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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 夜市場の島 ‐魔窟綺譚‐ 3


 この腐った世界に、黎明の光が顔を出す。

 暁の海が、とても鮮やかで美しい。


 岸を行き来するボートが水上の上を走っていた。

 ボートの上には、果物を乗せて客に売っているものもあった。

 酒で一夜を明かした夜市の者達は、ボートに乗って岸の向こうへと帰っていく。

 

 水上の上に太陽が映し出されている。

 セルジュはマンゴーのパフェを露店で注文していた。

「それにしても、眠いな」

 彼は気だるそうに言った。

 

 結局の処、ナルバはマフィアと繋がっており、セルジュとデス・ウィングを嵌めて、何かに利用しようとしていたが、それは叶わなかった。飼い主達を失ったナルバは、二人に命乞いをした後、二度と合わない約束をしてボートに乗り込んだ。


「お待たせ」

 デス・ウィングが現れる。

 彼女は買い物袋を幾つか手にしていた。

「何買ってきたんだ?」

「ふふっ、ずばりだな。買い物袋だよ。買い物袋。……収集したものを入れる為の」

 どうやら、本当に、買い物袋ばかりを大量に買ってきたみたいだった。

 児童売春窟で、手に入れた“コレクション”を入れる買い物袋を彼女は購入しに行ったのだった。そもそも、売春窟で、良い入れ物が無かったらしい。

「他には何か飼ってきたのか?」

「主にブレンド茶やドライ・フルーツかな。お菓子も買っている」

「割と普通のものも買うんだな」

「いや、…………、私は霞とか人の生き血とかじゃなくて、普通に紅茶にケーキを口にしているだろ?」

 デス・ウィングは苦笑する。


「それにしても、本当にどうするんだよ? お前が引き受けろよ? 俺は以前、懲りたんだからな」

 デス・ウィングの周りには、何名かの子供達が集まっていた。

 彼女は買ってきた市場の土産物の中から、ドライ・フルーツを取り出して、彼らに渡していく。子供の年齢は、6歳から14歳くらいまで様々だった。彼らは文字の読み書きも出来ないものもいれば、ドラッグで頭がおかしくなっている者もいた。

「ペットじゃねぇんだからさ。どうするんだよ? こいつら?」

 セルジュはそう言いながら、別の露店でエビ・ヌードルとガパオライスを注文する。子供達は、物欲しそうな顔で、彼を見ていた。


「おい。こいつら、思ったんだけど。本当に子供なのかな? ……いや、年齢として」

 デス・ウィングは微笑する。

「知らねぇよ。でも、確かに、6歳児に見えるだけで、実は18歳とかかもな?」

「病院にも連れていった方がいいんじゃないか? よく病気に感染しているそうだし」

「性病だろ? 治る見込みの無い。まあ、検査とか必要かもな」

 エビ・ヌードルが運ばれてくる。

 セルジュは箸で、麺を啜っていく。

 甘辛い味付けが美味いんだよな、と、彼は呟く。

 子供達が、彼の食事を凝視していた。

 それを見て、セルジュはだんだん嫌な視線に居心地の悪さが積もってくる。


「ああ…………、分かったよ。お前らにも飯奢るよ。同じ奴っ!」

 そう言うと、セルジュは露店の店員に追加注文を行う。


「どうするんだよ、デス・ウィング。お前が引き取れよ? お前が引き起こした問題だろ?」

 セルジュは、剣呑な顔で、デス・ウィングを睨んでいた。


 デス・ウィングは、首をひねる。

「うーん、困ったなあ。臓器移植に使ってやるか? 子供しか喰わない変態の食人鬼に食べさせるか?」

 デス・ウィングは素で鬼畜生で下劣な事を述べた。

 セルジュは…………、かなりドン引きする。


「おい。俺がてめぇの尻拭いしなくなってきたじゃねぇか」

「さすがだっ! お前は私が見込んだ善という概念の象徴そのものだっ!」

 デス・ウィングはセルジュから、至近距離から、超音速で頭蓋にナイフを投げ付けられる。彼女は、まあ、怒るなよ、と、指先だけでナイフをつかみ取っていた。



「どうしたの? その子達?」

 サリーを着た砂漠の民は、子供達を見て驚きの声を上げる。


「他の難民キャンプは11件も周った。11件だぞ? 此処は信頼出来ると聞いて預けに来た。子供が全部で25名もいる。最低だ。薬で頭がおかしくなっている奴もいる。面倒見て、マトモに教育してくれないか?」

