CASE 夜市場の島 ‐魔窟綺譚‐ 2
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飼い主の分からない、シャム猫が脚下を通り過ぎる。
セルジュは海老の串焼きを口にしながら、猫にチキンの切れ端を放り投げる。
「俺は関わりたくねぇからな」
露店のベンチにて、彼は面倒臭そうに大欠伸をする。
二人は表の夜市場に戻っていた。
二人は、食事をして時間を潰していた。
待ち合わせ時間は、少しだけ過ぎている。
デス・ウィングは、露店のテーブルに座りながら、パイナップルを半分にして中身をくり抜き、ご飯やひき肉、カシューナッツ等を入れた、パイナップル・ライスを食べていた。
夜は更けていくが、市場は眠る事は無い。
セルジュとデス・ウィングが、次の料理を注文するべきか迷っていた頃に、その人物は現れた。
少年は見違えるような、姿をしていた。
アラブの踊り子風の民族衣装を身に纏って、顔に化粧を施している。腹と胸元は露出させて、口元に薄布を巻いていた。
「その格好は……?」
セルジュはパイナップルの串焼きを口にしながら訊ねる。
「この格好で踊ったりもしていた。これなら街娼に見えるだろうから」
少年は微笑する。
「まだ名乗っていなかったね。俺の名前はナルバって言う」
通行証を持っているらしく、あの少年は、裏側である闇市場と表市場を自由に通過出来るみたいだった。
「セルジュ。俺が案内するのが条件なんだろう?」
「気安く名前を呼ぶなよ。案内するだけじゃなくて、現場まで来るんだよ。俺の条件はそれだ」
「…………、ああ、そうだったね」
「じゃあ、さっさと案内しろ」
セルジュは串をゴミ箱に放り投げる。
「じゃあ教えてくれよ。背徳の都の中心部をな」
デス・ウィングは薄ら笑いを浮かべていた。
†
「子供同士が性行為している写真か」
デス・ウィングは、まじまじと、写真の束を眺める。
写真には、まだ10歳にも満たない子供の写真が映し出され、子供同士で男女の営みを行っている。中には、大人の男性に犯されている少女の姿もあった。
「弱いな」
デス・ウィングはそう言うと、ナルバに写真の束を返した。
「妹分の写真は無かった。でも、彼女が働いている店では、そのような行為が行われている。妹分の名前、シリラって言うんだけどさ、店にいけば、彼女のポルノ写真が現像されていると思う」
「私の好む収集品のネタとしては弱い。お前らの不幸のもっと、最低なものが欲しい。……いっそ、お前らのじゃなくてもいいなあ。まあ“現地調達”でもいいんだけどな。臓器とかが欲しい」
デス・ウィングの容赦の無い言葉に、ナルバは息を飲む。
「臓器……? お姉さん、密売でもするの?」
少年は、明らかにドン引きしていた。
「いや。コレクションにする。わざわざ抜き取ろうって言ってないよ。そういうビジネスに興味は無いんだ。すでに抜き取られたものがいい」
彼女は真顔で、鬼畜外道な要求を少年に行う。
「妹分が働いていた店のオーナーが、臓器ブローカーと繋がっていた筈だ」
三人は闇市場の中にいた。
「デス・ウィング…………。まさか、同情で動いてないよな?」
セルジュは訊ねる。
「まさか、まさか。私がか?」
デス・ウィングは心外といった顔になる。
「ナルバ。お前、なんか臭ぇんだよ。確かにペドファイルはぶっ殺していいと思う。それには協力するけどなあ。お前自体が胡散臭い。デス・ウィング、お前もそう思わないか?」
セルジュの言い分に、デス・ウィングはにやにやとした顔で、ナルバを見ていた。
†
店の前だった。
セルジュは、容赦なく取り出した刃物で、女衒の首を裂いた。
血飛沫が、飛び散る。
「中にいる奴、全員ぶっ殺して、子供全員助けるで良かったっけ?」
セルジュは、後ろを振り返らずに、デス・ウィングに訊ねた。
