CASE 未来のイヴ ‐人形の墓場‐ 3
4
がちゃがちゃと、カブトムシの乾電池を代えながら、ロキシアは車椅子に座り、道案内をしていた。電池を代えられたカブトムシは、再び動き、飛び始める。
そこは、森林になっている坂道だった。
蝶やミツバチなどが、飛び回っている。
「なあ。全部、機械なのか? 此処の虫や植物って」
「どうなのかしらねえ? 半機械、半タンパク質なのかも」
ロキシアは楽しそうだった。
きっと、彼女は、此処を楽園だと考えているのだろう。
人間と人間で無いもの、生命と生命で無いものの境界線が、まるで分からない。
「処で、途中にあった、あのアンドロイドの女は何だ? カプセルに入っていた奴」
「さあ? 私が調べた処によると、この宇宙船の管理人の恋人だったとか」
「…………、アンドロイドの兵士達がいたぜ。俺は襲われた。お前のせいじゃないのか?」
「違うわね。私は監視カメラで観ていただけで、近付いた者を襲撃するように出来ていたみたい」
ロキシアはがちゃがちゃ、と、ノート・パソコンを弄っていた。
「何やってるんだよ?」
「安全なルートを探している」
「この辺りは別館なんだろ? かなり危険なのか?」
「そうね。亜空間に繋がっているかもしれない」
坂を下りると、ドアが“置かれていた”。
行き止まりではなく、丘のような場所に、ただドアだけが、ぽつんと置かれていた。
「あの先に行けばいいわね」
「ドアが置かれているだけだぞ?」
セルジュは首を傾げる。
「あの扉は別空間に繋がっているみたいね」
セルジュは扉の前に立つと、扉の横に手を伸ばしてみた。
背景として丘が描かれているわけではなく、確かに向こう側の空間があった。
「これ、ただのドアだろ?」
「開けてみればいいんじゃないかしら?」
ロキシアは言う。
セルジュは扉を開ける。
すると、扉の先に、鉄の通路が広がっていた。
「どうなっているんだ? 何かのトリックか?」
「さあ? この扉は別の異次元に繋がっているのかも……、近いわよ」
セルジュは、ロキシアの車椅子を引いて、扉をくぐる。
まるで、狐に化かされたような気分になった。
通路の先をしばらく進んだ頃だろうか。
何かの工場のようなものが見えてきた。
それを眼に見え始めてきて、セルジュは息を飲んだ。
そこは、廃棄物処理場なのだろうか。
そこには、大量の機械仕掛けの人間の残骸が転がっていた。
さながら、人間の死体のようだった。
「なんだ? これは?」
「全員、違う顔をしているみたいね」
ロキシアはかちゃかちゃと、ノート・パソコンをタイピングしていた。
「此処は、おそらく“失敗作の墓場”ね。全員、アンドロイドの共産主義化を図った、この宇宙船の管理人は、違う顔形にデザインされた者達を全て、此処に廃棄したみたいね」
「そうか」
セルジュは、この“人形の墓場”を見て、薄気味悪い気分になる。
人間の死体になり損ねた者達。
彼らは死体ではなく、残骸でしかないのだ。
「この中から、貴方が探しているものが見つかるかも」
「さてな。しかし、此処から探すのかよ」
セルジュは、有に数百体はある、アンドロイドの残骸を見て、溜め息を吐いた。
「待って。あそこにコンピューターがある。電源が付けばいいんだけど」
ロキシアは自ら、車椅子を操作して、コンピューターのある場所まで向かう。そして、パソコンを弄り始める。
しばらくして、コンピューターの電源が付いたみたいだった。
コンピューターに付属しているモニターが起動している。
「セルジュ。貴方の持っている写真を貸して」
「どうするんだ?」
彼は鞄から写真を取り出して、ロキシアに渡す。
ロキシアはそれを、コンピューターの下へと持っていく。
「こちらは、トレース台になっているわ。この写真をスキャンしてみる」
ロキシアはそう言って、パソコンを弄っていた。
