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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 無限図書館‐死の国の本を探しに。‐ 3


 セルジュは無限図書館の入り口周辺へと、レイアに案内される。


「じゃあね。貴方の事はあまり興味無いのよ。もうあまり来ないでね」

 彼女は相変わらずの無感動そうな声でそう言った。

「なんだよ、ツンデレかよ?」

「本音を言っているだけよ。それに私はデス・ウィングが大嫌いなの。彼女と心を通わせられる貴方をどうにも信用ならないだけよ。納得の行く答えだと思えないのかしら?」

 レイアは少し不機嫌そうな声で言った。


「…………、ああ、成る程な……。まあ、確かにあいつと仲良いけどさあ。俺は俺じゃん? ……、まあ、いや。お前の言いたい事も、その分かるぜ……」

 セルジュは、デス・ウィングという悪意の塊のような女の性格を思い出して、


「私に関心を持たれたいのなら、デス・ウィングと親しくなり過ぎない事ね。私は他人には余り興味が無いのだけど、一般的に人間は必ず周囲の親しい人間の影響を受けるわ。なので、貴方も好ましく思えない。もう一度、言うわね。道理だと思わないかしら?」

「まあ……、だろうな。いや、お前の言っている事は分かるぜ。……しかし、まあ、礼を言っておく。呪いを解くのを助けてくれて、ありがとうな」

 セルジュは素直に告げた。


「まあ、性根は腐っていないかもしれないのね。貴方が強くなれば、一緒にこの図書館で旅に出てもいいわよ。せいぜい強くなる事ね」

 そう言うと、黒白の少女は無限図書館の奥へと向かっていった。


 帰り道には本棚が並んでいる階段があり、その途中で、デス・ウィングが本を読んでいた。


「黄泉からの帰りか? どうだった?」

「死の呪いは解けたぜ。オルセとレイアの二人が手伝ってくれた」

「そうか。しかし、あいつら本当に何考えているんだろうなあ」

 デス・ウィングは本を閉じる。


「それにしても、呪いのアイテムの被害に合うなんて、俺らしくないな」

「そのアイテム、私が欲しいんだがなあ」

 デス・ウィングは楽しそうに言った。

 セルジュは不機嫌そうな顔をしていた。


「ちなみに、どんなアイテムだ? そういえば、本だったよな」

「『冥府の世界の巡り方』っていう本だよ」

「何処で手に入れた?」

 セルジュは、少し黙る。


「鏡の前に置かれていた。実は、俺の夢日記なんだな。断片的にノートに記していた夢の日記をノートに書き散らしていたら、ある日、家の鏡の前に置かれていたんだ。それを読んで、俺は死の呪いに掛かった」

「そうか。多分、それはお前自身がお前を呪ったんだろうな」

 デス・ウィングは、興味深そうに言った。


「お前の悪夢が、お前を殺そうとしに来たんだ。お前っていう存在は呪いそのものだものな。ダリアという女に対して、今、どう想っている?」

「さあな。どうも、想っていないのかもしれねぇな」

 セルジュは押し黙る。


 ダリア。

 セルジュにとって、誰よりも、愛憎の対象であり、羨ましかった存在。


「まあいい。お前の事は余計な詮索はしない。まあいい。そうだ、また違う旅をしないか?」

「違う旅?」

「無限図書館の奥に向かって、私の探している本を共に探して欲しい」

「マジかよ」

「疲れた顔しているな。休憩してからでいいぞ。明日にでもいい、一緒に探しに行かないか?」

「報酬は?」

「ベルガモットの紅茶缶、一年分でどうだ?」

「……悪い話じゃないな。もっとも、旅の内容次第では、報酬の額をつり上げるがな」

 そう言うと、セルジュはソファーの上に横になった。

 デス・ウィングも、部屋の隅にあったアロマライトに、セージの液を垂らして、ライトを照らす。そして、彼女もソファーに横になった。



「『旧約聖書』、あるいは『タルムード』の書かれざる書物が欲しい。それは、約数千年の間、人々が手に入れようとしてきたものらしいが。私は手に取って、探してみたい。歴史的には、実在しない書物かもしれないが、無限図書館には存在するだろう」

