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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 無限図書館‐死の国の本を探しに。‐ 2


 何故、死の呪いを受けてしまったのか。


 ボートの上に座ると、セルジュは思い出す。

 最近は、様々な異形達に会う事が多かった。

 そのどれかが原因なのかもしれない。


「此処は一体、何処なんだよ?」

 セルジュは一人呟く。


「此処はどうやら、本の世界みたいね」

 ふと。

 彼の背後に、何者かが立っていた。


 黒白のゴシック・ロリータのドレスを纏った少女だった。

 彼女は本をパラパラとめくっていた。


「お前は、レイアとか言ったか……?」

 セルジュは振り返る。

「あら、名前を覚えていてくれて嬉しいわ。処でこれは呪法の書物なのだけれども、貴方が先日、何者かと接触した事によって呪いを受けたみたいね。死の国へと誘う呪いをね」

「そうだな…………、夢の中で黒い布をかぶった奴がボートの上で近付いてくるんだ。少しずつな。そして、俺はそれを夢日記として記している」

 セルジュはボートの上に置かれているものを見る。

 それは本の体裁を取った日記帳だった。

 レイアは手にしていた呪術関連の本を置くと、日記帳を手に取る。

「『冥府の世界の巡り方』と書かれているタイトルなのね」

「ああ、そうだな。夢日記だ」

「これは貴方の創作した“私小説”みたいなものよ。だから、この無限図書館の中に収監されていた。無限図書館の中には、あらゆる世界、あらゆる次元、あらゆる時空間の書籍が存在しているのよ」

 レイアは日記に眼を通していく。

「成る程、夢の中で襲い掛かってくる呪い、か」

 彼女は、河を眺めていた。

 遥か遠くから、何かが近付いてくる。

 辺りは霧が立ち込み始めていた。

 きぃ、きぃ、と、舟を漕ぐ男が聞こえる。


「あれを始末すれば、貴方は救われるわね」

 彼女は淡々と言う。

「そういうものなのか?」

「殴り殺せないかしら?」

「物理で殴って死ぬのかよ?」

 セルジュは思わず、声が裏返る。


「まあ。オルセなら、この世界ごと破壊出来る。私は対象を始末するだけね」

 船は近付いてくる。

 黒い布をかぶった謎の人物の姿が現れた。

「さて、どうしたものかしら?」

 レイアは腕組みしながら、楽しそうな顔をしていた。

「布の下の顔がどうなっているのか興味があるわね」

 彼女は舟が近付いてくるのを待っているみたいだった。

「俺は、奴と接触すれば、死ぬのだと思う。きっとな…………」

「そう」


 ごぽり、ごぽりっと。

 河の中から、何体もの怪物が頭を伸ばしていた。

 それは巨大な魚や海蛇だった。

 全身の鱗が棘状になっている。口は針の山のようだった。

「さてと。貴方、この上だと戦いにくいでしょう? 私が倒して上げるわ」

 レイアは鼻を鳴らす。

 怪物達が、二人へと襲い掛かる。

 レイアは跳躍する。

 瞬く間に、怪物達の頭は砕かれて、河の中へと沈んでいった。

 そして。

 レイアは黒い布を被った人物の舟の上へと佇んでいた。

「さて。貴方は何者なのかしら?」

 レイアは有無を言わせずに、その人物の頭の布を剥ぎ取る。

 セルジュは言葉を失っていた。


 黒い布の下には…………。

 セルジュと同じ顔があった……。



「鏡の呪いね」

 

 セルジュは起き上がる。

レイアとオルセの二人が佇んで、セルジュを見下ろしていた。


「ああ、なんだよ? …………俺は……、…………」

「呪いは解かれたわよ。鏡の呪い。貴方、呪いの鏡に触れたみたいね」

 レイアは淡々と告げた。


 気が付くと、辺りは廃墟だった。


「これで大丈夫。貴方が死ぬ事は無い」

 レイアは告げる。


「ねえねえ、処でセルジュ。デス・ウィングの処に向かったんだけど、貴方はなんでも屋さんなんでしょう? 私が依頼していいのかな?」

 オルセは自らの膝に手をやって無邪気に笑う。

「……、依頼……? なんだよ? そりゃ?」

「私もこの無限図書館で本を探しているの」

 オルセはなんだかとても楽しそうだった。


「じゃあ、私はそろそろ行くわよ」

 レイアは気だるそうな顔をしていた。

「レイアも一緒にきてくれないかしら? どうせ暇なんでしょう?」

「暇と言っても、貴方の遊びに付き合う程、暇じゃないわね。そこのセルジュとかいうのを助けるのも、私が時間を割いてあげたじゃない。私は興味が無いのよ。貴方の行動や、そこの彼にも」

「ふうん? これから向かう先にいる書庫の怪物はとてつもなく強いんだけど。絶対的な強さを持つ貴方じゃないとムリかも。私も確かに力持ちだけど、私じゃ駄目かもしれない」

