを自称している癖に、この“ツアー”なるものにはどうしても参加したくて、この街に訪れたのだと言う。


 ツアーの趣旨としては、交霊術を行う為に、何名もの男女がホテルに集まっているとの事だった。この街では、幽霊は観光名物だ。その為に訪れたのだと聞く。


「それにしても、他のツアー参加者の顔見たけど、どいつもこいつも何か気味悪いわ」

 イリーザはベッドに腰掛けながら、そう溜め息を吐いた。


「向こうも、俺達の事、似たような印象で思っているんじゃねぇのか?」

 セルジュは小型冷蔵庫からジュースを取り出すと、それを口にする。

 

 晴れている筈なのに、窓がギシィギシィと物音を立てていた。

 旅行鞄の中身が激しく動いている。


「おい。イリーザ。お前の鞄だろ。幽霊が入っているんじゃないのか?」

 イリーザは揺れ動く、自分の鞄を眺めて居すくんだ。

 どうやら、ポルター・ガイストなるものは、ホテルのあちこちで当たり前のように起こるみたいだった。観光客はそれを目の当たりにしたくてくるらしいのだが。


 しばらくすると、夕食の案内の知らせに、ボーイが部屋の前でノックをする。


 二人は夕餉の支度をする。


 夕食は、ホテルのロビーだった。

 今夜の交霊術の参加者達が並んで席に付いている。


 老紳士に、良い処の真っ白なワンピースのお嬢様風の美人。でっぷりとした貿易商風の商人。それから中年の占い師風の女。中世ヨーロッパの貴族風の青年に、背の曲がった五、六十歳くらいの老婆。

 セルジュとイリーザを含めて、交霊術のメンバーは六名と言った処だった。


 ロースト・チキンにフィッシュ&チップス。サラダにパスタといった料理が並んでいる。飲み物はシャンパンにワイン、オレンジ・ジュースの中から選ぶ事が出来た。


「さて。今宵のゴースト・ツアー、どうされますかね」

 老紳士風の口髭を生やした五十代の男はおもむろに言った。


「わたくしは、既に、このホテルの中で強い霊体を幾つも感じ取っていますわ。実に興味深い。ただ、怒らせてはならない者もいます」

 そう占い師の女は言った。


「はははっ。僕は商売に使えるものでも手に入ればよいと思って来たんだけどねえ」

 そう、貿易商の商人は告げる。


 お嬢様風の美女と、老婆は無言で食事を口にしていた。どちらも陰気なものを漂わせている。前者は不安からか、後者はそもそも人付き合いを好ましく思っていないといった風情だった。


「時は16世紀。残虐公と呼ばれたシャルル・ペリアルは橋の向こうに建てられた時計塔で、召使いや奴隷達に凄惨な拷問を行っていたと聞きます。その残虐公の怨霊が、死後、天国からも地獄からも拒まれて、未だ時計塔に住まい、街にも出没する、と聞かされていますが」

 貴族風の青年はそんな事を爽やかな笑みで口にする。



「とても心躍る場所よねえ」

 イリーザはそう言った。

 彼女は残虐公に興味があるのだろう。

 あるいは、自分と同じ匂いを感じ取っているのかもしれない。


 街を歩けば、街路の奥や公園の隅などを、幽霊達が歩いていた。彼らはこの街と共に生き、この街の終わりまで彷徨い続けるのだろう。

 

 それにしても、此処は現世なのだろうか、それとも、冥府なのだろうか。カフェ、レストランの客。果ては学校の生徒達。気付けば、幽霊が混じっていると聞く。


 セルジュとイリーザの二人は、かつて凄惨な拷問が行われた残虐公シャルル・ペリアルの住んでいた塔へと向かう。塔の前には大きな橋があり、この堅牢な橋と塔を建設する為に、かの残虐公は数多の人柱を用意したのだと言う。彼の権力によって、近くの農村から若い生娘達を捕えて、鎖で縛り上げ、生きたまま壁や地面の中に埋めたのだと。


 夜に橋を通ると、橋の下から、生贄に捧げられた生娘達が哀願の啜り泣きと、呪いの言葉を放ち続けるのだと。


 二人は残虐公の住んでいた、歴史ある橋の上を渡る。

 すれ違う人々の中には、幽霊達が混ざっていた。彼らもまた、此処の下に何百年も前に人柱になった女達の悲鳴を興味深く、好奇の目で聞きに来たのだろうか。


 残虐公の住んでいた塔の前に辿り着く。

 入館料は無料だ。


 二人は塔の下から上まで、時間を掛けて回った。

 博物館になっている、シャルル・ペリアルによって拷問されたものの絵が当時の画家によって描かれ、今もなお残っているかつての歴史を帯びてボロボロになった拷問具や、そのレプリカなどが飾られていた。イリーザは熱心に残虐公の拷問道具や処刑道具を見て、そして、当時の様相などが描かれた絵画に感嘆していた。セルジュの方は、面倒臭がりながらも、数百年前の衣服が飾られていたり、街の歴史などが書かれている部屋の中を熱心に鑑賞していた。


 最上階に上がると、展望台になっていた。

 此処から、街全体の景色が見渡す事が出来る。


「たまには、こんなのも悪くないわよねー」

 イリーザははしゃいでいた。

「なんだよ。殺人鬼として共感する事があったのか?」

「いや、その。拷問や処刑道具も面白かったけど…………、絵の美しさや伝統工芸品も意外と綺麗だったな、って」

「そうだな。残酷絵以外にも、当時を再現した街中の景色だとか、森や湖の風景画も飾られていた。お前はそんなのには興味が無いと思っていたが」

「いや、私、これでも割と綺麗なもの好きだし…………」


 夕日が湖の向こうへと沈んでいく。

 黄昏時だ。

 湖全体が朱色に染まっている。


「さて。そろそろ、帰りましょうよ。あのホテルの晩御飯に遅れないようにね」

 イリーザのツイン・テールにした茶髪が、朱に混じって、宝石のように煌めいていた。

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