 彼女は言う。

 デス・ウィングは、宗教に強い興味を持っている。特に、聖書に関してはだ。

 セルジュには、よく分からない感性だった。


「じゃあ、無限図書館の奥底に向かい、探しに行こう」

 二人は、闇の奥へと向かっていく。


 まるで、宇宙空間に放り出されたような場所を、二人は渡り歩いていた。

 あるいは、時間が生まれる以前の世界か。

 様々な惑星が辺りに浮いている。

 巨大隕石が、二人の近くを通り過ぎていく。


 二人は、何も無い空間を、まるで橋でもあるかのように歩いていた。

 この空間には、万物の始まりも終わりも無かった。

 ただ、時間軸の停止した世界を渡り歩いているように感じた。


 しばらくして、光の扉を見つける。

 二人は、そこに入る。


 そこは、大伽藍の残骸だった。

 ボロボロに焼け落ちた大聖堂が、幾つも、幾つも、犇めいている。


「なんだ? 此処は?」

「さあな? 人々の本への想いが形になった次元が、この無限図書館だ。私も全貌は分からない。私の求めている書物が見つかるといいが」

 二人はその地へと舞い降りる。

 まるで、重力など、存在していないかのようだった。


 空を見ると、巨大な光の輪が幾つも浮かんでいる。

 宗教画に存在する天使達が空を飛び交っていた。

 彼らは、どうやら二人には気付いていないみたいだった。


「おい。もしかして、あそこは図書館じゃないのか?」

 デス・ウィングが指を差す。


 アレクサンドリア図書館。

 紀元前300年前に作られたエジプトの最高で最大の図書館に酷似している巨大図書館があった。

 二人は、その建築物まで歩いていく。


「やっぱり、置かれているのはパピルスで出来た書物かな。あれって、巻き物みたいになっているんだっけ?」

 セルジュは訊ねる。

「それは実に困ったな。私は古代エジプト文字なんて読めない」

 デス・ウィングは顎に手を置いた。

「まあ、面白そうだから、行ってみようぜ」

 二人は図書館へと近付く。


 図書館の前に、人影があった。

 セルジュは、少しだけ驚く。


 黒白のドレスを纏った少女、レイアだった。

 彼女は、二人を睨み付けていた。


「何の用かしら? この辺りは、この私のお気に入りの場所なのだけど?」

 レイアは剣呑に言う。

 彼女は、明らかにセルジュではなく、デス・ウィングに告げているみたいだった。


「ああ、そうか、そうか。悪い、悪い。お前がいるとは思わなかった。そうだ、私の商品でも買うか? 良いアイテムが大量に揃っているぞ?」

 デス・ウィングは茶化すように言う。


 レイアは無言だった。


 そのまま、地面を蹴る。


 セルジュは、何も見えなかった。


 デス・ウィングの頭が…………。

 いつの間にか、消滅していた。


「再生に何秒かかるのかしら? 不死身なんでしょう? 今日こそは始末する」

 レイアはとてつもなく、刃物のような声音で言った。


「オルセ。やれ」

 少女は告げる。


 何処からか現れたのだろうか。


 オルセが天高くに舞い上がっていた。

 彼女の右手には、巨大な炎の球が生み出されていた。


「レイアッ! ちょっと太陽創ってみたよーっ!」

「そう。礼を言うわ。落とせ」

 黒白のドレスの少女は、それだけ言う。


 セルジュは、呆けながら、その光景を見ていた。

 大地が瞬時に蒸発していく。


 辺り一帯が焦熱の地獄と化していく。

 セルジュは、気が付けば、別の場所に座らされていた。

 どうやら、そこはアレクサンドリア図書館付近から、かなり離れた場所みたいだった。


 塔のような場所だった。

 石で作られた椅子が置かれている。

 そこには、オルセが座っていた。

 大地が沸騰し、蒸発し、原初の炎の海へと変わっていく。


「レイア。デス・ウィング、大嫌いだもんねー。私は楽しいからレイアの事、手伝うけどさ」

 オルセは鼻歌を歌う。

 マザーグースの『ロンドン橋落ちた』だった。


「あの二人、本当に本当に仲悪いから。よく殺し合いをしている。レイアは相当、嫌っていて、デス・ウィングはレイアを小馬鹿にしている。決着は付いていない。ふふっ、今日も付かないでしょうね」


 炎の中から、風の渦が飛び出してくる。

 おそらく、頭を再生させた、デス・ウィングだろうな、と、セルジュは理解する。

 何か、空中で、凄まじい激突が繰り広げられていた。


 辺り一面が、まるで核戦争……、神々の最終戦争でも行われたかのごとく、破壊されていく。あるいは、創造させていく。地割れが生まれ、竜巻が生まれ、火柱が上がる。そして、光の渦が何度も巻き散っていく。


「あんなの観ていて面白いか?」

 セルジュはオルセに訊ねる。

「まあ、いいんじゃない? 二人共、強過ぎて、戦う相手欲しがっているしっ!」

 そういうオルセは無邪気にはしゃいでいた。



「戦いの最中に、隙を狙って、幾つかお宝を手に入れてきた」

 デス・ウィングは、何枚かの巻き物状にしたパピルスと、書物を手にした。


 そこは、デス・ウィングの経営する骨董屋『黒い森の魔女』の中だった。


「レイアは?」

「引き分けだな。いつものように、もう来るな、って言われた」

 デス・ウィングの元からボロボロのニットのセーターは、何処か焦げた匂いを放っていた。


「で、お宝は良いものだったのか?」

「うーん、さっぱり読めない。古代エジプト語にヘブライ語。何が書かれているか、さっぱり分からない。売ってみるかな?」

 そう言うと、彼女は店の中の本棚に納める。


「ちなみに、レイアなら読めるそうだ」

 デス・ウィングが溜め息を吐く。

「お前の完全な負けじゃねぇか」

 セルジュは切って捨てるように言う。


 デス・ウィングはこめかみをひく付かせて、必死で、語学の辞典を漁っていた。

 それを見て、セルジュは爆笑する。


「それにしても、宗教の書かれざる書物って、そんなに読みたいものなのか? どうせろくでもないもの書かれているかもしれないぜ。タダの狂人の妄想とかも」

 セルジュは大欠伸をする。


「そんな無駄な事に時間を費やすのが、人生の情熱ってものだろうがっ!」

 そう言いながら、デス・ウィングは何万ページもあるヘブライ語の辞典を見ながら、必死で擦り切れた文字と格闘していた。


「じゃあ、俺は二階で休むぜ」

 黒い森の魔女の二階には、応接間や寝室もある。

 そこで、ひと眠りする事にした。


 ……それにしても、最近は、本当に疲れた。

 化け物や異常者ばかりに出会った。

 ……しばらくは、ビジネスを休むかなあ。金が減ったら、またやろう。

 セルジュは羽毛布団に潜り込む。

 今、この部屋の天井は、プラネタリウムのように様々な惑星が映し出される仕様になっていた。宇宙の始まりによる創生と歴史の下で、眠りに落ちていくような気分になった。




挿絵(By みてみん)


レイア

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