 レイアは少しだけ不機嫌そうに眉を顰めた。


「まあ、どうだっていいんだけどなあ。取り敢えず、助けてくれたのは礼を言うぜ。それより、レイア。お前、本当に強いのかよ? どれだけなんだ? そこのオルセとどっちが強いんだ?」

「うん、レイア。私の方が多分、レイアよりも強いと思うよ、セルジュ。やっぱり私と貴方がいれば目的の本を手に入られるかも」

 オルセは人差し指を掲げて笑う。


「挑発のつもりかしら? オルセ」

 レイアは小さく鼻を鳴らす。


「私は自分の力を誇示するつもりは無いわね」

「でも、いつも自分以上に強い敵が欲しいって言っているでしょう?」

「貴方の戯言に興味無いのよ」

「でも、これから行く“書庫”は、かなり危険かも。とてつもなく強大な化け物を封じている。それこそ、神様クラスの」

 オルセは真剣に言う。


「おい、お前、一体どんな本を探しているんだ?」

「うん? それは決まっているじゃない。ほら、クトゥルフ神話の『ネクロノミコン』と

『ルルイエ異本』。どちらもこの無限図書館の“書庫”には実在している筈。宇宙レベルの神様と戦えるわよ、レイア!」

 オルセはそう悪戯っぽく笑った。



 いきなり襲われたのは“ティンダロスの猟犬”という怪物だった。

 時間が存在する以前に生まれた怪物で、90度以下の鋭角のある空間から存在しない化け物だ。現れて、一時間以上経過するが、何処までも追跡してくる。


 何か爬虫類のようなものの骨にスライム状のような透明な血肉が付随した怪物だった。

 セルジュ、オルセ、レイアの三名を追ってくる。

 

 そこは大量の樹木が生い茂る場所だった。

 所々に奇妙なブロックが空中に浮かんでいる。


「あいつ、いつまでも追っ掛けてくるぜ? どうにか出来ないのかよ?」

 セルジュは不安げに二人に訊ねる。


「さあ?」

 レイアはどうでも良さそうな顔をしていた。


 四足歩行で追ってくる怪物は、次々と口から生える牙のような何かによって、障害物を蒸発させるように喰い続けて、此方に向かってくる。


「オルセ。あれは少し面倒臭い。貴方、なんとかしてくれないかしら?」

 レイアは一番、先頭に進んで、ブロックや岩肌の上を厚底ブーツで飛び跳ねていた。おそらく、安全な道を示しているのだろう。


「私に任せて」

 オルセは両手を広げる。

 大地の樹木が急激に成長していく。

 その蔓が、檻のような形になり、天へと向かって伸びていく。

 更に空中に浮かんでいる謎のブロックを見えない力で動かして、追ってくる怪物の前に壁のように、固めていく。

 だが……。

 怪物はまるで骨格が無いかのように、あるいは霧か何かのように……、樹木の枝の隙間や、ブロックの隙間を易々と透過していく。


「あれ?」

 オルセは困った口調になる。


「ティンダロスの猟犬だぜ。時間が生まれる以前から存在するとかいう奴だ。そんなので通過するに決まっているだろ?」

 セルジュは呆れたように言う。

「じゃあ、これならどうだろ?」

 オルセは更に両手から、何かを生み出した。


 それは巨大な竜巻だった。

 竜巻から稲光が迸り、猟犬へと追突させていく。更にそれは巨大な冷気の渦を生み、ティンダロスの猟犬の全身を固めていく。


 その四足歩行の怪物は……。

 氷さえも、透過していった。


「あれ、なんで!?」

 オルセは少し慌てていた。

「オルセ。貴方は森羅万象の力を操れるのかもしれないけど、アレは倒せないみたいね。この私が行くわ」

 レイアは抑揚の無い声で言い放つ。


 一瞬、レイアの姿が、その場から消える。

 次の瞬間の事だった。


 ティンダロスの猟犬の全身が弾け飛び、空中に粒子と化して溶けていく。

 レイアは空に浮かぶ、ブロックの一つに乗っていた。

「倒したわ。これで先に進めるわね」

 彼女は淡白な顔をしていた。


「マジか? クトゥルフの無敵の怪物を倒しやがった……」

 セルジュの声は裏返っていた。



 その後もレイアは巨大なタコの頭を持ち、蝙蝠の翼を広げた全長が数百メートルもある巨大な怪物を蹴散らすと、遺跡の最奥へと進む地下階段を見つけた。


「おい、お前、クトゥルフの怪物って人間じゃ勝てない化け物だった筈だが。やはり、お前、人間じゃないのか?」

 セルジュは関心したような顔をする。


「対して強くなかったわよ。そこら辺の一般人でも勝てるんじゃないかしら?」

 レイアは無感情な声で、階段の奥へと歩いていく。

 オルセも楽しそうに笑っていた。


 しばらくすると、最奥には奇形的な岩石を祭壇にして、一冊の本が置かれていた。

『ネクロノミコン』と書かれている。

 オルセはそれを手に取ると、とても嬉しそうな顔になった。

「後は『ルルイエ異本』ねっ!」

「一人で取りにいけよ」

「そうね」

 レイアはセルジュの悪態に同意した。




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