すると、コンピューターのモニター画面が光り、写真に映し出されていた顔が、モニターにも映し出される。
「よく見ると、美人ね。この人」
チャイニーズ系の黒髪の女だ。
良く見れば、特徴的な顔をしている。
「セルジュ。私、気付いたのだけど。この宇宙船にいるアンドロイドとクローン達は全て白人なのよね。でも、此処に転がっている、アンドロイド達の顔。どうも、様々な人種をベースにデザインされているわ。ほら、黄色人種だけでなく、黒人とかインディアンもいる」
「ふーん、どういう事だ?」
「さあ? 分からないけど、もしかすると、此処の管理人は白人至上主義者だったのかも」
「はあん。共産主義者かと思えば、白人至上団体(KKK)や、国家社会主義ドイツ労働者党の思想の系譜者か?」
「さあ? そう言えば、聖書に登場するアダムとイヴは白人だったかしら?」
「ああ。そうだな、俺の記憶が確かなら」
「そう。なら、深い意味なんて何も無いのかもしれないわ」
ロキシアが言っているのは、此処にあるアンドロイド達が“白人以外の者達”である事を指しているのだろう。
「見つかったわ。貴方が探している、アンドロイドの頭部。貴方の立っている場所から、そうね。2時の方角にあるわ、その辺りを漁っていれば見つかると思う」
セルジュは言われた場所に行く。
2時の方向。右斜め上だ。
死体漁りをしているような気分だった。
十数分くらい探していただろうか。
顔写真に写った女の頭部は見つかった。
「これだな」
「そう。良かった。私は少し疲れたわね。うふふふ、うふふふふふふ、さあて、帰って、お休みしたいわ」
そう言って、ロキシアはコンピューターの電源を切ったのだった。
5
ロキシアが近道を教えてくれたので、帰りの道は短かった。
「さてと、今回はすんなり終わりそうだな」
セルジュは鼻歌を歌いながら、入り口付近まで歩いていた。
機械人形の頭部をビニール袋に詰め込んで、出ていく途中の事だった。
クジラの口を出れば、空が見える。
スマートフォンを見ると、時刻は夕方の6時頃だった。
「マジかよ。此処に来て、一日以上も経過してやがるのか。ああ、畜生、24時間以上も労働してやがったのか」
セルジュは眠気と疲れで、大欠伸をする。
「さて。どうするかな。下は海か。パラシュートで降りるか。それとも…………」
彼は、スマートフォンを手にして、あるサービスに電話を掛けた。
<もしもし>
「航空用のドラゴンを手配してくれ。場所は教える」
<何処だ?>
「空飛ぶクジラの死体だ。場所は…………」
突然、通話は途切れる。
何かによって、電波妨害された事が分かった。
セルジュは背後を振り返る。
「よう。なんで、カプセルから出ていた? ロキシアはお前の行動を知っているのか?」
背後には、カプセルの中に入っていた、アンドロイドが立っていた。
手には、禍々しい巨大なハサミを手にしていた。
彼女は、全身の曲線を強調させたパワード・スーツを身に付けていた。
<ロキシア? この城の居候の事ですね?>
アンドロイドは喋り出す。
「おい。奴がよくて、なんで俺は帰してくれないのかな?」
<この城から、何かを持ち出そうとしているからです。それは私が処理しなければなりません>
「そうかよ」
セルジュは、そう言うと、再び、スマートフォンで電話を掛ける。
「おい、デス・ウィング」
<なんだ? 先程、いきなり途切れたが>
「出来れば、応援になりそうな奴をよこしてくれ、これは正直、やっかいだな。帰してくれそうにない奴がいる」
<そうだなあ…………、まあ、場所は分かった…………>
プッー、と、電話が途切れる。
眼の前にいる、アンドロイドが何かをしたみたいだった。
セルジュはスカートの下から、刃物を取り出す。
「バラバラに解体して海の藻屑にしてやるよ」
<そうですか。では、私は貴方を全力で始末いたします>
