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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE 未来のイヴ ‐人形の墓場‐ 1


「私も、今回の依頼者が何者なのか分からない」

 デス・ウィングは、首に巻かれたマフラーを撫でながら言った。

 セルジュは真っ黒なドレスに身を包んでいた。真っ赤なルージュが、黒に映える。


「人造人間を大量に創っていた工場があったんだが。そこから、あるものを回収してきて欲しいそうだ」


 二人が会話している場所は、ゴミ屋敷の近くだった。

 そこは、無数のガラクタが不法投棄されていた。

 住民がいなくなった後、まずは誰かが空き缶やら何やらでも捨てた事から始まったのだろうか。屋敷の庭には、車やら洗濯機やら、印刷機やら土管やらが、乱雑に捨てられていた。謎のドラム缶も大量に積まれている。信管を抜かれた、爆発物まである……。


「その“あるもの”の回収と、その調査を行って欲しいとの事だ。私は面倒臭い」

 前回の仕事が無報酬であった為に、セルジュはデス・ウィングに対して、かなり苛立っていた。無報酬で死に掛けた、恨みは忘れない…………。


「前払いをくれるんなら、引き受けてやってもいいぜ?」

 セルジュは吐き捨てるように言った。


 デス・ウィングは快く、承諾する。


 今回の指令は実験施設への訪問だった。

 一応、それは施設の跡地、という事にはなっている。

 一説によれば、非人道な人体実験も行っていたのだと…………。



 小さなドラゴンの背中に乗って、セルジュはその場所へと向かった。

 頭に、大量の赤い色をしたトゲが、ハリネズミのように無数に生えているドラゴンだった。尾はサソリのような特徴的な毒針があった。


<俺は危険な眼に合いたくない。この辺りまでだからな?>

 彼はそう言って、セルジュを地面へと下ろす。


 そこは、巨大な空飛ぶクジラの口の上だった。

 そして、そのクジラは死体であり、今もなお上空を浮遊していた。中には、小さな都市らしきものが出来ているらしい。クジラは外見は朽ちてボロボロになっており、所々が白骨化していた。それでもなお、空を浮遊する事を止めない。

<じゃあな。俺はもう行くぞ>

 そう言うと、ドラゴンはこの場から離れていった。


 今回は、真っ黒なドレスを身に纏っていた。

 両手は姫袖といって、袖口が大きく広がっている。

 まるで、魔女のローブのようだった。

 そして、全身は、黒のコーディネートだった。

 頭にも、真っ黒なボンネットをかぶっていた。

 青い空から降り注ぐ太陽の光が、漆黒に包まれたセルジュの全身を照らす。


 空を見ると、空飛ぶ恐竜であるラムフォリンクスやプテラノドンなどが翼を広げていた。

 この辺りは人間が住んではいけない場所なのかもしれない。

 確か、地面は海ばかりが広がっていた筈だ。


 セルジュはクジラの体内へと歩みを進めていく。

 このクジラは、生きていた頃は、宇宙空間にまで泳いでいっていたとも聞く。



 完全に実験施設と化していた。

 金属で出来た、未来都市のような世界が、残骸として広がっている。

 まるで、映画に出てくる、宇宙船の中にでも入り込んだかのようだった。


 人間を入れるカプセルが見つかり、大量の人間がカプセルの中へ収納されていた。

 そして、カプセルの中の者達は全て、同じ骨格、同じ顔をしていた。

 裸体だったが、男もいれば、女もいた。

 そして、両性具有というのだろうか。

 両方の性器を持つ存在もいた。


 全て、同じ顔をしていた。

 そして、みな、どうやら培養液の中で、生きているみたいだった。


「気味悪ぃな」

 セルジュは独り言を呟く。


 工場の中を進んでいく。


 奇妙な部屋があった。

 そこには、無数の白骨死体が転がっていた。

 白骨死体の腕や、脚には錆だらけの手錠が取り付けられていた。

「なんだ? こりゃ?」

 

