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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 未来のイヴ ‐人形の墓場‐ 2

 

 セルジュはアンドロイドの一体の背後に回り込み、背中に掌底(しょうてい)を当てる。すると、アンドロイドの全身の骨格が、ぐしゃぐしゃに変形していき、ねじ曲がり、折れ曲がっていく。全身をショートさせながら、その機械人形は地面に倒れた。


 彼は一息付く。


 全員をスクラップにするのに、有に一時間半も掛かってしまった。


 一応、身体も服も無傷だ。

 だが、手間は掛かる。


「これ以上、強い奴らだったら、正直、困るな」


 それにしても、奇妙なのは。

 何者かに、見られているような感覚だ。


 まるで、今の連中は、セルジュの手の内を見る為に現れたかのようだった。


 壁中が、レーザー光線で溶解している。

 女の人形の入った、カプセルだけは、どんな攻撃を当てても無傷だった。


「別の部屋かな? 目当てのものは……」

 面倒なのは。

 今後、大量に同じ奴らが襲撃してくる可能性が高いという事だ。

 既に、此処での騒動は、この実験施設中に広まっていると見て間違いない。

 何処かに、監視カメラの存在を感じる。



「地図でも、用意してくれると、嬉しいんだがな」

 しばらく進んでいるが、何も現れない。

 ただ、通路ばかりが続いていた。

 そして、何度も鉄骨の階段を上り下りする。

 手掛かりは見つからない。

 奇妙な事に、彼を狙っている敵らしきものは現れなかった。

 もしかすると、泳がされているのかもしれない。


 扉があった。


 扉を開いた先は、朽ちたコンピューター・ルームになっていた。

 どれも、電源は付きそうにない。


 セルジュは、部屋の中を調べていく。


「なんだ? こりゃ?」

 パソコンが置かれている机の上に、メモの切れ端のようなものが置かれていた。


 何かのメモだ。

 メモは途中で、千切れている。

 セルジュは、その断片を見る。


‐番号201359。失敗。201360、失敗。駄目だ。これ以上、被検体を死なせられない。やはり、代用品はテナガザルからコビトキツネザルへと代えよう。‐


 メモは破れている。

 セルジュは興味を無くして、その紙片を置いた。

 意味は分からないが、あまり関わってはいけない。

 そのような予感がした。


 コンピューター・ルームの先に、扉を見つけた。

 彼は、そこをくぐる。

 すると、通路が現れる。

 通路の先には、黄金色の扉があった。


‐我らが偉大なる母。

 我らをこの城の胎内で産み落とす母。

 我らにどうか栄光を。‐


 そのような文字が、扉の前に金属のプレートで書かれている。


 セルジュは、ふと、作家、夢野久作、ドグラ・マグラの一節を思い出す。


─胎児よ 胎児よ 何故踊る

 母親の心がわかって おそろしいのか─


 扉の奥には、何者かひしめく物音が聞こえてくる。


 この通路には、パソコンが置かれている机が一つだけあった。

 その近くの床には、ノートと紙片が転がっている。

 机から、転がり落ちたものだろう。


 紙片は二枚だ。

 彼はそれを拾い上げる。


 彼は紙片を見ながら考えていた。

 完全に、イカれている、と。


‐クローン人間の脳には、ジャイアント・アイアイの脳の移植が相応しい事が分かった。ハイイロキツネザルの失敗で、ようやく辿り着いた。やはり、霊長類科が正しかったのだ。これで、完成された人類を生み出す事に一歩、近付く事になるだろう。これにより、もうすぐ、創世記は始まりを迎えるだろう。‐


 二枚目の紙片も見る。


‐実験の結果、クロコダイル類もよかった。‐


 …………、つまり、あのカプセル内に入っているクローン人間達の脳には、猿の脳味噌を詰め込んだという事なのか? というか、ワニの脳味噌も使ったのか?

 セルジュは酷い頭痛に襲われる。


 部屋の中に入る。


 檻があった。

 檻の中には、人間の死体が転がっていた。

 新鮮な死体だ。

 全身を、何かの生き物に喰い荒らされている。

 

 そして、この部屋の中で、何者かが這いずり回っていた。

 がりがり、と、地面を指先で掻き毟る音も聞こえる。


「ワニの脳を移植したっていう、クローン人間か?」

 彼は呟く。


 部屋の中央には、巨大な画面があった。

 突然、画面の電源が付く。


<あら。貴女が侵入者さんなのね?>

 ノイズだらけだったが、何者かが、セルジュにコンタクトを取ろうとしてきたみたいだった。声はどうやら、女みたいなのだが……。


「お前は誰だ? 何者だ?」

<私は、このクジラの死体を住居にしているの。此処で、ひきこもっている。元々は、誰かが作り上げた施設らしいのだけど。私は此処を勝手に使わせて貰っている。外に出るつもりはないわ>

