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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 無限図書館‐死の国の本を探しに。‐ 1


「つまり此処は異空間なのだが。あらゆる世界。あらゆる次元の、あらゆる歴史に残された、およそあらゆる存在していた書物が並んでいるとされている」

 デス・ウィングは置いてあったソファーの上に座る。

 豪奢なソファーだった。宝石が散りばめられている。

 ソファーの下の床は、白い虎の毛皮が敷かれていた。


「で、この異空間は一体、何て呼ばれているんだ?」

 デス・ウィングに誘われるままに、彼はこの本棚ばかりが並んだ世界に招き入れられた。

「『無限図書館』。一つの次元だ。私もこの次元が一体、どうなっているのかまるで分からない。とにかく本が増え続けている。本棚自体が一秒単位、いや、コンマ何秒……、刹那単位で生まれ続けている」

「じゃあ、目的の本を探す事なんて、ほぼ不可能じゃねぇか」

「いや。念じていれば、辿り着けるらしい」

 彼女は薄らと笑みを浮かべる。


「たまに、黒い書物を探して入るが。私は歓迎されていないのか、中々、見つからない。本ってのは、波長のようなものがあるのかもしれないな」

「無限図書館にあるのか?」

「ああ」

 デス・ウィングは顎に手を置く。


「そういえば、お前って、本好きだっけか? どんな本が好きなんだ?」

「断然、マルキ・ド・サドだな。それから、シェイクスピア。私の世界認識の指針だな」

「ほう?」

「セルジュ。好きな作家はいるか?」

「トーマス・マンと、それから、ゲーテだな。基本、ドイツ文学が好きだぜ」

「ははっ。お前らしいな。どちらも成長物語(ビルドゥングス・ロマン)だった筈だな。処で、マンとゲーテなら、何が好きだ?」

「マンなら、『魔の山』。ゲーテなら、……ウェルテルは青臭いな。断然、『ファウスト』。サドはサディズムの語源になった反社会的な内容ばかり書いて、投獄された奴だろ? サドは分かるんだけど、シェイクピアはなんでだよ?」

「劇作家で一流に優れているからだ。そして、世界を俯瞰している。四大悲劇を読むと思うんだ。他人の不幸をショーにしている奴だよ。私とよく感性が合う。貧富の格差関係なく、当時、みながシェイクスピアの舞台劇に熱狂していたらしい」

 彼女は、くっくっ、と笑う。


「それにしても、小説ってのは、本当に素晴らしい。最近は電子で本を読む風潮があるらしいが。私は断然、紙だな。それにしても、小説ってのは、本当に自由でいい。アナーキーな方がいい」

「アナーキー?」

「セルジュ。私は頭のイカれた作家の方が好きだ。そいつが犯罪者の方が面白い。作者が人殺しでも、泥棒でも、汚職政治家でも、革命家でも、薬物中毒者でも、マフィアでも、もうなんだっていい。私はイカれた作家の方が好きだな。社会的にはアウトサイダーな方が面白いのを書いているに決まっている。シェイクスピアも当時、ホームレスの類と見られていたらしいしなあ」

「ふうん。ってと、お前の話を聞いていると、作家ってのは、社会不適合者の方がいいって聞こえるんだけどな」

「当たり前だろう。その方が面白いものを書いている。ドストエフスキーだって、革命罪で、六年刑務所にブチ込まれている。三島由記夫は理想の和国を夢見て、自衛隊に叫び散らし切腹して果てた。アントナン・アルトーは十年程、精神病院にブチ込まれた。ヘルダーリンは精神病で三十年くらい塔に幽閉されたな。ジュネはゲイで泥棒で、無期懲役の処を実存哲学者のサルトルらの協力によって刑務所を出た。彼らは歴史を作った」