 デス・ウィングはそう言いながら、札束を渡す。

「そのお金は……?」

 砂漠の民は、更に驚きの声を上げた。


「遠く離れた国で、児童売春組織ひねり潰して、奴らが金庫に保管していた金だ。半分くらいかな? 私達が子供を助ける際に略奪した」

 デス・ウィングは、淡々と説明する。

「まあ、此処は誰でも受け入れるけれど…………」

「じゃあ、頼んだぞ。私は帰る。子供の面倒を見るのは疲れた」

 そう言うと、デス・ウィングは、トレーラー・ハウスが並び、砂漠の民が住まうキャンプ場から去っていく。


 その難民キャンプは、各国からの個人によるボランティア団体が関わっている。当たってみた他の難民キャンプからは拒否されたが、こちらは受け入れてくれそうだ。


 途中には、セルジュが大型トラックを背もたれにして、コーラを口にしていた。

 辺りには砂漠が広がっている。

 セルジュとデス・ウィング……、二人は車の運転が出来ない。

 トラックの運転手には、ナルバを雇う事になった。

 ナルバは二人から、赤く腫れ上がった顔を押さえながら、デス・ウィングの帰りを待っていた。

「これで、いいかな? 俺を解放してよ」

「まだだ。俺達を街まで連れていけ」

 セルジュはキツイ口調で、少年に告げる。

 デス・ウィングが荷台に乗る。


「それにしても、本当に貴方達、よくやったよね」

「クソな国連が、助けない避難民の奴らに、ガキの面倒代として金をやった。俺達も叩き潰したマフィアの資金を半分貰えた。お前は自由の身になれた、何も問題ないな」

 そう言うと、セルジュは助手席に乗る。


「じゃあ、このトラック、持ち主に返してくるぞ。料金を上げられると面倒だ。……おい、冷房を上げろよ。この服、暑いんだよ」

 セルジュはそう言うと、孔雀柄の扇子を振る。


 トラックは砂漠の道を進んでいく。

 空は、眩いオレンジ色の夕日が輝いていた。

 もうじき、夜が訪れる。


「あのガキ共、何名くらいが大人になれると思う?」

 セルジュは誰にともなく、呟く。

「此処、やはり臭いな。ムリに私も助手席に行っていいかな?」

 デス・ウィングは荷台の中で言う。

「狭過ぎるだろ」

 セルジュは面倒臭そうに言う。

「五人くらいかな…………」

 ナルバがぽつりと、呟く。

「25名のうち、皮膚に、4人には死に至る病気のアザが出来ていた。他の奴らも……」

 ナルバは少しだけ、淀んだ声で言う。

「まあ……。天に運を任せるしかないだろうな」

 デス・ウィングは無感情に言う。

「そうか」

「あそこで身体を売っていれば、子供はもっと早く死んだ。私達は正義じゃない。神様でも無いんだよ。セルジュ、この話はこれでお終いだ。これ以上もこれ以下の事も出来なかった。それでいいだろ?」

 デス・ウィングは、ほんの少しだけ強い口調で告げた。

 そして、静かに寝息を立て始める。

 実際、二人は世界を救う為の使者なんかじゃない……。

 …………、黄泉比良坂(よもつひらさか)の境を生きている、闇の住民でしかないのだから……。


 砂塵が舞い、錆びた缶詰が宙を舞う。

 訪れる夜の闇は、何処までも深く、ノクターンのメロディーを鳴らしているかのようだった。



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