 セルジュは鞄の中から、写真を取り出して、画面にいる人物に見せる。


「この顔をしたアンドロイドの頭部を探している。知らないか?」

<私は、見た事無いけど。……たぶん、別館の倉庫にある筈よ。私もこの研究施設が何なのかは分かっていない。だって、私はホームレスになる代わりに、管理人のいなかった此処に勝手に住ませて貰っているだけだから。でも、私の処に来たら、手伝ってあげる。倉庫はとても危険だから>


 セルジュは、更に部屋の奥へと入り込んでいく。

 背後には、四足歩行で歩き、人間の肉を貪り喰らう何者かの物音が聞こえていた。



 地面全体が透明なガラス・ケースに収められた、無数の脳がブロック上に積み上げられていた。セルジュは大量の人間の脳の上を歩いていると思うと、奇妙な気分になる。


 横にも、天井にも、脳のブロックは積み上げられている。


<この脳は未だ生きているみたいね。冷凍保存状態で。ふふっ、一体、どんな夢を見ているのかしら? 未来を予知し続けているのかしら? それとも、人類の進化の歴史を、宇宙の生誕と終焉を夢見ているのかしら?>


 スピーカーから声は流れ続ける。

 まるで、それは底なしの空虚ささえ、漂わせた嘲弄だった。


<貴方の実力はキャンドル式の監視カメラから見させて貰ったわ。戦闘用アンドロイドをモノともしない。中々の実力者らしいわね>

 とてつもなく、不気味な回廊だった。

 まるで、人間の知性全てを踏み潰しているような感覚に陥る。

 脳の隙間から見える床の底は、真っ暗な闇だった。

 まるで、宇宙空間に大量の脳が浮かんでいるかのようだった。

 一つ一つが、小惑星のような。


 セルジュはこれ以上は、余り深く考えようとせずに、ただ通路を走り続けていた。


 通路の先には、黄泉の入り口のような巨大な門が開かれていた。

 彼は、その入り口をくぐる。

 すると、今度は、巨大な小腸や大腸、肺、肝臓、膵臓で作られた橋が現れた。

 彼は、その橋の上へとブーツを下ろす。

 びくん、びくんと、橋は脈動していた。

 そして、時折、臓器全体から、ネオンライトが光り輝く。

 間違いなく、死体の上を歩いているような感覚がした。


 下は、真っ暗な宇宙空間のような闇だ。

 落ちてしまったら、一体、何処へと向かっていくのだろうか?

 考えたくもない…………。

 彼は橋を渡り終える。


 すると、肋骨に包まれた巨大な心臓があった。

 心臓部位の中央には、扉がある。


<その中に、私はいるわ。入ってきて>

 ひゅうひゅう、と、折れた肋骨の隙間から音声が流れてくる。

 彼は、扉を開けて、部屋の中へと入る。



 病室のような部屋だった。

 心電図のモニターが置かれている。


 中には、白衣の少女がベッドに横たわっていた。

 彼女は、小さなパソコンを手にしながら、頭にスピーカー・マイクを取り付けて、セルジュに話し掛けていたみたいだった。


「あら? ご対面」

 彼女はとても嬉しそうに笑った。

 髪は灰色で、腰の下まで伸ばしている。彼女の髪は床に垂れていた。


「お前は何者だ?」

 セルジュは訊ねる。

「私の名はロキシア。この実験施設を少し前から勝手に使わせて貰っているわ」

 彼女は、くすくすと笑う。


「そうだ。これ、面白いわよ」

 彼女の隣には、リモコンが置かれていた。

 まるで、四輪車のラジコンを操作する道具のような形状をしている。


 彼女の寝ている寝台の近くには、ナース姿の女型のアンドロイドが椅子に座っていた。

 ロキシアはリモコンを弄る。


 すると、アンドロイドの首がくるくると回転して、まるで打ち上げ花火のように、人形の頭部がすぽーんと、発射された。どうやら、バネ仕掛けになっているらしくて、アンドロイドの頭と胴体は、長いバネによって繋がっていた。