 デス・ウィングは珍しく熱心な表情で語り続けていた。


「ああ。そうだ、無限図書館の何処かにいる、『最強』の異名の黒白の少女と、『万能』の異名の黄色い女なら知っているかもな。私よりも、図書館の蔵書を詳しい筈だ」

「最強? 万能? なんだそりゃ?」

 なんだか、子供が好きそうな言葉の羅列だ。


「まあ、なんていうかな。奴らは神に近い。そういう存在だ」

 デス・ウィングは、頭をぼりぼりと掻いた。


「意味が分からねぇよ。取り敢えず、俺はこの先に進むぜ」

「そうか」

 デス・ウィングは隣にあった本棚から一冊の本を取り出す。

 本のタイトルは『古事記』と記されていた。

「では、私は待っておくぞ。お前が迷子にならないようにな」

「そうか頼むぜ…………、俺が戻ってこれるように待っていてくれると嬉しいな。これから、現世と冥界の橋渡しに関する本を探しに行くんだからな」

 そう言うと、セルジュは無限図書館の先を進んでいった。


 セルジュは呪われている。

 冥府から呼び出す囁き声が聞こえる。

 その呪いを解く為に、解呪の為の本が必要なのだ。



 硝子で出来た螺旋階段の上を、セルジュは歩いていく。

 光輝く、回転木馬がくるくると、回り続ける。


 壁一面には、無数の柱時計、壁掛け時計が張り付けられていた。

 様々なデザインの時計が壁に張り付けられ、置かれ、転がっている。腕時計や目覚まし時計などもあった。携帯電話やスマートフォンも転がっている。

 全てが別々の時間や日にちを指していた。


 砂時計は何度も、回り続ける。

 此処は永遠の回廊であり、永遠に死なない者達の墓場だ。


 螺旋階段の先に、光が刺し込むドアがあった。

 セルジュは、それを潜り抜ける。


 すると、そこは図書館の自習室のようになった場所に辿り着いた。

 巨大なフリルがふんだんに付けられたパラソルが天井に向かって、広がっていた。そのパラソルの下に、二人の人物がいる。


 一人は、黒白のゴシック・ロリータのドレスを纏った少女だった。

 一人は、黄色いロリータのドレスを纏った女だった。

 二人はお茶会をしていた。


「あら? 誰か来たみたいね? 珍しいわねっ!」

 黄色いロリータのドレスの女が立ち上がる。

 長身の女だった。顔は整っている。髪は腰まである。尖った花びらの髪飾りを付けている。

 黒白のドレスを纏った少女は、紅茶を置いて、本のページを開く。

「ねえ、レイア。誰か来たわよ」

「私には、どうでもいいわ。それに言われなくても知っている」

 レイアと呼ばれた黒白のゴシック・ロリータの少女は、図鑑のようなものを読んでいた。どうやら、何かの乗り物の絵が描かれている。

「今、この古代文字が訳せないのよ。ヘブライ語で描かれているわ」

「ふふっ。私はお客さんに挨拶してくるねっ!」

 黄色いロリータ服の少女が跳躍して、セルジュの前に着地する。


「あら、こんにちは。私はオルセ。向こうの気難しいのはレイア。貴方は?」

 女は笑う。


 セルジュは少しだけ…………、寒気に襲われる。

 この女は…………、やばい。


「お前ら、聞いていいか…………、……?」

「なあに?」

 オルセは首を傾げて、訊ねる。


「隠さなくていい。お前ら、化け物だろ?」

 セルジュはおぞましいものでも見るように訊ねた。


 オルセと名乗った女は、くるくる、と一回転する。

「レイア。酷い事、言われちゃったわ」

 そう言いながら、オルセは、地面の何も無い場所を階段のように歩いては、壁を歩き、そして天井を歩き始める。ドレスは、地面は重力に従って落ちていかない。


「そうやって、訪問者をからかう事に意味があるのかしら?」

 レイアと呼ばれた少女は、不貞腐れた顔で、本をめくっていた。


「お前らは一体、なんだ? この世界の番人か何かか?」

 セルジュは、二人に訊ねる。


「此処に住んでいるだけよ。私はひきこもっている」

 刹那の事だった。

 レイアと呼ばれた長い黄緑色の髪の少女は、セルジュの背後に立っていた。

「騒がしい。私は別の場所で読書するわ」

 そう言うと、レイアは本を閉じる。


「レイアとは親友なのよねえ」

 オルセはうっとりとした顔をする。

「勝手に親友にしないでよ。気持ち悪いわね。さしずめ、喧嘩友達って処かしらねえ」