「私はコレクションの収集に来ただけなんだけどな」
デス・ウィングは鼻歌を歌った。
ナルバは、二人を見て息を飲んでいた。
マフィア達が現れて、二人に銃を向けてくる。
二人は無視して、先に進もうとする。
マフィアは銃弾に引き金を引く。
デス・ウィングが全て、放たれた銃弾を掌だけでつかみ取り、つかみ取った銃弾を、指先で弾き飛ばしていく。銃弾はマフィア達の脳天を貫通していく。
「血が飛び散って、服が汚れる。汚らしい」
そう言いながら、セルジュは新たに現れるマフィア達の首の骨を、またたく間にへし折る事に切り替えた。
しばらく進むと、大量に子供が監禁されている部屋があった。
中には、犬用の皿に盛り付けられた貧しい食事を食べている子供達がいた。
「おい。この中に、お前の妹分はいるのか?」
セルジュは後ろに付いてきていたナルバに訊ねる。
「いない」
「年は幾つだったっけ?」
「14歳だったかな。でも、見た目。10歳くらいに見えた」
彼は物悲しそうに言う。
「おい、セルジュ」
デス・ウィングは告げた。
「臓器売買用の部屋、見つけたぞ。何やら、大量の顔写真が貼られている。此処で臓器移植とか行われていたらしいな。それにしても、臓器ってのは、新鮮な素材を使わないといけないから、生きたまま臓器を取り出されていたのかな。隣は手術室になっている。……不衛生だな」
そう言いながら、デス・ウィングは鼻を鳴らした。
†
「まあ、覚悟はしていたよ」
情報によると、ナルバの妹分の死体は、臓器を抜き取られた後に、ゴミ袋に入れられて捨てられてしまったらしい。セルジュは大量に児童ポルノ用の写真とDVD、ビデオを見つけると、それにオイルライターで火を点けていた。
「俺は彼女を見捨てた。だから、その時点で諦めるしかなかった」
ナルバは悲しそうに言う。
「お前は故郷に帰るのか?」
デス・ウィングは訊ねる。
彼女は、臓器を取り出した医療器具を“コレクションにする”と言って、幾つも袋に詰めて手にしていた。点滴のチューブ、メス。匙。骨ノミ。骨鉗子。開創器…………。
「なあ。この辺り一帯のマフィア全員ぶっ殺していいかなあ?」
セルジュは両手を広げながら、手術台の上に腰をおろしていた。
「地元マフィアと全面戦争を起こすのか?」
「それもそうだな。…………、以前やって、面倒臭くなった。どうせ奴らは腐った国とか経済から生まれてくる。元を立たないと、虫やカビのように湧いてくるしな」
そう言うと、セルジュは大欠伸をした。
「此処にいた子供達はどうする? 行く場所も無いだろう?」
「それこそ、知らねぇよ。しかし、ナルバ。あの子供達は路頭に迷って野垂れ死ぬかもしれねぇな。その責任は俺達は持つつもりは無いからな」
セルジュは冷たく言い放つ。
「国に言って、保護して貰うさ」
少年は言う。
「さて。国ってのも、あいつらをどうするつもりなんだろうな? この国がどれだけ親のいない児童に対して優しいのか。俺には知った事じゃねぇけどな」
彼はある種、冷徹とも取れる言葉で言い放った。
「犬猫と一緒さ。虐待されている犬猫を救っても。身元引受人がいなければ野垂れ死ぬ。ああ、犬猫なら保健所行きでガス室かな。まあ、以前、俺もこの手のマフィアを潰して分かった。運よく、身元引受人を見つける事が出来た、富豪の奴らでさ。ペンションとか持っている。聞いた話によると、俺が助けたガキ共を引き取った富豪のうち、何名かはペドファイルだったらしい。本当に余計な事をしたと思っている」
そう言うと、セルジュは転がっているマフィアの死体を蹴り飛ばした。
「世界を救う事は中々、難しいって事だ。教訓になったな」
彼は他のマフィアの死体に唾を吐いた。
外は雨音がする。
ぽつり、ぽつりと、驟雨が降り注いでいた。