「一応、名前を聞いておく。名は?」
<XCV874。通称・イヴ。私が本物のイヴです。お父さまの>
「そうかよ」
イヴは、ハサミを振り回す。
ハサミは超振動を放ちながら、周辺に衝撃波を発射していた。
セルジュは。
後ろへと跳躍する。
そこは、海だった。
イヴは、セルジュの行動に完全に意表を突かれたみたいだった。
イヴも、海原へと飛び込む。
彼女は、プログラムされた通りに動くしかなかった。
イヴは…………。
自分の首に、何かが巻き付いている事に気が付いた。
どうやら、遥か下にいる敵が…………。
ロープのようなものを、イヴの首に巻き付けたみたいだった。
イヴは、大ハサミを投げ付ける。
セルジュも、刃物を投げ付けた。
刃物が、ハサミに当たり、二つの刃は弾き飛ばされていく。
しばらくして、海が見え始める。
「じゃあな。水没して、戻ってこれたら、また相手してやるよ」
セルジュは、既に別のパラシュートを開いていた。
そして、落下途中に、小型救命ボートを膨らませる。
イヴの全身は、海の中へと沈んでいく。
「しかし、…………この鞄。ほんと、色々なものが収納出来るよな。中、どうなっているんだよ…………」
セルジュは、手にしている人間の皮で作った鞄を、まじまじと眺める。
「さてと。…………」
セルジュは、水平線の向こうを眺める。
「救助されるまで、待つかな」
彼は、アンドロイドが沈んだ場所をしばらく眺めていて、泳いで這い上がってこないかを警戒し続けていた。…………。
6
「危うく遭難しかけた。救助されるのが遅すぎた」
水族館を模した喫茶店の中で、セルジュは疲れた顔で、グリーン・アップル・ティーを口にする。
天井では、巨大なサメが泳いでいた。
「此処を選んだのは失敗だ。しばらく、海は見たくねぇ」
「海水なんて飲むからだろう」
デス・ウィングは、カモミールのお茶を啜る。
「ああ、最低だ。死ぬかと思った」
「処で、その、イヴと名乗ったアンドロイドは、本当に海の藻屑になったのかな? 少し興味があるな」
「なんでも、あれから、あの海域で船が遭難する事故が多発しているらしいぜ」
「まあ、あの海域は元々、船の難破が多いぞ、気にし過ぎか。それより、お前が回収したアンドロイドの依頼人が分かった」
「なんだ? 教えてくれるのか? 守秘義務とか無いのか?」
「秘密だぞ。…………、同じ顔をしていたんだ。チャイニーズ系の黒髪の女で、アンドロイドよりも、少し老けていたんだけどな。なあ、セルジュ。お前、その、あの“宇宙船”の中で、一体、何が行われていたんだ? 私は依頼人から教えて貰ったが。どうやら、世界中の人間の姿を模写して、大量にアンドロイドを制作していたらしいぞ」
デス・ウィングは、珍しく真面目な顔をしていた。
どうしても、この件に関して、強い興味が湧いたのだろう。
「お前が気まぐれを起こしたのなら、今度はお前が調べてこいよ。多分、ロキシアも喜ぶぜ。ひきこもりだからな」
セルジュは吐き捨てるように言う。
デス・ウィングは立ち上がる。
彼女が歩いている透明な地面の下で、何匹ものクラゲが舞っていた。毒の尾を持つエイが通り過ぎる。
「私が思うには、人間全てをアンドロイドに入れ替えたい奴がいるんじゃないかってな。新たな、創世記を始めたい奴が、世界の何処かにいるのかもな。そいつはきっと、新しいアダムとイヴを制作しているんだ。何度も、何度も。理想の人間を作り出そうってな。そう考えると、何というか、私はそいつの心のドス黒いものに興味が湧いてきたんだ」
そう言うと、デス・ウィングは、セルジュに手を振って喫茶店から出ていく。
「…………、興味を持つのはいいが、そいつに肩入れしなければいいんだけどなあ」
そう考えながらセルジュは、彼女から手渡しされた封筒に入った残りの依頼料を数えながら、紅茶の残りを啜るのだった。
了