 そう言うと、レイアはセルジュが来た螺旋階段の方角へと消えていく。


 …………、セルジュは汗だくになりながら、辺りを見渡す。

 レイアがいつ、彼の背後にいたのか、まるで見えなかった。

 そして、ぽつり、と、彼女が呟いた声を聞き取っていたからだ。

 ……貴方、このままだと死ぬわね。何かの呪いを受けたのかしら? まあ、私にはどうだっていい事なのだけど。


「この無限図書館の中で、ある本を探しているんだが。お前、知っているか?」

 セルジュは天井を歩いている、オルセに訊ねる。

 オルセは、地面へと着地する。スカートからパニエとドロワーズが見えた。


「お前……、完全に重力を無視しているだろ?」

 セルジュは、オルセに訊ねる。


「さあ? そうなのかなあ?」

 オルセは薄気味悪い微笑みを浮かべる。


「ねえ。お名前を教えて? 私の名前はオルセ。貴方は?」

 彼女はおぞましく唇を歪める。


「ああ……。俺の名はセルジュ。その、よろしくな…………」

「この無限図書館に御本を探しに来たのでしょう?」

「ああ、探しに来たぜ」

 オルセは西洋式のソファーの上に着地する。


「じゃあ。その御本を探すのを手伝ってあげるわ。此処はとてもとても広いのですもの」

 オルセは両手を広げる。



 ビルの残骸だった。

 廃墟ばかりが続いている。


「一体、なんなんだ? 此処は!?」

 セルジュはオルセの手につかまりながら、廃墟の上空を飛び続けていた。


 廃墟の残骸の中には、大量のぬいぐるみや人形が打ち捨てられていた。雨や風によってボロボロになったのか、ボロボロに朽ちている。


「なんだ? あれは?」

「人の残骸なんじゃないかな? 人の心の残骸」

 オルセはそんな事を言う。

 彼女は踊るように空を飛ぶ。


「はあん。人の心って奴か、オルセ。お前、人間の心って奴はなんだと思う?」

「うーん、ちょっと分からないかなあ。レイアからもよく私は他人の心が分からないって言われる。レイアの方は興味が無いんだって」

「はん、そんなものか。しかし、他人の心なんて、どうだっていいんだよな。考えるだけ下らないかもな。機微なんて読んだって面倒臭ぇしな。曖昧なコミュニケーションでみな好き勝手に生きているだけだろ?」

「そうかもしれない。でも、本の世界に没入すると他人の心が分かった気分になるの」

「だろうなあ。まあ、本ってのは人間ってのは何なのか、人類ってのは何なのかを探る為の(しるべ)みたいなもんだしな」

「処で、貴方が探しているものが見つかりそうよ」

 彼女は笑う。

「そうか、それはありがたいな」

「旅行記なんでしょう?」

 オルセは指先をくるくると回す。


 廃墟の中に朽ちた修道院のようなものがあった。

 オルセはその建物に着地する。

 同時にセルジュもその場所へと降りる事になった。


 二人は修道院の中へと入っていく。

 しばらく行くと、中に一つの本棚があった。


「これじゃないかしら?」

 オルセは旅行記をセルジュに手渡す。


「ああ、確かにこれだぜ」

 セルジュは息を飲む。


「『冥府の世界の巡り方』」

 本のタイトルはそう描かれていた。

「此岸と彼岸を巡る橋を貴方は行き来しているのでしょう? その内容がこの本の中には記されている筈だわ」

 オルセは微笑する。

 セルジュはその本を手にして、ページを開く。


 すると、彼は自分自身の影の中へと飲み込まれていくのが分かった。

 身体の全身が地面へと沈んでいく。


 気付けば、河のような場所にいた。

 彼はボートの上に坐っていた。


 そして、セルジュは気付く。

 そこは、確かに夢で見た光景と似通っていた。



 最近、夜、寝ていると夢を見る。

 それは、冥府の河の上に佇むボートの上に乗っている。

 気付くと、ゆっくりと別の船がやってくる。

 真っ黒な布に包まれた者で、性別は分からない。


 そいつは、何か書物らしきものを手にしていた。

 セルジュは直観的に分かった。

 そいつはその本によって、セルジュを死の国へと呼んでいるのだと。

 

 本か。

 それで、デス・ウィングに相談すると、世界中のあらゆる本が存在すると言われている無限図書館という場所に案内されたのだった。

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