 びよーん、びよーん、と、アンドロイドの首が揺れ動いていた。

 それを見て、ロキシアは狂ったように笑い転げていた。


「なあ。写真を見せただろう。あの顔のアンドロイドの頭部が欲しいんだよ。俺はそれを取りに此処に来た」

 セルジュは面倒臭そうに言う。


「ねえねえ、此処に来る途中の縦横一列に並んだ脳を見た?」

 彼女ははしゃぐように訊ねる。

「ああ、見たぜ。本当に、おぞましいな…………」

「此処の管理人だった者は、究極の共産主義を実現させようとして、人間全てを脳だけの存在にして、記憶情報を共有出来るようにしちゃったらしいわっ! 大量のクローン人間制作だけには飽きてしまってね」

「“アカ”か? マルクス主義者とか、そういった連中の思考はよく分からねぇな」

 セルジュの相槌の言葉を聞いて、ロキシアは、また狂ったように笑い転げた。

 確かに、あの脳達の間では、きっと共産主義が掲げる“貧富の差を無くす”という信条が…………、実現されているのだろう。


 ぶち、ぶち、と、彼女の白衣の中から、何かのコードのようなものが抜けていった。

「あら、あらあらあら。久しぶりに生きた人間とお話したので、とても楽しいの。ねえ、貴方の名前を聞かせて、一緒に“別館”の方へと向かってあげるからっ!」

「俺の名はセルジュ。ワケあって、こういう女の姿だが、一応、男だ」

 彼が名乗ると、それを聞いて、またロキシアは狂ったように笑い転げた。

 ぶち、ぶち、と、彼女の白衣の中から、再びコードが抜かれる。


「はははっ、あひひひひひっ、ひひひひひひっ、ふうふふうふうううっ。面白いわ、面白いわ、貴方、貴方。嬉しい、嬉しいわ。本当に、生きた人間とお話するのは久しぶり。ねえ、セルジュ。この浮遊するクジラは正確には『キムラヌートの浮遊艇』という名前があって、管理人もロボットだったらしいわ。管理人の消息は不明。そして、此処には別館が存在して、別館は、私も把握し切っていないのよ」

 ロキシアは、一気にまくしたてるように話し続ける。


「お前も、よく分からないのか?」

 セルジュは、少し肩透かしを食らった。

「うん。私は、この空飛ぶクジラの……、宇宙船の残骸の半分しか所有していないからね。あ、無断で借家にしているだけだったかしら?」

「なあ、此処は宇宙船なのか?」

「ええ。どうやら、宇宙へと飛んでいった記録があるみたいね」

 ロキシアはおどけるように言った。


 彼女は近くにあった、車椅子に手を掛ける。

 すると、シーツがはだけて、彼女の全身が露になる。


 セルジュは息を飲んだ。


 彼女の腹は露出しており、金属製の腸が剥き出しになっていた。

 ロキシアは恥じらうように、上着を羽織る。彼女の腹は隠れた。


「それは?」

 セルジュは訊ねる。

「悪性の癌でね。私は産まれた時から、汚染物質の垂れ流される区域に住んでいた為に、腸も、心臓も、それから喉の辺りも癌に侵された。全身に癌が転移していてね。全て人工のモノと入れ替えたわ」

 そう言うと、彼女はカーテンをつかんで立ち上がり、車椅子に座る。

「出来れば、後ろから押してくれないかしら? そのレバーを引っ張ると、動かせるようになるから」

 そう、此処は病室なのだ。

 彼女は、この箱庭で機械人形に守られながら、生きているのだ。


 カーテンの向こう側が少しだけ見えた。

 どうやら、厚いガラスに覆われている部屋があるみたいだった。

 セルジュはカーテンに手をやり、ガラスの向こうを覗き見る。


 中には、二人の人間がいた。

 裸の男と女だ。

 中は、森のようになっている。

 …………、木々は金属の光沢を持ち、光り輝いている。

 どうやら全てが造り物の樹木のようだった。

 男女二人共、同じ顔をしていた。


「あ。彼らはアダムとイヴ。どちらもアンドロイド。なんだけど、人間の脳を移植する代わりに、猿の脳味噌を入れられたみたい。好物はリンゴと無花果の実。ねえ、セルジュ。彼らは一体、どういう存在なのだと思う? 機械の身体に猿の脳。ねえ、セルジュ。私はさしずめ、半機械人間(サイボーグ)とでも呼ばれるものなのかしら?」

 ロキシアは、いきなり、裏返った声で、大笑いする。

 部屋中に、笑い声が響き渡る。


「ねえ。セルジュ。人間の条件、って何なのかしら? 私には何も分からないわ」

「ああ。……俺も知らねぇな。それよりも、別館ってのを、早く案内してくれ」

 そう言うと、セルジュは車椅子のレバーを押した。


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