 工場の所々には“究極の共産革命を行う”といった、謎のポスターが貼られていた。共産主義、人類から階級というものを無くし、貧富の格差から救う手段。先程の部屋の中で、カプセルに入れられていた、クローン達。みな、同じ顔の男達、女達。両性具有達……。


 きっと、この工場の管理者は、何らかの楽園を作りたかったのかもしれない。


 古びたオルゴールがあった。

 セルジュはそれに触れる。

 すると、ロシア音楽の『カチューシャ』の幻想的なメロディーが流れてきた。


「まあ。目当てのモノは、この奥にある筈なんだよな」


 彼は奥へと進んでいく。

 すると、腐臭のようなものがした。

 どうやら、それは地下へと続く道からだった。

 地下へと続く道は、鉄骨の階段になっている。階下を見下ろす事が出来た。

 地下の底には、無数の死体が転がっていた。

 腐乱死体だ。

 セルジュは鉄製の柵の上で、腕組みをして、地下を覗き見る。

 どうやら、彼らの身体は何かの刃物で裂かれた痕があった。


 ……、処で、こいつら、食糧はどうしたんだろうな?

 彼は素朴な疑問に首をひねる。


 答えは、大体、予想出来る。


 おそらくは、クローン同士で共喰いを行ったのだろう。



 部屋全体を、神々しいまでの青々としたネオンライトが照らし出している。

 奥に進むと、巨大な一個のカプセルがあった。

 その中には、真っ白なワンピースを纏った、一人の少女が入っていた。

 カプセルは、点滴のように栄養を補給する培養液に満ちていない。


 セルジュは、直観で理解した。

 このカプセルの中の少女は、おそらく人形なのだ。

 部屋全体には、奇妙な装置で満ちている。

 おそらく、カプセルの中にいるのは、機械人形……アンドロイドとでも呼ばれている存在なのかもしれない。

 

 この部屋は更に奇妙だった。

 

 壁に幾つもの溝がある。

 この場所は、奇妙な程に、不気味だった。

 まるで、……踏み込んできた住民を、待ち受けていたような……。


「さてと。回収しなければならない“アンドロイドの頭部”ってのは、このカプセルの中の奴だったかな?」

 セルジュは、人間の皮で作られた鞄の中から、写真を取り出す。

 写真に写っている人形と、カプセルの人形の顔は違う。


 聞く処によれば、この実験施設の管理者の一人は、リラダンという作家が書いた『未来のイヴ』という小説にインスパイアされて、究極の美女の機械人形を作り出そうとしたのだと言う。内容はうろ覚えだが、確か、機械で究極の美女を作り上げた博士の話だ。確か、実在の人物である、エジソンをモデルにした博士だった筈だ。作り上げた人造人間は、船の事故で海の底に水没したが、自力で歩いて帰ってきたので、そのグロテスクさに創り出した博士は恐怖したって、内容だったか……。


 セルジュは、写真を鞄にしまう。

 ……、まあ、どうだっていい。

 とにかく、回収すればいい。


 彼は、この部屋を後にしようとする。

 がしゃり、がしゃり、と。

 壁中が開いていく。

 壁の奇妙な溝は、どうやら、ロッカーになっていたみたいだった。


 壁の中から、大量の人間が現れる。

 みな、同じ顔をしていた。

 男の顔だ。


 全身、フル・アーマーに銃器を手にしていた。

 まるで、最新式の戦車でも身に付けた装備品だ。

 彼らの一体の首が伸びる。

 蒼く光り輝く人工脊髄だった。

 首が、ぐるぐると回転していく。


<目標。確認。目標。確認。タダチに、排除シマス>


 首が伸びた機械人形(アンドロイド)は、両眼から赤いレーザー・ビームをセルジュへと向けて、発射した。それに合わせて、同じ顔をした、他の兵隊達も、一斉に銃器からレーザー光線を発射する。


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